眼鏡の秘密


「藤田くん。昨日の夕方、私と会っとっても分からん振りしてからに…。ほんま神岸さんの言うとおりイジワルなんやからな?…。もう…」
「だからな? 眼鏡をかけたのとかけてないのとでえらく印象的に違うっつうか…。とにかくこのとおり謝るから、機嫌直してくれ〜」
 今日9月10日は、オレの女友達でありかつ、クラスの委員長でもあった保科智子の誕生日だ。あったという過去形なのは、それはもう6年も前の話なわけで…。来春大学のほうを卒業するオレたち。ついでを言うと彼女のあかりとは半ば同棲生活を送っているわけだ。あいつとはガキの頃からの長い付き合いでお互い気心の知れたやつだったわけだが、高校2年の春だったか、やっと幼馴染みから卒業して世間一般で言うところの彼氏彼女の間柄となった。以後6年このような関係を続けている。昨今の不況の影響からか就職難が叫ばれているのだが、オレの知ってるやつは全員就職先が見つかったわけだ。まあ、例外はいる。高校時代、不倶戴天の敵であった長岡志保なわけだが…。どう言うわけかあいつは関西の大学へ行ってしまっているので、どこで何をやってるのかさっぱり分からんわけだけどな? 何故かは知らんがあかりとも音信不通らしくあかりが心配していた。まああかりとは親友同士なあいつだから多分迷惑かけさすまいと思ってわざとにやっているんだろう。そう思うわけだがもう少し連絡してきてもいいんじゃねーのかとも思う。まあ今度冬休みにでも帰ってくるだろうから、その時にでもこってり絞ってやるか…。そう思った。で、話を戻そう。まあ普通なら誕生日はにこにこ笑顔で迎えるものが一般的なものなんだが、彼女は怒っている訳で…。いや、怒ってると言うより拗ねてると言う方が正しいのか? まあそんな感じだ。だが何で彼女が拗ねているのかと言うとだな? そう、それは昨日のことだ…。
 昨日、あかりと夕飯の材料を買いにいつものスーパーに行く道すがら、見覚えのある顔に出会う。あかりは食材選びに夢中になっていたので気がつかなかったらしく、“浩之ちゃん、女の子のお友達多いからね?” と帰りしな妙に意味深に笑ってやがったので、ちょっとばかり腹が立ったから軽くデコピンをかましてやった。向こうはオレの顔を知ってるように赤くなって俯いてるようだったが、オレには一向に分からん訳だ。ちょうど薄暮の時間だったんで顔とかが余計に見難くなる時間だったわけだが、それが今、隣りでぶすっと頬を膨らませている智子だったとは露にも知らなかった訳だけどな? と言うか眼鏡があるかないかでこうも変わるヤツっつうのも、案外珍しいとは思うんだが…。とこんなことを言っちまうと膨れた頬をもっと膨らませて上目遣いに睨んでくるので滅相にもそんなことは言えないわけだが…。
 でもオレのことは一旦棚に上げて、智子に文句を言いたい。いつもは眼鏡を常に掛けているのに何で昨日はかけてなかったのか? そもそも学内では常時掛けているのに何で学校から帰って私服に着替えた途端にコンタクトにするのか? 確かに普段眼鏡を掛けた子が掛けてこない日にはそのギャップにいいなぁ〜と感じるところもあるだろう(いわゆるギャップ萌えと言うやつなのだが)。それに高校時代に一回だけコンタクトにした智子を見たこともある(確かあれは別れた親父さんとどこかに行くときだったか?…)。が、やっぱり眼鏡っ子は眼鏡を掛けていくらって言うもんだ…。そう思う。とオレがそんな妄想に耽る間もなく突然脳天を軽くグリグリされる。はっと我に帰って横を見ると恐ろしいほどににこやかに微笑む智子の姿があった。


「全く藤田くんは〜…。そんなに眼鏡が好きやったら自分も眼鏡掛けたらええのに…。ぶつぶつ…」
「いや、オレは別に眼鏡が好きなわけじゃあなくてだな? 眼鏡を掛けた智子がお気に入りなわけだ。うん」
 全くいつも通り上手いこと言いよって反撃のチャンスすら与えてくれへんのやから…。いつものように一緒に帰る道すがら彼はうんうん頷きながら私の横を歩いとる。相変わらず頬を膨らませている私に彼は言う。“じゃあ智子…。眼鏡外してよく顔を見せてくれ” って…。い、いきなり何言い出すんや? そない思て彼の顔を見ると真面目な顔でこっちを見とる。ふぅ〜、突拍子もないこと言うんはいつものことや〜って思っとったけど、今日は特別やな? そない思て、言うとおりに眼鏡を外す私も私なんやろうけど…。外して眼鏡ケースに眼鏡を入れて前を見るとぼや〜っとした世界が広がっとる。と横にいた彼が手を引いて歩き出した。彼の顔を見るけど私は近視の上に乱視も入っているので表情とかは分からへん。あっちこっち道を曲がっているうちに目的地に到着。“ちょっとだけ待っててくれ” そう言い残すと彼はどこかに行ってしまう。私は待ちぼうけを食わされる。見えん目をじ〜っと凝らして見るにここは商店街の一角なんやろう。そない思た。どれくらい経ったんやろうか、しばらくして藤田くんが“待たせたな?”そう言うて手を取る。一緒に歩いて屋内なんやろうか、建物の中へ入る私。そこでようやく“智子。もう眼鏡掛けていいぞ?” と言う彼の声。“な、何やの? 全く…” ぶつぶつ文句を言いながら仕舞っておいた眼鏡をケースから取り出して掛ける。ふっと見るとそこは宝石店の店内。えっ? えっ? 一瞬訳が分からなくなる私に、にこっと微笑んだ店員さんが言う。
「こちらなどよろしいのではないでしょうか? 知的なあなたにぴったり似合いますよ?」
 そう言って持ってきたのは9月の誕生石“サファイア”の指輪。まだ訳が分からない私は彼のほうを見る。彼は何も言わず優しく微笑んでいる。“まあ、オレやあかりやみんなの分の誕生日プレゼントだと思ってくれや…” そう言うと頬をぽりぽりと掻く彼。まあこんなことを考えるのは十中八九彼の彼女なんやろう。そない思て、“なあ、藤田くん。藤田くんだけで買うてくれへんの? 私、楽しみにしとったんやで?” と言うてやる。まあ、普段イジワルばっかりされとる意趣返しや…。と彼のほうを見ると案の定困った顔になっとった。


「しっかし智子にもイジワルなことを言われる日が来るなんてな。正直びっくりだ…」
「当たり前やわ。私かていっつも藤田くんに言われっぱなしやあらへんからな? でも、ありがとうね?」
 にっこり微笑みながら智子はそう言う。それにしても委員長からいつの間にか智子と呼び名が変わっているわけで…。あれはいつ頃だったのかと考えながら歩いていると急に腕を掴まれる。掴まれた方を見ると案の定、智子がちょっとぷぅ〜っと頬を膨らませているわけで…。
「藤田くん! 早よせなまた神岸さんに怒られるで? せっかくの私の誕生日やのに、怒られとる姿を見るやなんてこっちが嫌やわ…」
「ああ、そうだな? オレもあまりあかりを怒らせたくねーし。急ぐか」
 にっこり微笑み合いながらそう言い合って、オレの家まで走る今日9月10日、オレの女友達で相談相手な保科智子の21歳の誕生日だ。

END