るーこ、ソーダ水に酔う?
「うふふふふふぅ〜。大好きだぞ〜。たかあき〜…。ヒック」
「る、るるる、るーこ? 何をお地蔵さんに頬ずりしながら言ってるの? 俺はこっちだって……」
るーこがお地蔵さんに頬を摺り寄せている。3月1日、暖冬だった今年は、もう梅の花が満開から散り際だ。そんな早春の日、俺の彼女であるるーこの今日は誕生日な訳で…。本当は2月30日って言う2月28日と3月1日の一瞬の時間が誕生日らしい。って言っても俺にもさっぱり分からないんだけどね? いつも“るーこ”と呼んでいるが、本当の名前はルーシー・マリア・ミソラと言う。しかし何故俺が“るーこ”と呼んでいるのか…。まあ、その辺は俺とるーこ、二人だけの秘密だ…。あの桜の木の下での不思議な出会いからもうすぐ2年。“もう2年か…、早いもんだよね?” と一瞬思うことがある。まあそれだけ充実した日々を送ってきたって言うことなんじゃないのかな? そう思った。
俺は大学1年になった。と言っても今年の4月からなんだけどね? 大学入試も何とかクリアして、ほっと一息ついたところだ。ちなみにタマ姉と雄二も同じ大学。合格通知が来た日、タマ姉たちと一緒に(もちろんるーこも一緒)合格祝いパーティーなどを開いたんだけど、このみは寂しそうにこう言ってたっけ…。
“みんなおんなじ大学でいいなぁ〜。このみもおんなじ大学に入りたいでありますぅ〜”
ってさ…。それで有言実行とばかりにこのみは俺たちと同じ大学を目指して今から猛勉強に励んでいる。まあこのみはあれでいてしっかりしているところもあるので、大丈夫なんじゃないかな? と思うんだけど…。それにあの春夏さんも一緒だしね……。
って! 今はそんなことを考えている場合じゃなかったんだ! 俺の横、千鳥足でよたよた歩く彼女は少々火照った顔でこう言う。
「るぅ〜、るーは酔ってなどいないぞ? この通り真っ直ぐ歩いてる…。ヒック」
「はぁ〜、酔った人に限ってそんなことを言うもんなの! って言うかソーダ水だけだよ? 店に入って飲んだ物は…」
そんなことを言うと俺の顔を恨めしそうに睨んでくるるーこ。やっぱり俺たち地球人とは違うんだな? そう思った。とそんな俺に構わないのかるーこはご機嫌斜めと言う感じで俺の頬を抓ってくる。
「たかあき、ちょっと偉そうだぞ?…。るーは今日、とっても嬉しかったのに…。それなのに…。うっ、うううっ…」
「はひゃっは、はひゃっはははへほははひへふへー(分かった、分かったから手を離してくれー)」
怒っていたかと思えば今度は泣きべそをかいてくる。普段あまり表情に表さないるーこがこんな喜怒哀楽が激しい娘だなんて誰も知らないだろう…。現に俺も今まで知らなかったし…。るーこの一応誕生日だからと去年の誕生日に行きたそうにしていた高級そうなフランス料理店に行こうと思いアルバイトをして少しずつお小遣いを貯めて、念願叶って今日高級フランス料理店に来た訳なんだけど…。
メインディッシュまではよかったんだ。うん。問題が発生したのはその後…。お酒はまだダメな年なのでるーこと俺はソーダ水を頼んだんだけど…。
「たかあき、これは何だ?」
物珍しそうにソーダ水を指差して聞いてくるるーこ。そういや家ではこんな炭酸系はあまり飲まないよなぁ…。ほとんど果汁100%ジュースか乳飲料が多いんだから…。俺自身があまり炭酸系は好きじゃないって言うのもあるんだろうけど…。炭酸系飲料はたまに雄二といるときに飲む程度だったからね…。そんなだからるーこも初めてに見えるんだろうけどさ…。
「これはソーダ水って言うものだよ? 飲むと口の中がシュワシュワってするんだ。俺はあまり好きじゃないけどね?」
そう言うと、るーこは“たかあき、好き嫌いはダメだぞ” いつものようにそう言って口を付ける。“るっ?” と言うとるーこは一瞬驚いた表情になる。それはそうだ。何せ未知との遭遇にも等しいんだから。と一人合点したようにるーこの見るとうまいのかソーダ水を無心で飲み始めていた。……飲み始めて数分後、頬が真っ赤になって気持ちよさそうなるーこがそこにいた。まるでアルコール飲料でも飲んだかのように赤い頬。ひょひょ、ひょっとして? と、ボーイさんに聞くが、普通のソーダ水と言うことらしい。しばらく黙って飲んでいたるーこはまるでどこぞの毒電波でも捕まえたかのように、服を脱ごうとし始める。
「なっ? なにやってるの? るーこ!!」
「何故止める? るーはたかあきの心の声に従ったまでだ。たかあきの心の声が聞こえた…。下着姿でそこらへんを踊れって言う心の声が…。だからるーはこうして服を脱ごうとしてる…」
だ、だだだ誰もそんなこと思ってない(って言うのはちょっと嘘になるんだけど…)。でもいきなり服を脱ぎ始めるなんて、どどど、どういうことなんだ? とりあえず止めさせた。“るぅ〜…。るーはたかあきに喜んで欲しかっただけだ…。それを止められるなんて…。るーは死にたい…” そう言うとしゅんとしょげてしまうるーこ。い、家に帰ったら出来るから…。そう言ってるーこを宥めすかしていると周囲からものすごく痛い視線が俺たちをじ〜っと見ているような気がした。“へっ?” と、周りを見ると他のお客さんがこっちを白い目で見つめている。いうなれば羞恥の的だ。はは、ははははは。作り笑いで必死に誤魔化そうとする俺。そんな俺になおも痛い視線は降り注ぐ。赤い頬のるーこはソーダ水を片手に飲みながら陽気に歌を歌う。しかも向こうの歌らしいので、俺たちには“るーるる、るーるる、るーるーるー”としか聞こえない。お客さんはますます奇異の目でこっちを見てるし。ははは、はぁ〜、深いため息をつくと未だに歌? を歌うるーこの肩を押しつつそそくさと店を出ることになってしまった。とほほ……。
で、現在。るーこは家の近くにあるお寺の脇のお地蔵さんに頬を摺り寄せていた。まさかソーダ水で酔っ払うなんてね? 未だに信じられないけど、事実るーこはお地蔵さん相手に話し込んでその場を動こうともしない。ああっ! やばい! やばいぞ〜!? こんなところをタマ姉なんかに見つかったらなんて言われるか…。って言うか何をされるか……。あれやこれやるーこの対応策なんかを考えていると?
「見つかったら? …どうなるのかしらねぇ〜? タカ坊?」
どこからかイヤ〜なお声が…。へっ? と振り返ると腕組みをして薄ら笑いを浮かべながら立ってるお姉様のお姿。なっ? ななな、何でタマ姉がこんなところにいるの? と言おうと思ってタマ姉の顔を見たが…、虎が獲物を見据えるかのごとく不敵に微笑みながらこっちを睨んでいた。そのあまりの恐ろしさに何も言えず立ち尽くす俺…。きっと雄二もこんな気持ちなんだろうな…。いつも逆らってはアイアンクローをかまされている雄二。そんな雄二の気持ちが少しだけ分かったような気がした。そんな俺の顔から血の気が一気に引いたことは言うまでもない…。
「タカ坊!! あなたはまだ未成年なの! 未成年はお酒は飲んじゃダメって法律で決まってるの! それなのに…。何? この様はっ? …はあ、やっぱりお姉ちゃんのしつけが悪かったのかしらね〜? タカ坊? 聞いておくけど痛くして欲しいのは頭のほうかな〜? 体のほうかな〜?」
い、いや、タマ姉? るーこはソーダ水でこんなになったんだよ? 実際俺は酔ってないし…。そ、それに頬が赤いのは寒いせいであって…。と言おうと思ったが、あのスーッと流し目で冷ややかに見つめるお姉様には到底言えるはずもなく…。そんな言い訳じみたことを言うと、余計に怒ってきそうだし…、って言うか怒られるし。“両方イヤって言うのはダメです……よね?” なおも不気味に微笑むタマ姉。そんなお姉様におどおどしながらもそう聞くと、にっこり笑顔で、“うん!” と頷く。俺の目に走馬灯が見えたことは言うまでもない…。
「はあ、はひぃ〜。ひ、酷い目にあった……。って? る、るーこは?」
あの後タマ姉にこっぴどく怒られて、挙句の果てに“コブラツイスト”までかけられた俺。痛いことも去ることながら、あのむにっとした感触に鼻血が出そうになったことは言うまでもなく…。関節がまるでブリキのおもちゃのようにかくかくとしか曲がらないよ〜。気がつくと公園のベンチに寝かされていた俺。ロボットのようにかくかく動かしながら辺りを見回すと?
「何をやってる…。たかあき。帰るぞ?」
いつものように“るー”をしながらるーこは言う。はは。ははははは……。何だったんだ? さっきのは……。“だ、大丈夫なの? もう…。って言うかタマ姉は?” そう言うとはてな顔になりながらこう言うるーこ。
「うータマならさっきたかあきをここまで運んで“ルーシーさん、タカ坊のことよろしく頼むわね?” って言いながら嬉しそうな顔をして帰っていったぞ? るーは何があったのかさっぱりだ。しゅわしゅわする水を飲んだ後の記憶がない…。で、気がついたらお地蔵さんに頬ずりしていた…。何があったんだ? 教えろ、たかあき…」
つまりるーこさんは、今までのことは何にも覚えてなかったんですね? そう言うと、“当たり前だ! るーはあの水を飲んだところで記憶がなくなっているんだぞ? その間何があったのか教えろ! たかあき” 大きくるーをしながらそんなことを言うるーこ。恨めしそうにこっちを上目遣いで見つめるるーこにはぁ〜っと大きなため息を一つ…。
「な、何でもないよ…」
そう言うと俺は逃げ出した。相変わらず関節はかくかくと鳴って痛いけどその場を走る。るーこは“あっ!” と言う顔になって追いかけてくる。逃げる俺に向かってこう言ってきた。
「るーっ! 逃げるな! たかあき」
ふっと後ろを見ると、朝なかなか起きない俺を起こしている時のようなちょっと怒ったような顔。その顔を見ると妙に落ち着くんだよね? 逃げて5、6分。さすがにここまでくると疲れてくる。はぁ、はぁ、はひぃ〜…。ついに疲れて立ち止まってしまった。るーこは立ち止まっている俺に向かって、“るーっ! 捕まえたぞ、たかあき” そう言って俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。
「さあ、家でじっくり聞かせてもらうぞ? たかあき…。ふふふっ…」
不敵に微笑みながらそう言うと、俺の手を引いてズンズン歩くるーこ。だんだんタマ姉化していると思うのは俺の気のせいだろうか…。はぁ〜っとまた大きなため息を吐きつつるーこを見る。俺の心の声が聞こえたんだろうか…。立ち止まるとこっちに振り返って…。
「当たり前だぞ? るーも、うータマにはいろいろ教えてもらってるんだからな? …それにるーはたかあきのお嫁さんなんだからな?」
そう言ってまた不敵に微笑むるーこ。そんなるーこを見ているとますますタマ姉化しているように思える今日3月1日。いや、2月30日。俺の将来のお嫁さん、るーこの誕生日だった…。
END