いいんちょはご機嫌ナナメ?
「もう! 貴明くんなんて知らないんだから〜っ!!」
俺の目の前、頬をリスかハムスターが食べ物を食べて頬袋に溜め込んでいるかの如くぷく〜っと膨らませて俺の彼女・小牧愛佳は拗ねていた。いや、拗ねていると言うよりはお父さんかお母さんに怒られて、ちょっと泣きべそをかいているときのような顔か…。そう思う。でもなぜ愛佳が拗ねているのかと言うと…、それはそう! お菓子だ…。
「あのお菓子は滅多に入らない貴重なものだったんだよ? それを郁乃と二人だけで食べちゃうなんて〜。ひどいよぉ〜」
「だーかーらー! ごめんってさっきから謝ってるでしょ? そんなに怒らなくてもいいじゃない…」
発端は今日の昼。昼ごはんをタマ姉たちといつもの屋上でよばれ、腹ごなしにと校内を散策している時のこと。って散策と言っても用事があるのだ。そう! 愛佳の妹・郁乃に…。そう思って2年生の教室へ向かう。
「あっ、このみ? 郁乃、いる?」
「うん、いるよ? でもどうしたの? タカくん」
“い、いや、ちょっと…” そう言うとごまかす俺。このみは“実に怪しいであります…”ってな目で俺の顔を見ながらも郁乃を呼んでくる。愛佳の妹・小牧郁乃。去年の新入生であり、今現在このみのクラスメートでもある。長い間病院と家との入退院を繰り返していた彼女だったが、晴れて元気になり今は普通に学校に来ている。もっとも杖を突きながらではあるんだけど…。入院生活が長かったせいか、足の筋肉が極端に少ない郁乃。リハビリにも耐え何とか自力で動けるようになって来た。やっぱり頑張り屋さんな愛佳の妹だな? 俺はそう思っている。とにもかくにも郁乃を教室の外に連れ出す俺。
「ちょちょ、ちょっと! 制服が伸びちゃうじゃないのよ?」
と言って制服の袖のしわを気にしながらも半眼で俺の顔をギロリ。まあ、いつものことなので何ともないが最初は困った。特に由真からあの睨みを教わった時の郁乃の顔は凶悪すぎるほどに怖かったことを覚えている。まるで由真がもう一人いるみたいだった。そのことを由真に話すと、“そっかそっかぁ〜。郁乃ちゃんもあの睨みを覚えたか〜。これで河野貴明を攻撃できる回数が増えたわね? ふっふっふっ…。覚えておきなさい。河野貴明!!” と俺の顔をいつものように睨んでいたっけ…。唇をぷるぷる震わせながら…。
「ご、ごめんっ…」
「まあいいわ…。ここじゃなんだし、いつものところで話しましょ」
そう言うと杖をつきつき歩いていく郁乃。後ろから見れば何かこうおばあ…、って! 郁乃があの睨みでこっちをギロリと睨んでいた。俺の体がぶるぶる震えたことは言うまでもない。
「あんたもさぁ〜。お姉ちゃんの彼氏だったら趣味とか分かるでしょ? 何であたしにいちいち聞くの? 全く〜…」
「愛佳の趣味? う〜ん。お菓子と本かな?」
「こ、このバカか〜!! そんなものよりもっとロマンチックに、“夜の遊園地”とか“夜景スポット”とか!! いっぱいあるでしょ〜? そう言うものが。何でいきなり“食べ物と本?”って言う発想がでてくるわけ? やっぱりあんたはお姉ちゃんのこと全然分かってな〜い!!」
いや、食いしん坊な愛佳のことだから絶対そう言うことになると思って言ったんだけど…。“でも郁乃って案外ロマンチストなんだね?” と郁乃の顔を見つめて言うと、“バ、バカ。そ、そそそそんなんじゃないわよっ!!” と郁乃は顔を真っ赤にして俯いた。しばらく無言が続く…。居たたまれなくなった俺はお茶の用意に取り掛かった。勝手知ったる書庫。お茶のありかくらいは分かる。って言うか、愛佳がいつも用意してくれているのでだいたいのところは分かってしまった。いつものお茶とカップを取り出す。お菓子は〜っと…。いつものお菓子入れを探してみるが何もない。仕方ないか…。今日はお茶だけでと思ってふっと棚の上を見ると……。
「グスッ、グスッ…。あれはあたしが何時間も掛かって、それこそ足が棒になるほど待ってやっと手に入れた有名店のお菓子なんだよぉ? だから食べるのものすご〜く楽しみにしてたのにぃ〜。それなのに、貴明くんは郁乃と二人だけで食べちゃうなんて〜。ひ、酷いよぉ〜。う、う、うわぁぁぁ〜ん」
で、今だ。あの戸棚にあったお菓子……。実は愛佳がお菓子の有名店で買ってきたお菓子だったんだってさ。何か包装紙といい箱といい高級そうな感じはしてただけどね? 一つ一つ入れている袋も豪華だったしさ。どこかで買ってきたのかな? とは思っていたんだけど、やっぱりそうだったのか…。はぁ〜。と大きなため息を一つついて愛佳の方を見ると手をぶんぶん振りながら“うわぁぁ〜ん” と言って俺の胸をぽかぽか叩いてくる。郁乃は知ってたんだろうか? そう思い聞いてみると、“郁乃には内緒にしてたんだから知るわけがないじゃない〜” そう言ってますますぼかぼかと叩いてくる。が愛佳は由真やタマ姉みたく力があまりないので叩かれてもあんまり痛くはない…。痛くはないんだけど…、うるうる涙目で上目遣いにこっちを見つめる顔にかなりの精神的ダメージを食らってしまう。俗に言う“いいんちょマジック”って言うやつだろうか…。
「…じゃ、じゃ、じゃあこうしよ? 愛佳のお菓子食べちゃったお詫びに、愛佳の好きなケーキ屋さんに連れて行ってあげる。ど、どうかな? こ、こんなのじゃ許してもらえないかもしれないけどさ…」
そう、ぽかぽかと俺の胸を叩いてうるうる目で睨んでいた彼女に聞く。“ほ、ほんと?” 叩く手を止めてじ〜っと俺の顔を見つめてこう言う彼女。うんっ! と首を縦に振るとグスグスと鼻を鳴らしながら、でもにこっといつもの柔らかい微笑みで愛佳はこう言うんだ。
「ありがとう。貴明くん」
ってさ…。他の女の子はどうか知らないけどこれが俺と俺の彼女の仲直りの秘訣。もうさっきまでの膨れた顔はどこにいったのか、にこにこ顔の愛佳はタレ目な目をもっとタレ目にして、嬉しそうに考え事をしている。多分どんなケーキを食べようかな? って考えているんだろう。愛佳の嬉しそうな顔を見ながらそう思った。…って! 肝心なものを忘れるところだった。そう思い自分の鞄をそっと取ると一つの小さな箱を取り出す。この間一人でデパートに行って選んだ品物だ。中は秘密…。ただこれをつけている愛佳は可愛いだろうなぁ〜っと思って選んだものだから…。気に入ってもらえると嬉しいんだけど…。そう思い気づかれないように愛佳の鞄にそっと忍ばせる。
「そ、それじゃあ行こうか?」
そう言う俺にちょっと緊張しながら“う、うん…” と言う愛佳。顔を見るともう真っ赤。付き合い始めてもう1年も経つのにね? 何か変に意識してしまうんだよね…。とそんなことを思う俺の顔も真っ赤だろう。自分でも頬が火照っているのが分かってしまうんだから…。夕陽は長い影法師を作っている。そんな中を二人でケーキ屋さんへと向かう。歩いている途中愛佳が言った。
「ごめんね? 貴明くん。さっきは…」
「ううん。こっちこそごめん。愛佳の大事にしていたお菓子食べちゃって…」
そう言う俺。お互いこんな性格だから雄二辺りから“ったく、お似合いのカップルだぜ…。ちくしょう!!” ってな具合に恨みがましい目で見られるんだよなぁ〜。ははは…。はぁ〜。と一人大きなため息をつく俺。愛佳は訳が分からず、ぽよっ? とした顔。その顔にまた深いため息をつく今日5月1日は、俺の彼女・小牧愛佳の誕生日だ…。
END
おまけ
ケーキは相当美味しかったらしく、愛佳はいつになくご機嫌だった。まあ甘いものはあまり好みじゃない俺も、あそこのケーキは美味しいと思った。でも、いくら美味しいからってケーキ3ホールはないんじゃないだろうか? そんなことを言うと愛佳に泣かれるのは必至なので(って言うか愛佳に今日の出来事を郁乃に言って郁乃が面白半分、羨ましさ半分で由真に言って…。で二人であの怖い目で睨んで来るっていうのがオチなので言えないのではあるんだけどさ…)、それは俺の心の底に押し込めたんだけど…。俺の小遣いが一気に半減したことはいうまでもない事実だ。愛佳を連れてケーキ屋さんに行く時は必ずバイキングにしようと心の底から思うのだった。
ちなみに忍ばせておいたプレゼントの方はと言うと…。
「う、う、うわぁぁ〜ん。反則だよ〜。貴明く〜ん。鞄開けたら可愛い箱が入っててその箱開けたら高級そうなネックレスとすごくあったかいメッセージカードが入ってるんだも〜ん。うわぁぁぁ〜ん」
と受話器越しに泣く愛佳を宥めるのに必死な俺がいるのだった。これからは素直に手渡そうと思った5月1日の夜…。下弦の月が街を優しく照らしているかのような夜。ぐすぐす受話器越しに泣いている愛佳に心の中でこう言った。
“昼間も言ったかもしれないけど、もう一度言うね? 愛佳、誕生日おめでとう” ってさ…。
TRUE END?