旅の宿

後編


 やっとのことで今日の宿に着く。チェックインを済ませると部屋に通された。細かい説明があるというので、それはタマ姉に任せることにした。ちなみにタマ姉はもうご機嫌だ。今までの不機嫌そうな顔は一気に満面の笑みに早変わり…。何故かって? まあ、後になったら分かるよ…。
 そんなこんなで今現在……。
“もうダメ、グロッキーです”
 とでも言わんばかりに部屋の畳の上に寝転んでいる。春風が心地よく部屋の中へと入ってくる。タマ姉は? と見ると、ちょうどお茶を淹れている最中だった。
「…タカ坊? 梅昆布茶淹れたんだけど…、飲む?」
「んっ? ああ…。頂くよ…」
 起き上がってあぐらをかくと、お茶を一口飲む。タマ姉の淹れてくれるお茶はなぜか分からないがとてもうまい。それはタマ姉の俺に対する気持ちの表れなのかもしれないな…。そう思ってタマ姉の顔を見つめていると…。
「何? タカ坊…。私の顔、じ〜っと見て…」
 不思議そうに俺の顔を見て、そう尋ねてくる。俺は照れながらこう言った…。
「いや…、今、とっても幸せだな〜って…。そう思っただけだよ…」
「…ええ、私もよ?…」
 言葉少なに、そんなことを言い合う。外を見ると緑の若葉が目に映える。そんな季節…。時間が緩やかに流れていってるのが分かる。そんな中…、俺の目の前にはタマ姉の優しい顔がある。何を言うのも気が引けて、俺たちは庭のほうを見た。いい雰囲気だなぁ…。俺はそう思った。


 …と、そうこうしているうちに5時になる。夕食は6時くらいからだと言われていたからまだ1時間は余裕がある。この間に温泉を堪能しよう。そう思い手拭いとバスタオル、それに浴衣と下着を用意する。
 タマ姉も自分の用意をしていた。さて、大浴場でのんびりくつろぐか…。そう思い俺は大浴場のように足を進める。…が、そんな俺の腕を掴んで、寂しそうに立っているタマ姉。目に涙を潤ませながら上目遣いでこう言う…。
「タカ坊? 私との約束…、破る気なの?」
 寂しそうに俯くタマ姉…。うううっ…。その顔は反則じゃないかー!! 俺は言う。
「あ、あのね。タマ姉? もう俺たち、その、お、大人なんだからさ。だからも少し節度を弁えようよ…」
「何でよーっ!! 一緒してくれるて言ったじゃないのよーっ!!」
 駄々をこねるように足をじたばたさせるタマ姉。恐る恐るお姉様のお顔を拝見すると…、超ご機嫌斜めです!! とでも言わんばかりな表情だ。でもこればかりは譲れない。俺の男としてのプライドにかけて説得を試みる。
「あのさ、タマ姉? これからのことは分からないけどさ。け、結婚とかしたら…。そ、その…」
「じゃあ、すぐに結婚しましょうよ! そしたら一緒に露天風呂とかにも入ってくれるんでしょ?」
 相変わらず理不尽な人だ…。俺の顔をくりくりした目で見つめるタマ姉を見てそう思った。でも何で“露天”にこだわるんだ? その辺を聞いてみることにする。すると……、
だって…だってさ…。昔、このみや雄二やタカ坊と来た時、私だけ熱が出ちゃって入れなかったんだもん…。このみは“気持ちよかったよーっ”って言って喜んでたし…。悔しいじゃない…。それに私はあなたの彼女よ? それなのにさ…
 うううっと涙目で俺を見つめるタマ姉。
“何年前の話だよ?…、それ…”
 とは思ったが寂しそうに俯いているタマ姉を見ているとそう言うことは言う気にもなれずに……。
「タマ姉……。お風呂は一緒に入れないけど…。…そのかわりに夕食後に散歩でもしない?」
 そう言ってみる。タマ姉を見る。一旦う〜んと考えると、何かを思いついたように嬉しそうな顔になる。にこにこした顔で……。
「散歩か……。うん、まあいいわ。一つだけ私のお願い聞いてくれるなら……」
「お願い? お願いって何?」
 そう俺が聞くとタマ姉は……、
「じゃあ、タカ坊の方から腕…、組んでくれる? 恥かしがらずに……」
「えっ? あ、ああ…、努力はしてみるよ……」
 そう言ってタマ姉を見るとまた不機嫌そうな、泣きそうな、そんな顔になる。俺は慌てて言い直した。
「く、組む組む。組みますから…。そんな拗ねて泣きべそかかなくても…」
…エッ…ヒクッ…。う、うふふふふ。タマお姉ちゃんの演技力も大したものでしょう? ……ヒクッ…
 赤い目を擦り擦り、そんな強がりを言うタマ姉。タマ姉の強がり…。本当は弱いくせに言ってしまうタマ姉の悪い癖。そんなタマ姉が好きになったんだな。俺……。そう思うと俺は嬉しくなった。


 浴場に入る。さすがに広いものだ。ここの温泉は湯量も結構豊富らしくかけ流しらしい。これだけいい泉質があるんだ。冬場の湯治にはもってこいだろうな……。そんなことを思いながら湯船に浸かっていると、
「お若いの、どうじゃ? ここの温泉は?」
 おじいさんが話し掛けてきた。白髪の髪に年季の入った皺は苦労をしてここまで生きてきたといった感じだ。俺は言う。
「ええ、とても気持ちがいいですね…」
「そうじゃろそうじゃろ……。ここは落ち着けるからの。わしら老夫婦にとってここは極楽のようなところじゃ…。で、お若いの。お前さんはどうしてこんな古びた温泉宿に? お前さんらの年頃はもっとこうきらきらした都会の方がいいじゃろうに…」
 おじいさんは手を上に上げると、きらきらを表現するために手のひらと甲を交互に回して言う。俺は言った。
「いやぁ〜。あまりごみごみしたところは俺、苦手でして…。あっ、彼女と一緒にきてるんですが、彼女も俺と同じようにごみごみした都会より、こう言うのんびりしたところでゆっくりくつろぎたいって言うもので…。それに日本情緒を感じさせるこう言う宿の方が何か趣があっていいと思うんです…」
「そうかそうか…。最近の若いもんはと嘆いておったが、まだお前さんのようなもんがおると分かって安心したわい…」
 俺がそう言うとおじいさんはにっこりと微笑んでそう言った。窓の外を見る。風が緩やかに青い若葉を揺らしてそよそよと吹いていた。
 浴場から出て浴衣に着替える。普段、浴衣などは着慣れていないから四苦八苦しながら着た。浴場の側にあるロビーの椅子に座り、タマ姉が出てくるのを待つ。……しばらく待っているとタマ姉が出てきたみたいだ。
「あっ、タカ坊。お待たせーっ!」
 タマ姉が歩いてくる。俺は立ち上がるとタマ姉のほうに向いた。そこで俺は一瞬言葉を失った。浴衣のタマ姉があまりにも魅力的すぎたから…。和服を着ると、ころっとおしとやかになる子っているけど今のタマ姉は全くそれだ。しかも体の線が…。
 い、いかんいかん。首をブンブンと振る。そんな俺の動きにタマ姉はくすっと笑うと…。
「うふふふふっ。うんうん、そうかそうか…。タカ坊も男の子だって言うことか…」
 一人合点したようにそんなことを言うと、タマ姉は体を俺のほうに寄せてくる。手に当たるむにっとした感触が、俺の顔を真っ赤にさせた…。


 食事を頂く。俺は嫌いなものはないので何でも食べる方だ。タマ姉も何でも食べる方なので食事自体はそれほど困りはしない。ただ、タマ姉の場合…、
「っもう!! タカ坊! お箸の持ち方が悪いわよっ? 何度同じことを言ったら分かるの? それに、ああん。まだご飯粒がこんなに残ってるじゃない! いい? タカ坊。お米って言うのはね……」
 作法って言うのか、マナーって言うのか、そんなことに物凄ーくうるさいんだ。旧家のお嬢様なんだからと言うことは分かるけど、それでももう少し美味しく食べさせてほしいと思うのは、俺のわがままなんだろうか? タマ姉はどうなのかとタマ姉のお膳を見てみると…。
 お見事なほど、ぴっかぴかだった。九条院で相当厳しく躾られたんだって、前に話していたことを思い出す。と、急にむぎゅ〜っと頬を抓られる。横を見ると怖いほどの笑顔のお姉様が…。
「お姉ちゃんの言うことを聞かない子はどうなるか…。知ってる?」
「ひっへはふひっへはふ!! ひっへはふははははひへ〜っ!!(知ってます知ってます!! 知ってますから放して〜っ!!)」
 はぁ〜っ、とため息を吐くと残ったご飯粒とかをきれいにさらえた。もう残ってないだろうと配膳の方を見てみる。うん、きれいだ。タマ姉のほうを見るとくすくす笑ってこっちを見ている。何でだ?
「タカ坊…。ほっぺにご飯粒がついてる…。ああん、ちょっと待って。タマお姉ちゃんが取ってあげるから…」
「えっ? い、いいよ。一人で取れるから……」
 といったときにはタマ姉の手が俺の頬にあるご飯粒を取ったあとだった。タマ姉はそのご飯粒を自分の口に入れる。嬉しそうに俺の方を見て優しく微笑むタマ姉。そんなタマ姉の微笑みに俺の顔は真っ赤になった。


 賑やかしい食事も終わりしばらく休憩を取る。タマ姉は窓のそばの椅子に座って風に吹かれている。さらりさらりと長い髪が入ってくる若葉の薫りとともに揺れていた。昼間高原で拾った桜の若葉の小枝をかんざし代わりにして椅子に座るタマ姉が静かに言った。
「静かねぇ……タカ坊……」
「うん、そうだね……」
 俺はそう言うと胡座をかく。日は沈んで今は赤い残光を残すのみとなった。やがてそれも消えて星と月の世界になるんだろうな……。そう思いながらタマ姉とその向こうに見える赤く映えた山々を見ている。…タマ姉が振り向くと、こう聞いてきた。
「ねえ、タカ坊……。そっちに行っても…いい?……」
 恥かしそうに頬を赤らめながらそう聞いてくる。いつもなら恥かしくてあわあわになる俺だが、この雰囲気とタマ姉のたおやかな微笑みにごくごく自然に言葉が出た。
「うん、いいよ……」
 と……。タマ姉は椅子から立ち上がると、たおやかな微笑みを浮かべたまま俺の元へやってくる。横座りになると俺の肩に頭を置くタマ姉。俺は片手でそんな彼女の頭を撫でてやる。
「「……」」
 お互い何も喋らず、ただ赤い残光が残る山々を見つめていた…。


「さあ、タマ姉…。散歩、行こうか? ついでにお土産も買わなくちゃね…」
……ちゃんと覚えててくれたんだ……。……ええ、じゃあ行きましょうか……」
 俺はそう言うとタマ姉の手を取る。ちょっと驚いた顔になるタマ姉。夜も8時を過ぎた頃だ…。先刻の約束どおり俺はタマ姉と散歩に出かけた。タマ姉は浴衣も着慣れているせいか、歩く姿も美しい。立ち止まってこっちを羨ましそうに見遣る男の人も多数いる。それはそうだろうな。俺は思った。
 端整な顔立ち、抜群なプロポーション…、俺みたく女の子が苦手なヤツじゃなかったら、真っ先に寄ってくるだろう。そう思うと俺はタマ姉の肩に自然に手が廻った。どうしてだか分からない。あっ! と思った。でも俺はそうしていた。タマ姉は微笑みながら俺の肩に頭を乗せて体を預けてくる…。
「ありがとう……。タカ坊…」
 土産物屋に行く途中で不意にタマ姉がそんなことを言ってくる。俺は聞き返した。
「ありがとうって……。なにが?……」
「こんな私のことを好きになってくれて…。私ね、九条院にいるときタカ坊にお手紙何度も書こうと思って、便箋に何枚も何枚も書いたんだ。“元気にしてる?” とか、“新緑がきれいだよ?” とか…」
 タマ姉は俯いたまま、話を続ける。俺は聞き入った。
「だけど…、結局出せなかったの…。出す勇気がなかったのね…。ねえ、タカ坊…。私のこと、迷惑だったでしょ? ううん。首を振っても分かるもの…。よく分かる…。それはそうでしょうね。だって昔はタカ坊たちにいろいろ無理な命令とかいっぱい出してたもん…。だから、実はこっちに帰ってくる時も不安だったんだ…。タカ坊は私のこと覚えていてくれているだろうか、ってね…」
 そう言うとタマ姉は顔を上げた。上げた顔には涙が一雫流れている…。俺は空を見上げてこう言う。
「タマ姉のこと、忘れたことなんて一度もなかったよ…。そりゃあ昔はいっぱい迷惑掛けさせられたけどね…。でも、タマ姉がいなくなって正直言うと寂しかったんだ…。心の中にぽっかり大きな穴があいたような感じがして。俺…。だからタマ姉がこっちに帰ってくるって雄二から聞いた時、本当は嬉しいって思った。再会して…、好きになって、恋人になって……。いろいろ振り回されてるけど、やっぱり俺はタマ姉のこと、好きになってよかったと思ってる。本当に……」
「タカ坊……」
「…何か恥かしいから、もうこの話は終わり!! さあ、タマ姉、行くよ?」
 そう言うと俺はタマ姉の手を取ると走り出す。そのときのタマ姉の顔を俺は見ていない。だけど、多分…。多分嬉しそうに微笑んでいるんだろうと思った。空には風流な上弦の月があった。


 土産物を買って旅館の方に帰ると、夜も11時を過ぎていた。預けておいた部屋のキーをもらうと、部屋へと向かう。部屋に入ると電気をつける。もう布団が敷いてあった。
「もうそろそろ寝ようか? タマ姉…。明日も早いんだしさ…。それに今日一日動いて疲れてるだろ?」
「ええ…。でもタカ坊のほうこそ疲れてるでしょ…。荷物を持ったり、私を負ぶったり…。……あっ、そうだ。今日頑張ったご褒美にタマお姉ちゃんがマッサージしてあげるっ!」
 タマ姉は嬉々とした表情で俺にそう言ってくる。…せっかくのタマ姉の申し出だ。断る理由もいない。それに今日は少し動きすぎたみたいだ。体があちこち張って痛い。お願いすることにしよう…。そう思い俺は言う。
「じゃあ、少しお願いしようかな?」
「うん! タマお姉ちゃんに任せなさい!!」
 にっこり微笑むと、早速俺の背中に乗り指圧してくれるタマ姉。アパートで何回か疲れて帰ってきたときにやってもらっているが、これがまた気持ちがいい。タマ姉って何でもできるんだなぁと改めて思ったくらい指圧も上手い。
 気持ちよすぎて眠くなる。目はもうつぶれかけだ。トローンとなりながらタマ姉の顔を見ると、
「気持ちよかったらそのまま寝ちゃってもいいわよ…。……今日一日ありがとう。タカ坊…。あとはゆっくりお休みなさいな…」
 そう聞こえたような気がした……。


 私はふぅ〜っとため息をついた。大好きな彼氏の方を見る。すごく可愛い寝顔で眠ってる。一つ年下の男の子だった幼馴染みは、今はもう立派な男性だ。……私はどうだろうか? 考えてみた。
 私はまだ…、子供かな? そう思う。駄々をこねたり、膨れてみたり、つまらないことに意固地になったり…、昔と全然変わらない…。ふぅ…。もう一度ため息をつくと、窓の方へ行く。外を見ると月が沈みかけていた。ポットのお湯も冷めたんだろう。ぬるめのお湯を急須に注ぐ。
 湯のみ茶碗に淹れたぬるめのお茶を飲んでいると、私の大好きな人の寝言が聞こえてくる。
「タマ姉……楽しいね……」
 どんな夢をみているんだろう。きっと私が出て来てる夢なんだろうな…。そう思うと何故か彼がとてもいとおしく感じた。私もそろそろ休もう……。そう思い自分の布団へと向かう…。彼の頬に軽くキスして、布団に入った。
 横になって彼の顔を見る。大好きな人は幸せそうな笑みを浮かべながら眠っていた。
「お休み……、タカ坊……」
 そう言って豆電球を消すと布団を被る…。目を瞑る。夢の世界へ旅立つにはそうは時間は掛からなかった……。


 次の日、何かぷにっとした感覚で目が覚める。襖の向こうに掛けてある壁掛け時計と見ると、いつも起きる時間、7時半だった。そろそろ起きるか…、そう思い体を起こそうとするがなかなか起き上がれない。何で? と横を見ると、俺の布団に潜り込んだお姉様の姿が…。
 はぁ〜。今日、朝一番のため息…。
“たぶん無意識のうちに俺の布団に入ってきたんだなぁ…”
 そんなことを思いつつ、まず手をどかそうと試みる。ゆっくりゆっくり、起こさないように…。と、どかしていくが……。
「……う〜ん。うふふふふふぅ〜、タカ坊〜……」
 むぎゅっ!! と抱きしめられる。その力はまるで万力だ。雄二に使うアイアンクローもそうなんだが、何でタマ姉はこんなに力が強いんだ? どこかで秘密の特訓でもしてるのかな…、とそんなことを考えている間にも体勢は危機的な状況になってくる。
「……タッカ坊〜。うふふふふふぅ〜……」
 今度は上にのしかかってくる。むにっとした感触が体に当たってくる。相変わらず体は万力のように締め付けられる…。って今薄目を開けていたような…。
「タマ姉!! 起きてるんだろっ!!」
 そう怒ったように言うと、案の定……。
「てへへへへっ。バレた?」
 ペロッと舌を出してそう言うタマ姉。イジワルそうに俺の顔を見る目は昔のあのタマ姉の目だった。はぁ〜っと今日2回目のため息。
「あのさ…、ちょっとどいてくれない?」
「い・や・よっ♪」
 俺がそんなことを言うと、イジワルそうな目をもっとイジワルにして、更に強く抱きしめてくる。ぎゅう〜っと抱きついてくるタマ姉。俺は必死で逃れようとするが、そのたびに柔らかい感触が…、むにっと合わせた俺の胸に当たる。逃れようがなかった……。とほほ……。
 で、朝食時…、案の定と言うか何と言うか…、タマ姉はやっぱりご機嫌な表情で朝食を食べていた…。
「るるるるるる〜ん、る〜るるりら〜、るるりるら〜らぁ……」
 鼻歌を歌いながらにこやかに朝食を食べてるタマ姉。この人はなんて理不尽なんだっ!! と思いながら黙々と食べてる俺。ぶすっとした表情でタマ姉のほうを見るが…。嬉しそうな表情に…、
“まあ、仕方ないか…”
 と思ってしまう。これがタマ姉の、いや、俺の彼女の“特権”なんだろうな…。そんなことを考えながら、はぁ〜…、と、俺は今日3回目のため息をついた……。


 宿をチェックアウトする。未明に雨が降ったのか路面が少し濡れていた。空を仰ぐ。透き通るほど澄んだ青空がそこにあった。帰りの新幹線にはまだ時間があるので、軽井沢まで電車で行き、昨日と同じように観光することにした。
「タカ坊。見て〜!! 向こうに南アルプスが見えるよ〜!!」
「あっ、ほんとだ〜……」
 昨日はガスが溜まっていたのか良く見えなかった南アルプスの山々がきれいに見える。山頂の方にはまだ薄っすらと白い雪が残っていた。佇むとその方向をじっと見る。タマ姉は俺の肩に頭を乗せて、俺と同じ方向を見る。
 二人旅……、俺の大好きな一つ年上の彼女。傍若無人なところもあるけど、優しくて頼りになる幼馴染みのお姉さん。そして……、犬のことになるとまるっきりダメダメになる可愛い俺の未来のお嫁さん…。
 これからも俺のこと、よろしくね? そう思い彼女の頭を撫でた。嬉しそうに俺の肩に頭を置く彼女。緩やかに時が流れていくような感じがした。


 帰り道。新幹線の車窓を見ていると、タマ姉が上目遣いで見つめながら恥かしそうに、こう聞いてくる。
「また、二人で一緒に行こうね? ねっ? タカ坊…」
 と……。俺は微笑みながらこう言う。
「うん、そうだね……。……タマ姉」
 と……。お互いの顔を見つめて、また二人して微笑みあう。新幹線はもうすぐ東京駅に着く。明日から、またいつもの日々が始まる。タマ姉との楽しく愉快でちょっと気恥ずかしい、そんな日々が……。暮れなずむ町に、今、定刻通りの新幹線が到着した……。

END

おまけ

「タマ姉〜。写真出来たよ〜? 見る〜?」
「うん、見たい見たい!! どれどれ、……って……。タカ坊……。……酷いよ…こんなの…
 私は写真を見て驚いた。だってそこに写されたもの…それは私が犬に追い掛け回されてる姿や、泣いてる姿など…。タカ坊のイジワル……。私はタカ坊を半眼で睨む。慌てて、普通のスナップ写真を私に渡すタカ坊…。
「タカ坊?…、そんなにタマお姉ちゃんの泣いてるところがいいの?」
 そう言って泣きべそをかいたふりをしてタカ坊を見る。途端にあわあわ慌て出すタカ坊。ふふふっ、もう少し困らせちゃえ!! そう思って下を向いて泣きまねをする。もうこれでタマお姉ちゃんに逆らえないでしょう…。
「悪かった! この通り! 謝ります! だから泣き止んでぇ〜!!」
「じゃあ、私の言うこと…、聞いてくれる?」
 そう泣きまねをしながらタカ坊に聞いてみる。タカ坊はこくんと頷いた。
「じゃあ、これからず〜っと私と一緒に寝てくれる?」
「いいいいっ? いくらなんでも……、それは、ちょっと…」
 タカ坊は困った顔で言う…。私は本当に悲しくなってくる…。涙が一粒二粒、目から零れ落ちた。
「何でよーっ!! 私の言うこと…、何でも聞いてくれるって言ったじゃない…。……タカ坊の…嘘つき……
 涙を拭きつつそう言う私……。うふふ。でも私の作戦は成功したから、まあいいわ…。これでタカ坊はこう言うに決まってるんだから…。
“分かった、分かったから!! だから泣き止んでよ〜っ!!”
 ……ってね。うふふっ、ぐすっ…。私の勝ちね? タカ坊…。そんなことを思いながら涙を拭き拭き笑顔でタカ坊を見つめた。タカ坊は、仕方ないなぁと言う目で私を見てる。タマお姉ちゃん、今日も勝ち!!

TRUE END?