「藤田浩之様、お話したいことがあります。放課後、体育館の通路のところまで来てください。お待ちしています」
 とうとう、藤田さんの下駄箱に入れてきちゃった。来てくれるかなぁ…。ドキドキ。
 あっ、でも来てくれなかったらどうしよう…。そのまま読まずにポイってされたら…。
 ううん、駄目でもともと、当たって砕けろよ、理緒。逃げちゃ駄目よ…。
 今日こそ彼に告白するって決めたんだから…。
 私の好きなあの人にすべてを打ち明けるんだから…。


ラブレター


 私は今、恋をしています。私の憧れの人、藤田浩之さん…。
 今まで、こんな気持ちになったことなかったよ。今まで良太やひよこのことや、バイトのことで頭がいっぱいだったから…。
 生まれて初めてだよ…、こんなに憧れたの。でも、遠くの方で見てるだけ…。
 藤田さんの傍にいきたい、お話がしたい…。でも、私なんかと話したって、つまらないかもしれない。
 それに彼には、幼なじみの神岸あかりさんっていう彼女もいるし…。私なんかが出る幕じゃないかな…。でも、好き…。
 初めての出会いは、そうクリスマス。イブじゃなくて25日。私はその日も、バイトだった。
 恋人たちは甘く語らい、その熱気で今年初めての雪も消えていってしまう。そんな中、私は売れ残りのケーキの山の中に一人立っていました。
「ケーキはいかがですか?」
 吐く息も白く、プラカードを持つ手も冷たい…。私のお父さんは、私が14歳のときにガンで亡くなりました。
 お母さんは、もともと体が弱くあまり無理はできません。今も、入院しています。だから私が頑張らないと、駄目なんです。
 このバイトが終わったら、家で待ってる良太やひよこのために売れ残りのケーキをひとつ貰って帰ろう…、そしてお母さんのお見舞いに行こう…。
 私は、そんなことばかり考えていました。すると…、
「ケーキ1個」
 声が聞こえました。ふと見ると1人の男の人が立っていました。ぶっきらぼうで怖そうな人でした。
「は、はい。ケーキ1個ですね」
 私はケーキの山に手をかけました。でも悴んだ手は思うように動いてはくれず…、
ドンッ!!
 ケーキの山が音を立てました。私は、目を瞑りました。
 目の前に広がる悲惨な光景を目にしたくありませんでした。あ〜あ、私はどうしてこんなにドジなんだろう…。自分で自分が情けなくなりました。ところが…、
「おい、ちょっと抑えててくんね〜か」
 なんと言うことでしょう。ケーキの山はその男の人が壁になって守ってくれていたんです。
 一番上の箱だけは、地面に落ちてしまいましたが…。男の人は、道路に転がったケーキの箱を拾い、中を覗いて…、
「かろうじて原形はとどめているな」
 男の人はそう言うと、
「こいつを貰っていくよ。ほい、金だ…」
 と言ってお金を出しました。
「い、いけません。お客様。ちゃんとしたものとお取り返しますから」
「いいよ、そんなもん。どうせ家に帰ってすぐに食っちまうんだから…。それよりあんたも大変だなぁ…。ケーキ売れるまで頑張れよ。じゃあな」
 そういうと男の人は、お金を払って足早に去っていきました。
「あ、あの、お客様! 待って。待ってください」
 もうその男の人の姿はどこにもありませんでした…。
「まだお礼の言葉…、言ってないのに…」
 私は、その人の駆けていった方向を見ながら、一人呟いていました。


 その日のお給料を貰って、家に帰った私は、あの人のことばかり考えていました。今度どこかで会ったら、今度こそお礼を言おう。
 そんなことを考えながら、深い眠りにつきました。
 そして次の日の朝…。私は、新聞配達をしていました。昨日のことを思い出しながら…。
 ふと、我に返るといつも私を追いかけてくる“ワンちゃん(犬)”に出会いました。“ワンちゃん”は私を見ると、猛然とダッシュして追いかけてきます。
 今日も、私は逃げました。
 が、案の定捕まってしまいました。“ワンちゃん”は、私にじゃれ付いてきます。すると、どこからか…、
「玄太郎、どこ行っちゃったの? 玄太郎」
 近所の人の呼ぶ声がして、“ワンちゃん”はその人の声の方向に走りだしていきました。
「ふう…」
 と私がため息をついていると…、
 ガラガラガラッ。
 ふと、窓が開く音がしました。私は、開いた窓の方を見ました。あっ、あの人だ…。そう思ったとたん私は、逃げるように走り出していました。
 顔を真っ赤にしながら……。
「何で逃げなきゃいけないんだろ…」
 そんなことを呟きながら…。
「またお礼、言えなかった。あ〜あ、何で私はこんなドジで意気地がないんだろ…、お礼だけ言えればそれでいいはずなのに…」
 それから、私は毎朝あの人の家の前を通る度に、そんなことばかり考えるようになりました。


 3学期に入ってまもなく、私はあの人を見つけました。同じ高校に通っている人だったなんて…。
 私は、とっても嬉しくなりました。今度こそお礼を言おう。そう思いました。と同時に、胸のあたりがキュンと痛くなって、とても切ない気持ちになりました。
 それから、幾日かたったある日、私は学校で掃除をしていました。
「雛山さん、悪いんだけど、ごみ捨ててきてくれる?」
「うんっ、いいよ」
 私は、廊下を歩いていました。
 ふとあの人のことを考えていた私は、ズッテーンと転んでしまいました。何事かとみんなが私を見ました。でも…、
「何あれ、ドジだねぇ」
 とクスクス笑って通り過ぎていきます。ただ一人を除いて…。
「ったく、しょうがねーなぁ。ほれ、手伝ってやるぜ」
 と声をかけてきてくれた人は、あの人でした。
「そういや…、なんかこの前もこんなことがあった気がするなぁ…。まぁ、いいか」
 そう言って彼は廊下に散らばったごみを拾ってくれました。
「ほれ、最後だ…、次からは気をつけろよ。んじゃーな」
 そういうと彼は、自分の教室に戻っていきました。
「あっ、お礼だ…」
 そう思ったときは、もう彼は、自分の教室に戻った後でした。
「またお礼…、言えなかったな…」
 そう私はまた呟いていました。
 するとまた、胸のあたりがキュンとなって、切ない気持ちがこみあげてきました。
「なっ、何だろ…、この気持ち…。あっ、私、もしかして、恋、しちゃったのかな? あの人に…、藤田さんに…」
 でも、藤田さんのそばには神岸さんがいる…。私はあの二人が仲良くしてるところが好きなんだ。
 あの二人を見ていると、なんだか心が温かくなる。
 バイトで失敗して怒られて心が荒んでも、穏やかになってくる。だから…、私はいいの…。こうやって遠くから見てるだけで…、それだけでいいんだよ。それだけで…。 
 私は心に言い聞かせました。
 でも私の心は、わがままでした。何度もあの人への想いを断ち切ろうとしました。だけど出来なかった。それとは逆に日に日にあの人への想いは強くなる一方です。
「あ〜あ、どうしたらいいんだろ」
 私はまた一人、呟いていました。
「あっ、もうこんな時間だ。良太〜、もうそろそろ寝る時間だよ〜」
「おう、分かったぞ、姉ちゃん」
私は、良太とひよこを寝かすために、添い寝をしました。


「姉ちゃん、どうかしたのか? 最近元気ないぞ」
 良太は心配そうに言いました。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
 と、ひよこも心配そうに顔を覗き込んでいます。
「えっ、ね、姉ちゃんは元気だよ」
 私は勤めて平静を装いながら答えました。気が少し動揺していました。
「もしかして、姉ちゃん、誰かにいじめられたのか? もし姉ちゃんをいじめるやつがいたら、オレがやっつけてやる!!」
「あたしだって…」
 良太とひよこは真剣な目で、私を見つめていました。
「姉ちゃんは別にいじめられてないよ。さあ、明日も早いんだから、おやすみ。布団もしっかりかけて。ねっ」
 良太やひよこにまで心配かけてる…。
「ごめんね、良太…、ひよこ…。姉ちゃんに勇気がないばっかりに…」
 私は、寝静まった良太とひよこの顔を眺めていました。
「姉ちゃん、好きだぞ。むにゃむにゃ」
 良太の寝言が聞こえています。
 ひよこは幸せそうな寝顔を浮かべていました。良太やひよこの寝顔を見ていて、私は思いました。
「そうだ、素直にならなきゃ駄目なんだ。好きなんだ私は…。あの人を。藤田浩之さんを…。大切なのは自分の気持ちなんだ。今まで気付かなかったけど…、良太の言葉で分かったよ」

「ありがとう、良太、ひよこ。おやすみ…」
 そっと襖を閉めました。
 今の気持ちをこめて私は、手紙を書きました。
「藤田浩之様、お話したいことがあります。放課後、体育館の通路のところまで来てください。お待ちしています」
 と…。


 次の日、私はいつもより早く起きました。空は雲一つなく晴れていました。
 いつもどおりの朝。私は、いつものように良太とひよこを保育所に預けて、学校に出かけました。
 ちょっと違うのは、あの人への想い。やっぱり好きなんだって分かったんだ。だからあの手紙も持っていくよ。
 心臓がドキドキ鳴っていました。震える手で下駄箱を開けて、そっと彼への想いを置きました。
 どうかこの想い、彼へ届きますように…。

〜 END. 〜