イヴの夕暮れに…
「もう! お姉ちゃんは消極的過ぎよ! 全く…。クリスマスパーティーにも招待できないの? 彼氏なのに?」
「うっ! だ、だってねだってね。貴明くん、忙しそうだし…。それに、貴明くんって優しいし、人気もあるほうだしさ? どう見たってあたしなんかとは不釣合いだよ…」
ある一軒家の個室で、仲の良い姉妹が口喧嘩をしている。最も口喧嘩というよりは一方的に妹に言われているのだが……。姉の名前は小牧愛佳、妹の名前は小牧郁乃と言う。郁乃は姉・愛佳が大好きである。でも、普段から口下手なのか、素直じゃないのか、いつも小言を言っては姉を困らせていた。で、今日も今日とて…。
「何かにつけてお姉ちゃんは消極的過ぎるわ!! …そ、そりゃあ元はと言えば…、あ、あたしが悪いんだけどさ。でも自分の彼氏でしょ? 家に招待するって言うのは最近じゃ当たり前なのよ? それなのに…。うちの姉ときたら…、はぁ〜。情けなくって涙が出てきちゃう…」
盛大なため息を吐きつつそう言うとチラッと姉の顔を覗き見る郁乃。姉・愛佳の方はと言うと?
“郁乃のいじわるぅ〜”
とでも言わんばかりな目で妹を睨んでいた。いや、睨むというよりは子供が親に怒られて、拗ねてイジイジとしている時の顔か…。元来愛佳はタレ目で優しい性格である。だからだろうか…。怒ったからといってそんなには怖くない。と言うより、逆にそこが可愛いのだ。彼女の彼である河野貴明も、
“なにか子供が駄々をこねてるみたいで可愛いよな…。愛佳の怒った顔って…”
と言って微笑む始末である。愛佳にしてみれば、精一杯怒っているつもりなのだが、とても怒っているとはみられず…。逆にイジワルをしてしまうもので…。学校ではいつも泣く一歩手前まで来てしまうのだった。すると?
“やばい、やばいぞ……。マジ泣き寸前だ……”
“そこ! 静かにしなさいよっ! ほら! 男子は黙って!!”
とまあ、こんな感じなのである。いわゆる、いいんちょマジックと言われる所以がこれである。親友・長瀬由真に言わせると?
“まあ、あれで愛佳のクラスは持ってるようなものだしね……。貴明もいるんだし安心じゃないの?”
ということらしい。何はともあれ委員長としては十分過ぎるほどの仕事をしている愛佳はクラスにとってはなくてはならない存在なのであろう。だがしかし…、これが色恋沙汰になると?
「とにかく!! お姉ちゃんはもうちょっと積極的にならなきゃダメ!! いい? 明日あいつに会ったらちゃんとパーティーのこと言うのよ? 言わなきゃおうちにいれてあげないんだからね?」
「ええーっ? そ、そんな〜。ひどいよーっ、ひどすぎるよーっ! 郁乃のイジワル〜っ!! ううっ…。……でもなんで郁乃は貴明くんのこと、そんなに気にかけるの? も、もしかして郁乃も?」
「バ、バカッ! そ、そそそそんなことあるわけないでしょ? 全く…。あいつにはいろんな女の子の友達が多いから、お姉ちゃんもぼ〜っとしてたら誰かに取られちゃうんじゃないかなって思っただけよ!! だ、だいたい何であたしが…。バカも休み休み言いなさいよ!! 全くもぉ〜!!」
「でも郁乃、貴明くんのこと言うとき何だか嬉しそうだよ?」
愛佳に言われて郁乃は、うっ! と言葉につまった。実のところ彼女も姉の恋人に少なからず好意を持っているわけで……。つまりは、郁乃も貴明のことが好きなわけである。しかし、姉にこのことを打ち明けるわけにはいかなかった。優しい姉のことだ。きっと笑顔で譲ってくれるだろう。
“郁乃が貴明くんのこと好きなら…、あたしは諦めるよ……”
と言って…。痛々しい笑顔で微笑む姉。そんな姉の笑顔はもう見たくない。自分の病気のせいで姉にどんなに迷惑をかけたことか…。と、郁乃はそう思った。だからわざとに顔を不機嫌そうにさせると郁乃はこう言う。
「あ、あのねぇ〜…。あたしがあんなおバカのことを言って嬉しがるわけないでしょ! 全く…。とにかく!! 明日あのおバカに会ったらちゃんと言うのよ? “クリスマスパーティー一緒にしませんか?”って…。言わなきゃおうちに入れてあげないんだからね? 分かった? って! お菓子を食べながら聞くなーっ!!」
「う、うぐっ! ……だ、だって…。お腹が空いてたまらなかったんだもん…。それに貴明くんのことバカバカ言わないでよ〜っ! う、う、うわぁぁぁぁ〜〜ん!」
机をばんっ! と叩く郁乃。ビクッ! となる愛佳。姉は妹の顔を上目遣いに、少々涙ぐみながら見つめていたが、郁乃にきつく言われ、とうとう泣きだしてしまった。鼻をグスグス鳴らす姉。そんな姉・愛佳の顔を内心ぷぷぷと微笑みながらも郁乃は…。
“どっちが姉でどっちが妹か傍から見れば分からないよ? 全くもぉ〜、お姉ちゃんは…。はぁ〜、先が思いやられる…”
しょうがないなぁとでも言わんばかりな目ではぁ〜と深いため息を吐く郁乃。愛佳は鼻をグスグス鳴らしながら恨めしそうに郁乃を見つめている。その顔はまるで子供のようであり…。郁乃は何度目か分からないため息を吐くと、外人のように首をすくめるのだった。
次の日になる。クリスマスイブ当日の朝は晴れだった。愛佳は郁乃を起こして軽めの朝食を取る。愛佳たち姉妹の親は共働きなため、今日も朝早くから出掛けていった。愛佳たちの両親は近くの喫茶店を経営している。敷地面積は小さいものの、結構繁盛しているようだ。そう言う経緯もあってか幼い頃から、ずっと朝食は二人だけだった。
「いい? 昨日のことちゃんと言うのよ? デートの帰りに…。分かった?」
「分かってるよぉ〜。……でも郁乃も行きたいんじゃないの? 何だかそわそわしてるみたいだし…」
にんまり笑うと愛佳はそう言う。にっこりじゃなくてにんまりと…。途端に郁乃の顔は完熟トマトのように真っ赤になる。思わぬ姉の攻撃にたじたじの妹。勝ち誇ったような顔の姉。
「う、う、うるさいうるさ〜いっ! とにかく! 早く行きなさいよっ!! 待ち合わせ時間、余裕ないんでしょ?!」
「うっ、うん」
簡単に用意を済ました姉を送り出す妹。にっこり微笑んで手を振りながら家を出て行く姉の後ろ姿を見ながら…、
“良かったね…、お姉ちゃん”
妹は、そう心の中で呟くのだった。
「ご、ごめーん。遅くなって…」
「ううん。俺も今来たところだよ? 愛佳こそ待ってたんじゃない?」
ショッピング街の一角。お互いを気遣いながら話す一組のカップル。そう、小牧愛佳と彼女の彼・河野貴明である。お互いの苦手を克服しようと始めた彼氏彼女ごっこ。それはいつしか本物の恋へと変化していった。初めの頃は手を繋ぐにもギクシャクしていたのだが今でもそれは変わらない。
緊張しつつもそっと手をさしだす貴明に、ぽっと頬を赤らめる愛佳。付き合いだして半年近くなるが、手を繋ぐ…、そんな当たり前のことでさえ緊張してしまう二人。少々顔を赤らめて手を差し出す彼に、俯きながらも手を差し出す彼女……。手袋越しに彼の温もりが伝わってきた。
「あ、あの。ところで今日はどういう用事なのかな?」
「えっ? あ、ああ。ちょっと買い物に付き合ってほしくてね…。プレゼントとかも買わなくちゃいけないから」
「えっ?」
貴明は小さい声でそう言った。その声に訳が分からないような声を上げる愛佳。彼は少々顔を赤らめると彼女の手を柔らかく握って…。
「と、とりあえず、行こうか…。ここで話していても時間が過ぎるばっかりだしね?」
「う、うん…。そうだよね?」
そう言うと二人は歩き出す。歩き出すと自然に会話が生まれる。どこにでもいる恋人同士の会話だった。いつもの優しい顔で愛佳を見つめる貴明。幸せそうな二人がそこにいた。街はクリスマスのイルミネーションでいっぱいだ。夜ともなるとイルミネーションが輝きだして、あたかもそこが天の国であるかのような錯覚に襲われるのである。駅前の大きなデパートにつく頃には陽がちょうど真上に降り注ぐような時刻だった。お昼時とも言うこともあり二人はヤクドナルドに入る。
ハンバーガーで軽い昼食を済ませて、デパートへと向かった。貴明は買うものが決まっている。指輪だ。かといって高校生である彼にはそんな高価なものは買えないので、安価なものであるが…。愛佳にも彼へ渡すものがある。彼女が編んだマフラーである。今日ここに来る際にそっと忍ばせてきたのだ。
だが、元来タイミングの悪い彼女はどこで渡せばいいのか分からない。ヤクドナルドに入って昼食を食べている時に渡せば…。と最初は思っていたのだが食いしん坊な彼女は…。
「はぅ〜。あたしって、食べ物が目の前に来ると…。うううっ、また食いしん坊なとこ貴明くんに見られちゃったよ〜」
とまあ、そう言う訳だ。貴明も嬉しそうにハンバーガーを頬張る愛佳を見るのが好きらしい。いつも学食なんかで美味しそうに食べている彼女の顔を見るのが好きなのであった。
そんなこんなで愛佳は彼へのプレゼントを渡せず、午後になる。貴明は貴明で焦っていた。遠慮の塊のような彼女のことだ。きっと“指輪を買う”なんてことを言えば、わたわた慌てて断ってくるに違いない。しかし彼女の指のサイズが分からない彼にとって、指のサイズを測るということは至難の業であった。彼は考える。
と、ふといい案が彼の頭の中によぎった。…が、これではばれてしまう。まあ、いいだろう。ばれたところで彼女にプレゼントするのは変わらない。遠慮したって少々強引にでも渡してしまおう。そう思いこう言う。
「ねえ、愛佳。ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど…。いいかな?」
「うん、いいよ? でもどこに付き合うの?」
「あっ、うん。それはね……」
手を引いて歩き出す。しばらく歩くとお目当ての店舗が見えてくる。愛佳は、見えてくる店舗を前にわたわたと慌て出す。それでも貴明はずんずん引っ張って行った。彼の覚悟は出来たようだ。
「た、たたたた貴明く〜ん。ここって貴金属店じゃないの? か、買い物ってここなの?」
「うん、そうだよ? いつも頑張ってる頑張り屋さんにサンタさんからのプレゼント…。サンタさんは当然、俺なんだけどね?」
貴金属店の中に入ると、カップルが数組、指輪を選んでいた。高校生である彼は見かけによらずいろいろとやりくり上手である。親が遠いところに行っているためか、お金のやりくりはうまい。まあ、お金の件は心配はない。余裕を見越して10万ほど財布に入れてある。ちょうどカウンターにいた店員に話しかける。
「あのー…。すみませんが彼女の指のサイズにあった指輪を探してもらえませんか?」
「ええ、いいですよ? 彼女、ちょっと指を見せてー?」
愛佳の頭の中はパニック状態だ。いきなりのことなので何をどうやればいいのか頭の中での収集がついていない。取りあえずわたわた慌てながらも言われた通りに指を出す。店員は素早く巻尺を取り出すと彼女の指に巻きつけて計った。
「うーん。彼女の指のサイズ、4号ですね…」
「どんなのがあります?」
貴明は店員に聞く。にこっと微笑むと店員は何個かのケースを取り出してきた。ケースを広げると可愛らしく装飾された指輪が光っていた。店員は言う。
「プレゼントにされるのでしたら、こちらのエメラルドの指輪なんていうのはいかがでしょう? ちょうどお値段もお安くなっておりますし…、可愛い彼女にぴったりなのでは?」
宝石ケースのふたを開けて中を見せる店員を前に、ふと誕生石のことを思い出す貴明。
“エメラルドって5月の誕生石だったよな…、確か…”
うん、プレゼントするにはちょうどいい。というかラッキーなのでは? と、貴明は思った。値段を見る。税込みで9万2000円……。ちょっと値は張るが買える。そう思うと即断即決で決めた。
「じゃあ、これください」
「えっ? ええっ? えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!」
驚く愛佳。それはそうだろう。10万近くもする高価な指輪だ。驚かないほうがおかしい。わたわた慌てて貴明に言い寄る。
「あ、ああ、ああああああああああああああああああの…。た、たたたたたたたたた貴明くん?! じょ、じょじょじょじょじょ冗談だよね? こんな高価なものプレゼントしてくれるなんて…。そ、そそそそれに、おおお返しなんて出来ないよぉ〜」
わたわた慌てて喋る愛佳。もう頭がパニック状態だった。また喋ろうと思い口を開けようとした瞬間、彼の人差し指が唇を塞ぐ。塞いだ指をまじまじと見つめ、上目遣いで顔を上げると、にっこり微笑んだ彼が首を横に振っていた。
「愛佳にはいっつもお世話になってるし……。俺は愛佳の彼氏だよ? それに今日はクリスマスイブなんだよ? クリスマスに何もしてあげられないなんて、彼氏失格じゃない? だからこれは愛佳に助けてもらった人たち全員の気持ちを込めての、ちょっと早いサンタクロースからのプレゼント。分かった?」
優しく愛佳の目を見つめるとそう言う貴明。微笑みながらまた口を開くと…。
「でも、俺にもサンタクロースからプレゼントが欲しいよなぁ…。首のところが寒いから例えばマフラーとか…。ってね?」
いかにも寒そうな仕草をする貴明。あっ! と気付くと愛佳は鞄の中からマフラーを取り出す。取り出してみたことにはみたのだが…。何か腑に落ちないことを感じた彼女は彼にこう尋ねた。
「あっ……、はい、これ…。なんだけど……。初めての手編みだからあんまりうまく出来てないと思うんだ…。って何で貴明くんが手編みのマフラーのこと知ってるの?」
「あっ? ああ…、ヤックに入っているときにちょっと袋の中身が見えたからだよ?…」
嘘である。実は事前に彼女の妹・郁乃から貴明は聞いて知っていたのだ。
“普段、お姉ちゃんはぁ〜とか何とか言ってるけど、何だかんだ言ってあいつは無類のお姉ちゃん子なんだよな? ふふっ…”
貴明は郁乃のすねた顔を思い出して一人心の中で微笑んだ。清算を済ませると、外は冷たい風がぴゅーぴゅー吹いている。それに伴い雪雲だろう雲が太陽を遮っていた。いつ雪が降ってきてもおかしくはない。寒そうにぶるぶると肩を震わせると彼は、彼女からもらった手編みのマフラーを首に巻く。
「うん! とってもあったかいよ…。ありがとう愛佳」
「あ、あ、あたしの方こそこんな高価なプレゼント…。ありがとう…。いっぱい、いっぱいありがとう……。こんなに嬉しいクリスマスは生まれて初めてだよ…。ほんとにほんとに…、あ…りが……とう……」
そう言うと感極まったのか彼女の目には涙が溢れてくる。必死でこらえて微笑むも溢れる涙はこらえることは出来ず…、零れ落ちてしまった。もともと感動症な愛佳のことだ。こういうことをすれば絶対泣いてしまうことは貴明には分かっていた。愛佳の体を抱き寄せると優しくキスをする。唇が触れるか触れ合わないかというくらいのフレンチキス。
それでもこの二人にとっては……。
「貴明くん。これからの予定は?」
「うーん、特にないよ。家に帰ってご飯を食べて風呂に入って寝るだけかな?」
帰り道、愛佳は上目遣いでこう尋ねた。
“そういえば愛佳の誕生日に映画を見に行ったときも、愛佳ってグスグス泣いてたよな?……”
と、そんなことを思い出しながら愛佳の横を歩く貴明。それは5月の1日、彼女の誕生日に映画を見に行って、プレゼントにとケープを渡した時にもこう言う顔をしていたよな…。と彼は当時のことを懐かしく思い出していた。…あれから半年が過ぎた。彼と彼女はもうどこからみても恋人同士である。
“早いもんだよね……。愛佳とこうして普通に話とか出来るようになるなんて…。あれから半年経つんだね? 俺の可愛い彼女…。ねえ愛佳…。これからもよろしくね?”
と彼は付き合いだした頃からのことを思いだして、にこっと微笑みながら心の中でこう言った。愛佳の顔を見る。恥ずかしそうに俯きながら、でもしっかりとした口調でこう言った。
「…ク、クリスマスイブだから、うちでホームパーティーをするんだけど…。た、貴明くんもよかったら来て?……」
と……。顔を真っ赤に染めながら勇気を出してこう言う。そんな愛佳の顔は可愛くて…。こんな可愛い彼女が自分の彼女だなんて……。と、貴明は心の中で思う。にこっと微笑み彼女の冷えた手を温めるかのように取るとこう言った。
「うん。じゃあお邪魔させてもらおうかな? って!! 郁乃のプレゼント、俺、何も買ってないよ?!」
慌てる貴明。おろおろあたふたとあっちこっち見回してる彼を見て彼女はこう思った。
“うふふっ……。貴明くんらしい…”
と…。妹へのプレゼントはもう買ってある愛佳だが、イタズラ心が出たのか非常に残念そうな顔でこう言った。
「郁乃も貴明くんからのプレゼント…、楽しみにしてるって言ってたのにな……。……ぷっ……。……ぷぷっ……」
言っている途中でぷっと吹き出してしまう愛佳。そんな愛佳の顔を見て、困りながらも微笑んでしまう貴明。ふと二人は空を見上げる。幾重にも塗られた雲のカーテンから、白い妖精たちがそんな二人を祝福するかのように舞い降りてきたようだ…。
END