優しいお母ちゃんの誕生日


 今日9月10日は私の誕生日や。そやからって訳やないけどドキドキしとる。なぜって? それは私の彼が、“今日は智子の誕生日だからな。どっか飯でも食いに行こうぜ。なっ?” と誘ってくれたからや。彼とは高校時代からの知り合いやった。正確には2年の頃か…。もう16、7年も昔のことやからうろ覚えにしか思い出さへんけど…。彼は、“これからは大阪だぜ” とか何とか言うて大阪のある商社に入社した。高校時代から突拍子もないことを言うたりしたりしてたけど、ここまでとは思わへんかった。でも、それも彼の優しさなんやろうな? そう思うと何や顔が赤こうなる。何のかんの言って地元に戻ってきた私。この前神戸に行って来てんけど震災の傷跡はもう残ってへん。きれいなもんやった。…けど、心のどこかにはまだ残ってる。現に私がそうやから…。心に染み付いた記憶っちゅうもんはそう簡単には消えへんねんなぁ〜。街の片隅で道行く人を見ながらそう思った。
 彼と一緒になって10年が経つ。東京の高校を卒業して、こっちには戻らず彼と同じ大学へ行き、卒業してからすぐに結婚した。高校時代一緒だった彼の友達は一応に祝福してくれて、とても嬉しかったことを覚えている。特に彼の幼馴染みの神岸さんは本当に嬉しそうやった。あの顔は私やったら絶対出来へん。そう思った。私たちを見る彼女が何だか羨ましかったことを私自身よく覚えている。そうそう、私にも子供が出来た。今は7歳になる女の子。名前は神岸さんからもらって、“灯里(あかり)” にした。まあそのままはまずいから、漢字にはさせてもらったけど。でも彼は一様に嫌な顔をしてたけどな? でも私は神岸さんに憧れを抱いていたし、もし私に子供が出来たときは名前は神岸さんからもらうことを決めていたから。その灯里を一緒に連れて待ち合わせの駅前の大時計の前、待ってる。娘はパパっ子や。何かにつけて私には相談事は持ってこうへん。まあ彼は彼で嬉しそうなんやからいいことではあるんやけど…。でも少しは私にも相談してきて欲しいと思う。今日のことだって昨日聞かされたばっかりなんやからね?
「…にしても遅いなぁ〜。何やっとうねんやろ?」
「お父ちゃん、もうすぐ来る思うよ?」
 “何で分かるん?” 娘の顔まで腰を落として聞く私に、“ん〜? 何となく〜” と言う娘。思わずずっこけそうになる。この子は関西人で言うところの“ボケ”や。誰に似たんやろ? と一瞬思って多分彼に似たんやろうな…。そう思った。あれやこれや話しているうちにふと腕時計に目を通す私。時間は30分オーバーってところかな? 残業とかもあるし結構順調よく業績を伸ばしている彼の会社。この不況下の下でプラスになることなんて滅多にない。私の勤めてるところだって賃金カットなんやから…。そう思ってると、
「おーい。すまん、遅れた〜」
 聞き覚えのある声に耳を傾ける。たったったったっ…、と言う足音が私の耳に心地よく入ってくる。“あっ、お父ちゃん!” そう言って娘は素直に喜んで彼の元へと駆け出す。でもちょっとイタズラ心が湧いたのか私はぷぅ〜っと頬を膨らませてみせる。彼は何て言うやろか…。そない思いながら…。


「だから悪かったって!! なあ智子〜。いい加減機嫌直してくれよ〜」
 お母ちゃんはさっきから俯いたまま黙っとる。そんなお母ちゃんにお父ちゃんはぺこぺこ頭を下げとった。ふっと俯いたお母ちゃんの顔を見るとあたしにだけ分かるようにウインクしてニコニコ笑うとった。別に怒ってはないみたいや。お母ちゃん、ほんまに怒ったらぶすっとした顔になって、泣き出すんやもん。お父ちゃんにイタズラしてるんかなぁ〜。でもイタズラはしたらあかんってお母ちゃん毎日言うてるし…。とお母ちゃんがあたしにだけ分かるように耳元でこんなことを言う。
「これはしてもええイタズラや。そやから、灯里は何も心配せんでえもええんよ?」
 って……。にこって微笑むとお母ちゃんは急に、“な〜んてな?” って言ってお父ちゃんに抱きつく。いきなりなことで慌てたお父ちゃんは本当にびっくりしとった。お母ちゃんがあたしの顔を見てにっこり笑顔になっとる。あたしも今度お父ちゃんに試してみようかな? そう思いながらお父ちゃんとお母ちゃんの腕に掴まってぶら下がる。お父ちゃんとお母ちゃんは嬉しそうにあたしの顔を見つめとる。これからお母ちゃんのお誕生日のお祝い。あたしもお母ちゃんにプレゼントを用意してきた。どんなんかは渡すまでの秘密や。でも、渡したときのお母ちゃんの顔を考えると…。うふふって笑いがこぼれてまう今日9月10日はあたしの大好きなお母ちゃん、藤田智子の誕生日や…。

END