お姉ちゃんのうた


「ちょ、ちょっと! お姉ちゃん!! どういうことよ! それはっ!!」
 あたしこと小牧郁乃は今、怒っていた。
「だ、だってね。貴明くん、何だか忙しそうだったし…。そ、それにあたしの誕生日なんか知らないと思うし…」
「それにもかかしもな〜いっ!! お姉ちゃんの誕生日なんてあのおバカが気付く訳ないじゃないのよっ!! だいたいお姉ちゃんは消極的過ぎよっ!」
 今日は4月30日。明日は目の前でイジイジしてるあたしの姉・愛佳の17歳の誕生日だ。この頼りなさげな姉は実はクラスの委員長をやっている。まあ、それもこれもあのバカのおかげかな? あたしはそう思っている。
「郁乃! 貴明くんのこと、悪く言わないでよ〜っ!! …あ、あたしの彼氏なんだから……。一応……
 そう言うと、顔を真っ赤にして俯く姉…。って、あたしの心の声が聞こえたの? そう聞くと…、
「うふふっ…、だって郁乃ってば独り言みたいに呟いてたよ? 何だか貴明くんみたい…。郁乃……」
 お姉ちゃんは、そう言うと優しく微笑んだ。あたしの顔はトマトみたいに真っ赤になる。こ、この姉は…。状況判断というのが全く出来ていない…。はぁ〜、これじゃああいつも大変だわ…。そう思ってあたしは怒ったふりをしてこう言った。
「あのねぇ〜、問題をあたしの方に摩り替えないでよっ!! 全く……。それだから前に全然進まないんじゃないの? ねえ、ちょっとお姉ちゃん!! ちゃんと話聞いてるのっ?」
 バンッ! と机を叩く。途端に小動物のようにビクッとなるお姉ちゃん。お姉ちゃんの顔を睨みつけると上目遣いであたしの顔をびくびくしながら見ていた。内心“ぷぷっ”と笑いそうになる。が、あたしはまた怒ったふりをするとこう言う。
「聞いてなかったんでしょ〜っ!! もう……」
「ひゃ、ひゃんほひいへふほ〜っ…(ちゃ、ちゃんと聞いてるよ〜っ…)」
 あたしが怒鳴ったせいで、スコーンを食べてたお姉ちゃんは舌を噛んだみたいだ。ちなみにこのスコーンはお姉ちゃん特製だ。あたしの姉は料理はそこそこ出来る。そうそう…、この間も…。って、今はそれどころじゃないじゃん!!
 そんなことを考えてお姉ちゃんの顔を見ると、微笑みながらまたスコーンを美味しそうに食べていた。はぁ〜っとわざと大きなため息を吐くと我が姉の顔を伺う。途端に申し訳なさそうな顔をしてこっちを見るお姉ちゃん。そんな姉の顔を見て悪いとは思ったけど、あたしは強めに言う…。
「と、とにかく!! 明日は、あのバカとデートすること!! 分かった?」
「た、貴明くんのこと、あまりバカバカ言わないでよ〜っ…。うっ、うううっ……、うわぁぁ〜ん!!」
 あ〜あ…。とうとう泣かせちゃった……。はぁ…。ちょっとだけ言い過ぎちゃったかな? そんなことを思いながら我が姉の顔を見てみる。泣きながら抗議するようなそう言う目であたしの顔をじ〜っと見ている。案の定だな〜、この辺は…。昔とちっとも変わってない…。そう思った。
「う〜っ…、うううっ…、ひっく…。い…、言い過ぎだよ〜っ。郁乃のバカ〜っ…。うううっ…、ひっく…」
 うっ! となるあたし…。お姉ちゃんは涙をふきふきあたしの顔を睨んでる。いや、睨むと言うよりは、子供がお母さんにおもちゃをねだって駄々をこねている時の顔かな…。
 はぁ〜。とまた大きなため息を一つ。めそめそ泣いてる我が姉を宥めている自分。これで、学校ではクラス委員長なんだからなぁ。信じられない……。それにしても、これじゃどっちが姉なんだか分かりゃしないじゃない。
「はいはい。もう…、そんなことでいちいち泣かないでよねっ! 恥かしい…」
「だ、だって〜っ…。郁乃が悪いんじゃないのよぉ〜。貴明くんのことバカバカって言うからぁ〜…」
 はぁ〜っ。今日何度目か分からないため息…。お姉ちゃんを見ると完全に拗ねていた。


 次の日、我が姉の誕生日当日。あたしはこっそりと早めに起きる。午前6時半。ウォーキングスタイルに身を包みウォーキングに出かける。これがあたしの土日の朝の日課だ。いつもは1時間ばかり遅めに起きて出かけるんだけど、今日は用事があって少し早めに起きて出かける。
 なまじ体を使っていなかったものなので、ただ歩くと言うだけで相当体力を使う。
 土手沿いを歩くとあいつの家が見えてくる。あたしはあいつの家に向かった。そう、あたしの用事はあいつのことだ。日曜日の朝だ。まだ寝てるのかなと思ったけど以外にもあいつは起きていた。
 新聞受けに新聞を取りに来たんだろう。意外と早起きなんだねぇ。感心しながら声をかける。
「おーい。兄貴〜」
 あいつがふっと振り向く。って、な、何よ? その見つかったって言う顔はっ?
「やあきょうははやいねいくのちゃん。でなんだいいくのちゃんぼくになにかようじでもあるのかい?」
「ちょっと! 何? その喋り方は? 感情がぜ〜んぜん入ってないじゃないの!!」
 う〜っとあいつの顔を睨む。お姉ちゃんの友達の由真さんの真似をしてみた。由真さん曰く……。
“あいつは隙をついて攻撃してくるから絶対隙を作っちゃダメよっ!!”
 と言うことらしい。病気が治って初めて学校に行く時、あいつに車椅子を押してもらったけど、あいつはお姉ちゃんに二言三言話しただけでいた。お姉ちゃんのことが好きならもう少し話せよっ! と言いたい……。未だに話せないでいるみたいだった。
 登下校を一緒にするんだからもう少し会話があってもいいはずなのに…。全く…。お姉ちゃんもこいつも奥手も奥手、超奥手なんだから…。こっちの身にもなってよね!! そう思いながらあたしは口を開く。
「ねえ…、今日は何の日か分かる?」
「今日は…、メーデー? 労働者の祭典?」
 ガクッ!! あたしはずっこけそうになる。こ、こいつは…。自分の彼女の誕生日も知らないのっ? 体勢を立て直す。ぐぐぐっと、こいつの顔を睨むとあたしはこう言ってやった。
「メーデーも労働者の祭典も関係なーいっ!! 今日はお姉ちゃんの誕生日なのっ!!」
 思わず、へっ? という顔になるこいつ。その顔はぜ〜んぜん知らなかったと言う顔ねっ? 全く……。こいつもそうだけど、お姉ちゃんもお姉ちゃんよっ! もう少し積極的にならなきゃ…。
「愛佳の誕生日って……。今日だったの?」
「そうよっ!! お姉ちゃんってばあの性格でしょ? 自分から誘うようなこと、一生かかっても無理に決まってんじゃん!! だからあたしが一肌脱いであげよっかな〜って、そう思ったわけよ…。いい? あんたからお姉ちゃんを誘うのよ? さりげな〜く、普通に…。分かった?」
 ビシッ! と人差し指をこいつの鼻先まで持ってくるとぐぐぐっと由真さんのように睨みつける。少々ビビるように後ずさるとこいつは言う。
「わ、分かったから…。俺から誘うようにするから…。だから由真みたいな睨み方は止めてくれ〜っ!!」
 そう言って、おどおどとこっちを見てる。あたしは内心“してやったり”と思いながら、さらにこいつの顔をぐぐぐっと睨みつけて言う。
「じゃあ、電話をかけるのよ?! デートに行こうって! 9時くらいにさ…」
「なっ? 何で俺が愛佳に電話をかけなきゃいけないんだよ? お前が直接言ってくれればいいじゃないか」
 ふぅ〜。女心をまるで分かってない。何でこんな男を好きになったのか…。自分の姉ながら理解に苦しむ。そ、そりゃあ、優しいところはあるけど…。
「女の子って言うのはね…、好きな人から誘ってくれる電話が一番嬉しいの…」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの…。……だからさ。お姉ちゃんに電話…掛けてやってくんない? この通り!! お願い!!」
 あたしは頭を深々と下げる。あたしのために苦労をしなくちゃいけなかった姉。それでも姉は健気に頑張ってきたんだ。そんな姉へのあたしからのお詫びと感謝のプレゼント。
「……ああ、分かったよ…。電話は俺が掛けるよ…」
 そう言うとこいつはにっこり微笑んだ。“頼んだよ? 未来のあたしのお義兄さん…” そう心の中で思うとあたしは自分の家へと帰る。清清しい五月の風が澄んだ青空の中へ吹き抜けていった。立ち止まるとあたしは深呼吸。今日はいい天気になりそうだ。そう思った…。


「愛佳ぁ〜。河野くんから電話よ〜?」
 お母さんの声。あたしは自分の部屋で本を読んでいた。お姉ちゃんのパタパタと言う足音が聞こえる。“あいつはちゃんと、約束…守ったね” あたしはそう思ってまた本に目を通した。微笑みながら……。
 もうしばらくするとお姉ちゃんはあたしの部屋に入ってくるだろう…。あわあわ慌てながら、こう言うに決まってる。
「た、大変だぁ〜。貴明くんに、デ、デデ、デートに誘われちゃったよ〜っ!!」
 って…。あたしは意地悪くこう言ってやるんだ…。
「…ふぅ〜ん……。お姉ちゃんにも、デートに誘ってくれる人がいるんだねぇ〜…」
 って…。今日は5月1日。あたしの大好きな姉の17歳の誕生日だ…。雲一つない青い空…、今日という日がまた始まる…。

END