展覧会の絵


 今日10月9日はオレの彼女の琴音ちゃんの誕生日だ。あのチカラの原因が分かってから早3年の月日が流れようとしている。オレは大学2年生になった。琴音ちゃんは1つ下だから大学1年か…。そういやあかりたちと一緒にお祝いしたっけなぁ〜。はははっ、どうも最近物忘れが激しくなっていけねーや…。とこの間も約束の時間をすっぽかしちまって、後でぷぅ〜っと頬を膨らませた琴音ちゃんにペコペコ頭を下げまくってたっけ…。そばにいたあかりたちにまで怒られる始末だったよなぁ〜。はぁ〜っとため息を一つ。ちなみに琴音ちゃんは美術の才能を生かして美術系の大学へ進学した。あのチカラのコントロール法を覚えてからすっかり自信もつき、友達も随分と多くなった琴音ちゃん。そんな彼女を遠目で見てはつくづく、“良かったな? 琴音ちゃん…” と心の中で言っている。微笑んだ顔からはあの高校時代、初めて会った時のおどおどしていたような感じはもう過去のものだとオレは思う。
 美術大学と言うことで、いろいろ写生に行くそうなんだが、この間書いた絵が非常に好評価を得て講師から展覧会に出展しようという話になったんだそうだ。オレも興味が沸いたので“じゃあ誕生日のデートはそこにしようぜ?” と言う。実のところあかりにちょっと洒落たレストランを教えてもらっていたんだが、芸術の秋と言うこともあるし、また彼女の描いた絵にも興味を惹かされたオレはこう言う。彼女は恥ずかしそうにしながらも“はい” と言った。で今日だ。駅前で琴音ちゃんと会って、市内の美術館へ向かう。何でも今月は、芸術祭なんて言うものが開かれているんだそうだ。秋になるとこういう催しがよく開かれることは知っていたが、まさかうちの市でも開かれているなんてな? と思う。琴音ちゃんに言うと、
「神岸さんの仰ってた通りですね? うふふっ」
 と、オレの顔を見てくすくす笑う。あかりのやつめ、また何か吹き込みやがったな? 今度グリグリしてやる。と思いながら他愛ない話をして目的地の美術館へと向かった。まあ美術なんて言うものには、全然興味のないオレ。高校の美術の教科書に載っていたピカソやダリの絵などはどこがいいのかさっぱり分からん。まああの絵は特殊と言えば特殊すぎる絵ではあると美術の先生が言っていたんだが…。とにかくそんな関心のないオレではあるんだが、琴音ちゃんの絵には興味があるわけで…。不思議だな…と自分でも思った。
 そうこうしているうちに美術館に到着する。中へ入るとこれまた高校の音楽の時間で聞いたことのある音楽が流されていた。何ていう名前の曲だったっけ? 記憶の糸を手繰り寄せるように考える。はっと気付いた。そうだ、確かムソルグスキーってロシアのやつの“展覧会の絵” っていう曲だ。でもいまいち分からないので琴音ちゃんに聞いてみると、
「はい。そうです。さすがは藤田さんですね? 何でもこの曲はムソルグスキーさんが亡くなられたご友人のハルトマンさんの絵を基にこの曲が作られたんだとわたしは記憶しています。で、この曲はプロムナードって言う曲なんだそうですよ?」
 そう言うとにっこり微笑む琴音ちゃん。ふぅ〜、やっぱり博識だぜ。どっかの三流新聞の怪しげな3面記事をもっともらしく喋くりまくる女とは大違いだな…。受け付けのお姉さんに軽く会釈をしながらそう思った。
 早速絵を見ていこう。そう思いギャラリーを見ていく。ちょっと繊細的という絵からかなり大胆な絵までいろいろ飾られている。そんな絵の中で一番に目を引いたのはやっぱり横にいるオレの彼女の絵だったことは言うまでもない。でもこれって、オレじゃねーのか? そう思い彼女に言うと、ぽっと頬を赤くして俯いてしまった。何て言うかちょっとハズい。ふとその絵の横を見ると、有名な画家の寸評が載っていた。どれどれ…と読んでみる。
「作品的には一般的な男の人と人魚の女の子が戯れている絵なのですが、何だか心が惹かれるような感じがこの絵からは伝わってきます……」
 ほかにも専門的な事柄がごちゃごちゃ書かれてあったが、前述のとおりオレは美術は高校で齧った程度なので、詳しくは分からん。だがこの琴音ちゃんの絵だけはすごく伝わってくるような感じがした。蒼い海の中でオレをモチーフにした男が人魚の女の子と戯れている。そういう絵だ。この人魚の女の子には名前はない。だがオレには横で恥ずかしそうに俯きながらオレの顔と絵とを上目遣いでちらちら見ている彼女のような気がする。もちろんそのことを言えば彼女は否定してくるだろう。でもオレはそう感じた…。


「藤田さん。今日はありがとうございました…」
 暮れなずむ街の一角、わたしは一言そう言った。わたしのことを本当に理解してくれて、そして支えてくれる人。その人のために一生懸命描いた一枚の絵…。出展することが決まったのは夏の終わりごろかな? そんな時期だった。完成間近な時期だ。ふとわたしの前を通りかかった講師の先生に“幻想的で素敵な絵だね?” って誉めてもらった時はとても嬉しかったことを覚えている。出来上がって一人見る。蒼い海の中で男の人と、人魚の女の子が楽しそうに泳いでいる絵。もちろんこの男の人のモチーフはわたしの好きな人・藤田さん。人魚の女の子は…。わたしの今までの気持ちをキャンバスに表した感じだ。今までの嫌なことが綺麗になくなったこと。それからコントロール出来るはずがないと諦めかけていたチカラがコントロール出来るようになったこと。友達もいっぱい出来たこと。すべてわたしの目の前、照れくさそうに頬をポリポリ掻いている彼のおかげ…。そう思い出してはにっこり微笑む。と、彼が…、
「いや、お礼を言うのはっこっちの方だって…。ありがとな? 琴音ちゃん。あ、あのさ…。これ、今日のお礼に受け取ってくんねーかな?」
 そう言って小さな包みを差し出して恥ずかしそうにい前にも増して頬をぽりぽり掻く彼。“一応ネックレスなんだけど…。ほら、今日琴音ちゃんの誕生日だろ?” そう言う藤田さん。はっと気づく。そう言えば今日はわたしのお誕生日だったんだと。パパとママはわたしの大学進学とともに地元の北海道に帰ってしまったので高校時代のときのように、結婚記念日のような記念日ごとにささやかだけどケーキを買ってお祝いしたりすることもなかった。だから、わたし自身すっかり忘れてしまっていたって言うのに…。覚えていてくれたんだ…。そう思うとちょっと目に涙が浮かんでくる。でも、にっこり微笑んで“あの、開けていいですか? そう聞くわたし。と、“あ、ああ…” と恥ずかしそうな顔をもっと恥ずかしそうにして彼は言う。包みを丁寧に破っては箱を開けるとわたしの大好きなイルカの飾りのついたネックレスが入っていた。途端に涙が溢れてくる。嬉しくて…。彼の優しさがわたしの心を満たしていくようで…。
「あ、ありがとう……ございます……。浩之さん」
 って何度もおうちで“浩之さん”に向かって練習した言葉が出てくる。今まで何度も練習した言葉…。やっと言えた…。浩之さんはわたしの体を…、ううん、わたしの心を優しく抱きしめてくれる。その温かな鼓動がわたしの心に響いてくる今日10月9日、自分自身でもお忘れかけていたわたしの19歳のお誕生日だった。

END