彼女からの絵手紙
久しぶりに戸棚を整理していると、1枚の絵手紙を見つけた。まあオレ自身手紙と言う部類なものはもらってもすぐにゴミ箱行きなのがおおよその主流なわけなのだが、この手紙はそうそうには捨てられないわけで…。でももう8年になるのか…。そう思い椅子に腰かける。部屋を見渡してみる。あれやこれや荷物がいっぱいだ。まあこれも自分の無精癖の賜物だなと苦笑いを一つして、早速ではあるのだが手紙を広げた。スケッチ風な絵が最初に目に飛び込んでくる。色鉛筆で鮮やかにさらさらと書かれた絵手紙には8年前の日付が書かれてあった。ちょうど彼女が絵の勉強にフランスへと旅立ってから1ヶ月経ったころの手紙だと思った。もうそんなに経つのか、とそんなことを思いながら手紙を読んでみる。まあ簡単ではあるが向こうの暮らしなどが事細かに書かれてあった。彼女が絵の勉強にフランスへ行きたいと言ったのはちょうど8年前のこんな季節だったな。彼女が大学に入って3、4ヶ月経ったころだと思う。
まあオレには引き止める理由もない。いや、彼女がせっかく掴んだチャンスをみすみす潰すことなんて出来ないと思った。不思議なチカラの正体も分かり制御も出来るようになった。彼女曰く、オレのおかげと言うことらしいがオレは大したことはやっていない。ただ少し後ろ向きだった彼女の背中をちょっと前向きに押しただけだ。空港で別れる際、涙をいっぱい溜めていた彼女の顔を思い出す。離れ離れになるのはオレ自身でも不安だったしつらかった。顔では笑ってはいたがオレも心の中では泣いていたんだよな…とその当時を思い出す。
国際電話で彼女と話している際にも受話器の向こうで小さく嗚咽している彼女の声が聞こえてくる。そんな彼女に、“頑張れ” としか言えなかった。オレ自身どんなに彼女に帰ってきて欲しかったことか…。でも一言でも彼女にそんなことを言おうものなら、すぐに帰ってきてしまうだろうし、彼女が自分で望んだ道を閉ざしてしまいかねないと思って、結局そんな当たり障りのない言葉で済ませてしまう。そんなことが4年間続いて、彼女は申し訳なさそうにもう少し絵の勉強をしてみたいと言ってきた。もう向こうの生活にも慣れたのかその頃になると、普段の電話からは明るくなっていたっけ。でも時々、寂しいって泣いてたけどな。そばにいれば抱きしめることも出来たんだがオレは日本、彼女は海の向こう。今にして思えば随分と遠いところに行ってしまったんだだなと今更ながらに思う。昔の何もかも諦めていた彼女とは違う彼女、希望に満ち溢れた彼女。そんな彼女が言い出したことだ。オレに止める権利はない。そう思いオレはまた、“頑張れ” としか言えなかった。
向こうで彼女の絵は高く評価され、美術界では有名な画家となった。かたやオレはしがないサラリーマンとして毎日を送っている。彼女からの手紙も電話も、忙しいのかもう来なくなっていた。まあオレもあくせく働いている身だからか、電話も手紙も送らなくなっていた。そんな日々が続いたある秋の夕暮れ、いつものように仕事を終えて家路に着こうと駅のホームから改札口のほうに向かって歩き出すと、最近見かけないような長いスカートに白のセーターを着た女性が佇んでいた。見た感じ誰かを探しているようにも見えるが、誰を探しているのか分からない。まあオレではないことは明らかだろう。そう思ってその女性の前を通り過ぎようとしたとき、懐かしい声がオレの耳に届く。そう、それは、忘れかけていたオレの愛しい彼女の声だったから。
あれから2年が経つ。まあ言うこともないが彼女は日本に帰ってきてくれた。いや、少しこっ恥ずかしくて偉そうな物言いかも知れないがオレの元に帰ってきてくれたんだと思う。と、部屋のドアが開く。彼女が首を覗かせてこっちを見ていた。“何かあったのか?” と自分でも分からないがそう聞くと、ううんと首を横に振るとこう言ってくる。
「音がしないからどうしたのかなって思っただけです。でもどうしたんですか? こんな昔のわたしの絵手紙なんて出して…」
「いや、ちょっと整理をしてたら出てきてな?…。懐かしいからちょっとばかり見ていたんだよ」
そう言うと、何がおかしいのかくすくす笑いながら、“もう、昔のことなんですから思い出させないで下さいな…。あなた” そう言うと部屋を出て行く。まあ昔といえば昔だよな。10年一昔とも言うし…。そう思いながら密かに買っておいた誕生日プレゼントを持って階下で待っているであろうオレの最愛の彼女、いや、彼女はもう2年前に呼称が変わっていたんだな? 妻と言う名に…。そう思いながら沈む夕陽を見ながら微笑む今日10月9日はオレの最愛の妻・藤田琴音の26歳の誕生日だ。
END