卒業式の花束


 懐かしい校歌が流れている。今日は小学校の卒業式。俺の近所の小学生、菜々子ちゃんの今日は卒業式だ。でもなぜ俺が全く(と言うと少し語弊もあるけど)関係ない小学校の卒業式に来ているのか、それを説明しなければいけないだろう。そう、あれは4日前に遡るんだけど…。


 いつものようにるーこと大学を出て帰る。ここのところ講義が難しくてふぅ〜っとため息を一つつく俺。横ではいつものように俺の彼女が“るー”をしている。不思議な出会いからもう3年が経つ。3年経って分かったことは俺はこの自称宇宙人な彼女のことが大好きだと言うことだ。それは今でも親交のある小牧さんや幼馴染みのこのみやタマ姉たちにも通じている部分もあるわけで……。と言うかこの前も大変だったんだからね? この前本当に久しぶりに小学校の同級生だった女の子と偶然出会って、1時間ばかり喫茶店に入って昔話をして、帰ってみるとるーこが上目遣いにこっちを睨んでいる。“どうしたの? るーこ?” と声を掛けても、じ〜っと睨んだままだ。不思議に思っていつもの美味しい料理をと思って台所へ行くと、サバの煮付けの缶詰とレトルトのご飯がでん! と置いてあった。一瞬一人暮らしだったっけ? と思いながら辺りを見遣ると向こうのソファーの影からこっちを自〜っと見つめる目が一対。“これは何?” と聞いてもしばらくじ〜っと睨んだままのるーこ。何かおかしなことしたっけ? と考えるけどこれと言って何もしてないし…。そう思って優しく問い詰めると、彼女はおもむろに口を開く。
「たかあき、また浮気した…。るーというものがありながらまた…。浮気は男の甲斐性とは聞く。だけど…。るーは悲しい。45光年先にあるるーの故郷にはもう帰れない。帰りたくても帰れない。たかあきに捨てられたらるーはこのうーで独りぼっちだ…」
 そう言いながら涙をぽろぽろ流して悲しそうに呟くるーこ。“お願いだ。るーを、るーを捨てないで…” といつの間にか俺の手を取って哀願に近いようなことを言うるーこ。顔を見ると捨てられた子猫のような顔でいやいやと首を横に振っている。“捨てるわけないでしょ? 俺の大好きな彼女なんだから…” と言うと、涙を手の甲で拭きつつ、“本当か?” と言う。もちろんとばかりににっこり微笑んで頷くとようやく安心したのかにこっと微笑んだ。で、何でこんなことになったのかというと、それはあの傍若無人のお姉様が原因だったことは言うまでもない。俺が同級生の子と出会ったところをたまたま見てたんだろう。それを浮気と勘違いしてるーこに誇大に吹聴したんだろうな? 厄介なお姉様だよ、全く…。ともかくも俺の彼女は人を信じやすいのかこう言うことは結構あるわけで…。それがいいのか悪いのかは分からないけど今回はこれで事なきを得た。ついでを言うとお姉様にはお仕置きとしてこのみの家の怠け犬・ゲンジマルに顔をぺろぺろ舐めさせた。春夏さんも一緒だったから逃げるに逃げられず涙を流しつつ上目遣いに俺の顔をじろりと見つめるお姉様の顔が面白怖かったことを付け足しておこう。
 で、今日だ。何の因果か知らないけど4日前、いつものようにるーこと夕飯の材料を買いに来ていると、遠くのほうから見知った声が聞こえてくる。ふっと振り返ると菜々子ちゃんだった。そう、菜々子ちゃん。3年前に俺とるーことで相談に乗ってあげた女の子。お友達のゆっこちゃんとは今でも文通しているらしい。まあ俺も高城さん(ああ、今は旧姓に戻ってるから草壁さん? だったっけ?)とは今でも文通してるんだけどね? でもどうしたんだろ? そう思ってると、
「え、えと、あのね? 今度の金曜日、菜々子…、ううん、わ、わたしの卒業式なの。だから、お兄ちゃんたちも見に来て欲しいなぁ〜ってそう思ったんだ。む、無理だったら別にいいよ? 菜々子…、ってわあっ、何間違ってるの? もう大きいんだからわたしって言わなきゃ…。ってわ、わたし我慢するから…」
 とちょっと顔を赤くしてそう言う菜々子ちゃん。小さい頃の癖か、自分のことを“菜々子”と呼んでしまう菜々子ちゃん。俺も今でさえ“俺”だけど、小学校の4年生くらいまではずっと“僕” って呼んでたから分からなくもないんだけどさ。でも菜々子ちゃんは、“菜々子” って言うほうが俺にとってはいいかなぁ〜っと思う。普段から菜々子ちゃんは“菜々子” って自分で自分のことを呼んでいた癖がいまだに俺の中に残っているのか、いきなり“わたし” って言うと少々びっくりするし、それに…、まだ幼なさの残るこの顔を見ればまだ十分“菜々子” でも通用すると思うんだけどさ。そう考えながら菜々子ちゃんのほうを見るとなぜかぷぅ〜っと頬を膨らませている。って! また俺独り言? 横にいたるーこに尋ねると無言でうんと頷いていた。
「もう! お兄ちゃんは〜。菜々…、わ、わたしだってもう大きいんだからもう昔みたいに名前で呼んだりしないよ!」
 そう言うとぷぅ〜っと頬を膨らませて怒ったような拗ねたような顔を見せる菜々子ちゃん。その顔がとても可愛らしい。ぷんぷんって言う擬音も聞こえてきそうだ。“ご、ごめん” と謝るとぷぅ〜っと膨らませていた頬も自然に微笑みに変わっていた。だけど、別に父兄でもない俺やるーこでも参加できるのかな? 最近は学校の警備も厳重になってきてるし、それに菜々子ちゃんにとって赤の他人な俺たちを学校側が簡単に通すわけはないだろうし…。でもまあ行ってみてダメだったら門のところで待ってるって言うのも手かな? そう思いつつやや心配そうに俺の顔を見つめる菜々子ちゃんに、“俺たちは校門で待ってるからさ” と言うと、
「るーこお姉ちゃんは違うお国の人だから違うかもしれないけど、お兄ちゃんはこの学校の卒業生なんだからいいって先生が言ってたんだも。それにるーこお姉ちゃんはお兄ちゃんの彼女さんだってこの前先生に言ったら、“多勢の人に祝ってもらうのはいいことだね? うん” って言ってたから大丈夫だと思うよ?」
 そう言って菜々子ちゃんはにっこり微笑む。そうか…。俺たちの時代とは違うんだな? 何かギャップを感じてしまうけどそれもそれでいいものなのかな。そう思いながら“じゃあ参加させてもらうことにするよ” と言うと咲き誇った三色すみれのような可愛い笑顔が余計に可愛らしくうんと頷いていた。


 そうして、卒業式当日になる。朝、いつものようにるーこに起こされていつものように朝食を取っていると、“たかあきはこれを着ろ。るーは今から用意をしてくる” と言いながらこの間菜々子ちゃんの話を聞いた後、すぐにタマ姉のところに行って事情を話してお金を貰いその足で買った一張羅の背広をソファーの上に置くと、そそくさと自室に行ってしまう。しかし、大学生にもなってお金の管理はタマ姉に握られてるなんて…、どれだけ俺は信用がないんだ? と未だに海外出張中の両親に文句をぶつくさ言いながらも背広に袖を通す俺。鏡で見てみる。うん。ばっちりだ。あとは、るーこなんだけど…、と思って待つこと10分少々。シックな服に身を包んだ俺の彼女が出てくる。
「似合っているか? たかあき」
 そう言ってちょっと節目がちに顔を落とす彼女に、“似合ってるよ、と言うより似合いすぎてるよ” と微笑みながらそう言うと、いつもの大胆不敵な顔になるるーこがいた。家を出る。ここから学校まではゆっくり歩いても10分ぐらいだ。だから途中にある花屋に立ち寄る。もちろん菜々子ちゃんに贈る花束を買うつもりなんだけど…。何がいいかなぁ〜。このみにでも聞けば分かるんだろうけど、生憎とこのみは郁乃たちと一緒に卒業旅行で留守だし…。うーん、困った。まあ適当に店員さんに事情を言って繕ってもらうかな? そう思って店員さんを呼んで繕ってもらう。るーこも同じようにしてもらっていた。お金のほうを支払いまた学校へと歩き出す。学校に近づくにつれ保護者の人なんだろう多くの人の姿も多く見受けられるようになった。るーこはちょっとおっかなびっくりと言った感じだ。それがいつものるーことは極端に違っていて、思わず笑い出してしまう。後でるーこからこんこんとお説教を喰らったことは言うまでもない。
 学校の先生も大分変わった。だけど未だに残っている先生も多くいて俺の顔を見るなり、“河野くん!” と言われてしまうわけで。それが恥ずかしいやら懐かしいやらで複雑な心境なのは言うまでもないことだけどね? 知っている先生に事情を話すと、にっこり微笑んで父兄席のほうに通される。やがて今回の卒業式の司会である教頭先生の話が始まる。いよいよ卒業式が始まった。ちなみに校長先生は俺が小学校1年生の時の担任の先生だったらしい。俺も顔を見ると何となく朧気ながら印象があったんだけど、残っている保健の先生に教えてもらってあっ! と気がついた。何だか懐かしさが頭をよぎる。卒業証書の授与や校歌の斉唱や来賓の挨拶など式は順調に進む。
 菜々子ちゃんも小学校卒業か…。あれは3年前だったかな? お友達との仲直りするために前にオカルト研究会って言う怪しげな眉唾物の部活があったうちの学園にやってきて、るーこと俺が相談に乗ったんだよね? それから、“菜々子の恋人さんになって!” って言われてあたふた慌てたこともあったし、一緒に土筆を取りにいったこともあったよね? お互い何も知らなかったはずなのに、俺の彼女を介して知ったちょっと小さなお友達。菜々子ちゃんか…。その彼女ももう小学校卒業だもんね。月日が経つのは早いもんだなぁ〜。そう思ってふと隣りを見ると、俺の彼女が、いつもの笑みを浮かべていた。
 やがて式はつつがなく終わり、あとは三々五々別れることになる。俺とるーこは校門で待つことにした。ほんとは終わった時点で渡したかったけど、いろいろと菜々子ちゃんの都合もあるのでここで待っている。と、“お兄ちゃ〜ん、るーこお姉ちゃ〜ん” と待っていた今日の主人公が登場する。早速持っていた花束を渡して、“卒業おめでとう! 菜々子ちゃん” と言う俺と、“おめでとうだぞ、ちびうー” といっていつものようにるーをしながらそう言う俺の彼女。そんな俺たちに、ちょっと泣きべそをかきながらも微笑んで、“あ、ありがとう。お兄ちゃん、るーこお姉ちゃん” と言う菜々子ちゃん。菜々子ちゃんのお父さんもお母さんもにっこり微笑んでいる。空はきれいに晴れ渡り澄み切った青空はどこまでも続いていきそうなそんな日、近所のちょっとした可愛い女の子・菜々子ちゃんの小学校の卒業式だった。

END

おまけ

 春も麗らかな4月な今日、俺は菜々子ちゃんを待っている。と言うのも中学の制服やら教科書とかを取りに行かなければならないらしく、かつ菜々子ちゃんの両親は共働きなため、身近に知っていてなおかつ安心できる俺のところに廻って来たんだろう。雄二が見たら何て言うだろう。きっとと言うか絶対“このロリコン野郎め!!” って声高々に言われるんだろうな…。はぁ〜。ため息を吐きつつそう思いながら待つこと2、3分…。向こうからたったったったと駆け足で掛けてくる足音と、“お兄ちゃ〜ん、遅れてごめんなさ〜い” といつもの声。紛れもなく新しい制服と教科書を取りに行く相手、菜々子ちゃんだ。“そんなに待ってないからゆっくりでもいいよ〜” とは言うものの駆け足はやめない。いつも元気な菜々子ちゃんだね? そう思った。ちなみにるーこは今日は春夏さんに料理を教わりに行くと言って出かけて行った。家を出るときに、“ちびうーに浮気なんかしたらダメだからな?” と上目遣いに俺の顔を睨みながらそんなことを言うるーこ。目には涙を浮かべていかにも寂しそうに俺を見ながら出掛けて行くるーこの後ろ姿を見ながら“俺の彼女はるーこだけだよ?” といつもながらに心の中で言う俺がいた。
 しかし、中学校か…。何だか懐かしい。ここにも思い出がいっぱいだ。そんな思い出を今度は菜々子ちゃんが作ることになるんだ。いい思い出をいっぱい作れるといいね? そう思いながら菜々子ちゃんの顔を見る。にこにこと微笑んでいた。その顔に俺もにっこり微笑んでしまう。と菜々子ちゃんが振り返る。微笑んでいる俺の顔を見ながら不思議そうに尋ねてくる。“ねえ、お兄ちゃん? 何で微笑んでるの?” って…。俺はこう答えた。
「菜々子ちゃんがいい思い出をいっぱい作ってるのを想像してたら、俺も菜々子ちゃんみたいににこにこ顔になっちゃってね?」
 って…。“そっか、じゃあわたしとお兄ちゃんは同じだね?” と言うと今度は照れ笑いをうかべる。その顔は何とも希望に満ち溢れた素敵な笑顔だった。緩やかな勾配の坂道の上、目指す中学校はもうすぐ…。

TRUE END