春待気候


 今日2月20日はオレの幼馴染みにして恋人の神岸あかりの誕生日だ。だからじゃないがってだからか、朝、いつものようにビンポンピンポン鳴らしてインターフォン越しに“浩之ちゃ〜ん、遅刻しちゃうよ〜” とまあ毎度の如くオレを起こしに来るんだが、今日は何だか声もいつもよりも明るめだなと思った。
 大学1回生になったオレたち。もちろんオレの幼馴染みNO.2である雅史や、中学からの腐れ縁の口から先に生まれたかのような歩く3面記事こと長岡志保も同じ大学な訳で…。雅史はともかく何であんな芸能紙面のいかがわしい記事のようなことを喋りまくるような女と一緒にまた同じにならにゃならんのだ?! と思う。しかし本人はこう呼ばれるのは心外なんだそうだ。ったく…。高校時代から言ってることだが己を知らんやつだとオレは思う。
 昨日の朝、いつものように大学へ行く道すがら雅史に、“梅でも見に行かない?” と誘ったんだそうだ。 オレは昨日は休講日だったんで、一日家で寝てたんだけどよ? で、今日だ。“いいね? 雅史ちゃん”、“でしょ? あかりちゃん。浩之もいいよね?” あかりと雅史はそう言い合って、オレに同意を求めてくる。ここで行かないなんて言ったらどんな目になるかおおよそ見当はつく。だからこう言うオレ。“ああっ? オレは別にいいけどよ…。でもこの雨だぜ? どうすんだ?” そう、今日は生憎の雨。誰もこんな日に好き好んで梅を見に行こうなんて思わねえわな? そう思ってると雅史が、“志保が穴場を見つけたんだって…。せっかくのあかりちゃんの誕生日なんだしさ…。行こうよ、浩之…” さすがは幼馴染みNo.2、痛いところを突いてくる。そう言い合いながら幼馴染み3人仲良く大学へ到着。教室へ到着する間もなく、オレやあかりのところにも来て雅史を誘ったのと同じことを言う志保。
「まっ、別にいいけどよ…。でもおめぇ、外見て言ってんのか?」
 大学の構内から外を指さして言うオレ。そう、ぽつりぽつり雨粒が窓ガラスにくっついている生憎の空模様。言うなれば雨。こんな日に好き好んで梅見に行こうなどとは誰も思わんだろう…。ただ一人例外を除いてはな?
「な、何よ…。いかにも“うわーっ、こいつ変なヤツだな〜?” っていう目はっ!! あたしだってね、こんな雨の中好き好んで外で梅を見ようだなんて思っちゃいないわよっ!! 全くあんたって人はいつもいつもいつも…」
 ぶつくさ文句を言う志保。この間か、こいつのしょ〜もね〜話を聞くのも耳障りだと思って耳栓をつけてたんだがそれでも聞こえてくるんだからよっぽど声の通りがいいんだろう。ちなみにその後オレが耳栓をつけてたことがバレて、志保に耳元でいつものあのやかましい声で小一時間文句を言われたことは言うまでもない事実だ。
「じゃあ何だ? おめぇはどっかいい穴場でも知ってるって言うのか?」
 そう言うと、“ふふん” と鼻で笑う志保。全く気にくわねぇ〜野郎だな、おい! とも思ったが、こいつを怒らせてしまうと後が怖い。前に大喧嘩した時だ。よりにもよってあかりに告げ口しやがって、オレはあかりから説教を食らって、尚且つその次の日から数日間、オレの昼飯が非常に味気ない“日の丸弁当”になってしまった。あかりを怒らせるとものすごく怖い。前にも、ちょっとした行き違いから拗ねられて1週間鯖缶の厄介になったこともあった。あん時ゃさすがに参ったと思った。女っつうもんはこうも変わるもんなのか? と思ったもんだ…。だからその言葉は呑み込むオレ。志保の情報によると屋根つきのラウンジのある梅園がこの大学の近くにあるらしいんだそうだ。オレはそう言うことには滅法疎いほうなので全くと言っていいほどに知らなかったわけだが…。横であかりが“もう、しょうがないなぁ〜。浩之ちゃんは…” といつものやれやれって言うような顔でオレの顔を見つめていた。後でデコピンをかましたことは言うまでもない事実だ。


 雨に煙る街の一角、志保のオススメの梅見のスポットやらにやってくる。ちなみにプレゼントはバレンタインの時に贈った春色の可愛らしいワンピースだ。かく言うオレはその辺に関しては疎いんで、不倶戴天の敵である志保に選んで来てもらった。あいつはあれでいて結構ファッションセンスはいい方だとオレは思う。だから今回、嫌々ながら頭を下げて買って来てもらった。後でチョコレートパフェを奢らされたのは言うまでもない事実だ。くそぅ…。バレンタインでいつもながら手の込んだチョコを貰う代わりにそのプレゼントを手渡すと、“これ志保に選んでもらったんでしょ?” と図星なことを言ってくる。“何で分かったんだ?” そう聞くとうふふと笑って、“だって顔に書いてあるもん” とこうだ。あ〜あ〜、嫌だねぇ〜。幼馴染みっつうもんは…。考えてることがすぐにわかっちまうんだもんなぁ〜。などと考えながら前を歩くあかりを見る。ちなみに今日着ている服はその春色のワンピーズだ。でもどんな洋服を着せてもあかりは大人びた雰囲気はしないよな〜。どう見たって…。まあそこがオレの好きなところでもあるんだけどよ? と思い、ふとあかりと目が合う。えへへっとでも言わんばかりな優しい笑顔、オレの好きな顔だった。
 集合場所のオレの家から電車・バスを乗り継ぎ歩くこと約1時間半。目的地が見えてくる。何でも志保の癒しスポットだとか…。まあこいつの言うことは半分以上当てにならんことは身を持って分かってるんで期待はしていない。が、来てみてそれが見事に外された。広大な山に見渡す限り梅の花のいい香りが漂う。都心からそう遠くなく、志保曰く、“心が疲れた時に見に来るのよ〜” とのことだがこいつに心が疲れる時なんてあるわけがねぇ〜なんて思ってると“どんっ!”と肘鉄砲を喰らわされた。
「って〜。何しやがる!! この暴力スピーカー女!!」
「そっちこそぶつぶつと何を呟いているのかと思えば…。あたしだってね、心が傷つくときだってあるのよ!! 分かってるのかしらこの男は…」
 何が“心が傷つくときだってあるのよ!!”だ!! てめぇは……、ってちょっと待て! 今のはオレの心の声であって…、って独り言みたいに呟いてたのか? オレ? と隣にいた雅史に聞くと、“うん、呟いてたよ” とごく平然と言う。シャレになんねー。セバスのじじいよりもっとひでぇじゃねーかよ! 自分で自分の頭をぽかぽか叩く。と前で雨に打たれる梅の花を見ていたあかりが、
「ど、どうしたの? 浩之ちゃん? 自分の頭をぽかぽか叩いちゃったりして…」
「い? …いや、今、自分のボケと闘ってたところだ…」
 自分でも訳が分からん言い草に思わず、“ぷっ” と笑っちまった。志保のヤローはそんなオレを見て、腹を抱えて大笑い。雅史は何が何だか分からない顔。あかりはあかりで志保に、“志保、そんなに笑ったら浩之ちゃん傷ついちゃうよ?” とオレをフォローしてくれる。何だかんだ言ってオレはあかりに助けられてるよな…。そっと置いてあったあかりのハンドバックに気づかれないようにメモ書きして入れた。内容はこうだ。
“あかり…。誕生日おめでとう。これからもぐーたらなオレのこと、よろしく頼むぜ。by 浩之。P/S 今日のその服、とっても似合ってて可愛いぜ…”
 ってな。今日は生憎の雨。でも、これから暖かくなるようなそう言う雨。オレの前では可愛い幼馴染みの彼女と、腐れ縁の女友達がファッション関係の話で盛り上がっている。オレの隣り、もう一人の幼馴染みは、ニコニコしながらその二人のおしゃべりに聞き入っていた。そんな春を待っているような気候の今日、2月20日はオレの彼女・神岸あかりの19歳の誕生日だ…。

END