夏祭りの夜空に
「タカくん、早く早く〜っ!!」
「そんなに急ぐなって……。もうすぐ着くんだからさ…」
浴衣の少女が俺を呼んでいる。夏休みも終わりに近づいたある日、俺は神社へ向かっていた。今日は近くの神社で祭りがある。社は小さいなりにも立派な造りでそこらあたりの界隈の氏神様となっている神社だ。
歴史的にも古く創建が平安末期という神社らしい。最もそのことに気付いたのは最近になってからのことなんだが…。昔はよくその神社で鬼ごっこやかくれんぼなどをしたもんだ。あれからもう10年近くなるんだ。早いもんだよなぁ〜。
「もう!! タカくん歩くの遅いんだから〜っ!! わたし、先に行っちゃうよ〜っ!!」
「待てって、このみ…。お祭りは逃げたりしないんだからさ…。それにそんなに急ぐと転んじゃうぞ?」
「大丈夫だよ〜。わたし、運動神経はいいほうなんだから…。それよりも早く行こうよ…。タカくん…」
「わっ、わわわっ…。走るなっ! 走るなって!!」
そう言って、俺の手を持つと嬉しそうに駆け出す少女は、俺の幼馴染みの可愛い彼女、柚原このみ。幼馴染みという曖昧な関係を続けていた俺たち。それがいつしか心の中では幼馴染み以上の関係になっていた。
そして今年の4月…。このみは俺の彼女になった。タマ姉が微笑みながら言った言葉。その意味は十分分かっているつもりだ。今、こうしてこのみと歩いていてもその意味が分かる。そんなタマ姉に、“ありがとう…”と顔を見るたび心の中でいつも言っている。
ちなみにタマ姉は、親戚の寄り合いに行っていて留守。今回は雄二も一緒に行っているので必然的に俺とこのみの2人だけとなった。このみは残念そうな顔をしてたけどこればかりはしょうがない。それにこのみは俺の彼女になったんだ。今日一日、一緒にいてやろう…。そう思った…。
「タカくん、どうしたの?」
「えっ? 何が?」
一人感慨に耽っていると、このみが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。俺は微笑みながら言う。
「いや…、俺にはもったいないくらいの可愛い彼女が今隣りにいるんだな〜って…。そう思ってただけだよ?」
そう言うと途端に、顔を真っ赤にしてこのみは俯いた。このみを見る。このみの浴衣姿はこれまで何回も見てきたが、今回はちょっとだけ気恥ずかしさも手伝ったのか真正面から見ることが出来なかった。現に今も、ちらちらと横目でこのみの顔を見ながら話している。
そんな俺の心の中が分かったのか、このみはえへ〜っと笑いながら俺の腕を自分の体にしっかり抱きとめて歩き出していた。目指す神社はもうすぐだ…。
神社に到着するころには、夕闇が辺りを覆うそんな時間だった。祭囃子の笛の音が澄んだ夏の終わりの夜空に聞こえてくる。このみは俺の手を引くとまずは神社の境内へと向かった。こう見えてこのみは信仰心が厚い。いまどきの子では少し珍しい感じだろう。
かく言う俺も信仰心は厚いほうなので、文句を言わずついていくことにした。神社の境内へと続く階段を上がる。前にも言ったが、ここの神社は何でも平安末期創建の由緒ある神社なんだそうだ。だから鳥居から本殿に行くのに結構歩かなければならない。
途中出店とかも出ていたがまずはお参りだ。緩やかな勾配の階段を上っていく…。ちょっとした高台にある社殿からは町が見下ろせる。夕闇にぽつりぽつり電気の点いた家の灯りが振り返った俺たちの目の前に広がる。
「わぁ〜…。きれいだね…。タカくん」
このみはそう言うと嬉しそうに俺の顔を見る。俺は何も言わずこのみの頭をくしゃっと撫でてやる。えへ〜っと笑うこのみの笑顔は俺の彼女にはもったいないくらい可愛かった。
てくてくと歩く…。目指す社殿が目の前にあった。初詣なんかにしょっちゅう来てはいるのだが相変わらず大きい。辺りを見回すと、もうお参りする人はまばらだった。
「じゃあ、お参りしようか? このみ」
「…うん、そうだね。タカくん」
二人で本殿に向かうがもう誰もいない。夕闇の中、ただぼんやりと提灯に灯されているろうそくが、仄かな光を放っている。まるで俺たちだけが別世界にいるような感覚に囚われる。下のほうから賑やかしい祭囃子が聞こえてくる中、鈴を鳴らし拍手(かしわで)を打った。
「……」
「……」
目を閉じてお願い事を心の中で言う。すっと薄目を開けて隣を見るとこのみが一生懸命にお願いしていた。また目を閉じる……。
“このみといつまでもいられますように……”
しばらくお願いして目を開ける。隣を見る。このみはまだお願いしていたようだった。横顔をじっと見つめていた。見惚れていたのかもしれない。このみは俺の気付くと…、
「? どうしたの? タカくん? わたしの顔、じっと見て…。何かついてるの?」
「い、いや…。髪に糸くずがついてたんだよ?」
「えっ? どこ?」
素直じゃないな、俺……。そう思うと俺は、このみの髪に触ってありもしない糸くずを取るまねをする。触った髪からはほのかにシャンプーの甘い香りがした。
「と、取れた?」
「えっ? あっ、うん…。取れたよ?」
そう言うと、このみはにっこり微笑んで俺の手を握った。そしてこう言う……。
「さあ、去年遊べなかった分、今年は思いっきり遊ぶぞーっ!! ねぇ〜。タカくん?♪」
にっこり微笑んで、このみは祭囃子の中に駆け出した。その後を、引っ張られるようについていく。祭囃子が耳に近く聞こえるにはそう時間はかからなかった。
「お嬢ちゃん、可愛いからおいちゃんサービスしちゃう。はいよっ!!」
「わーっ、ありがとう。おじさん」
やきそば、たこやき、りんご飴、ラムネ…。お面に、金魚すくいに、ゴムボール釣り…。いろいろな屋台を回らされた。でもこのみの笑顔を見ていると俺も嬉しくなってくる。屋台のおじさんたちはサービスにとあれこれおまけをしてくれる。一応お金は持っているから払おうとするけど…。
「人の好意はありがたく受け取っとくもんだぜ? ええっ? あんちゃんよ…」
ぐっと睨む屋台のおじさんに何も言えない俺。この道50年と言うその表情に、俺は素直に首を縦に振るしかなかった。草むらの横のベンチに座る。ちょうど喉の乾いた俺はこのみにラムネを買ってきてくれるよう頼んだ。やがて、このみが危なっかしそうにラムネとわたあめを持ちながら帰ってくる。
「わたあめもおいしそうだったから、買ってきちゃった……。てへへっ…」
ペロッと舌を出すと俺のベンチの横に座るこのみ。そう言ってわたあめを軽くちぎると俺の口に持ってくる。俺は口を開ける。甘くふわりとした食感が口の中に広がった。このみは俺の食べている顔をを見てにっこり微笑むとわたあめを自分の口の中に入れた。
甘くふわふわした食感が口いっぱいに広がる。このみはと見るとわたあめの棒からもう一つちぎって口の中に入れたところだった。わたあめがとけてなくなったところでこのみが笑顔でこう言う。
「あ〜ん。ぱくっ。わたあめってどうしてこんなにおいしいんだろうね? タカくん…」
「この時期にしか食べられないから……じゃないのかな? 冬に食べてもあまりおいしくないだろ?」
「う〜ん…。わたしはそんなことないよ? 冬に食べてもおいしいし……」
このみは、にっこり微笑む。そう言うこのみの顔を見ると、この前美味しいからと言って、アイスクリームを5個も食べておなかを壊したことを思い出してしまう…。俺はぷっと吹き出してしまった。
「タカくん? なに笑ってるの? ……って、ああーっ!! アイスクリーム5個事件でありますね? うううっ…。だって、あれは美味しかったから…」
「どんなに美味しくたって一気に5個はないだろ? タマ姉も驚いてたぞ?」
そう言うと、途端にむくれた表情になるこのみ。ぷぅ〜っと頬を膨らまして俺の顔を睨む。
「うーっ!! タカくんは女の子の気持ちが全然分かってないでありますよっ! 女の子は甘いものには目がないものなのであります。したがってこのみがアイスクリームを5個食べるのも仕方のないことなのでありますよ!! そ、そりゃあ一気に食べたのは間違いだったけど…。でも、それは昔のことなのでありますっ!! そんな昔のことをほじくり返して言うタカくんは嫌いでありますよ〜っ!!」
そんなことを言うとぷぅ〜っと頬を膨らませるこのみ。完璧に拗ねてしまったみたいだ。こういう女の子の表情はとても可愛い。特にこのみは…。だけどご機嫌を損ねたこのみは後が大変だ。膨れっ面な顔が何日も続くし、“このみはアイスクリーム5個食べておなかを壊した娘でありますよ〜っ! ぷんぷんっ!”って拗ねた顔で言うに決まってる。ここは素直に謝っておこう。
「このみ、ちょっと言い過ぎたよ…。ごめん…」
そう言って素直に頭を下げる俺。このみの顔を上目遣いで見てみる。いじいじと座っている俺の腕を人差し指で押しながら、拗ねていた。おもむろに口を開く。
「このみは怒っているであります。これを鎮めるためには、タカくんの家にお泊りに行くことが唯一の方法であります。したがってタカくんはこのみをタカくんの家に連れて行くであります」
「……分かりましたでありますぞ。このみ姫。でもお母上に一言断わってからですぞ?」
「あっ……。う、うんっ!!」
このみに合わせてそんなことを言う俺。ふとこのみの顔を見る…。さっきまでの膨れた顔がまるでウソのように、にこにこ顔になる。現金なものだなぁ〜…。俺はそう思った。
お祭りからの帰り道、ふとこのみが歩きづらそうにしていた。下駄の鼻緒でも切れかかってるのかな? そう思いこのみの足元を見てみる。思ったとおり下駄の鼻緒が切れ掛かっていた。ハンカチはと探してみるが、なかなか見つからない。仕方ない。恥ずかしいがこの方法でいくか…。
歩きづらそうにしているこのみの前、中腰になって俺は言う。
「歩きつらいだろ? このみ…。家まで負ぶって行ってやるからさ。背中…、乗れよ?」
「えっ? いいの? タカくん…。え、えへ〜っ。何だか得した気分でありますよ…」
このみは嬉しそうな声でこう言うと、ちょこんと俺の背中に乗っかかってくる。よいしょっ! と言う賭け声とともに立ち上がった。一歩一歩と歩を進めた。ちょっと重くなったんじゃないのかな? そう思いながら歩いているとむに〜っと頬を抓まれた。
「タカくん! また失礼なこと考えてたぁ〜! もう! このみは太ったんじゃないよ? 大きくなったんだよ? 身長だって前に計ったときより2センチも伸びてたし……。そ、それに…、ごにょごにょ……。 う〜っ!! こうなったら実力行使であります!!」
そんなことを言うと、このみは俺の背中に自分の体を寄せてくる。むにっとした感触が俺の顔を真っ赤にさせたことは言うまでもない。って、何で俺の考えてることが分かったんだ? 顔も見てないのに…。女の子って不思議だ…。そう思った。
「分かった、分かったから!! だから体を離してくれ〜!!」
と言っても、むにっとした感触はそのまま俺の背中に纏わりついている。しばらく我慢して歩く。とこのみの声が聞こえなくなった。拗ねてるのかな? そう思い顔を後ろに向けると、いつの間にかこのみは……、
“すぅ〜、すぅ〜…”
気持ち良さそうに寝息を立てていた。……そういや、今日は朝から張り切ってたもんなぁ〜。去年は受験生だったからどこにも行ってなかったみたいだし…。俺と雄二で祭りに行く時でも、羨ましそうに2階の窓から見てたしな…。
まあ、あのおばさんの鬼のような形相の前では、行きたいなんてとても言えなかったんだろうなぁ…。
だからか……。そう思うと俺は自然と笑みがこぼれた。
このみを負ぶって家路に着く。疲れているんだろう。このみはあれから一向に目を覚まさなかった。まあ、あれだけはしゃいでいたんだ…。疲れて眠っても仕方ないよな。後ろで寝息を立てている、可愛くてちょっとわがままなお姫様の重みを背中に感じながら…、俺はお姫様のお城へと足を向けた。
“お泊りはまた今度な? このみ……”
そう思いながら背中越しのこのみの顔を覗き見る。相変わらず、気持ち良さそうに寝息を立てている俺の彼女の可愛い寝顔があった……。遠くでどーんと言う音が聞こえる。振り返ると遠くの空に今年最後の大きな花が、夏の夜空一面に咲いていた……。
「あら、ふふふっ。この子ったら…。ありがとう、重かったでしょ? タカくん。あっ、いいわ。あとは私が運んでいくから……」
このみをこのみの家に連れて行く。春夏さんにこのみを頼むとふぅ〜っと息をついた。このみを背負って2階へ上がる春夏さん。寝かせたんだろう。少し時間を置いて、バタン、と2階の扉が閉まる音がした。
春夏さんと少し立ち話をする。“上がっていったら?”と笑顔で言われたが夜も遅い時間なので遠慮することにした。
「大変だったでしょう? あの子ったら一人ではしゃいでたんじゃない? タカくんも楽しんだの? あの子のお守りで楽しめてないんじゃない?」
「いえ、俺も楽しみましたから…。…あっ、このみが起きたら伝言伝えておいてくれます?」
「ええ。いいわよ。で? 何て?」
このみの家の前、春夏さんに伝言を言伝る。
「“今日は楽しかったよ。このみ。また一緒に行こうな……”って…」
少々気恥ずかしさをこらえながらそう言う俺。春夏さんはにっこり微笑んで…。
「ええ…、伝えておくわね。でも…。明日もあの子、タカくんのお家に行くと思うんだけど?」
「…自分で言うのはやっぱり……、恥ずかしいですからね?…」
そう言うと、“ぷっ!”と吹きだす春夏さん。ひとしきり笑った後、春夏さんは俺の顔を見つめてこう言った。
「タカくん…。これからもこのみのこと、よろしく頼むわね? ……ふつつかな娘ですけど…」
「ええっ?」
そんなことを言うとペロッと舌を出して俺をからかう春夏さん。このみに似ているせいか、その表情はちょっと大人にしたこのみが言っているようだった。
「冗談よっ! うふふっ…」
笑いをこらえきれずにそう言うと吹きだしてしまう春夏さん。まあ、このみも幸せ者だよ…。こんな明るい家庭に育っているのだから…。そう心の中で思った。帰り道、ふと空を見上げる。空気が澄んでいるのだろうか、普段見えない星が見えた。
もうすぐ本格的な秋がやってくるんだなぁ。今度は紅葉狩りでも行くかな?…。このみを…、大好きな彼女を誘って……。そう思いながら玄関の鍵を開けた……。
END