ティーカップの思い出
「きれいだね? 貴明さん」
「そうだね、草壁さん」
今日4月14日は俺の彼女、草壁さんの誕生日だ。あの夜の不思議な体験…。アレは一体なんだったのだろうと考えたんだけど一向に分からなかった。花梨が言うには、“時を翔ける少女なんよ?”と言うことらしいけど…、まあね? そのことは今度ゆっくり話すこととして…。今日は伏せておこう。
教室で草壁さんに今日の帰りに付き合って欲しいところがあるんだけど…。と声をかける。もちろんプレゼントを買うためだ。女の子の好みとかには全くな俺。このみやタマ姉なんかだったら分かるんだけど、一般の女の子の好きそうなものとかには全くと言っていいほど無頓着だった。雄二は…、
“まあチビ助や姉貴とは腐れ縁って言うかそういうもんだし、今さらって言う気もするけどよ…。でも草壁さんは違うからな。まあ、どういうもんが好きなのかはお前が一番知ってるだろ? 何せお前の彼女なんだしよ…。ちくしょう…。何でお前だけこんなにモテるんだ? 女が苦手なくせによーっ!!”
って言いながら恨めしそうにこっちを見る。そんなこと俺の知ったことかっ! だ、だいたい俺自身でも分からないんだし…。恨めしそうに俺を見遣る雄二に心の中でそう言った。でも草壁さんの好きな物か…、何があるかな? と考えて、これだっ! と思いついた。休み時間草壁さんに、
“ティーカップを買いに行くんだけど、俺、センスがないからどんなものを買ったらいいか分からないんだよね。…も、もしよかったら一緒についてきてくれない?”
と言って買い物にお誘いしてみる。まあ用事があるならこのみにでも頼もう。ちょっとと言うか相当、“ご機嫌斜めでありますっ!”って言う顔になるんだろうな…。ぷぅ〜っと頬を膨らましたこのみの顔を思い浮かべる。やっぱり妹のようで可愛いよな…。そう思った。当の草壁さんはと言うと?
「ええ、いいですよ? 今日は別に用事もありませんし…。私でよければ…」
そう言ってにこっと微笑んだ。小学生の時よく鬼ごっこやかくれんぼなどをして遊んだことを思い出すとなぜか微笑んでしまう。そんな俺の顔を草壁さんは不思議そうに見つめている。“じゃあ、お願いするね?” 俺がそう言うと彼女は、“はい” とにっこり笑顔で頷いた。
で、今現在。彼女に一緒について来てもらっている。ちょうどこの前自分用に買っておいたお気に入りのティーカップを落としてしまったんだ。飲めるかなと思って水を注ぐと? ひびの隙間から水が滴り落ちて、ああ、これはもうお釈迦だって思ったんだよね? だからプレゼントを買うついでに自分の分も買うつもりでいる。
「これなんかどうかな?」
そう言ってティーカップを手に取る彼女。見るとさらさらと長い髪の毛が夕焼けに映えてとても綺麗だった。手にしたティーカップを見る。桜の花の模様が草壁さんの笑顔と合ってとても可愛らしい。ふと、このティーカップで紅茶を飲む草壁さんを想像してみた。清楚な感じがしてとても似合っているように思える。これにしよう。そう決めた。二つの桜の花模様のティーカップが収められているケースを手に取ると、レジに向かい歩き出す。彼女ははてな顔で俺にこう聞いてきた。
「? 貴明さん? ティーカップは一つだけで十分なはずでしょ? 何で二つも持ってるんです?」
「一つは俺の分。で、もう一つは今日誕生日を迎える可愛い俺の彼女の分だよ?」
俺がそう言うと途端に顔が真っ赤になる草壁さん。そんな彼女が可愛いな…と、心からそう思った。清算を済まして表へ出るともう夕陽が西に沈む、そんな頃だった。少し恥ずかしいけど手を繋ごう…。普段とは違うけど俺はそう思った。勇気を振り絞って手を彼女のほうへと差し出す。一瞬ビクッとなる草壁さん。だけど…、“ぎゅっ” と温かな手の温もりが俺の手を包んだ。
「草壁さんはどうして紅茶が好きなの?」
帰り道、俺はそう尋ねる。いつも疑問に思っていた。休み時間とか昼食後なんかにはいつも紅茶を飲んでいる彼女の横顔を見る。腰の辺りまである長い髪がとても優雅に思える。何か、タマ姉やこのみとは正反対のような感じだ。でもこんなことを言うとタマ姉やこのみは“超ご機嫌斜めですっ!”って言う顔になって恨めしそうに俺の顔を睨んでくるんだろうけどさ…。
俺がそう言うと意味深に微笑む草壁さん。彼女は微笑みながらこう言う。
「私を紅茶好きにしたのは、貴明さんなんですよ?」
ええっ? お、俺? 自分に指差してそう聞くと草壁さんはこくんと首を縦に振った。微笑みながら草壁さんは言う。
「ほら、昔、ちょうどこんな春の日に私が風邪を引いちゃって二、三日ほどお休みしちゃったことがあったでしょ? そのときに貴明さん、お見舞いに来てくれたんですよ。そのときにはもう私の風邪も治りかけでしたし、喉も渇いていたので紅茶を作ろうって言うことになったんです…。でもね?」
そこで一旦話を切ると、草壁さんは優しそうな微笑みを浮かべながら俺の顔を懐かしげに眺めていた。しばらく懐かしげに俺の顔を眺めていた彼女は、また話し始める。
「ティーカップをどんなのにするのかとか、あと紅茶のパックはどこにあるのかとか…。結局分からなくて、困って…。私が泣き出しそうになった時、貴明さんが“泣かなくてもいいよ? 買ってきてあげるから”って言って、近くのお店に行って…。缶の紅茶を買ってきてくれたんですよ? それからなんです。私が紅茶好きになったのは…。ってこんなこと、もう覚えてませんよね? 昔のことだから…」
そう言うと、彼女はちょっと寂しげな表情になる。俺は思い出せない。彼女の俺との大切な思い出を、俺は心のどこかに忘れてしまっている。そう考えると言葉が出なかった。彼女はそんな俺の顔を優しく見つめると、
「でもね? それからなんですよ? 紅茶のことを知れば貴明さんがそばにいてくれるんじゃないかなって…。うふふっ。だから今の紅茶好きな私があるのは、貴明さんのせいなんですよ?」
そう言うと、またにっこり笑顔になる草壁さん。そんな彼女に心の中で“ごめん”と一言謝った。優しく微笑む彼女。細い手の先を見ると桜の花模様のティーカップの入ったケースが優しい春の夕焼けに照らされていた。
「今日は無理言ってついてきてもらっちゃって…、ごめんね?」
「いいえ、私のほうこそごめんね? でも…、嬉しいな。貴明さんからのプレゼント…」
そう言って俺たちは桜並木を抜けて家路につく。しばらく二人で雑談をしながら歩く。と桜並木から少しはなれた場所につく。そこには1つの大きな桜の木があった。自然と足は止まる。もうおおそよ桜の花は散っていた。でもところどころ花も咲いているので、今は葉桜って言うんだろうね? そう思いふと横を見る。彼女も俺と同じように散ってしまった桜を見上げていた。でも俺の心の中は満開の桜で埋めつくされている。そんな感じだ。この残りの桜が散ると若葉の季節になるんだろう…。しばらく足を止め、感慨深げに葉桜になった桜を見上げた。一緒に見上げていた草壁さんは俺の顔を優しく見つめ、こう言う。
「来年は桜の満開の時に来たいね…」
「うん。そうだね…」
俺はそう言うとにこっと微笑む。彼女も俺の顔を優しく見つめていた。一陣の風が吹く。彼女の長い髪が残った桜の花びらとともに風に舞っていた。もう一度心の中で俺は彼女にこう言おう…。
“草壁さん。誕生日おめでとう…。これからもよろしくね?”
って……。二つの桜の花模様のティーカップを入れた箱に今年最後の桜吹雪が舞い落ちた。
END