お好み焼きを食べよう
「ちゃうんやて、藤田くん。私が言ってるんはこんなけったいなもんやないんやて」
智子が一言そう言って、拗ねた表情になる。今日9月10日はオレの彼女であり、またクラスの委員長でもある保科智子の誕生日なわけだ。で、今オレは彼女を誘ってもんじゃ焼きの店に来てささやかながらの誕生日パーティーなんぞを開いているのだが、智子はなぜかご機嫌斜めな様子で眼鏡越しの上目遣いに俺の顔を睨んでいた。曰く“ちゃんとしたお好み焼きが食べたい” だの、“もんじゃ焼きなんてお好み焼きの亜種みたいなもんやないか” と口を尖らせてぶつぶつ文句を言う。それだったら自前で作ればいいじゃねーか? と言うのだが…。
「私、料理下手やもん…」
そう言ってしょげてしまう。ったくしょーがねーなー、とばかりに頭を撫でる。オレの知り合いの女連中は撫でられるのが好きらしく、オレがこうするとみんな一応に目を細めて気持ち良さそうにするんだよな? それはこの鉄壁の委員長と噂される(まあ噂を流したのは、オレの不倶戴天の敵であり、また遊び仲間である長岡志保であることは言うまでもないんだが…)智子でさえこんなに気持ち良さそうにしているんだから何となく嬉しくなってくるわけだ。しかし、お好み焼きか…。関東人であるオレにとってはまさに未知の領域な感じだよなぁ〜。でも、智子をこのままって言うわけにもいかねーしよ。しょーがねー、今回もあいつの力を借りることにしよう。まあ後で何か奢らされるのは目に見えてるんだが、背に腹は変えられん。そう思いもんじゃ焼きの店もそこそこにして、公衆電話でピポパとあいつの家に電話をかける。ちょうどあいつが出てきたので用件だけを伝えると、“分かった。じゃあ材料を買ってきて…” とあれこれと材料の買い出しを頼まれる。気心の知れたやつで助かるぜ。そう思いながら受話器を置いてボックスから出ると、智子が訝しげにこっちを見て、
「今、電話しとったのって神岸さんのところやないん?」
と頬をちょっと膨らましつつこう言う。まあ確かにあかりのところなんだが、それがどうかしたのか? オレの知り合いで料理がうまいと言うとまずあかりしかうかばんだろ。と考えて、ピーンと来た。ははーん、智子のやつちょっとした“ジェラシー” を感じてるんだな? まああかりとは幼馴染みなわけだが、幼馴染みと言うだけでオレとしてはそれ以上でもそれ以下でもないわけだ。仮にあかりがオレに気があるにしても、オレにはもう智子しか見えないわけで。まあそんなに気にするもんでもねーんじゃねーのか? と思い、ぷぅ〜っと頬をフグのように膨らませて、かつ上目遣いに見つめてる智子の頭を撫でてやる。前述の通りオレの知り合いの女連中は撫でられるのが好きらしい。今まであんなに頬を膨らませていた智子も今は目を細めてるしな? まあそんなこんなで智子の機嫌も直りいざスーパーへ行ってあかりに言われた通り材料をしこたま買って、ついでに智子用のバースデーケーキも買って表へと出る。…まあなんだ。友達は多い方がいいもんな? そう思い、いざあかりんちへ向かうオレたち。勾配の緩い坂道を登り切った場所にあかりの家はある。ちなみに、オレの家はその5軒隣りだ。両手に荷物を抱えてふうふう言いながら登るオレたち。智子にもオレの鞄を持ってもらっているので、その辺はわりぃな〜っと思いつつ、やっとこさあかりの家に到着するわけだが、何だか家の中がガヤガヤうるせーぞ? おじさんかおばさんかに客でも来てるのか? それとも今日はおばさんの料理教室の日だっけ? と思ったがおばさんの料理教室って土日だったよなぁ〜。と考えて耳をそばだてて中のほうをうかがってみるが何を言ってるまでかは分からんかった。まあいいか、そう思いピンポーンとチャイムを押すオレに……。
「もう、浩之ちゃんは〜。保科さんのお誕生日だったらそう言ってくれればいいのに〜…」
と神岸さんの拗ねた顔が見える。しかし、こんないっぺんによく集められたもんやね? とわいわいがやがや賑やかしい室内を見回してそない思た。まあ藤田くんは知らんと思うけど原理的に言うと神岸さんは面倒見もいいし今回も全部準備してくれたんやろう。そう思うと私も何や嬉しくなってくる。あまり賑やかしいのは嫌やけどこれはこれで結構楽しい。…そう、中学の頃に帰ったみたいに楽しい。とふと藤田くんが私のほうを見てにこっと微笑んだ。多分、“良かったな? こっちでも友達作れて…” って言うかことなんやろう。そない思う。なお藤田くんが神岸さんにぶりぶり怒られていることは言うまでもないことで、“これからは私にちゃんと相談すること。何でも一人で決めちゃダメ!” と妙にお姉さんぶって言われてたことはあとで彼に言ったら何て言うやろう。神岸さんのお母さんもうふふと笑いながら一度に何枚も焼けるような大きな鉄板の電気調理器に油を引いている。私もお手伝いとばかりにあれやこれやお好み焼きの具材をこねてると、“さすがは関西の人、お好み焼きの扱い方も違うのねぇ〜” と神岸さんのお母さんが言うもんやから、みんなが見に来てめっちゃ恥ずかしかったわ。でもこんなに楽しい誕生日は中学の時以来やからか…、何となく嬉しゅうなってみんなの見てへんところでそっと涙を拭いた。わいわいと言う賑やかしい声とともに陽は赤い残光を残して山裾へ消えていく。そんな初秋の日暮れの早くなった今日9月10日は私の17歳の誕生日や。
END
おまけ
「神岸さんにはほんまに感謝やわ。藤田くんからも私が御礼言うとったって言うとってな?」
神岸さんちからの帰り道、私はそう彼に言う。神岸さんのお好み焼きは店なんかで食べとるお好み焼きとは数倍、いや、数十倍も美味しかった。ほんま彼女には、何もかも負けてるな? そう思う。と同時に、何で愛想も何もないこんな私なんかと藤田くんは付き合うてくれるようになったんやろう。不思議やなぁ〜っと思う。何回か聞いたけど、その都度はぐらかされてばっかりや。ほんまに卑怯っつうか何つうかやけどな…。そんな私のことを知ってか知らずか彼は、“分かった。言っとくぜ。でも智子もお礼、何度も言ってたように思うんだけどよ?” と少々はてな顔で言ってきよった。そりゃ私かてお礼は言うたけど、でもただの友達と幼馴染みとではわけが違うと思う。両親の離婚でこっちに連れて来さされて、それでも未練があるのかこっちでは友達を作らんかった私。でも5か月前か、中学時代からの彼氏とも呼べる存在であったやつが私の一番の友達と付き合ってるって聞かされた時はショックやった。けど何とのう、2人は好き同士やってことも分っとったし、それに関しては今はさっぱりしてる。でもその当時は心が完璧折れてもうとったしな? そんな私を優しく受け止めてくれたのが藤田くんや。そやから藤田くんにはすごく感謝してる。
いや、藤田くんだけやない。幼馴染みでずっと一緒におった神岸さんには、彼を奪ったかもしれん負い目を感じてまう。神岸さん本人はそんなこと1つも言うてへんけど、私たちを見つめとる目がどことなしか悲しく見えた。そないなことを考えてるうちに駅に着く。私の家はここから4駅ほど行った先やから、ここで彼ともお別れや。いつもの笑顔で彼が言う。“じゃあな、智子。また明日学校で…” 私は言った。“さっきのこと、神岸さんにちゃんと言うとってや。約束やで” って…。“ああ、分かったよ…” と言わんばかりに手を挙げて去っていく後ろ姿を見つつ、改札をくぐりながら左手の薬指を見る私。そこには今日彼からもらった指輪がキラキラと輝いとった。
TRUE END