ダダダダダダダダッ…。
 ダダダダダダダダッ…。
「ゆ、許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ…、許さねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 志保ぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 オレの魂の叫びだった。あいつはまだ家に帰ってはいない…。まだどこかにいやがるはずだ。
 オレは、志保を追い、街を彷徨い続けた。しかしなぜ、オレが志保を追いかけているのかというと…。


バレンタイン狂想曲


 事の発端は、2月13日だった。オレは、あかりと学校へと向かっていた。と、突然あかりが…、
「ねえ、浩之ちゃん。明日はバレンタインだね。チョコどんなのがいい?」
 と聞いてくる。
「おっぱいチョコ」
 オレはそう答えた。あかりは、しばらくボーっとしていたが、やがて…、
「おっぱいチョコって、女の人が自分の胸の型を取って、作るやつだね。私、出来ないよぉ…。だって、胸小さいんだもの…」
 と妙に常識ばったことを言ってくる。
 ペしっ!
 オレは、デコピンを喰らわして、こう言ってやった。
「バカ。真に受けるんじゃねーっての。今のは、冗談だっ!」
「なぁんだ〜。よかった。びっくりしたよぉ〜。もぉ」
 あかりはほっと胸をなでおろしている。が、しかし…、
「ふっふっふっ。聞いたわよ〜、ヒロ。あんたって変態趣味があったのねぇ〜」
 背後から不気味な声が聞こえている。あいつだ…。オレの不倶戴天の敵、学校生活を脅かす悪魔、歩く三流芸能誌、喋る騒音等々、長岡志保…。
「なんだ。志保のアホか。なんのようだ」
 そう、嫌そうに振り向くとオレは言う。志保は歯をキリキリ言わせんばかりに言う…。
「むっきぃ〜。誰がアホよ。あんたこそ『恐怖の厚顔無恥変態高校生』じゃないのよぉ〜」
「誰が『恐怖の厚顔無恥変態高校生』じゃあ〜。ったく。オレはクールな2枚目なんだよ。アホ女」
 そんな志保をからかって遊ぶのが好きだ。でも調子に乗るとうるさくって敵わない。適当にあしらっておく。
「なんですって〜。『クールな二枚目ぇ』、あはは。脳みそ空っぽな3枚目ってとこね〜。それと、アホって言うな〜」
「へっ、何度も言ってやるぜ。アホ、アホ、アホ、アホ、アホ、アホ、アホ、アホ、アホ、アホ、アホ、アホ…」
「きぃ〜〜〜っ、覚えてなさいよぉ〜〜〜」
 まるで悪役の最後の逃走シーンのような言葉を発しながら志保は逃げていった。
 オレは、ふぅ〜とため息をつく…。志保を追っ払うことが出来たか。良かった、良かった。
 その時、誰にも聞こえないような小さな声で…、
ふんだっ。あたしだって…、あたしだって立派な女の子よっ。それなのに…、それなのにヒロは、あたしのこと全然女の子としてみてくれない。ふん、もうこうなったら分からせてあげるんだから…
 志保は、そう呟いていた。
「浩之ちゃん、で、今年はどんなチョコがいいの?」
 話が中断していたが、あかりはチョコの話に戻した。
「う〜ん。まっ、なんでもいいや。美味くて低カロリーなやつ。お前にまかせる。美味いやつ作ってくれ」
「そ、それは十分厳しいよ…」
「いいや。お前ならできる。オレはお前を信じる」
 なんか、ずっと前にもこんなことを言ったような記憶があるが…、まあいいだろう。お調子ノリなところのあるあかりは、ノセやすい。
「わかった…、じゃあ頑張って作るよっ!」
 あかりはにっこりと笑顔で答えた。


 教室に着いたオレを待っていたものは、女生徒のあからさまな軽蔑の目だった。
 男子どもは、これから起こることを察知したのかみんな、一応に黙っていた。と、矢島だけは…、
「死ねっ!! 藤田!!」
 という恨みの目で見ていたが…。
 まだ、あかりとのことで根に持ってんのかねぇ〜。ったく、しょ〜がね〜な〜。クラスの女子達はあかりに近寄って、何かひそひそと囁いている。その間も視線はオレのほうだ。
「うっ、なにかしたか? オレ」
 と思ったが、何も思いつかない。どうしたんだ? 一体? オレは雅史に話し掛けた。
「おおっ?、雅史、みんな様子が変だけど、どうかしたのか?」
 雅史は、ためらいつつ……。
「浩之。なにがあったかは知らないけど、そういうこと言うのは良くないよ〜」
 などと言う。オレが何したってんだ?
 ちょうど、委員長が入ってきた。ちょうどいい、聞いてみよう。
「オッス、委員長」
 オレは景気よくあいさつした。
 途端に教室中が凍りついたような感じがした。委員長は…、何もしゃべらない。しゃべらないばかりか怪訝そうな目をオレのほうに向けている。
 な、なんだよ、その目は…。
「委員長? オレ何か悪いことしたか?」
 なにも話さない。
「なぁ。委員長、教えてくれよ」
 委員長が口を開いた。
 一言…、
「変態!!」
 だった…。オレは何のことだか、さっぱり分からなかった。
「なにが変態なんだよぉ〜」
 オレは聞いた。すると委員長は……、
「私の…、私の胸揉んで出た乳でホワイトチョコが作りたいやてぇ〜。ようも、ようもそんなことぬかしたな。えぇ?!」
 静かにそう言った。肩がワナワナと震えていた。これは相当怒っている。
「へっ?」
 オレは目がテンになる。皆目見当がつかない。そんなオレをよそに委員長は怒りを増幅させていく。
「へっ? や、ない。あんたが私のこと、どない思おとんのんか、これでよう分かったわ…」
 委員長は爆発寸前だ。こめかみに、怒スジがこれでもかっ! と言うくらい浮かんでいた。
「ち、ち、違う、オレはそんなこと思っていない。頼む。信じてくれ、オレは、オレはぁ…」
「問答無用やぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」
 委員長はそう言うと、愛用の鞄を手に取った。
 委員長の目が光る。虎が獲物を捕らえるごとく、真鍮入りの鞄の角がオレの後頭部に炸裂した。
 どむっ…。
「はうっっっっ!!」
 オレは、気絶した。


「それやったらそうと、はよ言うて〜なぁ〜」
「びっくりしたよ〜、浩之」
 委員長や雅史の誤解も解けて、他の生徒もあかりが弁明してくれたおかげで、オレの無実は晴れた。しかし、あの委員長や雅史が「東スポ女」のいうことを真に受けるとは…。
「私が、教室入ってきたとき、長岡さんがいててん。ほんで、私のところに来てな、『ヒロがね、保科さんの胸揉んで出た乳でホワイトチョコが作りたいんですって〜』って言うて来てん。最初は私も信じへんかったよ…。けど、だんだん腹立ってきて…。ごめんな、藤田くん。痛かったやろ。ごめんな……」
 委員長はしきりに頭を下げていた。
「僕も、浩之がそんなことするはずないって思ったんだけど…。ごめんよ。浩之」
 雅史もしきりに頭を下げている。
「いいって、いいって。委員長は何も悪くないって。雅史も、頭上げてくれ。悪いのはあの『厚顔無恥東スポアホ女』だっ!!」
 オレははっきり言ってやった。一方その頃…、
「きぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜、ムカつくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜。ぜったい許さないんだから。ヒロ、覚えてらっしゃい。あたしをバカにしたこと後悔させてあげるわっ!! ふんっ、あんたが…、あんたがいけないのよ…。ヒロ。あっ、あそこにいるのは、一年生3人組と雛山さんじゃないの。ふふっ、見てらっしゃい、ヒロ。あんたを恐怖のズン底へ叩き落してあげるわ!」
 志保は復讐を誓っていたらしい。


 2時間目の終了後、オレはいつもの自販機に来ていた。
 カフェオレを買って飲んでいると、葵ちゃん、琴音ちゃん、マルチ、そして何故か分からないが理緒ちゃんという組み合わせが、オレの前に来た。
「オッス」
 オレは手を上げた。が誰も返事をしてくれない。してくれないどころか睨んでる。に、睨んでる? げげっ、この展開はもしや…、と、思ったのもつかの間。
 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン。
 耳鳴りがしたかと思ったら体が動かない。これは、琴音ちゃんのチカラだっ。琴音ちゃんは目にいっぱい涙をためて……、
「藤田さん。不潔です!! どうしてあんなこと言ったりしたんですか? わたし、藤田さんのこと信じてたのに…」
 なんて言う。オレは何のことだか分からない。葵ちゃんが来た。葵ちゃんはキッとオレの顔を睨むと…、
「藤田先輩、見損ないました。先輩のこと尊敬していたのに…。悔しいですっ。先輩、覚悟してくださいっ!」
 そう言って、流していた涙を拭いて、身構える。
 何をする気だっ? まっ、まさかっ…。葵ちゃんは得意の上段回し蹴りの体勢に入っている。は、入っているぅ?
 ずどむっ…。
 いつもの練習中の蹴りよりは加減しているもののかなり痛い。オレは倒された。マルチが来る。
 マルチはもう、ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしながら、悲しそうにオレの顔を見ている。一言言った。
「ひどいですぅ、浩之さぁん。わたし、浩之さんのこと、大好きだったのにぃ。浩之さんのこと嫌いになっちゃいますぅ〜。あうううっ」
 マルチは、溢れる涙をぽろぽろと零し、オレの顔を悲しそうに見つめている。これは、かなり精神的にまいるぞ。
「藤田くん、酷いよ。どうして、ねぇ、どうして。どうしてあんなこと言ったの。私が一番気にしてることなのにぃ〜。悔しいよっ。藤田くん」
 理緒ちゃんは、そう言うと、へたり込んでわんわんと泣いてしまった。
 涙は止めどなく流れている。4人ともが涙を流して、オレの顔を見つめていた。おおぅ、泣かないでくれぇぇぇぇぇぇ。オレは、可愛い娘の涙に弱いんだぁぁぁぁ。
 オレは知らん。何も知らないんだぁ〜。


「ううう、すみませんでしたぁ〜。浩之さぁん」
「藤田先輩、ごめんなさい、ごめんなさい」
「ごめんなさい、藤田さん、ごめんなさい」
「ひえ〜ん、許してぇ〜、藤田くぅん」
 マルチ、葵ちゃん、琴音ちゃん、理緒ちゃんは、ぺこぺこと頭を下げていた。オレは聞きたくもなかったが進行上聞くことにする。
「なんで、オレを襲ったりしたんだ?」
「ぐすん。だって、長岡先輩が『ヒロがね、[おっぱいチョコ食べたいなぁ、でも葵ちゃんたちには無理かぁ〜…。だって胸ないもんなぁ〜]って、言ってたわぁ〜ん』なんて言って…。それで私、悔しくて、悔しくて。でも…、冷静に考えると先輩がそんなこと言うはずないですよね。だって先輩、とても優しいですし…。ぽっ」
 みんなを代表して、葵ちゃんがそう言う。他の三人もコクコクッと頷いていた。
「やっぱり、あの『脳みそ海綿女』の仕業かっ!」
 オレは怒りを顕わにした。くそぅ、あの女…、オレに何か恨みでもあるっつーのか?
「そうだ。オレはそんなこと思ったりしねぇ。全部あの『脳みそ海綿女』の策略だっ!!」
 オレはそう言う。
 でも、ちょっとはあった方が良かったりして…、ぽっ。あっ、なっ、なんだ? その目は…。こっ、怖いぞっ。うっ、うぎゃあ〜〜〜〜。やめれ〜〜〜〜〜〜。
 一方その頃…、
「ふっふっふっふっ。今ごろヒロのやつ、葵ちゃんたちに襲われてる頃ね。ふんっ、いい気味よ。あたしのこと『厚顔無恥東スポアホ女』だの『脳みそ海綿女』だのあることないこと、勝手に言いふらして…。あたしの気持ち、全然気づいてくれないし…。バカ…。もう許さない。許さないわっ。ヒロっ。ふんだっ。どうせあたしは、みんなと違ってバカですよ〜だ。もう、いいわよ、いいわよ、もうこうなったらとことん言いふらしてやるんだから〜」
 志保は、自分でヤケを起こしていた。


 昼休み、オレは志保を探していた。
「一言言ってやらなきゃ気がすまねぇ! 志保っ、出て来やがれっ!!」
 そう心の中で怒鳴りながら…。
 と、向こうのほうにパツキンが…って、ありゃレミィじゃねーか。弓道の練習にでも行くのか、なぜかレミィは弓矢を持っていた。オレは、気さくに声をかける。
「ヘイ、レミィ」
 レミィが振り向きオレの方を見た。と同時に弓矢を構える。
「いいっ?」
 レミィが狙っているのは多分オレだ。何となくだが、そんな気がした。
「だぁぁ〜、志保の奴めぇ〜、レミィにまで、言いやがったなぁ!」
 オレはそう心の中で絶叫していた。
 そうしている間にも矢はギリギリと引き絞られていく。今、レミィになにを話掛けても無駄だ。目がもうハンター化している。とりあえず逃げよう。
 オレは、全速力で逃げ出した。
「Hey、待つネ。ヒロユキ!!」
 レミィが、そう言ったのもつかの間…、
 ヒュン…。
 案の定矢が飛んできた。
 矢はオレの服を掠めて向こうの男子生徒の尻の穴へ突き刺さる。ってありゃ、矢島じゃねーか。そんなことは、どうでもいい。今は逃げよう。オレは逃げ続けた。
「Hey、ヒロユキ、Stop Sit downネ! 止まらないト、殺るネッ」
 レミィはそう言って、追いかけてきた。矢がヒュンヒュンと飛んでくる。そのうちレミィの矢が底をついた。
「Oh、矢がなくなったヨ。悔しいネッ」
 レミィは、涙を流しながら悔しそうに空を見上げている。
 ふぅ、やれやれだぜ…。オレはレミィの誤解を解こうとレミィのそばへ行こうとする。レミィはしばらく空を見上げていたが、誰かに気がつくと振り返った。
「あっ、あそこにいるのはアヤカね。お〜いアヤカぁ」
 よく見ると綾香とセリオがいた。2人とも、何か様子が変だ。いつもの二人じゃない。
「はぁい、レミィ」
「レミィさん、こんにちは」
 綾香がオレを睨み付けながらレミィのところへ行った。
 何なんだよ。一体…。オレのことを無視して綾香とセリオは、レミィと話しこんでいる。何を話し込んでんだ? そばに行ってみたいと思ったが、綾香の目が怖くて行けなかった。
「浩之が………、ええっ? ……」
「ウン、ソウなのヨ。でね、でね……」
 何分か話した後、綾香がオレのほうに向いた。
 と思ったら、ニコッと微笑む。その微笑みは小悪魔的、いや魔王が微笑んだようで、オレの背筋が凍り付いたことは言うまでもない。
「浩之…。私の胸でパフパフしたいって言ったの?」
 綾香は静かにそう言う。顔は笑っていた。だが、目は怒っていた。これから、獲物に止めを刺す狼の目のようだ。
「言ったの? 浩之」
 綾香は、もう一度尋ねる。オレは、なんのことだかさっぱりだ。
「あっ? えっ? なっ? なんのことだっ?」
 オレにはこの状況が把握しきれてない。
「浩之さん。不潔です」
 セリオは淡々とそう言う…。
「だっ、だからなんなんだよ〜」
 オレは、錯乱状態に陥った。
 くそっ、オレがなに言ったっつ〜んだよ〜。綾香は血に飢えた狼のような目で、オレを見ている。ぞくっ…、と、オレの背筋が凍った。
「いくわよ、浩之」
 綾香は、そう言うと…、
 シュッ…。
 いきなりの正拳突きがオレのみぞおちにモロに入る。息が…、出…来ない……。
 うぷっ………。
 やっとの思いで息を吸い込むと、ふがいなくオレはまた気絶してしまった。


「Oh、I’m sorry、ヒロユキ!」
「浩之、ごめんね。おなか痛くない?」
「浩之さん、申し訳ありませんでした」
 レミィ、綾香、セリオはしきりに謝っていた。
 オレは、気がつくとベンチで綾香に膝枕されていた。
 横にはレミィとセリオが座っていた。しかし、男を正拳突き一本で伸してしまうとは…。とんでもねー女だぜ。ったくよ…。
 オレは、膝枕をされたまま、聞きたくもなかったが、しょ〜がなく聞いた。
「なんで、オレを襲ったりしたんだ?」
「シホがね、『ヒロがね、[巨乳の女子の胸にチョコ挟んでパフパフしたいなぁ]ですってぇ〜。そう言ってたわよ〜。レミィ、あんたも気をつけた方がいいわよ〜。あいつはどこから現れるか分からないから…、ねっ』って言って…。それでアタシ…」
 レミィはしょんぼりとして、そう言う。志保のヤロー、許せねぇ…。
「私もそう聞いたわ。浩之って前からエッチな奴ぅ〜って思ってたんだけど、そこまでとはって思ってね。それで、私とセリオで、根性を叩きなおそうと思ってきたわけよ」
 綾香はそう言うとウインクした…。つーことはこいつは全く関係ね〜じゃね〜かよ?! って言うか、やられ損?
「おいおい、前からエッチな奴ぅ〜ってどういうことだよ?」
「あら? 初めて会ったとき、私のスカートの中、覗いたでしょ〜?」
 綾香は、小悪魔的にいたずらっぽく微笑む。
「あれはしかたねーだろ。ああでもしなきゃ子猫を助けられなかったんだから…」
 オレはムスっとしながら言う。綾香はペロッと舌を出すと……、
「ああっ、そうだったわね。ごめん、浩之。まあ、美女3人が午後のひとときのお相手をして差し上げるんだから機嫌直しなさいよっ」
 にっこり笑ってそう言った。
「ソウヨ! ヒロユキっ」
 レミィもまんざらではないようだ。
「私は、美女に入るのでしょうか…」
 セリオは、淡々と言った。
「まあ、そうだな。セリオも可愛い女の子だしな。どこかのバカとは大違いだぜ。ったく。まあ、今日のところはこれで許しといてやる…」
 オレは、そう言うとにっこり笑った。その頃…、
「きぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜、悔しいぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜。なによ、あれ! 膝枕なんかされちゃって…。ふんっ、あたしだって、あたしだって、膝枕くらい出来るのに…。もう怒ったんだからぁ〜、あかりに言いつけてやるわっ!! って、あかりじゃ頼りになんないわねぇ。はぁ〜。むっ! あそこにいる人は…。ふふぅ、最後の最後で、大逆て〜ん。志保ちゃん満塁ホームランってとこかしら? ぐふふぅ、ヒロっ、そうやって枕を高くして寝られるのも今のうちよぉ!」
 志保は、最後の賭けに出た? ようだ…。まぁ、あいつのことだから、な…。


 下校時、玄関で来栖川先輩に会った。
「よぉ、先輩。いま帰り? 何なら一緒に帰んない?」
…………
「えっ? 先輩もオレを待っててくれたって? そいつは嬉しいねぇ」
 オレは、そのとき先輩の表情をあまり気にしていなかった。
………
「えっ? お話したいことがあります? ああ、いいぜ。そこのベンチにでも座ろうや」
 オレ達は、中庭にあるベンチの所へ向かう。ベンチに腰掛けたオレを、先輩は腰も掛けずじぃ〜っと見ていた。
「先輩? どうしたんだ?」
 オレは疑問に思い、先輩に問い掛けた。
………
 先輩は何も喋らない。ただ、じぃ〜っとオレのほうを見ているだけだ。
「どうしたんだ? 先輩?」
 オレは、もう一度尋ねた。すると…、
 ぽろっ、ぽろろ………。
 先輩は、泣き出してしまう。
 オレはどうしていいものやら分からず、とりあえず先輩を泣き止ますことにする。が、なかなか泣き止んでくれない。またぽそぽそと先輩が言う。
…………………………
「浩之さん、酷いですって? どうしてあんなこと言ったんですかって? 何のことだ?」
 オレは何のことだかわからない。オレが考え込んでいると…、
浩之さん、あなたを呪います…
 先輩が涙をふきふき静かにそう言った。
 なっ? なんですとっ? ふと先輩の目を見た。先輩は、デ○ルマンレディーの変身シーンのように目を光らせながら、魔法陣を書き始めていた。
「な、なぜだ。先輩。オレ、何かしたか?」
「…………」
 先輩は、何も喋らない。そうしているうちにあっという間に魔法陣が完成してしまった。
これから地獄の皇帝、ルシフェルを呼び出します
 先輩が静かにそう言う。オレは恐怖で動くことが出来ない。
 魔法陣のところに立ち精神を集中する先輩。先輩が呪文を唱え始めると魔法陣が…、ピカッと光った。
 ひ、ひえぇぇぇ〜。にっ、にっ、逃げなくては。殺されるっ!! オレは、逃げ出そうとした。
 が、しかし…。呪文にでもかかってしまったのか、オレの足は石のように動かなくなってしまった。う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜、オレはまだ死にたくないぃぃぃぃ〜〜。


…………すみません
 先輩は、俯いてしょんぼりとしてしまった。
…………………
 ぽそぽそとオレを襲ったいきさつを話してくれた。
「えっ、志保が、『ヒロがね、先輩の胸の谷間にチョコレート挟んで、食べながら寝たいなぁ〜〜、すりすりとかしちゃって』って言ってたって? 浩之さんが、そんなにエッチだったなんてって。違う違う。あれは全部、『脳みそウニ女』の策略だっ! で、それで、優しい先輩も怒ったってわけか」
 コクコクっと先輩は頷いた。
「志保のヤロ〜、探してやるぅ。地の果てまで追いかけてやるぅ〜〜。畜生ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ、一言言ってやらね〜と気がすまねぇ!! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜」
 オレの怒りは頂点に達していた。先輩は不思議そうにオレの顔を覗き込んでいる。
………………
「えっ、なにを怒っているのですかって? 志保の奴がオレのあることないこと勝手に言いふらしやがったんだ。くっそぉぉぉぉぉぉぉっ。腹が立つぜ〜。あのヤロ〜。ぜってぇ、許せねぇ! って、ああ、先輩にも言いやがったんだよなぁ」
 コク、先輩は頷いた。
「あっ、そうだ、ちょうどいいや。先輩送っていくぜ。家まで。先輩一人じゃ危ないしな」
………
「えっ、優しいんですねって。そうかぁ?」
……………
「では、よろしくお願い致します? ああ、じゃあ一緒に帰るか。さぁ、行こうぜ」
 オレは先輩と歩き出した。が…、そのとき、
「とうあぁぁぁぁぁぁ」
 突然、地響きがしたかと思うと、見たくもない顔がぬっと現れた。
「貴様、またお嬢様によからぬことを…」
 執事のじじい(自称セバスチャン:略称セバス)はギロリとオレのほうに目を向けた。セバスは、般若のような顔でオレの方を見ている。
「セバス、あんたにゃ関係ねーだろっ」
 オレは、はっきり言ってやった。
「なにをぬかすかっ! このこわっぱ! お嬢様をたぶらかすこの不届き者め! 貴様のような輩がお嬢様を悪の道に引きずり込むのだっ! くぅぅ、許さん、許さんぞ、小僧ぉぉぉ」
 セバスはそんなことを言うと構える…。オレも構えた。そして言う……。
「ふっ、セバスよ。棺桶の用意でもしておけっ! オレは必ず勝つ」
「小僧…、わしをなめるなよ…」
 オレとセバスは互いに対峙した。先輩はボーっとオレ達を見ている。
 おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ。
 オレとセバスは、互いに押し合った。見たくもないセバスの顔が目の前にある。
「ふっ、ふふっ。ふふふっ。小僧。少しは強くなったではないか? だがっ、負けぬ。わしは負けぬぞぉぉぉぉぉぉ」
 ぐぐぐぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
「セバス、いい加減くたばりやがれぇぇぇぇぇっ」
 オレは、負けずに押し返した。

 数分後…。
「はぁ、はぁ、はぁ、な、なんつう力だっ。あの時より、強くなってやがる」
「ぜぇ〜、ぜぇ〜、ぜぇ〜。き、貴様も、なっ、なかなか骨があるのう。わしを本気にさせたのは貴様が初めてだっ…。ぜぇ〜、ぜぇ〜、ぜぇ〜」
 結局、勝負は今回もつかなかった。しぶといじじいだぜ〜。ったくよ……。一方…、
「が〜ん。頼みの芹香先輩ア〜ンド、執事のセバスチャンまでやられちゃったわっ。に、逃げないとっ。ヒロに、あ〜んなことやこ〜んなこと強要されたあげく、写真にまで撮られちゃうんだわ。そして『深夜の大激撮、長岡志保ちゃんの恥ずかしい写真』な〜んて、撮られてスクープされちゃうんだわ。あっ、でも、いいか。ヒロには…、だってあたし…、ぽっ
 志保は小声で何か囁いていた…らしい。


 ダダダダダダダダッ…。
 ダダダダダダダダッ…。
「ゆ、許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ…、許さねぇぞぉぉぉ!! 志保ぉぉぉ!! どこ行きやがったぁぁぁ!! 出て来やがれぇぇぇっっ!!」
 オレは、闇に向かって吠えた。しかし志保はどこにもいなかった。
 志保を探して街を彷徨ったオレは直感的に閃いた。
「ははぁ、志保のヤロ〜、あそこに隠れてやがるな」
 オレは、自分の家に向かった。
 志保が前に一回だけ家出をしたとき、あいつはどういうわけかオレの家の物置小屋で寝ていやがったことがあった。それをオレは、思い出していた。数分後…。
「ふぅ〜、着いたぜ。さてと、早速志保のヤローを探さねーとなっ!!」
 オレは、懐中電灯を取り出すと、あっちこっちと見て回った。そうして、オレが、物置小屋の所にさしかかったとき…、
バカヒロ
 そんな声が聞こえてきた。
 な、なんだぁ? 泥棒かっ? んんっ? ま、待てよ。この声は…。あっ、やっぱりな。オレは、懐中電灯を消して物置小屋の扉をそ〜っと開け中に入った。すると…、
ヒロの…、ヒロのバカ…。あたしの気持ちも知らないで…、あたしは、あんたが好きなのに…、あんたのことが一番好きなのに…
 志保が、寝言を言いながら眠っていた。
 志保の顔には、幾すじかの涙が通っていた。
 泣いてたんだ。手にはしっかりと、オレへ渡すつもりなんだろう…。バレンタインのチョコレートがあった。起こしてやろうか? オレは思った。
 だがオレには、志保を起こすことが出来なかった…。
 普段とは、少し様子が違っていた。寝言とはいえ、あの志保が自分の素直な気持ちを言っていた。
可愛かった。オレは、そんな志保を見ていると妙に嬉しくなってきた。会えば、憎まれ口を叩くいつもの志保じゃない、素直で可愛い志保がいた。
 本当にあの志保か? と思ったくらい可愛い寝顔だった。オレの怒りは冷めてしまった…。
「ふふっ。可愛い所もあるじゃねーか…。お前の寝顔、久しぶりに見たぜ…」
 オレは、そっと志保の腕から、チョコレートを取った。
 そして、かわりに毛布を持ってきて、志保に掛けてやった。それと一緒に手紙も持たせてやった。
 手紙にはこう書いてやった。
「ふふっ。可愛い所もあるじゃねーか。無防備なお前の寝顔、久しぶりに見たぜ。いつもああいう風だったらな…。まぁ、今日の所はそれで許しといてやる。それと、バレンタインのチョコレートありがとな。ありがたく貰っとくぜ。しっかし、お前もバカだねぇ〜。素直に渡せばいいものを…。ま、いいや。ありがとな。志保。    by 浩之
                   P/S 今日のは貸しだかんな…」
 オレは、そっと物置小屋の扉を閉めた。一応、志保の家には連絡を入れておいた。


 次の日、バレンタインデー当日。物置小屋を見たオレは、
「あいつぅぅぅぅ。また言いふらすつもりじゃねーだろーな」
 そこに志保はいなかった。代わりに走り書きのような手紙が一枚置いてあった。手紙にはこう書かれてあった。
「く、悔しいぃぃぃぃぃ、不覚にも眠っちゃうなんてぇぇぇぇぇ。でっ、よりにもよって、あたしの可愛い寝顔を、あんたに見られちゃうなんて…。いい? 昨日のことは二人だけの秘密よ。分かった? ふんだっ、あんたがあたしの気持ち、もう少しわかってれば、こんな恥ずかしい思いしなくてすんだのよっ。ぐぐぐぐぐっ。でも…、ありがとね。毛布掛けてくれて…。じゃあまた、学校でね。バイバイ。あっ、そうそう。今日の志保ちゃんニュースは、『志保ちゃん誘拐? 容疑者はH・F氏』で決まりねっ。ふふっ。      by 志保ちゃん
                   P/S 貸しってなによぉぉぉぉぉ〜〜」

 今日も、オレの騒がしい一日が始まるのである。

〜 Fin. 〜