春夏さんと春の夕暮れ
「はぁ〜。今日のおかずは何にしようかしらね〜」
と私は一人、スーパーの野菜売り場の前でそう呟く。いつもなら娘のこのみに聞くんだけど、今日は近所の幼馴染みで私の親友の子供でこのみの彼氏でもあるタカくんと一緒に日帰りで遊びに行ってるため夕食は一人だ。一人だけだからどこかに食べに出かけてもいいんだけど、生憎と日頃の主婦感覚があるのかこうやって食事の買い物をしているわけで…。タマちゃんとユウくんでも誘ってみようかなぁ〜って思って電話をしたんだけど、いないみたい。多分親戚の寄合に行ったんだろうね? そう思った。適当に買い物を済ませると表へ出る。今年は桜が例年以上に早く咲いたのか今日の雨で大分散っている。桜は咲くのはいいんだけど散った後で花びらが道路にこびりついてなかなか取れないのが困る。昔はアスファルトの舗装も何もなかったから散っても自然に帰っていくのでよかったなぁ〜なんて近所のご年配の夫婦からそんなお話を聞いた。まあ便利になる分不便になることもあるのかもね? と思いいつもの自転車を押して家路を帰る。
今日の献立は一人だから冷蔵庫の有り合わせの材料と、うどん玉を買ってきたので鍋焼きうどんでもするつもり。どうせこのみはタカくんと遅くまで遊んでくるだろうから今日は一人、このみの帰ってくるまでのんびりしちゃおうかなぁ〜って思う。私の旦那様は海上自衛官の一等海尉で今は洋上訓練中…。この間会いに行ったらこのみとタカくんのことを話題で持ちきりだった。曰く、“このみはタカくんに嫌われてないか?” だの、“料理をもっと教えろよ?” だの、このみのことばかりで…。“ちょっとは妻である私の心配もしてくれてもいいんじゃないの?” って思っちゃうんだけど。でも旦那様の私を見つめる目がもう信頼しきっている目だったので、前に思ってたこともふっ…てどこかに飛んでっちゃった。今頃は洋上で何かしらの訓練でもしてるんだろうなぁ〜なんて思うと、“あなた、毎日ご苦労様。それと今日も一日お疲れ様です” って労いの言葉しか出てこない。そうやって佇んでいると街頭に灯りがぽつぽつともり出した。いっけない。何か考え事をしているといっつもこうなっちゃうのよね? こつんと自分の頭を軽く叩き、自転車にまたがると家路に向かった。
昼間は暖かいけど、夕方ともなるとさすがに冷えてくる。早く帰ってお料理作ってお風呂にゆっくり入りましょ。そうだ、このみがいないから今日は私の入浴剤でも使っちゃおうかしら…。なんて考えつつ家に着く。ゲンジマルに、“ただいま” と言うとワンと一吠え。それにしても何か家の中に誰かいるような気配がするんだけど…。誰かしらね? もしかして泥棒? とか思ったけど番犬のゲンジマルがいるから考えられないし。普段はぐーたらしてるゲンジマルだけどいざとなったら何かの形で知らせてくれるから私は非常に助かってる。この間も空き巣泥棒の退治に一役買ってくれて警察署から感謝状をもらった。まあゲンジマル本人は食べ物じゃなかったから、警察署でも普段のぐーたらっぷりを発揮して署長さんはじめ署内の人から少しばかり呆れられてたけどね? でも誰かしら? そう思って玄関の鍵をそ〜っと開けて中を覗き込むと…。
「お前、俺たちの結婚記念日のことすっかり忘れてただろ…。まったく…」
そう言って俺はため息を一つ吐く。まったく普段はしっかりしているのにこういう大切な日のことをぽろっと忘れてしまうとこがあるんだからな。俺の嫁は…。まあそこが惚れた弱みと言うのか可愛いところでもあるんだが…。洋上訓練を今朝終えて、訓練結果と今後の訓練方針について意見を交換していよいよ帰宅が許される。急いで帰る仕度をして、基地を出る。基地から家までは12、3kmといったところだから帰る途中に娘への土産と嫁への感謝とまあ、これからも頼むと言う意味も込めて、ネックレスを買って帰って来たたわけなんだが…。当の本人はすっかり俺たちの結婚記念日を忘れてるんだからな…。そう思いつつ嫁の顔を見ると上目遣いにしゅんとした顔でこっちを済まなそうに見つめていた。
そんな妻への感謝とこれからも頼むと言う印として、手に持ったプレゼントを妻の目の前に差し出す俺。もちろん中身は先程のネックレスだ。と、一瞬驚いた顔になると、“開けてもいいの?” と言う顔になったので何も言わず首だけを縦に振る。きれいに包装紙を破り中の箱を取り出す妻。中の箱を開けると、可愛らしいマスコットの彫刻が施された例のネックレスが出てくる。“高かったんでしょ? これ…” と言う妻の顔は感謝と心配の顔だ。俺はぽんぽんと頭を優しくたたくと、
「まあ、なんだ。値段はかかったがお前に喜んでもらえたらそれだけで嬉しいからな? だから…、その…、き、気にするな」
そう言って嫁の頭を少々荒っぽく撫でてやる。ふっと顔を見ると涙が一粒頬を伝って落ちる。“おいおい…、泣き虫だなぁ〜” そう思ってタオルを手に取ってもう一度顔を見ると今度はにっこり微笑んでいた。その顔は俺の一番好きな顔。あの結婚式に見せてくれて、今も変わらず見せてくれるいつもの笑顔。そんな彼女を抱き寄せると俺は心の中でこう言う。
“まあ仕事でいつも家を空けるのが多い俺だけど、これからもよろしく頼むよ…。春夏…”
ってな。まあそんなこんなで今日も暮れる。もうすぐ娘も帰って来るだろう。幼馴染みの彼氏と一緒に…。しばらく顔を見ていないから今日はゆっくり顔を見るかな? そんなことを思う俺に対して、俺の考えたことが分かったのかくすくす笑いながら俺の体からぴょ〜んと飛び出した妻は、“恥ずかしがるわよ? このみ…” そう言って前にも増してにっこりした笑顔でこう言う。“…そうだな? このみも17歳だもんな?” そう言ってもうそんなになるのか。月日の経つのは早いもんだ。と思う俺。夕焼けが目に染み出すほど眩しくなりつつある今日4月2日は、そんな俺と俺の愛する妻・柚原春夏の18年目の結婚記念日だ…。
END