私の大好きな旦那様
今日は私の24回めの誕生日。今年で24歳になる。私の名前は藤田あかり。昨年、付き合っていた彼・藤田浩之ちゃんと結婚した。浩之ちゃんとは物心つく前からの知り合い。いわゆる幼馴染みという間柄だ。幼馴染みは恋人になれない…。と言うのをどこかの本で見たことがあるけど、それは間違いだって思ってる。だって私はこんなに素敵な幼馴染みの彼と結婚したんだから…。うふふっ。
今日は浩之ちゃんが久しぶりにレストランに誘ってくれた。いつものファミレスかなって思ってた私はびっくり! だって見せてくれたパンフレット(招待券付き)には、高級そうな食材がびっしり書いてあったんだもん。一般庶民の私には想像もつかないくらいのもの…。十万円くらいのディナーコースなんだって。
「どこで手に入れたの?」
ディナーのパンフレットを見せられた日。私はそう浩之ちゃんに尋ねる。照れ隠しに頬をぽりぽり掻きながら浩之ちゃんはこう言った。
「いやな。今日会社の食事時にな。後輩の千堂が、“藤田先輩。明日先輩の奥さんの誕生日じゃなかったっすか? ちょうど良かったっすよ。うちのと一緒に以降と思っていたディナーの券、貰ってくれません? 実は明日、急な用事が入っちゃって行けなくなっちゃったんすよ…”って言ってな。で、貰ったんだ。ああ、事情のほうは千堂のやつが話してくれてるみたいだから大丈夫。…で、どうだ? あかり。ディナー食いに行かねえ?」
そうだったんだね、浩之ちゃん。でも千堂くんには悪いことしちゃったかなぁ〜。千堂くんのところは先月結婚したばかりで新婚ほやほやなのに…。今度お礼でもしておこう。私はそう思ったの。
で、現在。私は浩之ちゃんとの待ち合わせ場所に向かってる。もう2月も終わりなんだね〜。早いなぁ。厚手のコートを羽織って歩く。駅前の商店街のアーケードにはもう桜の花びらをかたどった模様で、“祝・卒業記念”なんて言う大壇幕が飾ってある。そっか…。もうあれから6年も経つんだ。足を止めた私は感慨深げにその大壇幕を眺める。
志保や保科さんやレミィはどうしてるだろ…。そう思うと私も年をとったんだね? と、一人可笑しくなってにこっと微笑んだ。また歩く。こつこつと私の歩く足音が辺りの喧騒に消えていく。やがて駅が見えてくる。待ってるかもしれない。自然と早足になった。
駅に到着する。通勤客でごった返す駅。切符売り場で切符を買い、自動改札で買った切符を通し待ち合い場所に向かった。足を急がせる。こつこつと足音が構内に響く。ふと前を見るとおいでおいでと手招きしている手が人波の向こうに見えた。
「ひ、浩之ちゃん。遅くなってごめんね? ふぅ、ふぅ…」
「お前、こんなときまで“浩之ちゃん”かよ…。ったく、しょうがねーなー…」
「だ、だって〜。浩之ちゃんは浩之ちゃんだし。私にとってはやっぱり浩之ちゃんだし。これからもず〜っと浩之ちゃんだし…」
「だーっ!! オレの名前を連呼するんじゃねーっ!! 恥ずかしいじゃねーか…。ったく。昔のまんまだな…。お前はよ」
そう言うとぺしっと頭を軽く叩いてくる私の大好きな旦那様。藤田浩之ちゃん。物心つく前からの長い付き合い。ただ昔はいっぱいイタズラもされたし泣かされもした。私は浩之ちゃんのことが怖かった。でも、あの夕暮れの公園での一件で私は浩之ちゃんのことが怖くなくなったの。ほんとはすごく優しいんだって、照れくさくてあんなイタズラばかりしてるんだって。お母さんも言ってたことだし、それより何より自分でも思ったの。
「何だぁ? 嬉しそうな顔しやがってよ…。ったく、しょうがねーなー…」
浩之ちゃんを微笑みながら見つめていると、むすっとした表情でこっちを見つめてくる浩之ちゃん。しばらく私の顔を見つめると、ため息を吐きつついつもの顔になる。私はその顔が大好き。ホームに上がると電車が来ていた。
「あの電車かな?」
「ああ、そうなんじゃねーか?」
そう言って私は電車を見る。浩之ちゃんは単簡にそう答えた。場内アナウンスは喧騒で聞けなかったので直接電車を見る。間違いない。都心に向かう電車の色だ。入ってきた電車の扉が“ぷしゅーっ”と開く。ぞろぞろと乗客が降りてくる。しばらく待ってから乗り込んだ。
「うわぁ〜…。すごいところだね? 浩之ちゃん」
「あっ? ああ、そうだな……」
最寄の駅について歩くこと10分少々。目の前には大きな門構えのホテルがあった。そこの最上階が目指す料理店なんだって。も、もう少し正装してくればよかったかな? 一応は春色の可愛いワンピースと厚手のボアの入ったコートは着込んでるけどね? 浩之ちゃんもいつものだらしないネクタイの結び方じゃなくてきちっとした結び方をしてるけど…。
「いらっしゃいませ。お客様」
ボーイさんに案内されて受付へと進む私たち。受付の人に招待券を見せると、
「招待券をお持ちの方ですか? ……え〜っと、あっ、千堂様より、御伝言を預かってございます。藤田様でございますね? 当ホテルのディナーにようこそ。ディナーはこの先のエレベーターを昇って頂きまして、最上階、25階にございます。それではどうぞ。楽しんできてくださいませ…」
そう言うとにっこりと微笑みながらお辞儀をする。私たちもつられるかのようにお辞儀をして受付の人が言っていたエレベータへと向かった。エレベーターの前、階を示す表示を見ると、幸いなことにエレベーターは降りてきていた。しばらく待っていると1階へと降りてくる。ドアが開くと満足そうな顔をしたカップルたちが降りてくる。この人たちもディナーに来たんだろうね? 心の中で微笑みながらそう思った。
エレベーターに乗る。ここのホテルは1階から5階まで吹き抜けで、エレベーターの窓から中の様子が伺える。5階まで来ると人が小さく見える。ボーイさんがあっちこっちと動き回ってて、ちょっとユーモラスだった。やがてエレベーターは最上階、25階へ到着する。チーンと言う音とともに、扉は開いた。
「藤田様ですね? どうぞこちらに…」
レストランの前、私たちを待っていたかのように一人のボーイさんが待っていた。ちなみに最上階であるここはレストランになっていてホテルに宿泊していなくても利用出来るのだそうだ。ボーイさんに案内されて窓際の席に通される。
「こちらが今日のコースメニューでございます。お決まりになりましたらわたくしめにお申し付け下さいませ。それではごゆっくりどうぞ…」
こう言うとボーイさんは奥へと消えていった。メニューを見てみるとお肉のコースとお魚のコースとがあった。浩之ちゃんはやっぱりお肉だろうな…。そう思っていると案の定浩之ちゃんが、“オレ、肉のほうにするわ”って…。うふふっ。浩之ちゃん、お肉大好きだもんね。そう思って私はお魚のコースにした。ボーイさんを呼ぶ。
「お決まりになりましたでしょうか?」
「あっ、ああ…。オレはこっちで。こいつはそっちで」
浩之ちゃんが私の代わりに言ってくれた。ボーイさんは更に、
「ワインはどう致しましょう。1896年物のブルゴーニュの白など如何でしょうか。本来なら魚料理に合うワインなのですが、お肉にも合うと評判でございますが…」
「じゃあ、それでお願いします」
「かしこまりました。ではメニューのほうは返させて頂きます。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
ワインの注文とメニューを持ってボーイさんは厨房へと消えていく。外を見てみる。最上階と言うこともあり夜景がとてもきれいだった。まるで宝石箱をひっくり返したように色とりどりのネオンが見える。しばらく黙って外を見つめていた私は、ふと浩之ちゃんの顔を見た。何も言わず、優しい目をして私の顔を見つめている。
「浩之ちゃん?」
「ん? 何だ? あかり」
私がそう言うと目線を逸らす浩之ちゃん。ひょっとして私の顔に何かついてたのかな? そう思って聞いた。
「さっきから私の顔見てたでしょ? どうしたの? 何かついてる? 口紅とかはみ出してないよね? 嫌だなぁ〜。はみ出したままここに着てたら、道行く人の笑いものだよ〜…」
「バッ、バカ。そんなんじゃねーっての! オレはただお前の横顔が可愛かったから、そ、その、何だ…。み、見てただけだ」
そう言うと浩之ちゃんはぷいっと窓のほうに向いてしまう。私はそんな浩之ちゃんの横顔を見ながら、改めて浩之ちゃんのお嫁さんになってよかったと思った。
「大変だったんだよ? 気が付いたら誰もいなくなっちゃってて…」
「ハハハ、そりゃ災難だったなぁ〜」
と、そんな雑談をしていると、ボーイさんがシャンパンを持ってくる。突然居住まいを整える私たち。そんな光景が少し滑稽で、私たちはお互いの顔を見合わせるとぷっと吹き出してしまった。ボーイさんは数秒間そんな私たちを不思議そうに見つめると、慇懃に礼をしてこう言う。
「楽しいお話の途中申し訳ございません。こちらは当レストランのサービスとなっております食前酒でございます」
そう言いながらグラスを二つ私たちの前に置き、シャンパンを注ぐ。シャンパンから出る泡が夜の街の光に溶けていくような感じがした。一口飲む。甘さの中にほのかな苦味があって実に美味しい。どこのだろう? そう思って浩之ちゃんのグラスに注いでいたボーイさんに聞いてみる。すると、
「こちらでございますか? こちらはドン・ペリニヨン1990でございます。結構美味しいと当店でも評判でございますよ?」
一本3万円もするシャンパン…、うちじゃあ、一本98円の缶ビール十本が関の山…。はぁ〜っと大きなため息を吐くとまた一口口に含んだ。と、そこへ前菜が運ばれてくる。いよいよ料理が出来たんだね。そう思った。
一応テーブルマナーは身につけている私。でも、浩之ちゃんは全然知らないみたいだったので教えてあげることにした。ちょうど招待券を見せられた日から練習が始まる。最初はぎこちない感じだった浩之ちゃんだったけど、2・3回やってると慣れてきたみたいだった。今はもう完璧マスターしている。やっぱり浩之ちゃんはやれば出来る人なんだね〜。彼の顔を見ながら改めてそう思った。
メインディッシュがやってくる。私はお魚の料理“鱈のムニエル・ブルゴーニュソースがけ”で、浩之ちゃんはお肉料理“子牛のプロバンス風”という料理。早速一口、もぐもぐと食べる。美味しい。どんなソースなんだろうと思って食べる。ひょっとしたらうちでも作れるんじゃないのかな? そう味を確かめながら食べる。浩之ちゃんを見る。一応美味しそうに食べてはいるんだけど…。何か物足りなげな感じだ。何でかな? あまり美味しくないのかな? そう思った私は浩之ちゃんに聞いてみた。すると…。
「いや、味は美味いけどよ…。なんつーか、もう一つなんだよな…」
って言って微笑んでいる。何でだろ? こんなに美味しいのに…。そう思った。もぐもぐもぐ…と、食事は進む。浩之ちゃんに少し私のお魚をあげて、私も浩之ちゃんからお肉をもらった。もぐもぐと食べてみる。柔らかいお肉にちょっと甘めにソースがマッチしていてとても美味しかった。こんなに美味しいのに…。どうしたんだろう浩之ちゃん…。少し不審に思った。お魚料理を食べてみて気付く。これならうちでも出来るんじゃないかなぁ〜って。うちでも挑戦してみようかなぁ〜。ソースの感じも何だか分かってっきたみたいだし。うん! 家に帰って早速研究してみよう。私はそう思ったの。
メインディッシュを食べ終えてワインを一口。舌で転がすように飲む。喉に伝わる仄かな苦味が心地良い。ふぅ〜っと一息吐くと、運ばれてきたデザートの桃のシャーベットに口をつける。ほんのり甘くて、お肉やお魚を食べた後にはちょうど良いんじゃないかなと思った。最後の一口を食べ終える。ここでも何か物足りなげな浩之ちゃん。少し考えて、そうか! と気付いた。うちではいっぱい作っていっぱい食べるから…。と一瞬思ったけどちょっと待ってと考える。雅史ちゃんの結婚式の時もこんな料理が出てきて、その時は今のような物足りなげな顔じゃなくってちゃんと食べてかな…。どうしたんだろ? 本当に。少し心配になってきちゃったよ。
ホテルを出る。時間は9時ちょっと前。明日も浩之ちゃんはお仕事なので急いで帰ることにする。電車に揺られて10分ちょっと。電車は駅に到着する。ここから歩いて7・8分の所に私たちの住む家がある。って、そこは浩之ちゃんの家なんだけどね? てくてくと家路を歩いていると浩之ちゃんが…、
「フランス料理ってよ…、いつも思うんだが、何であんなちょっとずつしか出さねーんだろうな。もっといっぱい出しゃ腹も満腹になっていいのによー。やっぱり庶民派なのかね〜。オレは…」
って、お腹を摩りながら言う。お肉は結構ボリュームあったと思ったのに…。さすがだね? 浩之ちゃん。……冷蔵庫には、って考えてみる。昨日の残りとかがあったし。しばらく熟考。うん、大丈夫。そう思って、“じゃあ帰ったら何か作ろうか?” 私がそう言うと途端に嬉しそうな顔になって…、
「おうおう! そうしてくれるとありがてーや。やっぱりオレはあんな片っ苦しい料理じゃなくて、お前のそのありふれた平凡な料理のほうがいいわ…」
「ありふれた平凡な料理ってどういうこと? 浩之ちゃん! これでも毎日の献立考えるのに苦労してるんだよ〜?!」
ぷぅ〜っと頬を膨らませて言う私。でも心の中はあったかだ。浩之ちゃんを見るとしきりにぺこぺこ頭を下げている。その仕草が妙におかしくて、頬を膨らませていた私はぷっと吹き出してしまう。浩之ちゃんを見る。へへへっと笑いながら照れ隠しに鼻を掻いていた。にこっと笑顔になる私と、私の大好きな旦那様。これからも私のこと、よろしくね? そう思いながら帰る道。今日2月20日、私の誕生日だった。
END