「バカバカバカァ〜、貴明の大バカ〜!! ぐすっ…」
「だぁ〜、悪かったから! 謝るから! だから背中をぽかぽか叩くのはやめてくれ〜っ!!」
学校の帰り道、負ぶった背中をぽかぽか叩きながら彼女は怒ってるのか泣いてるのか分からない声で俺を責めている。もともとは忘れていた俺に責任があるのできつく言うことも出来ず…。ぽかぽか叩かれる背中の痛みに耐えつつ、俺は彼女を負ぶって土手道を歩いていた。
キャンディーボックスとイヤリング
「はい。愛佳。これ、バレンタインのお返し」
「わぁ〜、ありがとう、貴明くん」
早春の麗らかな日、3月14日。ホワイトデー。俺はバレンタインのお返しにとキャンディーボックスを配っている。クラスの委員長こと小牧愛佳は嬉しそうに俺があげたキャンディーボックスを眺めていた。小さな透明の壷に入ったキャンディーは、一昨日俺が選んで買ってきたものだ。でも本来はクッキーを贈るのが慣わし? なんだけどね…。中に入っているキャンディーを見る。赤や黄色や紫やらのキャンディーはまるで宝石のように輝いていた。
「でもいいの? 貴明くん。こんな高価なものもらっちゃって…」
「高価って言っても500円くらいのものだよ? それに愛佳にはいろいろとお世話になってるしね」
クラス委員長として頑張っている愛佳。そんな愛佳にバレンタインをもらったのは先月のこと。もう一ヶ月も経つのか…。早いものだよな、一ヶ月なんて…。愛佳のとろけそうな笑顔を見ながら俺はそう思った。そこで、あっ! と思い出す。バレンタインのお返しは愛佳だけじゃなかったんだっけ。草壁さんや花梨やるーこ、他にもタマ姉やこのみや珊瑚ちゃんたちにも渡さなくちゃいけなかったんだ…。一応ではあるが草壁さんたちにもバレンタインを貰った。貰った日の帰りに雄二たちと別れて二人で帰ってると、このみが“タカくんってモテモテ君なんだね?”って言いながら、一瞬なぜか寂しそうな顔をしていた。不審に思って聞いても“気にしないでね? タカくん”と笑顔に戻ってそう言う。結局、何で寂しそうにしているのか分からなかったんだけど。まあ、気にすることもないだろう…。翌日はいつものこのみに戻っていたし。と、そんなことを考えながら愛佳との話を早々に切り上げた。
草壁さんとるーこは〜っと…。見回してみる。窓際で楽しそうに喋っている草壁さんとるーこが見えた。…そう言えば去年の春にはいろんな出来事があったけど、今ではいい思い出だね。そう思った。
草壁さんとるーこに同じ形のキャンディーボックスを手渡す。ちなみに今るーこは草壁さんの家に居候している。最初は俺の家で居候していたんだけど、身が持たないと感じた俺はどこか違うホームステイ先を探した。るーこは実に嫌そうな顔だったけど…。まあそれはそうだろう。今まで俺の家がるーこの家みたいなものだったんだから…。で、紆余曲折あって今は草壁さんのところに居候している。
「ありがとうだぞ、貴明…」
「貴明さん、どうもありがとうございます」
るーっとるーをするるーこと、ペコリと頭を下げて草壁さんはそんなことを言うと俺の顔を優しく見つめて微笑む。やっぱり微笑んでいる二人は絵になるよね。このみたちとかもそうだけど……。そう思ってまた早々に話を切り上げ、まだ渡してない花梨の教室へと向かう。向かっている途中で何か重要なことを忘れているような感じがした。が、何を忘れているのかがなかなか思い出せない。何だったっけ? と考えてみるが一向にダメだった。
とりあえず花梨の教室に着く。まあ、個性的なあの花梨だ。探さなくても一目で分かる。案の定、花梨が俺の姿を見つけたのと俺が花梨を見つけるのとが同じだったように目が合った。特徴的なあの髪の毛を触りながら俺の目の前、花梨がやってくる。
「なあに? たかちゃん。花梨に用があるんでしょ?」
「えっ? あっ、うん…。こ、これ」
そう言って俺はキャンディーボックスを手渡す。途端に嬉しそうな顔の花梨。“わぁ〜、ありがとう。たかちゃん!” そう言って抱きついてくる花梨。むにっとした感触が俺の顔を真っ赤にさせたのは言うまでもない。そこで、タイミングよくキーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る…。助かったと思った。花梨に抱きつかれていたせいでタマ姉たちに渡せなかったけど…。まあ、タマ姉たちは次の休み時間でもいいかな? そう思いつつ教室に戻る。後ろから何か視線を感じたんだけど…。気のせいかな?
次の休み時間。キャンディーボックスの入った袋を持ちながら俺は廊下を歩いていた。次は誰に渡そうかと廊下を歩きつつしばらく熟考。…やっぱりタマ姉かな。まあ身内なんだし家に帰ってからでもいいんだが、タマ姉曰く、“ホワイトデーはやっぱり学校で渡してほしいものよ?”なんて、今朝桜並木のところで渡そうとするとそんなことを言ってくるから…。このみも、“タマお姉ちゃんの言うとおりであります!”なんて言ってくるんだ。女心は分からないものだな。俺はそう思った。と、どこからか不審な視線を感じて振り向くが…、当然そこには誰もいない。一体なんなんだ? 小首を傾げながら1階へと下りる階段へと向かった。
で、1階。3年生の教室に到着する。って言っても二年生は一ヶ月も経てばここがクラスになるんだけどね? と言うことは、タマ姉と同じ学年になるんだな。そう思った。
タマ姉は今年一年は留年して来年九条院大学を受けるんだって言って、今から来年の受験に向けて取り組んでいる。卒業式も終わり閑散とした一階の廊下を歩く。こつこつと歩く靴音が聞こえた。やがて、3年A組の教室が見えてくる。タマ姉はと見てみると、机に向かって勉強中だった。
「失礼します」
と言ってももうここにはタマ姉しかいなんだっけ? そう心の中で呟くと一人微笑む俺。机に集中していたタマ姉は、俺の声に気付くと、
「んっ? ああ、タカ坊。何か御用かしら?」
そう言って嬉しそうな顔をする。いかにも俺が来るのを待っていたような顔だよ…。これで俺が来なかったら帰りは、超ご機嫌斜めですっ! て言う顔で俺の顔を恨めしそうに睨むんだろうなぁ。このみも味方に引き込んで…。両端からじ〜っと睨まれることを想像して顔が青くなりそうになる俺。やっぱり来ておいてよかったと思った。
「どうしたの? タカ坊? 何だか顔色が悪そうだけど?」
「あっ? い、いや、別に大丈夫だよ? それより…、っと、はい。バレンタインのお返し」
持ってきたキャンディーボックスをタマ姉に手渡す。嬉しそうな照れくさそうなそういう顔のタマ姉。そんなタマ姉の顔を照れくさそうに見つめる俺。渡したキャンディーボックスがまだ浅い春の日差しにきらきらと輝いていた。
「ありがと、タカ坊…、うふふっ」
そう言うと、さらに嬉しそうに微笑むタマ姉。簡単に話を済ませて表へ出る。にっこり微笑んだタマ姉の顔がとても可愛く思えた。
昼休みになる。今度は珊瑚ちゃんと瑠璃ちゃんとこのみに郁乃だ。これで終わりかと思うと何だかほっとする。まずは珊瑚ちゃんたちかな? 多分珊瑚ちゃんたちはいつもの食堂だろう。そう思い食堂へと降りる。と、ここでも何だか嫌な視線を感じた。周りを見渡してみるが誰もいない。何なんだ? 一体…。
「うぅ〜。ウチの嫌いなもんばっかりやぁ〜。なあ瑠璃ちゃん、やっぱり食べなあかんのん? って、あっ、貴明やぁ〜」
「もちろんや。嫌いなもん食うて、アホ貴明の姉ちゃんみたいになる〜っ、言うてたんさんちゃんやないん? って、さんちゃん。人参残してどこ行くん? ああっ、アホ貴明!!」
これ幸いとばかりに俺のところへやってきて、ぎゅ〜っと抱きつく珊瑚ちゃん。あ、あの〜。さ、珊瑚ちゃん。ちょっと瑠璃ちゃんが怖い顔をしながら俺を睨んでるんですけど…。“瑠璃ちゃんがイジワル言うねんもん…”と珊瑚ちゃん。その後で案の定、瑠璃ちゃんに大声で泣かれて俺は一瞬にして食堂の注目の的となってしまった。とほほ…。
「わぁ〜い。貴明からバレンタインのお返しやってぇ〜。いっちゃんの分まであるで〜? よかったなぁ〜、瑠璃ちゃん」
「ふ、ふんっ! う、ウチはそんなんいらへんも〜ん」
「そう言いながら瑠璃ちゃん、なんか嬉しそうやぁ〜」
食堂から離れること数10メートルにあるここ中庭。二人にキャンディーボックスを手渡す。ちなみに青色のキャンディーがいっぱい入っているのが珊瑚ちゃんのキャンディーボックスで、紫色のが瑠璃ちゃんのキャンディーボックス。イルファさんは青と紫のキャンディーが同じくらい入ったのを選んだ。にこにこ顔の珊瑚ちゃんと、珊瑚ちゃんに言われて赤くなりながらぷいっと顔を逸らす瑠璃ちゃん。その二人の対比がとても可愛かった。
さてと、後はこのみと郁乃かな? そう思い元来た道を帰っていると、強烈な視線を感じる。それはそう…、悪寒を感じるほどの…。怖くなって後ろを振り返るけど、そこには誰もいない。向こうのグラウンドではよそのクラスの男子がサッカーをしている。しばらく立ち止まって辺りを見回すがやっぱり誰もいなかった。何なんだろ、一体。
小首を傾げながら、最後、このみと郁乃の教室を探す。確か…、とうろ覚えな記憶を頼りに教室の前。覗くと…、いた! このみと郁乃。このみと郁乃は実は同じクラスだ。今では親友となっているが郁乃がやってくる前まではこのみとの面識はなかった。いや、面識どころかこのみは郁乃自体を知らなかったんだっけ。って当たり前なんだけどね…。たまたま俺と愛佳が学校に来たばかりの郁乃の車椅子を押しているところをこのみが見ていたらしい。クラスを聞いてみるとこのみと同じクラスだったんだっけ…。
「貴明くんの妹さんがいるクラスなら安心だよねぇ〜、郁乃も…」
「あのさ? 愛佳…。このみは俺の幼馴染みなだけで、妹じゃないんだよ? タマ姉もそうだけど…」
ふぅ〜っとため息を一つ吐きながらそう言って愛佳を顔を見る。途端にわたわた慌てだす愛佳。そこからは予想通りぺこぺこ頭を下げる愛佳がいたんだっけ。その当時のことを思い出してぷぷぷと一人噴き出してしまう。でもあまり笑ってると不審に思われるのでほどほどのところでやめてこのみを教室の扉のところへ呼び出す。
「あ〜っ! タカくんだ〜っ!」
「な、何よ…。何か用事?」
タカくん発見とばかりに微笑むとスキップでもしそうな勢いで俺の前にやってくるこのみと、四天王の広目天のようにじ〜っと俺の顔を見ながらやってくる郁乃。郁乃の顔が少々怖くてびくっとなる。ともかくも渡してしまおう。そう考えて俺は最後のキャンディーボックスを手渡した。“うれしいでありますよ〜。タカくん、ありがとうね?” とにっこり笑顔で喜ぶこのみ。“あっ、ありがと…” と一言、はにかみながら言う郁乃。顔を見るとぽっと顔を赤らめている。そんな郁乃が素直に可愛いと思った。
ふぅ〜…。やっとこれで配り終えたかな? でも何か忘れてるような気がするんだけどなぁ〜。何だっただろ? そう思いながら教室へ戻っていると、またもや不審な視線を感じる。立ち止まり、後ろを振り返るがやっぱり誰もいなかった。何なんだ? 一体…。
「よっ! ご苦労さん。いやぁ〜。モテる男はつらいねぇ〜」
教室に帰ると雄二がニヤニヤ笑いながらそう言ってくる。そんな雄二にこのドキドキ感を半分分けてやりたいと思ったのは秘密だ。でも何か忘れているような気がするんだけどな…。と考えてみるがこれといって思いつくことはなし…。う〜ん。雄二にも聞いてみるが…、
「お前が知らねーもん、俺が知るかよ…」
鼻くそをほじりながら言わないでくれ…。と、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。午後の授業が始まった。
午後の授業中…。やっぱり何か忘れている気がする。そう思った俺はバレンタインのことを思い出していた。2月14日、バレンタイン……、と一ヶ月前のことを頭の中で整理していく。愛佳に最初に貰って…、るーこや草壁さんや花梨にもらって…、タマ姉やこのみや珊瑚ちゃんたちからももらって…、って?! そこで俺は思い出した。由真だ…。あああああっ…、肝心なあいつのことをすっかり忘れてたよ! そうだ、2月14日の夕方、いつものように学校から帰っていると、あいつに呼び止められて公園に連れて行かれて…、
「…あ、あげるわよ…」
「へっ? なっ、何を?」
「何って…。そ、その、バ、バレンタインのチョコレート」
そう言ってバレンタイン貰ったんだっけ……。あの時は6時限目の体育の後だったからへとへとに疲れちゃって、家に帰って確認もせずにもらったチョコレートを食べちゃったから…。一番最後にくれた由真だけを“バレンタインお返しメモ”に書かなかったんだ…。ということは…、あの視線は? そこまで考えて恐怖で何かの変な汗が滝のように出てきてしまう。みんなは一生懸命黒板の字をノートに写している。…のにも関わらず、俺は一人青ざめた顔でぶるぶると体を震わせていた。
終わっちゃったよ、授業が…。どうしようどうしようと考える暇もなく、無情にも終礼のチャイムは鳴ってしまう。ああああっ、今さら謝ってもあいつが許してくれるはずもなし。かと言ってこのまま放っておくわけにもいかず…。とにもかくにも俺が悪い。全面的に…。と、ともかくも謝ろう。許してくれないとは思うけど…。そう思いながら由真のクラスに向かった。
「ごめん、悪いんだけど、由真,、いや、長瀬さん、呼んできてくれないかな?」
考えもまとまらず俺はクラスの女子にそう頼む。にこっと微笑んで“ちょっと待っててね?”そういうと由真のところに行って取り成してくれた。言われてあいつの顔がこっちに向く。でも…。“ふんっ!” とばかりに、そっぽを向いてしまった。どうやら相当拗ねているみたいだ。はははっ。はぁ〜っ…。
「悪かったよ、由真。今回は俺が全面的に悪い。ごめん…」
「ついてこないでよ…」
こつこつと廊下を歩く靴音。あいつの顔を覗き見ようと、すっと前に出ようとすると…。“ふんっ!” とまたそっぽを向かれてしまう。頭を下げてもこの調子。はぁ〜、自分の愚かさがひしひし伝わってくる。下駄箱で靴を替え、校門へ出るときには、陽が西に傾き始めた頃だった。って、今日は自転車じゃないんだね。俺がそう言うと。
「自転車は故障中…、それに足、怪我してるの…。見て分からない?」
抑揚のない声で一言。足を見ると踵から足首にかけて包帯が巻かれてあった。そう言うとまた静々と歩く。少し痛そうに、でもそんな弱みを見せないように由真は歩く。途中よろめきそうになりながら、それでも必死で歩く。そばに行って助けてやりたい。でも。そんなことをすると返って逆効果になってしまう。もどかしい気持ちが俺を襲った。
「何でついてくるのよ…」
「だって今回は俺が全面的に悪かったから…。それに、お前のことが心配だから…」
土手道を歩く。もう少し行けばバス停。由真の家のあるところへと向かうバスが出ているバス停だ。前に聞いた話では来栖川の屋敷郡が密集している一角に由真の家はあるらしい。今前を歩く彼女から前に聞いた話なんだけど…。
「何度言ったら分かるのよ…。ついてこないでよ……。これ以上、あんたの顔見るの、いや……。…ねえ、あたしがどんな思いであのチョコレート、渡したか分かってるの? 貴明のこと大好きだから…。一番大好きだから、いつもは買って済ますけど今回は自分で作って、味も確かめて、包装紙もかわいいの選んだのよ? それなのに…、酷いわよ…」
小声でそう呟く由真。いつの間にかその声は涙声へと変わっていた。ぽつりぽつりそう言うと由真は走り出す。慌てて俺は追いかけた。女の子の走力と男子の走力とでは比べ物にはならない。特別スポーツをしているわけでもない由真に追いつくのは当たり前だ。追いつくと彼女の手を掴みこっちに向かせようとした。が…、
「は、離しなさいよ!! この、女ったらし!! 女の子苦手って言うわりに愛佳とかと仲が良いじゃないのよ! しかも彼女のあたしのことは忘れて…。あたしはあんたの何なの? ねえ!! ……信じない。信じない信じない信じない…。もう貴明の言うことなんか絶対信じないんだからっ!! 手を離しなさいよっ!!」
そう言って手を離そうとする。俺は力いっぱい手を握って由真に逃げられないようにする。手をぶんぶん振り回し俺の手から逃れようとする由真。やがて力の均衡が保てなくなったのか由真はバランスを失うと俺の胸へと倒れ込んでくる。俺は優しく受け止める。ぼすっという音と共に…。
帰り道、じいさんに電話をかけ近くの公園まで迎えに来てもらうことにした。今、俺は由真を負ぶって歩いている。最初は抵抗して“バカバカバカァ〜、貴明の大バカ〜!! 降ろしてよ! ここから自分で帰るから!!”などと言って俺の背中をぽかぽか叩いていた由真だったが、今は大人しくなったのか背中でじっとしている。と、商店街のアーケードが見えてくる。ここから公園まではそう遠くない。由真との時間もあと僅か…。ここで謝らないと俺は一生自分が許せないような気がする。商店街を見回してみる、これと言って目ぼしいものはない。と、あるアクセサリー店に目をやった。
そこには可愛らしいアクセサリーが置いてあった。由真を負ぶったままそのアクセサリー店に向かう。中をチラッと覗く。どれもこれも高い代物ばかりだ。まあ、高校生の俺には高いものなんて買えるわけでもない。そう思ってそのアクセサリー店から離れようとした時、由真が小さな声で“あっ!”と声を上げた。何か欲しい物でも見つかったの? そう聞くと、
「べ、別に欲しい物なんてないわよ! って言うかそんなもので誤魔化されるあたしとでも思ったの? バカバカバカァ〜!」
と言ってまた俺の背中をぽかぽか叩く。だけど…、背中越しの由真の目はある一点に向けられていた。俺は由真の視線が注がれている方向を見る。そこには、小さな赤い宝石の入ったイヤリングが置いてあった。値段は500円程度だから、おそらく宝石はガラス玉か何かだろう。そう思った。500円か…。ポケットを探るとちょうどいい感じに1枚出てくる。
「すみません。その赤いイヤリングください」
「はい。かしこまりました。うふふっ」
アクセサリー店のお姉さんにそう言う。にっこり微笑むとお姉さんは丁寧にイヤリングをケースに入れて包装紙に包んでくれた。おまけに可愛いリボンなんかもつけてくれる。それを由真に手渡すとお姉さんはウインクをしながらこう言った。
「よかったわね。素敵な彼氏で…」
「か、かかかか彼氏?」
どもりながらそう言う由真。多分、今顔を真っ赤にしてるんだろうな。見えない後ろの由真の顔を想像しつつも、俺も顔が真っ赤になっているんだろうな。だって顔が火照ってるんだから…。そう思った。
「しょうがないから貰ってやるわよ! ふんっ!」
もうすぐ公園と言うところで、由真はそう言った。プレゼントをもらって嬉しいのか、はたまたまた無理難題をふっかけて俺を困らせようとしているのか知らないが、もう背中をぽかぽかとは叩かない。と、耳元に由真の小さな声が聞こえてくる。多分独り言なんだろう。疲れの見え始めた俺に向かい、こう言っていた…。
「今日はごめんね? それとありがとう…」
と…。俺は心の中で言う。“俺の方こそごめんね…”って。由真の顔は見えないけどにこっと微笑んでいるんだろうな。そう想像して俺もにっこり笑顔になる。俺の微笑んだ顔が背中から見えたんだろうか。由真は不機嫌そうに声をあげる。
「ちょちょちょっと! 何、ニヤニヤ笑ってるの? 気持ち悪い。それに、あ、あたしは許したわけじゃないんだからねっ? お、怒ってるんだからね? 分かってるの? 貴明…」
そう言うと、う〜っと唸り声を上げて、不機嫌そうに言う彼女。でも負ぶっている背中には柔らかな温もりがあった。一歩一歩俺はその温もりを確かめながら歩く。もうすぐ由真のじいさんが待っている公園だ…。
END