ちょっとだけの嘘


 今日11月3日は私の誕生日。昔、小学校の頃に両親が離婚して、私はお母さんのほうについていくことになり、家も引っ越すことになった。ちょうど桜の花も散り際な4月14日、私の大好きだった貴明さんのお誕生日当日。突然の引越しにクラスのみんなも、貴明さんもびっくりしていたっけ…。先生が言った後クラス中が騒然となったことを覚えてる…。
「引越ししちゃうんだね…。高城さん。何だか寂しくなっちゃうなぁ〜…。それもお誕生日会の日に引っ越しちゃうなんて…」
 帰り道、貴明さんと一緒に帰る道。もうこの道ともお別れだと思うと、何だか寂しい…。いや、もっと寂しいのは私の隣で寂しそうな顔をしている男の子、たかあきくんと別れることだった。この頃の私は“貴明kさん”じゃなくて“たかあきくん”って呼んでたっけ…。
「うん…。きょ、今日、実は私の誕生日なんだ……」
 “えっ? そうなの?” とびっくりしたような顔のたかあきくん。私の本当のお誕生日は11月3日…。でも私はたかあきくんと別れたくなくって…。心のどこかでもたかあきくんと一緒に過ごしたことを忘れたくなくって…。ううん、たかあきくんにわたしのことを忘れてほしくなくって…。咄嗟に嘘をついてしまった。
「そうだったんだ…。って! 僕、何もプレゼント用意してないよ〜? どうしよう…」
 と困った顔のたかあきくん。しばらくお互い無言のまま歩いた…。やがて分かれ道に差し掛かる。ここを右に歩けば私の家。いいえ、もう私の家じゃない家。と、突然たかあきくんが、“あっ!” と大きな声を出すとこう言った。
「そうだ! プレゼント何も用意できてないんだけどさ…。指切りしようよ。また会えるっていう願いを込めて…」
 小指を差し出すたかあきくん。私はぽっと顔を赤らめながら小指を差し出す。指を絡めると静かに振った。彼の顔を見ると悲しそうに微笑んでいる。絡まっていた小指を静かに離した…。何でだろう。みんなにお別れを言うときにも流れなかった涙が急に流れてくる。気がつくと私は小さく嗚咽していた。その時、初めてたかあきくんのことが好きだったんだと思った。…別れたくないと思った。


「そうだったんだ…。あの涙の意味は…。俺はみんなと離れ離れになるのが悲しくて泣いてたんだと思ってたよ…」
 11月3日。文化の日で今日は祝日と言うこともあり、街は喧騒に包まれていた。俺の傍らで静かに話す長い髪の彼女の名前は草壁優季。俺の彼女の名前だ。春の日の奇妙な出会いから半年が経とうとしている。初めて会った小学校の頃から全く変わってない優しい微笑み。でも、今はすまなそうにぺこっと頭を下げつつ、上目遣いにこっちを見ているんだけどさ…。
「あの時は嘘をついてしまってごめんなさい。でも、貴明さんと一緒のお誕生日だったらいつまでも私のことを覚えていてくれるって…。もし忘れていたってきっといつ思い出してくれるって…。そう思ったんです…」
「もういいから顔を上げて? ねっ? 別に怒ってないからさ…。それに今まで誕生日を勘違いしてて、こっちが謝らなくっちゃ…。ごめんね?」
 そう言って、ぺこっと頭を下げる俺。2人でぺこぺこ頭を下げあう光景は奇妙かもしれない。現に今、喫茶店の注目の的だ。急に恥ずかしくなり俯く俺たち。店内から小気味のいいジャズが流れていた。


「確か童話、好きだったよね? 優季は…」
 そう言うと背中に背負ってあったリュックを下ろす貴明さん。そうしてきれいな紙カバーににくるまれた一冊の本を手渡してくれる。“開けてもいいの?” カバー付きの本を持ちながら彼の顔を上目遣いに見つめる。“うん” と優しい微笑を浮かべながら彼は頷く。早速中身を開けてみるとユーモラスで可愛い絵柄な本があった。前々から欲しかったけどこの町の本屋にはもうないって聞いていたはずなのに…。不思議に思って尋ねてみる。貴明さんは微笑んだ顔をもっと微笑ませて、こう言った。
「偶然通りかかった古書店に置いてあったんだ…。ほら、前からこの本が欲しいって言ってたじゃない? だからさ…」
 そう言うと照れ隠しに頬をぽりぽり掻く貴明さん。でもきっと優しい貴明さんのことだ。街中の本屋を回ったに違いないだろう。私のためにそこまでしてくれるなんて…。そう思うと涙が溢れ出してくる。いつの間にか私は泣いてしまっていた。びっくりしたように貴明さんは“ど、どうかしたの? 優季? お、俺、何か悪いことでもした?” と心配そうに聞いてくる。
「あっ、ううん。ちょっとびっくりしちゃっただけだから…。心配しないでくださいね?」
 そういうと涙を拭きつつ、にっこり微笑む私。本当に嬉しい時って言うのはこんな時かも知れないね? ねっ? 貴明さん…。
 こんな私だけど、これからもよろしくね? 涙を拭きつつそう思って私はおずおずと手を伸ばす。彼は顔を今日の夕日のように真っ赤にして、恥ずかしそうにしながらも手を繋いでくれる。繋いだ手の温もり、温かい温もりが私の心を満たしてくれるようなそんな気がした。秋も深まり、樹も色さまざまな服を身に纏いつつある今日11月3日。私の18回目の誕生日…。

END