シフォンケーキとゼリービーンズ


 明日5月1日はあたしの誕生日。だからじゃないけどそわそわしてます。郁乃は“はぁ〜…。しょうがないな〜。お姉ちゃんは”って言いながらあたしの顔を見てます。と言うのも明日の放課後、貴明くんからデートのお誘いを受けちゃったわけで…。夜、電話がかかってきて…。
「ねえ、愛佳…。明日の放課後、ちょっと付き合ってくれない? ほ、ほら明日、愛佳の誕生日でしょ…」
 って…。あたしの顔は完熟トマトのように真っ赤になりました。デート…。もう何回も行ってるのになかなかその雰囲気に馴染めません。分かってはいるんだけど…。男のコと二人っきりで出かけることなんてこれを入れて14、5回くらいなんだけど…。も、もちろんその14、5回はもちろん全部貴明くんなわけで…。貴明くんとなら少しは緊張もほぐれて冗談とかも言えるようになったんだけど…。他の男のコの前だと妙に緊張しちゃう。貴明くんのお姉さんには…。
“慌てないで、ゆっくり自分のペースで…。ねっ? 小牧さん”
 って優しそうな瞳であたしを見つめてそう言ってくれます。貴明くんのお姉さんっていつも言ってるけど、本当は向坂くんのお姉さんなんだって。だけどあたしは貴明くんのお姉さんって呼んじゃうわけで…。もう習慣になっちゃっててそう呼んじゃうんだよ…。でもお姉さんも何だか嬉しそうな顔をしてたし…。別にいいよね?
 次の日、5月1日、あたしの誕生日。いつも通りに学校へと行くと由真から、“おめでとう。愛佳”って言われたんだよ。うふふっ。教室に入ると黒板いっぱいに“おめでとう委員長!!” と大きな文字で書かれてあります。ちなみに今年からあたしは委員長じゃなくなったんですのよ? でもみんなからはいっつも“委員長”って呼ばれてます。そ、それはまあ、新しい学年になって間もないこの時期だし、去年委員長をやっていたあたしにいろいろ聞きに来ることは分かってるけどさ…。でもさ、委員長は別にいるじゃないのよぉ。“委員長、次の時間はどこの教室だっけ”、“委員長、宿題あったっけ?”、“委員長、腹減ったー” って委員長がいるって言うのにあたしにばかりこんなことを言ってくるんですのよ? うううっ……。
「あ、あ、あたしは委員長じゃない〜っ!!」
 ってじたばた暴れても効果は全然ありません。って言うかますますエスカレートしてきちゃうんです。
「「「ねえねえ、委員長」」」
「ムキーッ!! 次は教室、宿題はなし、そんなの知るかーっ!!」
 そう言って前にも増してじたばた暴れます。だけどあたしの言うことはお構いなしでどんどんエスカレートしていく一方。うううっ…、と思わず涙が出てきそうになっちゃう。みんなはそんなあたしの顔を見て、“やばい…。やばいぞぉ〜…”、“マ、マジ泣き寸前だ…”、“ちょっとちょっと、もうからかうのは止めっ!” って言ってこれ以上は止めてくれます。な、何でだろ? 不思議に思って休み時間に貴明くんと向坂くんに尋ねると?
「それはあれだろ? いいんちょマジックって言うのか? な、なあ、貴明」
「ぽよ? いいんちょマジックって?」
「あっ? ああ…。そ、それは愛佳の愛称って言うか何て言うか…。まあ、雄二がいっつもタマ姉に逆らってアイアンクローかまされることと同じことじゃないのかな? ……つまり愛佳はそれで愛佳って言うことだと思うよ?」
「ど、どういうことだよ? そりゃあよ?」
 つまりは…、習慣ってこと? あたしがそう言うと貴明くんはうんと頷いてにっこり。向坂くんは、さっきのあたしみたいにじたばたと手足を動かして文句を言ってます。あたしはそうなのかなぁ〜って思うと、何だかおかしくなってうふふっと微笑みました。でも…、そ、そうなのかな? “みんなが愛佳のことを委員長って言うのはそれだけ愛佳のことを信頼してくれてるからじゃないのかな?…” 貴明くんは優しそうな目を向けてそう言います。
「でも貴明くんはあたしのこと委員長って言わないよ?」
 あたしはそう言って貴明くんの顔を見ます。顔を赤らめながら、でもはっきりした口調で貴明くんは、
「それは愛佳が俺の彼女だからだよ…」
 って、顔を真っ赤にしながら…、でも優しく微笑みながらそう言ってくれます。その微笑んだ顔を見て、“やっぱり貴明くんがあたしの彼でよかった…” って改めてそう思いました。ときどきけんかもするけどやっぱりあたしは貴明くんが好きなんだって…。
 放課後は、いつものように書庫の整理です。図書委員でもないあたしがこうして書庫の整理をするなんて…と、2年の頃はいっぱい言われましたけど…。みんなの助けもありこうして続けられています。最近では郁乃もお手伝いしてくれるようになってあたしとしては嬉しいです…。で、今日も…。
「お姉ちゃん、来たよー? 遅れてごめんねー?」
 ガラガラッと重い書庫の扉を開けて郁乃が中に入ってきます。先に来ていた貴明くんが郁乃のほうへ行き何か小声で囁いていました。何を囁いているんだろ? と気になりましたけど、新しい本のバーコードを作っているあたしは作業に追われてそれどころじゃありません。でも…、う〜っ、気になるぅ〜。本を取りに行くふりをしてそっと盗み聞きしちゃえっ! とばかりに行くけど…。
「じゃあ、そういうことでお姉ちゃんのこと、頼んだよ?…」
「ああ、分かったよ。でも郁乃も一緒に来たいんじゃないのか? そ、その、お姉ちゃん子だし…
「なっ?! べ、べべ、別に行きたくなんてないわよ! と、とにかく! あたしの姉なんだから大事にしてよねっ!」
 …って、話が終わっていました。ちょ、ちょっと気になるけど…。しばらく作業をして…。あっ、作業の内容はあたしがバーコード貼り、郁乃が分類整理、貴明くんが郁乃の分類整理した本を本棚へ直していくと言う内容ですのよ? 最も昔はあたしと貴明くんの2人だけだったから、分担作業何て出来なかったけどね?…。そうしている間に休憩時間になります。今日は奮発してケーキを作ってきましたのよ? 郁乃は何か諦めたかのような目で見てたけど…。でも、“郁乃も食べるんだからいいでしょ?” 今朝学校に行く時にあたしはそう言って郁乃の顔を睨みます。でも郁乃は…、
「お姉ちゃんが睨んでも迫力が全然ないよ? やっぱり長瀬先輩みたいな睨み方を覚えないと……」
 って言って微笑んでいました。“うううっ…、そんなこと言わなくても…” と涙目になるあたし。途端に郁乃は“わーっ! わーっ!” と言って慌てだします。これもみんなが言う“いいんちょマジック” なのかなぁ? 涙を拭き拭きあたしはそう思いました。
 で、持ってきたケーキを切ってお皿の上に乗せティーポットへ紅茶を注ぎます。ちなみに作ったケーキは“シフォンケーキ” っていうケーキなんですのよ? 黄色いドーナツ状のケーキはふわふわしていてとっても美味しいんです。郁乃は“ケーキなんてどれも同じでしょ?” って言ってますが、食べる時の顔は幸せそのもの…。今もそんな顔して食べてるもん。うふふっ。
「何よ? お姉ちゃん…。あたしの顔に何かついてるの?」
「うっ、ううん。何でもないんだよ〜?」
 貴明くんはあたしたちの顔を交互に見つめると、“食いしん坊姉妹ここに極まれりって感じだよね?” ってにこにこしながらそう言います。あたしと郁乃は“あたしは食いしん坊じゃないよー!” って声を揃えてそう言いました。ちょっと頬を膨らますあたしたち。だけど貴明くんはますますにこにこ顔であたしたちを見つめていました。
 5時を過ぎて、妙に嬉しそうな笑顔の郁乃と校門で別れて、あたしは貴明くんに連れられて商店街へとやってきました。学校の帰り道、別れ際の郁乃のあの笑顔が気になるんだけど…。何だろう? そう思い貴明くんと手を繋ぎながら、商店街へと向かいます。桜の若葉が青々…、新緑の季節って感じだよね? 商店街にやってくる前にいつも通る堤防の桜並木を見てそう思いました。これからどんどん葉っぱが伸びて夏になったら木陰でくつろぐ人もいっぱい見えるんだろうなぁ〜。去年の夏、貴明くんと一緒にお出かけしたときにちょうどこの桜並木のところで一休みして行こうってことになって…。
 その時貴明くんったら気持ち良さそうに寝ちゃったんですよ? あたしはちょっと恥ずかしかったんだけど膝枕なんかしちゃったりして…、ってこれはあたしだけの秘密なんですけどね? うふふっ。
 商店街を歩いていると、不意に貴明くんが、
「ねえ、愛佳。ちょっとここで待っててくれないかな?」
 なんて言ってきます。どこに行くんだろ? そう思いつつもあたしはこくんと首を縦に振りました。にこっと微笑むと、“じゃあちょっと待っててね?” そう言うと彼は人ごみの中に消えていきます。その後ろ姿を見送るあたし。今はこうして何でも話せるようになったけど、昔はこうじゃなかったもんね…。お互いの苦手意識を克服していこうって始めた彼氏彼女ごっこだったもん。それがいつの間にか本当の恋へと変化しちゃうなんてあの時じゃ考えられなかったけど、今は貴明くんのことが世界中で一番好きなんだよ?…。そう思いながら消えた貴明くんのほうを優しく見つめてたの…。“ありがとう”って気持ちを込めて…。
 しばらく待っていると貴明くんがやってきます。人ごみを避けながらあたしは貴明くんの元へと向かいました。
「なんだ…、待っててくれてもよかったんだよ?」
  そう言うとにっこり笑顔になる貴明くん。後ろ手には可愛い袋がありました。貴明くんはあたしの顔を見ながらにこっと微笑むと、
「ねえ、愛佳…。ここじゃなんだからさ、どこか入らない?」
「えっ? あっ、う、うん……」
 貴明くんはあたしの手を引くと近くの喫茶店に入りました。落ち着いた感じの店内にはマスターが一人サイフォンを磨いています。小気味のいいジャズの音楽も聞こえていました。奥まった席に腰を下ろすと“いらっしゃい…” マスターがメニューを持ってやってきます。あたしは紅茶。貴明くんはモカコーヒーを注文しました。しばらくして、にっこり微笑みながら出来上がった紅茶とモカコーヒーを持ってマスターはやってきます。コトッとテーブルの上に置きました。“ごゆっくり” またにこっと微笑むとマスターは自分の定位置に帰っていきます。しばらく無言。でもなぜか不思議と落ち着く。そう思って貴明くんの顔を見るとさっきの微笑んだ顔をますます微笑ませてこう言います。
「もうバレちゃったの? ……やっぱり食いしん坊さんにはかなわないや……。ははは」
 そう微笑みながら言うと手に持っていた可愛らしい袋を開ける貴明くん。って! あたしは食いしん坊じゃない〜っ!! と言おうとしたんだけど貴明くんがごそごそと出した袋の中身を見てうふふと自分で笑ってしまいました。何でって? それはね?
「美味しそうなゼリービーンズだろ? 前に愛佳とお菓子の話をしたときにこれが一番好きって聞いたから…。あといろいろ違うお菓子とかも入ってるから郁乃と一緒に食べて?」
 いつもの書庫でのお茶の時間の時にあたしの好きなお菓子の話をして、その時のことを覚えててくれたんだ…。でもあれって去年の秋ごろだったよ? 不思議そうにあたしがそう言うと貴明くんは微笑んだ顔をますます微笑ませて…。
「だって、いっつも美味しそうに食べてるでしょ? 休憩の時間とかに…」
 あたしは急に顔を真っ赤にして俯きます。そうだった。今日もシフォンケーキと一緒に食べてたんだった…。で、でもでも、あれはもう癖って言うか何て言うか…。俯き加減に貴明くんの顔を見ます。やっぱりにこにこ顔であたしの顔を見てる。うううっ…。恥ずかしくて貴明くんの顔見られないよ〜。またあたしは俯きます。俯いたあたしを見て途端に慌てた貴明くんは…、
「ま、愛佳? 機嫌悪くした? ご、ごめん…。べ、別に怒らせるつもりじゃなかったんだよ? あっ、そ、そうだ!! お詫びと言っちゃうと何なんだけどね…。もう一つ渡すものがあるんだ…」
 慌てながらそう言うとポケットから小さな箱を取り出してあたしに手渡す貴明くん。きれいな包装紙に包まれた箱…。貴明くんの顔を見ると“開けてみて?” って言う顔であたしの顔を見てます。丁寧に包装紙を解いていくあたし。見えてくる小さな箱。箱を開けると……。


 夕暮れの桜並木、グスグスと鼻を鳴らしてあたしは泣いていました。なぜって? それは貴明くんのせいで…。もともと感動性のあたしはこういう風なことにはものすごく弱いんです。貴明くんはいまだに涙に濡れているあたしの顔を見つめて、“ははっ、こうなることは分かっていたんだけどね?” と言って微笑んでいました。
「うううっ、グスッ…。貴明くんが、え、映画のワンシーンみたいなことをするからぁ〜…。グスッ…」
 あたしはこう言ってまた涙を拭きます。この間貴明くんと一緒に見た映画のワンシーンが今と同じだったから…。戦場へ向かう男の人とその男の人の恋人を描いた作品なんだけど、そこでこういうシーンがあったんです。確かクライマックスの前の一番重要なシーンだったような。あたしは見始めて10分も経たないうちから、鼻をグスグス鳴らしてましたけどね? 貴明くんはあたしの肩に優しく手を置いてこう言います。
「ほら、もう泣かないで? 別に俺は戦争に行くわけじゃないんだからさ…」
「で、でもでもでもぉ〜。感動しちゃったんだもん…。エクッ、ヒック…」
 夕闇の桜並木。もう若葉になっちゃってる桜の枝を初夏の風が吹き抜けていきます。その風と共にあたしの胸のハートを型取ったシルバーのネックレスが揺れていました。貴明くんから貰ったプレゼント…。胸に手をやってぎゅっとそのネックレスを握り締めました。グスグス泣いているあたしに優しく微笑みながらハンカチを出してくれる優しいあたしの彼。河野貴明くん…。今日はどうもありがとう…。心の中で何度もそう言って一緒に夕闇の桜並木を帰る、そんな5月1日、あたしの誕生日でした。

END