優しいお弁当


 今日3月21日は菜々子のお誕生日。春休みも間近なのでとっても嬉しいんだも。でももっと嬉しいことが今日あるので、こうやって朝早くに起きてその準備をしてるんだけど…。というのもお兄ちゃんに“ピクニックにでも行かない?” って誘われたんだ〜。お兄ちゃんっていうのは2年前にゆっこちゃんとの仲直りを手伝ってくれた人で、るーこお姉ちゃんの彼氏さん。菜々子も将来お兄ちゃんみたいな素敵な彼氏さんとデート出来たらいいなぁ〜って思うんだぁ〜。でも菜々子、ドジだし、すぐ転んじゃうし…。ダメダメ! パンパンって自分の頬を叩く。今日は早起きしていっつもお世話になってるお兄ちゃんのためにお弁当を作ろうって思ったの…。だからこうして卵を割ってる途中なんだけど…。ああ〜ん、うまく出来ないよ〜。でも頑張る! 手をぎゅって握るとまた卵に手を伸ばす。まぜまぜして玉子焼き機の上に薄く油を引く。薄く玉子をってこれくらいかな? くるくるもお母さんみたいにうまくいかないよ〜。…結局不格好な卵焼きになっちゃった。味はどうだろう…。慎重に包丁で切って端っこの方を食べてみる。う〜ん、いまいち…。時計を見るともう30分も過ぎちゃってるよ〜。えとえと、次は…。ハンバーグ!! これは昨日お母さんの一緒に作っておいたものがあるから大丈夫なんだも〜。そう言ってにっこり微笑むと冷蔵庫に向かう。ガチャッて開けて作っておいたハンバーグを取り出すとまたにっこり微笑んじゃう。さてフライパンに油を引いてっと。油がジュジュッて言い始めたらハンバ−グを投入! クッキングヒーターの温度はちょっと弱くして…っと、うん。これはうまく出来そうだよ〜。あっ、そうだ。ウインナーの飾りを作ろうっと…。様子を見ながら飾り付けって…、あ、痛たっ! ちょっと切っちゃった。携帯用の絆創膏を取り出して指に貼る。
 ハンバーグのころ合いを見てひっくり返すといいにおいがしてくる。うん、ハンバーグは成功だね? そう思ってサラダボールを取り出してサラダを作った。ドレッシングはお母さんがいつも作ってくれる特別なもの。昨日お兄ちゃんとハイキングに行くって言ったら作ってくれたんだ〜。もうそろそろ焼き上がるころかな? そう思ってふたを開けるとお部屋がハンバーグ屋さんみたいにぷ〜んとハンバーグのいいにおい。ウインナーを焼いてお父さん用の大きなお弁当箱と菜々子用の小さいお弁当箱を用意する。ご飯はおにぎりがいいかなぁ〜? そう思ってぎゅっぎゅっと握った。お兄ちゃんは菜々子より大きいからいっぱい握らなきゃね? そう思って握っていく。三角おにぎりにのりを巻いて、出来たおかずをお弁当箱に詰めて…。できたよ〜っ!! 菜々子の初めてのお弁当! お母さんとは何回かは作ったことはあるけど、一人で作ったのは初めて〜。玉子焼きだけがちょっと形が変だけど、お兄ちゃん怒ったりしないよね? そう思って時計を見るともう8時前。約束の時間が9時半だから急いで支度しないと遅れちゃう。お弁当箱をリュックの中に入れて、大きめの水筒にお茶を入れてそれもリュックの中に入れておく。後はお父さんたちを起こして朝ごはんだ、と思ってドアの方を見ると…。


「あはははは、そんなことがあったんだね?」
「笑いごとじゃないよ〜…。お兄ちゃん。菜々子、すっごくすっごく恥ずかしかったんだからね?」
 今日3月21日は近所の小学生、菜々子ちゃんの誕生日だ。と言ってもこの日のカレンダーに赤丸を入れて、“ちびうー誕生日”って入れたのは紛れもなく俺の彼女のるーこな訳で…。でも肝心のるーこは何でも猫たちの年に一度の大会議とかで来賓として呼ばれているらしくて出なくてはいけないらしい。朝、上目遣いに“るーがたかあきの彼女なのだぞ?” と菜々子ちゃんに聞こえないくらいの声でこう言ってた。るーこも心配性だなぁ〜っとは思う。でも隣りではにかみながら微笑む女の子の顔を見て、それも何だか分かるような気がした。“でもね? 俺の彼女はるーこだけだよ?” と今猫たちの年に一度の大会議に出席しているだろうるーこに向かって心の中で言う。
 で今日の主役の菜々子ちゃん。お弁当を作ってきてくれたんだそうなんだけど、その一部始終をお父さんたちがビデオカメラで撮っていたんだってさ…。まあ俺が親の立場だったら…、同じようなことをするかな? とは思う。思うんだけど菜々子ちゃんにしてみれば恥ずかしかったんだろうなとも思った。俺だってもし父さんたちにそんなことをされたら恥ずかしいしね?…。まあ、これは誰にも分からないと思う。うん。菜々子ちゃんはいまだに恥ずかしそうに顔を赤らめている。それがいかにも菜々子ちゃんらしくて俺は心の中で優しく微笑んだ。
 バスと電車を乗り継ぎ高原へのハイキングコースへとやってくる。ここのコースは中学校の校外学習で来たことがある。距離も1キロちょいだから菜々子ちゃんでも大丈夫だろう。そう思った。3月下旬ともなると春めいてくる。現に向こうの山には山桜なんだろうか白い花がちらほら咲き始めていた。転んじゃうと危ないから、軽く手を握る。と、菜々子ちゃんの顔が真っ赤になった。それはある意味俺もなんだけどさ。てくてく歩いていくとハイカーの人たちがこっちを微笑ましそうに見ていた。
 景色はいい。春のぽかぽかした陽気に誘われるかのようにウグイスの鳴き声も聞こえてくる。山の方の桜もつぼみが大分膨らんできたみたいだ。もっともソメイヨシノは咲いている箇所もいくらかある。全体に咲くのはあと1週間ぐらいだろうね。満開になるのはそれより1週間後くらいだから4月の上旬ぐらいかな? そう思いつつ菜々子ちゃんの歩調にあわせて歩いた。
「ヤッホー…」
 ハイキングコースのちょうど真ん中辺りの小高い丘の上。菜々子ちゃんはこう言って山びこを楽しんでいる。と向こうのほうで“ヤッホー”と山びこは返ってくる。それがよほど嬉しかったのか、菜々子ちゃんは満面の笑みでこっちを見て、“お兄ちゃんも一緒にしようよ〜” と言ってくる。まあ別にやる気はなかったんだけど、満面の笑みで見つめてくる菜々子ちゃんの顔を見ていると何だか俺もやってみたくなって、菜々子ちゃんの隣りへ行って同じように叫んでみた。相当遠くまで聞こえる。“やっぱりお兄ちゃんはすごいね?” って言って微笑む菜々子ちゃんの顔がまるで昔のこのみみたいで可愛かった。そうこうしているうちにお昼になる。おずおずと作ったお弁当をリュックサックの中から取り出すと、
「あんまり期待しちゃダメだよ? 菜々子、お弁当作ったの初めてだから…」
 そう言って大きな弁当箱と小さな弁当箱とあと水筒にコップを2つ取り出す。もちろん大きなほうが俺なんだろう。そう思ってると案の定大きなほうを差し出してくる。どれどれ? とふたを開けてみると、彩りも見事なお弁当があった。このみの必殺カレーにも劣ることもないくらいって言うか、完全にこのみのほうが負けてるよ…、と思えるくらい見事なお弁当だ。“これ本当に菜々子ちゃん一人で作ったの?” そう聞くとはにかみながら、うんと頷く。
「あっ、でもでもハンバーグとかは昨日お母さんと一緒に作ったから本当は一人じゃないんだ〜」
 そう言ってペロッと舌を出す菜々子ちゃん。その表情が何ともなく可愛い。早速頂きますをして箸を取った。じゃあ早速…、おにぎりから食べてみようかな? そう思って箸でつまんで食べてみる。一口台のおにぎりが6個ほど入っているので俺としては食べやすい。塩加減もいい。と、隣りで“ど、どうかな?” と言う目つきで心配そうに見つめる菜々子ちゃんがいたので、もぐもぐ食べながら、ぐっと親指を突き出した。もちろん“美味しいよ” という合図。それに安心したのか菜々子ちゃんはほっとしたような表情になると自分のお弁当を食べ始めた。
 失敗したと言う玉子焼きも結構美味しかったし(まあ時々ガリッと言うのはご愛敬なんだけどね?)、定番のタコさんウインナーも足が12本になっているのが気になるけどそれを気にしないで食べると美味しい。“菜々子ちゃんは家庭科、‘よくできました’でしょ?” と言うと、うん! と言う元気な声が返ってくる。その声ににっこり微笑みながらまた食事を進める。サラダも特製のドレシッシングがかかっていて美味しい。で極めつけはハンバーグ。お母さんと一緒に作ったものらしいけど、これがまた絶品だった。このみは完全に負けてるよね? と思ったのは俺だけの秘密だ。
「ごちそうさま。とっても美味しかったよ。菜々子ちゃんは将来いいお嫁さんになれそうだね?」
 食事も終わって温めのお茶を飲みながらそう言うと、ポッと頬を赤らめる菜々子ちゃん。“ほ、ほんとに?” ときらきらした目でそう言ってくる。うん! と首を縦に振るとニコニコした顔で喜んでいた。その顔が何だか昔のこのみみたいで俺の顔をさらにほころばせることになったのは言うまでもない。


 春の日も暮れかけ。菜々子ちゃんは今日1日頑張りすぎたのか、今は俺の背中で眠っている。って言うか今朝、早起きしてお弁当を作ったのが原因なんだろうね? そう思って規則正しい寝息を聞きながら今、菜々子ちゃんの家へと向かっている。と、後ろの方で……。
“今日はありがとう…。お兄ちゃん”
 と言う言葉が聞こえてくる。えっ? 起きたの? と思って背中越しに見てみるとすやすやと眠っている。と言うことは寝言か…。そう思って、“俺の方こそ、今日はありがとう” 心の中で言うと、また歩を進めた。てくてくと歩く。そうしているうちに菜々子ちゃんの家が見えてきた。家につくとピンポーンとチャイムを押す。出てきたお母さんに負ぶっていた菜々子ちゃんをおろしてもらった。“重くて大変だったでしょう?” とうふふと笑う菜々子ちゃんのお母さん。少し世間話などをして、お母さんにおんぶされた菜々子ちゃんに、
「今日はありがとう。お弁当、とっても美味しかったよ? 菜々子ちゃんの優しさがいっぱい詰まっててさ…」
 そう言う俺。と夢の中で将来の恋人にお料理を作ってる夢でも見てるんだろうか、“菜々子の作ったお料理美味しい?” って言う寝言が聞こえてくる。その寝言に菜々子ちゃんのお母さんとにっこり微笑み合う今日3月21日、俺の近所の可愛い小学生・菜々子ちゃんの誕生日だ…。

END