絵里香、兄さんを許しておくれ。
 父さんは、1年前に戦死。母さんは、10年前に結核で病死。
 残された家族は、俺と、お前の2人のみ。もうお前も、14歳か…。早いものだ…。お前の女学校の卒業式に出られなくてすまない…。
 でもお前は、強い子だ。兄さんがいなくったって、寂しくなんかないよな…。
 病気がちのお前を残して逝くのは辛い。だが、これだけは聞いてくれ…。兄さんは、お前達を守るため、そして、この国を守るため、逝ってくる。
 悲しむんじゃないぞ…、絵里香。これから、お前の兄、長瀬源四郎は、お国のため死んでまいります。


特攻隊


 昭和二十年、敗戦の色濃厚になっていた頃、俺は、“神風特別攻撃隊(略して、神風特攻隊)”に志願していた。
 ミッドウェー海戦以後、ガダルカナル島撤退、アッツ島玉砕等、敗退していた大日本帝国は、起死回生とばかりに、無謀な(ある意味、非常に恐ろしい)作戦を決行した。
 それが“神風特別攻撃隊(特攻隊)”だった。戦闘機に爆弾を積み、片道だけの燃料で敵艦に体当たりするというものである。
 俺も、その特攻隊に入っていた。
 海軍でも、指折りの大和魂と歌われ、参謀本部にまで名の知れた俺ではあったが、階級は伍長だった。
 ここ、霞ヶ浦・予科練にも、その名は通っていた。
「海軍航空隊・横須賀基地所属・伍長・長瀬源四郎、入ります」
 ビシッ。
 俺は、基地司令官(及川龍之介)に呼ばれた。
「……」
 及川は、何も言わず辞令を出した。そこには…、
(大日本帝国海軍作戦綱領 ト−103号)
 と書かれてあった。
「何が言いたいのか…。分かるな?」
「はい、分かっております! 日本男子の名に恥じぬよう、立派に死んでまいります!!」
「うむ、よく言った。長瀬。出発は、明日午後1時、目標は、硫黄島に駐留している米空母ガンビア・ベイだ…。皇国の臣民として恥じぬよう立派に死んでこいっ!!」
「はっ!!」
 俺は、基地司令に敬礼すると、部屋を後にした。


 長瀬が部屋を後にした後、基地司令・及川の目には涙が光っていた。
 今まで、何人の若者を戦場へと見届けてきたのだろうか? 若い命を散らした戦場へ…。そんなことを考えながら…。


 俺は、兵舎にもどる途中、こう思っていた。
 自分も、勇敢な戦士として、死ねるときがやってきたのだ。
 現人神で在らせられる陛下のために…。そして国を愛する一臣民として…。誉れ高き勇者として、靖国神社の片隅にでも、自分という存在があるという事に…。
 しかし、そんな俺にも一つだけ心残りがあった。一人東京に残してきた、妹の絵里香のことだ…。
「絵里香…。今ごろどうしているのだろうか? 叔父さん、叔母さん達に迷惑はかけていないだろうか?」
 そう考えていると後ろから…。
「おおっ? 長瀬。どうした? 何か考え中か?」
 戦友の平井が声をかけてきた。
 平井とは、海軍兵学校のときからの戦友で、唯一第36期生で生き残った友だった。絵里香は、この平井に恋心を寄せていた。俺には分かっていた。
「平井か…。たった今、基地司令から通達が来た。明日の午後1時出発だそうだ…」
「そうか…。俺は、午前9時出発だ…。先に行ってるぜ…。長瀬」
「ああ…」
 俺はそう言ってから、すこし考えた。そして、こう言った。
「妹…、絵里香は、お前のことが前から好きだったんだ…。しかしこんなご時世だ。愛だの恋だの言っているときじゃねえ。この国の、いや俺達の未来のために戦うんだ。絵里香にも、そう言い聞かせてきた。しかし、絵里香は、絵里香には幸せになってほしい。絵里香はもう、父も母もいないんだ。俺は兄として、何一ついいことをしてやれなかった。だから、平井、特攻隊を、特攻隊を…、辞めてくれねーか?! 今ならまだ間に合うっ! 俺…、俺……、絵里香の悲しむ顔だけは見たくねーんだ…」
 そう言う俺に、平井は静かに首を横に振った。
「なあ、長瀬よ…。俺達は、何のために戦っているんだ?…。陛下のため、国のためという大義はあるだろう。だがなっ!、一番は家族のために戦うんじゃねーのか? 家族の笑顔のために、戦っているんじゃねーのか? 俺の…、俺の家族は…、東京大空襲でみんな逝っちまった。姉さんも、妹も…。母さんも、みんな…。だが、お前には…、お前には可愛い妹さんがいるじゃねーか。妹さんのためにも、生きるんだ。一分一秒でもいい。精一杯生きるんだ、長瀬」
「……」
「長瀬…、明日にでも、戦争は終わる…。軍上層部では、そう言う話らしい。だがなっ! 俺は!! 俺は!! 俺の家族の命を奪ったアメリカが憎い。憎いんだ!! だから俺は明日、最後の特攻隊として出て行くつもりだ。しかし、長瀬。お前は、お前だけは、生きていてほしいんだ。戦場に散っていった仲間達の分まで…。明日、散る俺の分まで…。それに、戦争が終わった時、お前がいなかったら妹さんはどうなる? 俺のように妹さんを天涯孤独にする気か? そんなことは絶対にしてはいけないんだっ!! 妹さんにはお前しかいないんだ、長瀬。……。なあ、長瀬。もし戦争が終わったら、妹さんに言っといてくれ。『こんな俺みたいな男のことを好きでいてくれてありがとう』ってな…」
「……。そんなっ、そんな悲しいこと言うなよ…。お前が生きてくれよ…。俺が先に行くからよ…」
「ふっ、俺が生きててどうするんだよ。家族も、親戚もいない俺が…。お前には可愛い妹さんがいるじゃねーか…。お前の妹さんのしておくにはもったいないくらいのな……。だから、生きろ! 長瀬。生きてくれ…」
 平井は俺の目を見てそう言う。目が真剣だった…。
「……、ああ…、分ったぜ、平井。いや、こう言うべきなのか。はいっ!! 分かりました、平井少尉殿!! ってな」
「おいおい、俺達は戦友だろ。そんな堅苦しいのは、なしにしようぜ、なっ?」
「あはは……。そうだな、まあ今夜は飲もうぜ…。第36期生の生き残り、俺とお前の友情の証として…」
「散っていった多くの戦友たちに…。大日本帝国に…。そしてこの日、昭和二十年八月十四日に…」
「「乾杯!!」」


 そうして、平井は、逝った…。最期は、見事だったという。
 あいつの出撃が午後からであったなら、あいつは…。俺は、玉音放送を聞きながら思った。
 俺は死のうと思った…。だが俺は…、俺は死ねなかった。
 あいつの最期の言葉…、
「生きるんだ。一分一秒でもいい。精一杯生きるんだ」
 という言葉が頭から離れなかった。そして俺は、また生き残った。
 なぜ俺ばかりが…。そう思った。
 妹は、あいつが逝ったという電報を受け、一人、自分の部屋へ入っていった。そして涙が枯れるまで泣いていたという。大声で……。
 叔母はそんな妹の泣き声が忘れられなかったという。それから数ヵ月後…。平井が逝ったあの日と同じ日、絵里香は肺結核で亡くなった。
 平井の後を追うように…。俺は自暴自棄になった。悲しくて…、辛くて…、仕方がなかった。
 そうして進駐軍相手のストリートファイトに明け暮れた。そしてある日、来栖川健三に出会った…。


「とういうことじゃ。分ったか? 小僧」
 オレは、どういう訳かセバスの爺さんの昔話につき合わされていた。
「ううぅ〜〜〜。可愛そうなお話ですぅ〜〜」
 マルチは、もう涙で顔がくしゃくしゃだ。あかりなんぞは、鼻水垂らしながら涙をふきふき、うんうん頷いている。
 先輩もどことなく、寂しそうだ。かくいうオレも、胸に迫るものがあった。
「あの愚かな戦争を二度と起してはならん。戦争は大事な家族を、そして大事な友を奪っていくのじゃ…、何百万、何千万人の若い命を犠牲にして、国民を犠牲にして、強いては支那や朝鮮や南方の国々の人々までをも犠牲にして…、わしらは何と愚かであったのじゃろうな…」
 爺さんは、そういうと、目頭をおさえた。
「……」
 先輩は、何も言わず、爺さんの頭を撫でてやっていた。


 来栖川邸からの帰り、オレ達は歩いて帰ることにした。先輩が、
“送っていってあげましょうか?”
 と言ってきたが、オレは……、
“今日は何だか歩きたい気分なんだ。先輩、ごめんな。また今度頼むぜ…”
 そう言った。
 先輩は……、
“ではまた今度……”
 そう言うと、オレ達が見えなくなるまで手を振っていた。帰り道…。マルチは、今も涙を流している。
「ううぅ〜〜〜。可愛そうですぅ〜〜」
「ったく、しょーがねーなー。マルチは…。ほれ、鼻水出てるぞ」
「あ、ありがとうございまふ」
 マルチはチーンと鼻水をかんだ。しばらく黙っていたあかりが…、
「セバスチャンさんの話、可哀想だったよね…、私も、もし浩之ちゃんがあんなことになったら、後を追って死んじゃうかもしれないな…」
「わたしもですぅ〜〜。浩之さ〜ん」
「おいおい、やめてくれ。今は平和な世の中だぜ? それによ…、オレは、仮に戦争になったとしても、お前らのもとを離れることは絶対にしないって。召集令状なんて、びりびりに破いてやる! 軍国主義なんて、未来永劫ぜってぇに、させねー!! そのためにオレ達は生きているんだと思うぜ!!」
 オレがそう言うと、あかりとマルチは力強く頷き、そして…、にっこり微笑んだ。
 オレは二人の肩に手をかけた。影法師の伸びる夏の夕焼けは赤く、オレ達の頬を染めていた。オレはつくづく思った。
 この平和がいつまでも続くようにと…。いや、続かせなければならないと…。

〜 Fin. 〜