拗ねん坊ささらちゃん


「カエル池…。今年は造れるって思ってたのに…。貴明さんがあんなイジワルなことを言うから…。グスッ…」
 現在午後2時半を少し回ったところ、大通りに面したおしゃれな喫茶店の奥まった席で俺の彼女はそう言って泣きべそをかきながら頬を膨らませて上目遣いに俺の顔を見遣っていた。今日9月20日は俺の彼女の久寿川ささらの19歳の誕生日なわけで…。でも俺はどういう訳か彼女に拗ねられている。もっとも前日まではご機嫌上々な顔だったんだ。うん。彼女がアメリカから帰ってきて1年が経つ。まだ一年? と思う反面、俺の彼女が帰ってきてくれたんだと思うと嬉しくてたまらないから毎日が楽しいわけだ。彼女の両親はまた一緒になった。彼氏である俺としては、それがすごく嬉しかった。手作りの料理が食べられない、愛情のこもった料理が食べられない彼女は見ていてとてもつらかったし、また俺自身、彼女の心についた深い傷を癒せないことに苛立ちを感じていた。だけど、それももう1年も前のこと。彼女のお母さんは今、仕事と家庭を両立させているって聞くし、お父さんは大学の講師を続けていると聞く。それに、手の込んだ愛情たっぷりのお弁当を美味しそうに食べる彼女を見ていて、それが俺にとってはたまらなく嬉しいわけだ。やっぱり家族は支えあってこそのものだって思う。ついでを言うとささらはもう一年学園のほうに残った。早い話がタマ姉と同じで“留年”という感じになるんだけどさ。先生たちもアメリカから帰ってきたといい、留年のときといい、ささらに振り回されっぱなしだ。でも、生徒会のほうはきっちり仕事をしてくれるので誰も文句を言う人はいないんだけどね?
 と、こんなことを考えてる場合じゃなかったんだ。今の状況を何とかしないといけない。学校は私立のために土曜日も授業がある。って言っても今年度からなんだけどさ。雄二は“土曜日復活? いい加減にしやがれ!!” って喚き散らしていて、その後ですかさずタマ姉からアイアンクローをお見舞いされていたことは言うまでもない。まあ土曜日は半日で終わるし、生徒会書記の自分とすれば今は秋の行事とかの編成作業で滅茶苦茶に忙しいので、正直なところ助かっているんだけどね? “でも…、今までずっと思いつめてたの? そんな昔のこと…” と言うと更にぷぅ〜っと頬をもうはち切れそうなくらいに膨らませて半泣き状態の彼女はこう言う。
「貴明さんにとっては昔のことかもしれないけど、私にとっては昔のことなんかじゃありません。今現在もず〜っと続いているんですからね? だいたい去年の春にも話してたのにすぐに却下されて、すごくすごく悔しい思いをして、もう一度のチャンスに今年の春に再度議題にしようと思ってちゃんと設計プランまで用意したのに“お金がありません” の一言ですぐに却下されて…。貴明さんは本当はものすごいいじめっ子でイジワルだったって思ったんですからね? って言うか今も思ってるんですから! うううううう〜っ! えぐっ、ヒック…」
 まるで小さな女の子が遊んでくれないお兄ちゃんに駄々をこねるようにぷぅ〜っと頬を膨らます彼女。って言うかまだ根に持ってるんだね? カエル池の件。去年の4月だったか、その辺は記憶の乏しいのでいつだったかは忘れたけど、カエル池を造りたいって言うささらの願いを却下したんだよね? あれ以来ささらは拗ねたりなんかするとすぐにその話に持ってくる。俺も大概は慣れたので今はどうって言うことはないけど、初めて言われた時はさすがに参った。女土方と恐れられている生徒会長がこんな拗ねっ子だったなんて…。と思ったくらいだ。その時は確か、近くの動物園の特別展示で“両生類の進化” って言う催しをやっていたのでそれを見に連れて行って何とか機嫌も元に戻って生徒会の仕事もやってくれたんだけどね? 今年はどこかそう言う催しをしているところはないものか…と考えるけど、これと言って思い当たらない。ささらは以前にも増してぷぅ〜っと頬を膨らませてしかも涙目になりながら、俺の顔を上目遣いで見遣っている。その顔は昔のこのみみたいで、俺としては妹みたいな存在を泣かしているような錯覚に襲われる。それかと言ってカエル池を増設してしまうと予算がとてもじゃないけど持たないし、もう来年度には卒業していなくなるわけだからはっきり言って来年度の生徒会役員に“負の遺産”を残すことになるかも……。とそんなことを考えていると机をバンっと叩く音。もちろん叩いたのは俺の彼女なわけで…。その顔を見てギョッとなる俺。本格的に俺の彼女はぶりぶり怒りながら涙を決壊しそうなくらい溜めてうるうるとこっちを見つめているんだから…。
「わ、私は…、私はみんなの心の癒しの場を作るために造ろうって思って上奏したのに!! それを何ですか?! “負の遺産を残すことになるかも…”って! そんなこと、そんなことって!…。うっ、うっ、ううっ、うううっ、うえ〜ん」
 泣かれた…。しかも店中に聞こえるくらいの大きな声で…。店にいたほかのお客さんは一応にこっちを見てはひそひそ何か小声で俺のほうを見つめながら話してるし、ウェイトレスのお姉さんも奇異の視線を俺のほうに向けている。やばい、やばいぞ〜っ。これじゃあよくドラマにある別れ話を持ち込んで女の人に泣かれる男そのものじゃないか!! 俺!! 視線はだんだん俺の非難の目へと変わる。“さ、ささら。とりあえず落ち着こう? ねっ?” 俺がこう言っても日頃の鬱憤が爆発したのか、彼女は泣くのを止めず、仕舞いには…。
「お兄ちゃん…。何でささらのお願い聞いてくれないの? ささらが嫌いだから? うううっ、うえ〜ん…」
 いつの間にか年齢も俺の方が年上だって言うことにさせられていた。今までに何回かそんなことにさせられて大いに困った記憶があるんだけど…。今回もそれにやられてしまう自分がいるわけで…。よくよく考えてみれば今回も最終的にはこうなるんだろうなぁ〜とは思っていたんだけどさ。でも案の定そうなるわけで…。結局最後はささらの可愛さにやられてしまう俺がいるわけだ。不幸なのかもしれないな。俺って…。


 今日9月20日は私のお誕生日。秋はいろいろ行事も重なって大変だけど、向坂さん姉弟や柚原さんや今、目の前であたふたしながら私のほうを見遣っている彼、私の大好きな彼、河野貴明さんと一緒に頑張っている。大好きな彼、貴明さん…。あれは昨年の3月だっらかしら。私が屋上でま〜りゃん先輩との思い出がいっぱい詰まった写真を破っていたときに彼が偶然現れて…。それから途中ちょっとだけ離れ離れになってしまったけれど今はいつも一緒にいる。いろいろなことを彼から学んで、またいろいろなことを彼から教えてもらった。今のこの幸せな生活があるのも彼のおかげ…。でもいつからかちょっとずつ彼はイジワルになった。主に生徒会関係だけだけど。でも私にとってはイジワルだと思ってしまう。日記の最後には必ず“今日も貴明さんはイジワル大王でした…” って言う一行を付け加えているくらい。それくらいイジワルなんだから…。
 今日も今日でイジワルをいっぱいされて、言いかそうにも言えないから柚原さんみたく妹のように言ったら相当こたえたみたいで、彼ったら“この通り謝るから! だから‘お兄ちゃん’は止めてくれない? 一応ささらの方が年上なんだし…” って言っては頭をペコペコ下げてたっけ? その姿が妙におかしくてぷぅ〜って膨らませてた頬も、いつの間にかにっこり笑顔に変わっちゃうんですから彼ってばほんとに卑怯。罰として、“今日一日だけ私の、ううん、ささらのお兄ちゃんでいて?” って言う私。まあ無理なことは百も承知だけどイジワルばかりされてる私とすれば意趣返しにお願いと言うか、命令してみた。彼は何て言うだろう…。きっとダメって言ってくるに違いない。そう思って彼の言葉を待つ私がいた…。


 夜、プレゼントに買ってもらった花をあしらった可愛いブローチを見る。でもあのお願いというか命令を素直に聞いてくれた彼には何て言うか悪いことをしちゃったかな? って思う。でもでも普段イジワルばっかりされている私にしてみれば、今日のイジワル返しで今までの彼からのイジワルを忘れるくらい胸がす〜っとしたような感じだ。いつもつけている日記を今日もつける。これはもう小学校からの繰り返しだから今更やめられない。今日のまっさらなページを開く。今日あったことを日記につけていく。朝のドキドキした感じから、あのお昼の一件…、“貴明お兄ちゃん”に甘えて困ってた彼の様子、プレゼントに買ってもらった花柄の可愛いブローチのことなどもつける。そして最後…。いつも書く文にはこう書いた。
“今日は私の方がイジワルでした。ごめんね? 貴明さん。…でもいっつもイジワルされてる私にとってはこれでお互い様かな?”
 って…。明日からまた学校だ。布団に潜り込むと片手で机のスタンドを消した。真っ暗なお部屋の中、今日の出来事を思い返す私。ふとお昼のときの彼の困った顔を思い出しては、うふふってまた微笑んでしまう。そしてまた心の中で彼に“ごめんね? 貴明さん” って謝る私。そんな9月20日も終わりかけな今日は私の19歳のお誕生日だ…。

END