オレは、彼女を救えなかった。
 琴音ちゃんの最期の顔は安らかだった。オレにはその顔が忘れられない……。
 琴音ちゃんの墓前の花輪は、雪が積もりかけていた。季節は2月上旬、その日東京には、あの時と同じように雪が降っていた…。
「歩いて帰るか…。じゃあ、また来るよ…。今夜は積もるかもしれねーなぁ…」
 オレは、墓地を後にした。


続・永遠の彼女

改訂版


 オレは、歩いていた。ただ黙々と…。冷たかった。寒かった。雪が積もっていく。だが、オレは歩いていた。
 季節は2月だった。彼女が天国へと旅立ってから、もう3ヶ月が経っていた。オレは、あかり達にすべてを話した。そして、心の底からあかり達に詫びた。
「琴音ちゃん…」
 ふと、葬式のことが思い出される。葬式は教会で行われた。簡素な葬式だった。
 出席者は、オレと葵ちゃん、あかり、雅史、志保、委員長、レミィ、マルチ、セリオ、先輩、綾香、理緒ちゃん、というお馴染みのメンバーだけだった。
 彼女の親戚は誰一人彼女の葬式には来ていない。
世間体が悪いからでしょうね…
 先輩がそうぽそぽそと言った。天国に旅立つときまで、彼女の心は救われないのか…。
 オレはそう思った。葬式は寂しいものだった。両親はあの後、保護責任者遺棄罪という罪で警察に逮捕され、今は裁判中らしい。
 でも、そんな裁判をしたところで彼女が帰ってくるわけでもない…。オレの心は、ただ虚しいだけだった。
「可愛そうでしたね…、琴音ちゃん」
 葬式の帰りがけに、葵ちゃんがポツリ、そんなことを言った。
「ああ、そうだな…」
 そうオレは言う…。
 彼女がなぜ死ななければいけなかったのか…。3ヶ月経ってもオレは考えている。琴音ちゃんをあの時叱っていれば、彼女はもうちょっと長く生きられたのかもしれない…。
 オレは、心に大きな十字架を背負った。
 一生、オレはこの十字架とともに生きることになるだろう…。琴音ちゃんの最期の顔がオレの脳裏に焼き付いて離れない…。
 彼女は、最後に何を言いたかったんだろう……。
 オレの一生の問いとなるだろうな…。きっと……。
 そう思う。でもそう思えば思うほど、オレは、自分で自分が分からなくなっていた……。


 そうして、3時間、どこをどう歩いたのか分からないが、オレは家の前まで来ていた。
「ふう…」
 一つため息をつくと鍵をあけようとする。と……。
「藤田先輩…」
 どこからか、オレを呼ぶ声がする。
「ん?」
 オレは後ろを振り返った…。振り返った先を見てみると、葵ちゃんがいた。
「葵ちゃんか…、どうしてここへ?」
「先輩こそ、どこに行っていたんですか? こんな夜遅くまで…」
 彼女は逆に尋ねてきた…。
「どこでも…、いいだろ…」
 オレはそういうと目を背けた。言いたくなかった…。
 オレは自分が弱い男であると、誰にも知られたくなかった。葵ちゃんやあかり達にも…。それは……、そう…、琴音ちゃんにも…。葵ちゃんは…、
「また、琴音ちゃんのところへ行っていたんですね?…」
 そう言った。葵ちゃんを見た。葵ちゃんの目は、悲しい目だった…。
「いや、ちょっと飯を食いに行ってただけだぜ…」
 オレは強がりを言った。葵ちゃんに嘘をついている。葵ちゃんはオレが強がりを言っていると言うことが分かったのか、寂しそうに俯いた。
「それより葵ちゃん。何しに来たんだ? こんな寒い日に…」
「はいっ、あの…、格闘技同好会のことで、ちょっと…」
 彼女は、そういうと上目遣いにオレの方を見ている……。
「ここじゃなんだし、あがんなよ…」
 とりあえず、玄関の扉を開ける。家に上がったオレは、葵ちゃんをリビングに通し、暖房をつけた。
「ちょっと、待っててくれよ…」
 ラフな格好に着替えてきた。今、お茶を沸かしている……。
「冷えきっちまって…。寒かっただろうに…。…用事なら電話でもすりゃいいのにさ…」
 笑いながらそう言う。お茶をテーブルまで運び、静かに置いた。
「いえ、今日は大事なお話ですから、直接会ってお話がしたかったんです」
「それで、同好会の話って何?」
 お茶を飲みながら、オレは尋ねる…。
「あのっ、先輩はまだ正式なクラブ会員じゃありませんよね? だからっ、先輩…。私と一緒にクラブ、続けてくださいませんか? 先輩、何だかとても寂しそうですし…。私、私…、そういう先輩の顔、見たくありません……」
 葵ちゃんは、真剣な眼差しでオレの方を見て言った…。
 オレは、まだ正式なクラブ会員ではなかった。琴音ちゃんと別れて、元気がなかったオレを励ましてくれた娘が葵ちゃんだった。
 …いや、あかり達も励ましてはくれていた。
 でもこの娘が一番オレのことを励ましてくれたんだ…。
 オレはそう思った。…オレは、仮入部と言う形でクラブに入部した。しかし…、オレは琴音ちゃんのことを考えると……、そういう気分にはなれなかった…。
「ごめん…。葵ちゃん。オレは…、オレには…、まだ気持ちの整理ができてねーんだ。だからこんなオレがクラブに入部したって、葵ちゃんの足手まどいになるだけだ…。葵ちゃん…、ごめんな…」
「……やっぱり先輩…、まだ琴音ちゃんのことを?…」
 葵ちゃんは、そういうと目を閉じる。
「ああ…」
 オレはその一言しか出なかった。罪の意識に苛まれる。
“オレは彼女を見殺しにしたんじゃないのか…”
 という罪の意識に…。
「藤田先輩…。そうやって、自分を責めるのは琴音ちゃんのためにも、先輩のためにも、良くないと思います。だから先輩、頑張って…、頑張って下さい。琴音ちゃんのためにも…」
「なっ! ……あ、葵ちゃんに…、葵ちゃんにオレの気持ちが分かってたまるかよ!!」
 オレは、そう言って目を閉じた。涙が溢れる……。しかし、泣かなかった。……悔しかった。オレは葵ちゃんにまでそんなことを言ってしまったのか…。
 葵ちゃんは、無言のまま俯いた。俯いたまま顔を上げない…。彼女は泣いていた。重苦しい時間だけが流れた。
 どれくらい経ったのだろうか?
「そろそろ帰ります…」
 葵ちゃんがぽつり、そう言う。時計は午後十時を指していた。
「……葵ちゃん…。門限は、大丈夫なのか?」
 オレは呟くようにそう言った…。
「はい。大丈夫です。お母さんには遅くなると言っておきましたから…」
「じゃあ…、送っていくよ…」
「いえ、今日は私一人で帰ります。先輩…。それでは、失礼します…」
 葵ちゃんは、そう言うと一人、帰っていった。オレはただ、彼女が帰っていった方を見つめるだけだった…。

 私はそう言って藤田先輩の家を出た。
 先輩に元気になって欲しい。そうは思ったんだけど、私は、口下手でどうもうまく話せなかった…。
「琴音ちゃん…、私は先輩を元気にすることができる? ねえ?」
 私は天に向かって呟く…。
 空を見た。東京地方のこの時期には珍しい雪が、私の空を見上げた顔に当たる。私の体温で雪は解け、水になって流れ落ちる。
 それと同時に水とは違う何かが流れ落ちた……。

「何やってんだろうなぁ。オレ」
 オレは一人呟いた。
“葵ちゃんに…、葵ちゃんにオレの気持ちが分かってたまるかよ!!”
 なぜ、あんなことを言ってしまったんだろうか?
「葵ちゃん……、ごめんよ…」
 すまないと言う気持ちでいっぱいになる。
「何やってんだろうなぁ…、オレは…」
 オレは一人ゴチた。そしてあくる日…。


「浩之ちゃん、元気がないね…。やっぱり、琴音ちゃんのこと…」
 学校に行く途中であかりがそんなことを聞いてきた。
 オレは無言だった。言いたくなかった。でもあかりは…、
「浩之ちゃん…、自分を責めないで…。琴音ちゃんだって、今の浩之ちゃん見たらきっと悲しむと思うよ。私は、浩之ちゃんが好きだった。でも、琴音ちゃんは私なんかより、ずっと好きだったに違いないよ。それに、葵ちゃんだって、浩之ちゃんのために頑張ってるんだよ。だから浩之ちゃん…、自分をそんなに責めないで…。お願いだよ」
 そう言った…。
「あかり…、お前に…、お前に何が分かるっつーんだよ。オレは、目の前で琴音ちゃんを死なしてるんだ。オレは、ただ見ているだけしか出来なかったんだ…。オレは、何も出来なかったんだ…。何も出来なかったんだよ…。オレが…、オレが彼女を殺したのも同じだ!!」
 オレは、怒鳴った。あかりは、何も喋らなかった。よく見ると、涙が一筋、頬に流れていた。
 その日の下校時、オレは急いで帰っていた。
 しばらく…、葵ちゃんやあかりには会いたくない。そう思った。
 しかし、オレの行動パターンはあかりには読まれていた。やはり幼馴染みは伊達じゃなかった。あかりは、オレが来るのを待っていた。
「あっ、あかり、何でここに?」
 オレはうろたえる。と……、
「浩之ちゃん…。来るのずっと待ってたよ…。さ、出てきて」
 あかりが誰かを呼んだ。
「先輩…。こほっ、こほっ」
 葵ちゃんだった…。葵ちゃんは風邪を引き掛けているのか、いつもの元気がなかった。
「浩之ちゃん、酷いよ。葵ちゃんにあんなこと言うなんて…。傷付いているのは浩之ちゃんだけじゃないんだよ。私や、葵ちゃんやみんなだって傷付いているんだよ…。それなのに…、酷いよ…」
 あかりはそういうと、黙ってしまった。あかりの目から、ぽろっと涙が零れる。
「……………」
 葵ちゃんも黙っていた。ただ、俯いて…。彼女の頬からも、一滴の涙が流れていた。
“みんなだって傷付いている……。”
 オレの頭の中をこだまのように反響していた…。分かっていた。オレは、何の罪もない娘を泣かしているのか? 傷付けているのか? オレは…、オレは…、
「あかり、すまねぇ…」
「私なんかより、葵ちゃんに謝ってよ…」
 あかりは、葵ちゃんの肩に手をおいて、オレに言った。
「すまねぇ…。葵ちゃん。君だって、つらかっただろうに…」
 オレはそれだけしか言えなかった………。


 それからオレは、授業も手につかず空ばかり眺めていた。
 オレはみんなを不幸にしている。そう思った。
 マルチやセリオも最近は元気がなく、委員長もオレに話し掛けることは少なくなった。理緒ちゃんは、バイトも手につかず一日ボーっと空ばかり眺めている。
 先輩も綾香も、オレに気を使って話している。レミィや志保や雅史も、あまりオレに話し掛けてこなくなった。
 オレは、立ち直れなかった。
 感情もない…。ただ生きているだけだった。
「何やってんだろうなぁ…、オレは…」
 オレは、また一人ゴチた…。
 そして、幾日か経ったある日…。
 その日も雪が降っていた。明日まで降り続くだろうか? オレは思った。夜になって、一人ベッドに横たわると琴音ちゃんのことでいっぱいになる。
 今夜も眠れないだろうな…。オレはそう思った………。
 その夜の2時ごろ…。オレの部屋を不思議な光が包んだ。と、どこからか懐かしい声が聞こえてきた。
「じ…たさん、ふ…じたさん、藤田さん」
「だ、誰だ、オレを呼ぶのは…」
 オレは、あたりを見回す。
「わたしです…。琴音です…。姫川琴音です…」
「えっ、こ、琴音ちゃんか? どこ、どこにいるんだ? 琴音ちゃん?」
 非常識かもしれない。でも芹香先輩と一緒にいたら、そんなことは気にも止めなくなってくる。オレは、琴音ちゃんの姿を探した。
 途端に部屋中の光が、一ヵ所に集まってきた。
 その不思議な光は、像を結び始める。その像は、とても懐かしい姿にかわっていった。不思議な光が像を結んだ。オレは…、
「こ、琴音ちゃん…」
 そう呟いていた…。
「藤田さん…、会いたかった…」
 琴音ちゃんは、まるで天使のような優しい目で、オレを見つめている。オレは言った。
「オレだって、オレだって…、どんなに会いたかったことか…。琴音ちゃん、許してくれ。オレは君を救えなかった。助けられなかった。君がいなくなって毎日毎日、そう思っていた。オレは、オレは…」
「藤田さん、あまり自分を責めないで…。わたし…、藤田さんと出会えて本当に良かった。藤田さんと、一緒の時間を過ごせて…。でも、もうわたしはこの世の人間じゃありません…。わたしのほかに、あなたを愛してくれる娘がいるはずです。今度はその娘を大事にしてあげてください…」
 琴音ちゃんは優しく微笑んでいた。
「琴音ちゃん、オレは…。オレは君を救えなかった。今までどんなに悔やんでも、悔やみきれなかった。死のうとさえ思った。だが死ねなかった。オレは意気地なしだ…。こんなオレに、もう人を愛する資格なんてない…」
 オレはそう言う。琴音ちゃんは、微笑みながら首を横に振ると静かに言った。
「いいえ…。人を愛するのに資格なんていりませんよ…。それに藤田さん、あなたはもう気付いているはずです。今、誰が自分に一番大切かが…。とてもいい娘ですから…。葵ちゃん…。わたしがこんなにも好きになった方ですもの…。きっとあなたのこと、幸せにしてくれる…。そう信じています。だから藤田さん…、自分に勇気を持って…」
 オレは、琴音ちゃんの言葉に安らぎを感じていた。
 しかし、オレが愛した娘は、琴音ちゃんただ一人だ…。オレは、ぶんぶんと首を横に振って言う……。
「オレは、琴音ちゃん、君を忘れて他の娘と付き合うことなんて出来やしないっ! オレは心に誓ったんだ。もう、誰も傷付けたくないって…、もう、誰も愛することはしないって…」
「藤田さん…。嬉しいです、わたし。でも…、葵ちゃんのことを、考えたことがあるんですか? わたしが、あなたと別れたとき、彼女は、わたしのことを心配して、何度も何度も話し掛けてきてくれたんですよ? 『琴音ちゃん、元気だして』って…。わたしは彼女に励まされました。いつも、わたしのところに来てくれて、楽しいお話をいっぱいしてくれました。その時、わたし、思ったんです。彼女、とてもいい娘だって。葵ちゃんなら藤田さんのこと、きっと楽しくさせてくれる。きっと幸せにしてくれる。そう…、そう信じてたのに…」
「オレは、琴音ちゃん、君以外の娘を愛することなんて出来やしないっ! オレはもう、誰も愛することはしないって…、そう、心に誓ったんだ…」
「藤田さん…、どうして? どうしてなんですか?…」
 オレは、何も言わなかった…。いや、言えなかったんだ。琴音ちゃんを見る。琴音ちゃんは、悲しそうに俯いた。そして…、叫んだ……。
「藤田さんの、藤田さんの…、分からず屋っ!!!」
 琴音ちゃんはそう言うと、オレの顔をぐっと睨んだ。琴音ちゃんの目には、光るものがあった。
「藤田さんは…、藤田さんはそうやって、葵ちゃんを、わたしみたいにするおつもりですか?…。また、わたしみたいにして…、葵ちゃんを悲しませるおつもりなんですか? どうなんです? 藤田さん。答えて! 答えてくださいっ!!」
「……」
 オレは、何も言えなかった。
 オレは自分が怖かった。また、オレに関わって、オレの優しさで、他の娘が傷付くことが…。答えは…、出なかった…。
「藤田さん。あなたは強いんです。だから、前を見て歩いて……。葵ちゃんのために…」
「オレは…、オレはそんな強くなんかない!! オレは、意気地なしの弱虫の臆病者だっ! こんな、こんなオレを葵ちゃんが思ってくれている訳がないっ!!」
「バカっ!!」
 突然、琴音ちゃんが大きな声を出した。
 琴音ちゃんの目には何本も涙の筋が出来ていた。オレの胸を弱弱しく叩きながら…、琴音ちゃんは言う。
「藤田さんのバカ! バカ! バカ! どうして…、どうして分かってあげないの? わたしは、その優しさに苦しめられたのに…。それを…、それをまた繰り返すおつもりなんですかっ? どうなんですかっ? 藤田さんっ!! どうなんですかっ? 答えてっ!! 答えて下さいっ!!」
 オレは、頭を抱えてうずくまった。もう…、誰も失いたくない。オレは言った…。
「いやだっ! いやだっ! いやだっ! オレはもう、あんなこと、繰り返したくないんだっ。もう、誰も傷付けたくないんだっ! あんな思い、したくないんだっ!!」
 ふと、琴音ちゃんを顔を見る。優しく微笑んでいた。そして、琴音ちゃんはオレの両肩に手を置いて…、
「藤田さん…、藤田さんは、あなた自身が思っている以上に、強いはずです…。わたしは、藤田さん、あなたみたいに強くなかった。強くなりたかった。でも、わたしはなれなかった…。わたし…、気付いたの…。どうしてあなたが強いのか…。それは…、常に前に向かっているということ…。後を振り返らず、まっすぐ前に向かって歩いていくということ。それがあなたの強さなんだと思います…」
 そう言った……。
「もう…、時間です。神様から与えられた時間…。もう終わりですから…。ですから、藤田さん…。私の最後のお願い…、聞いてください……。藤田さん…、お願いです……。葵ちゃんを幸せにしてあげてください。わたしの代わりなんかじゃなく、新しい恋人として…。わたしのたった一人の大切なお友達…。葵ちゃんのこと…、よろしくお願いしますね…。藤田さん…」
 彼女はそういうと、にっこり微笑んで天に帰っていった…。
「琴音ちゃん…。オレ…、オレは…。……。分かった…。分かったよ…」
 オレは、そう呟いた。いつのまにか、雪が止んでいた。星が出ていた。オレは、ずっと星を見ていた…。


 あくる日、オレは葵ちゃんの教室を覗いた。
 葵ちゃんは、風邪を引いて学校を休んでいると言うことだった。きっとあの日から寝込んでいるんだろう…。そう、大雪になったあの日から…。翌日は無理をして学校に来ていたんだ。
 オレは、すまないと思った。彼女に一言謝りたい。そう思った。
 オレは、その日の帰りがけに、葵ちゃんの家に行った。葵ちゃんは、自分の部屋で寝ていた。
 葵ちゃんの母さんに事情を話して部屋に通してもらう。
 キィー、ばたん。
「葵ちゃん? 起きてるか?」
 オレは静かに言う。んんっ? と目が開く。いけねっ。葵ちゃん、起こしちまった。
「せん…ぱい…? あっ、先輩っ。どうしてここに?…」
 葵ちゃんはびっくりしたようだった。
 オレは、そこにあった椅子に腰掛ける。ふと葵ちゃんの顔を見た。なんだか懐かしかった。何年も会ってないような気がした。
「初めてですね…。私の家に来るの…」
 葵ちゃんは、そういうと体を起こそうとした。オレはそれを制して彼女を寝かせる。
「ああ。そうだな…。でも、心配したぜ…。教室覗いたら、葵ちゃんの姿がなかったからさ…。その、なんだ、葵ちゃんがいない学校なんて、つまんねーからよ。クラブも、一人だと寂しいからよ。早く病気治してまた出てきてくれや…。そんでまた一緒に頑張ろうぜ…。なっ?」
 オレは横になった彼女の頭を優しく撫でた。オレの心の傷が、癒されていくような感じがした…。
「先輩? 先輩…。ごめんなさい、先輩。私、あんなこと言って。先輩の気持ちも知らないで…」
 葵ちゃんは、そういうと俯いた。涙が、一雫、枕の上に流れて落ちる。
「オレの方こそ…、ごめんな。葵ちゃんの気持ちも知らないで…。そうだよなぁ…。今、生きてるオレ達が頑張らねーと、琴音ちゃんに笑われちまうもんなぁ…」
「…せんぱい…。うっ、うっ、うっ」
 オレに泣き顔を見せたくないんだろう…。葵ちゃんは、頭まで布団をかぶって、泣いていた。
「葵ちゃん、ごめん…。ごめんよ…。オレは、琴音ちゃんばかりじゃなく君まで傷つけてきたんだな…。許してくれ、許してくれ…。葵ちゃん」
 オレは、葵ちゃんの頭を撫でながら静かに俯いた。葵ちゃんは…、ガバッと起き上がる。そして…、
「先輩…、もういいんです。もう…」
 彼女は涙を流しながらオレを優しく抱きしめてくれた。オレも、知らず知らずのうちに、涙が出ていた。
 だが…、それは悲しみの涙ではない、温かい涙だった。やっと葵ちゃん…、彼女にも謝ることが出来た。
「これで…、これでいいんだよな…。琴音ちゃん」
 オレは心の中で思った。
 陽は、優しくオレたちを包んでいた…。そう…、まるで琴音ちゃんが笑ったかのように…。


 風が流れていた。寒かった。だが、心の中は何かで、満たされるようだった。琴音ちゃんの笑顔とともに…。
 季節は2月上旬。まだ雪が降っていた。
 だが、春の暖かさも感じられた。オレはふと街路樹を見上げた。そこには、春の芽が吹き始めていた…。季節はもうすぐ…、春。

〜 Fin. 〜