僕の1日宿題戦争
「だぁぁぁぁぁ!! 終わらねぇ〜っ!!」
現在8月31日、夕方17時30分。山のような問題集を前に俺、向坂雄二は頭を抱えていた…。こうも山のような宿題を前にするとやる気もなにもあったもんじゃねぇ。貴明の野郎は、もう終わってるみたいで毎日楽しく過ごしてるって言うのによ〜っ!
それもこれも、傍若無人で噂の名高い(もちろん、俺と貴明の間だけだが…)あの姉貴のせいだっ!! このクソ暑い中、“暑いー! 雄二! アイスクリーム買ってきて!”だの“喉がからからー。ジュース買ってきて”だの、俺が保健体育の勉強に勤しんで? いるときに限ってそんなことを言ってくるんだ…。
「俺を何だと思ってやがる! 俺は姉貴のパシリか?」
と姉貴に声を上げて言いたい。だが、どっかの人間兵器に匹敵するほどの力を持った姉貴だ! きっと“出来てねぇ”なんて言えば何千倍、いや、何万倍にもなって帰ってきそうだからな…。いや、もう俺、生きてないかも…。でも…どうするよ。この宿題の、山、山、山…。
いっそこのまま忘れていこうかとも考えた…。が、そうなると姉貴に伝わって……、身の破滅だ……。
と言うよりこの世から抹殺されかねん。貴明ならともかく俺のことになると遠慮しない姉貴。実の弟より、幼馴染みのほうが大切なのか? ええっ? 贔屓目も大概にしろっ! と声を大にして言いたい。…しかし、ほんとにどうすんだ? この宿題の山はよ〜…。はぁ〜っ……。
宿題の山を見ているうち、ふと、いい案が頭に浮かぶ…。委員長だ…。学年トップクラスの委員長に頼めばこんな問題なんざ、屁でもねーぜ!! まあ、幸い委員長は貴明とつき合ってるんで貴明に言えば何とかなるだろう。
幸いなことに昨日から姉貴は親戚の寄り合いで留守…。ふふっ、ふふふふふふっ。これは千歳一遇のチャンス!! ああっ、神は俺を見捨ててはいなかったのだっ!! …ということで、早速貴明の家に電話をする…。
トゥルルルルル、トゥルルルルル、トゥルルルルル、トゥルルルルル……。
「もしもし、河野ですけど?…」
おっ、貴明だ。俺はすばやく用件を伝える。だが、あいつは何だか歯切れが悪い。
「なあ、お前、誰かいるのか? なんか話し難そうだぞ?」
「ああ、実は今、愛佳とこのみが来てだな? って、痛て! 痛てててててて…。な、何するんだ? このみ? って! 愛佳もそんな顔で睨まなくても…。と、とにかく了解。というか早く来てくれ〜っ!!」
最後はなんか悲鳴に近かったような…。まあいいさ…。委員長もいることが分かったしな。……問題なのはあのチビ助か…。まあ、あの食い意地が張ってるチビ助のことだ。ととみ屋のカステラでも買ってやれば大人しくなるだろう。
委員長のことは無問題。あのお人よしな委員長のこと、絶対断らねぇ〜。それにバックには彼氏がいるんだしな…。ふふっ。ふふふふふふっ。俺って策士? ……そんなこんなで素早く用意をして家を出る。
前述にも述べたが、貴明と委員長は今付き合っている。今じゃおしどり夫婦と言う具合だ。俺にとっちゃあ女が苦手な貴明と男が苦手な委員長は同類項なわけで…、案外うまくいくんじゃねーのか? と思っていたがその通りうまくいってるみたいだった。
最近では一緒の弁当をつつきあったり、とまぁ彼女いない暦17年の俺にとっちゃあ羨ましい限りだ。まあ、もっとも今では学校公認のバカップルになりつつあるしよ…。はぁ…。全くもって羨ましい限りだぜ。…ったくよぉ〜。そう思いながら歩を進めた。
焼けたアスファルトの地面は異様に熱い。靴越しに焼けたアスファルトの熱気がむんむんと伝わってくる。汗が地面に落ちるたび、ジュッ、という音を出して昇華していくのが分かる。やがて、あいつん家の前まで来る。すると中のほうから…。
「貴明く〜ん。何で毎日やらなかったのぉ〜。今日は夏休みの最後だから遊びに行こうかなって思ってたのにぃ〜。…あっ、ここ間違ってる……」
「ふぇっ? ど、どこ?」
「ここだよ、ここ……」
委員長と貴明の声が聞こえる。どうやら貴明も俺と同じようだ。って、あいつ、もう終わってたんじゃねーのか? 自慢げに俺に…。
「なに? まだ終わってないのか? …まあせいぜい頑張ってくれたまえ。向坂くん…。わーっはっはっはっはっはっは…」
って、偉そうに俺の肩を叩きながら言ってたのによ〜。くっ! ……まあ考え方によっちゃいいことか? これで同類が出来たって訳だしよ…。まあ、あいつも俺と同じ穴のムジナって言うことか。ふふふっ…。俺は思った。チャイムを押そうと思って呼び鈴のところに手を持っていこうとすると、違う声も聞こえてくる。
「ぶぅ〜。このみもタカくんと一緒に遊びに行こうと思って毎日こつこつやってきたのでありますよ? それなのにぃ〜。ぶぅぅぅ…」
ああ、この声はチビ助か…。…ということは?…。……後ろから何だか嫌〜な気配がするぞぉ〜……。が、気にしない気にしない。気にしたら、とり殺されるだけだ…。と…、
「あらぁ〜? 雄二君はどうしたのかなぁ〜? 確か、もう終わってるはずよねぇ〜? 宿題…」
地獄の底から聞こえる亡者のような声が、俺の耳に聞こえてくる。体感気温が2、3度下がった。見たくない。見たら終わりだ。少しでも見たら、石になっちまう!! とは思ったが、進行上止むを得ないので、そ〜っと後ろを振り返った。振り返ると、案の定姉貴が不敵な笑みを零しながら立っていた。
「そ、その、何だ……。た、貴明の様子を見に来たって言うか。い、委員長に勉強を教わりに来たって言うか…」
不敵な笑みを零す姉貴に向かって俺は弱弱しくこう言う。最後は聞こえないくらいの小さい声で…。背筋には冷や汗がたらりと流れる。姉貴はなおも怪しく微笑みながら……、
「あらぁ〜? どうしたのかなぁ〜? 雄二君は…。もしかして……、タマお姉ちゃんにウソでもついちゃったのかなぁ〜?」
ばっちり聞こえていた。って! 地獄耳か? 姉貴は?…。そうしているうちにも、本当の地獄が…、この世の終わりがもうすぐ来ちまうっ!! 逃げ出そうとは思ったが、俺が逃げ出すことはお見通しだったんだろう。生憎と姉貴に手を掴まれてしまっていた。
逃げ出そうとは思ったが、がっちり手を掴まれているので逃げられない。って、どうしたらそんな怪力が出るんだっ? ターミネーターか? サイボーグか? と、思ったがそんなことを言うと、本当に手を握りつぶされそうだ。…訳の分からん間にもズンズン奥に連れて行かれる俺…。
「タカ坊〜っ! 入るわよ〜?」
俺の手をズンズン引いてリビングルームへと入る姉貴。と…、
「ああっ! タマお姉ちゃんだぁ〜!!」
「あっ、こ、こんにちは……。貴明くんのお姉さん…」
「うーん、ここがこうなり……。……ってタマ姉? な、ななな、何でタマ姉が、ここ、こんなところにいるのでございましょうか? って、愛佳? 何回も言うようだけど、タマ姉は俺のお姉さんじゃなくて雄二のお姉さんだよ?」
びっくりする貴明。そりゃそうだろうよ。ダンジョンでいきなりラスボスと遭遇したレベル1の勇者みたいなもんなんだからよ…。その後で委員長に突っ込みを入れるところなんざ、貴明らしいわな…。ぷぷぷっ…。そんなことを考えていると……。
ガシッ!! ギュ〜ッ!!
「あだだだだだだ…。割れる割れる割れる〜っ!!」
いきなり姉貴のアイアンクローが俺のこめかみに喰らいつく。いつも思うんだが何で幼馴染みの貴明やこのみには優しくて、実の弟の俺にだけ、こんなに厳しいんだっ? 不公平だっ! 不公平すぎるっ!!
「タカくんが悪いでありますよ? 今日は夏休み最後だから遊びに行こうって思ってたのに〜っ!! そしたらタカくんとユウくんが勉強するって電話で話してるの聞いたから、このみがポケベルで呼んだであります!! 少しはこのみに感謝してほしいでありますよ〜っ!! むぅ〜っ!!」
さ、さっきのか? 俺がそう言うと、ぷぅ〜っと頬を膨らませながらチビ助はこくんと頷いた。このとき、俺は自分の運命を呪った…。貴明のノートはもう終わりかけ。対して俺は…。
“だぁ〜。まだ半分も終わってねーじゃねーかーっ!!”
こそっとノートを見る俺。俺の顔から血の気が引いたことは言うまでもない。姉貴は怪しく笑ってるし、貴明は隣で諦めたように俺の顔を見ると、ふぅ〜っとため息を吐いていた。このみはうぅ〜っと言う目で俺の顔を見てるし。委員長もなんだかもの言いたげな表情だった。
「雄二、何? この白いノートは? …そう、この私にウソをつくとは…。いい度胸してるじゃない。雄二。…タマお姉ちゃんにウソつく子はどうなるか、分かってるわよね〜?」
言いながら手をポキポキ鳴らすのは止めてくれー!! 俺は貴明たちに助けを求める。だが…、
「こうなったタマ姉を抑えることなんて無理だ…。諦めて成仏してくれ…」
と、貴明。何て友達がいのねーヤツなんだっ? このみはと見ると?…、
「ユウくんが悪いんだよーっ!! ユウくんがそんなだからタカくんにまで移ちゃったんだよーっ?! むぅ〜っ…。少しはタマお姉ちゃんに怒られるといいでありますよっ!! ぷんぷんっ!!」
ぷぅ〜っと頬を膨らましてそんなことを言うチビ助。怒られる以前に殺されるのではなかろうかと…。そう思うんですけど……、ねぇ? 委員長のほうをを見てみると、
「南無大師遍照金剛…、南無大師遍照金剛…、南無大師遍照金剛…」
念仏を唱えていた。誰も助けてはくれない。え〜い。もうこうなったらヤケだっ! に、逃げちゃる…。とは思ったが、がしっとこのみと委員長に両手を掴まれて動きが取れん!!
「は、放してくれー!! 俺はまだこんなところでやられるなんてごめんだぁ〜っ!!」
「ダメでありますよ〜っ!! ユウくんのせいでタカくんと遊べなくなっちゃんだから〜っ。ねぇ〜、愛佳さん?」
「そうだよそうだよ。向坂くんのせいであたしも貴明くんと一緒にお出かけ出来なくなっちゃんだからねっ?…。うううっ……」
何で俺のせいなんだ? 貴明だって忘れてたんだろ? ええっ? 俺はそう思いながら委員長の顔を見る。委員長は俺の顔を目にいっぱい涙を溜めて恨めしそうに睨んでいた。そう言っている間にも姉貴はさも嬉しそうな顔をしてどんどん近づいてくる。俺の目に走馬灯がカラカラ廻る光景が見えたことは言うまでもない…。
「あだ、あだ、あだだだだだだ、や、止めてくれーっ!! あ、頭が、頭が瓢箪みたいになっちまうーっ!!」
「じゃあ、何で毎日やらなかったの?! 少しずつでもやっておけばこうはならなかったはずよ? ねえ、私の言うことちゃんと聞いてる? 雄二!!」
アイアンクローをかましてくる暴力お姉さまに睨まれて、何も言えない俺。ちなみに今は午前4時。あれから無理やり姉貴に連れて帰って来さされた俺は、寝る間も惜しんで勉強をさせられていた。姉貴は俺の顔を睨みつけると…。
「雄二が悪いのよ? どうしてくれるのよ? これじゃあお肌が荒れちゃうじゃないの!! それに弟が勉強してませんなんて、ご近所に知れたら…。ああっ、もう! 早く終わらせなさい!!」
そう言いながらまたアイアンクローをかましてくる。理不尽だっ!! 姉貴が困ることなんて全然ねーじゃねーかよ…、俺の問題なんだから…。それに、ほんとに頭が瓢箪みたいになっちまったらどうすんだ? ええっ?! とは思うものの…。
「いっそのこと本当に瓢箪みたいにしてあげましょうか…。うふふふふふっ…」
不気味に微笑むその顔に俺は何も言えなかった。後悔先に立たず……。今の俺の心境そのものだと思う、今日9月1日早朝だった…。
おわり
おまけ
「向坂、何だ? この回答は。全部間違ってるじゃないか? お前。俺の話を全然聞いてなかっただろ?」
「そ、そそそそ、そんなことないっすよ? 先生…」
「じゃあこの回答は何だというんだ? ええっ? 向坂…」
2学期初日の昼過ぎ…、俺は担任に職員室に呼ばれた。貴明や委員長が念仏を唱えていたのは言うまでもない。で、担任にこってり絞られて、満身創痍で職員室から出てみると……、
「あらぁ〜っ、ユウくん。こんなところでどうしたのかなぁ〜?」
鬼より怖い姉貴が、腕組みをして不気味に微笑みながら俺の前に立っていた…。あとは承知の通り…。
「あだ、あだ、あだだだだだだ、や、止めてくれーっ!! …あ、頭が…、頭が…、…わ、割れてしまいます…。お姉さま……」
俺の学生生活は、この傍若無人な姉貴がいる限り安住の地はない……。……ぐふっ……。
ほんとにおわり