秋の夜空の物語
今日11月3日は俺の彼女の草壁優季の誕生日。今年高校3年生になる俺。来年はいよいよ大学入試という季節を迎える。この間模擬試験があったんだけど、なかなかにいい点が取れた。この調子でいければおそらく大丈夫だろうって言う先生のお墨付きももらった。優季はもともと勉強は出来るほうだから大丈夫だろうとは思う。でもここ一番に弱い性格なのか重要なところでミスをしたりするので注意しないといけない。もっとも彼氏としてはだけどね? もちろん俺たちが付き合っているということは、タマ姉たちも知っている。まあ雄二は、“恋愛ブルジョアジーのノロケ話なんざ聞きたくねーやい!!” とか何とか言ってすたすた歩いていってしまう。その後ろ姿にどことない哀愁を感じたのは俺の気のせいだろうか…。星とか星座に詳しい俺の彼女。そんな彼女の誕生日に向けて、隠れてバイトをしたのはいつだったか…。そう思いつつバイトで貯めたお金を下ろしにいく。下ろしに行くと言ってもお金の管理はタマ姉に任せてあるので、必然的に足は向坂家のほうに向かうわけだ。前述の通り、タマ姉は俺と優季が付き合っていることは知っている。というか俺が話したんだけどさ。“タカ坊もやっと男になったか” って言って喜んでたみたいだったけど、どこか寂しそうな瞳で俺のほうを見つめていたのが印象的だった。でもそれはほんの一瞬のことなので詳しくは分からない。
さて、待ち合わせはここのはずなんだけど…、とショッピングモールの一角にある何だか訳の分からないモニュメントの下にくる。と、後ろ手に目を塞がれた。“だ〜れだ” といつも聞いている澄んだ声が俺の耳元でくすくす笑い声とともに聞こえてくる。多分イジワルをしているつもりなんだろうけど、それが何だか優季らしくて微笑んでしまう。“優季でしょ?” 塞いでいた手を自分の手でどけて後ろに振り向くと、案の定可愛い微笑みを浮かべながら俺の彼女が立っていた。“ごめん、待った?” そう聞く俺にううんと小さく首を振って、
「私も今来たところだから…。それに待つって言うことはそれほど嫌いじゃないですよ?」
と、可愛く微笑んでそう言う。秋の装いなのか、ちょっと男の子っぽいジーパンに可愛いセーターと同じ柄のニット帽をかぶっていて、それがより以上に優季の可愛らしさを際立たせているように見える。ちなみにこのセーターもニット帽も優季自身の手作りなんだそうだ。タマ姉が良妻賢母タイプなら優季は可愛いお嫁さんタイプって言う感じかな? と俺は思う。よく昼食によばれるお弁当もすごく美味しいしね? そう思いながら手を差し出して、“ここで立ち話って言うのもなんだからとりあえず歩こうか?” そう言うと、うん! といつもの優しい笑顔で優季は首を縦に振る。普通妙に女の子に意識してしまって手を繋げない俺なんだけど、優季とはこうして自然体に手を繋げる。それも彼女の誰にでも優しい性格に俺の苦手意識がどこかへ飛んで行くって言う感じだろう。今にこにこと俺の横で微笑んでいる彼女を見ながらそう思う。
夕暮れ時は人もいっぱいだ。わいわい賑やかな街の中、いろいろ話しながら歩く。と言っても星の好きな優季だから、この間見たオリオン座流星群の話になっちゃうんだけど。でも今年もすごかったよね? 俺も肉眼で10個ほどだったかな? 流れ星を見た。優季は俺より5個ほど多い15個見たんだそうだ。“今度はしし座流星群って言うのがあるんですけどね? でも、年によって流れる流星の数とかが違ってくるんですよ? だから今年は上手く見えるかと言うとそうでもなくて…” とちょっと残念そうな優季。“じゃあ毎年見られる流星群ってあるのかな?” と疑問に思ったことを言ってみる。うんと頷いてにっこり微笑みながら彼女は話してくれた。
「流星群自体は決まった時期に流れてるようなんですけどね? それが私たちの目によって見えるかどうかが問題なんです。ほら、田舎じゃ天の川が見えても都会じゃ見えないって言うのがあるじゃないですか…。それに天気にも左右されやすいんですよ。雨上がりは空気が澄んでよく見えるそうで都会でもよく見えるようなんですよ? 去年見たオリオン座の流星群だって雨上がりだったじゃないですか…。って、毎年見られる流星群のお話でしたよね? ごめんなさい…」
夢中になって話していた優季。本当に星のことが大好きなんだね? そう思って聞いているとはっと我に帰って恥ずかしそうに下を向く。そんな彼女が彼女らしくて微笑ましい。そう思って何も言わず、微笑みながら促すように首を縦に振る俺。とちょっとぽっと頬を赤く染めながら彼女はまた話し出す。
「えっと…、毎年同じ時期に見られる流星群なんですけど、この3、4日後ぐらいからしし座流星群って言う流星群が見られますね。それからもう後1ヶ月少しぐらい後になるんですけど、ふたご座流星群って言うのがありますね? あと、毎年の1月1日から5日にかけてはしぶんき座流星群、4月15日から28日にかけてこと座流星群、4月16日から翌月の28日にかけてはみずがめ座η流星群、夏の7月17日から8月24日にかけては私の好きな星座の1つであるペルセウス座流星群って言うのがあるんですよ? 後いくつかあるらしいんですけど私が覚えてるのはこれくらいで…。ごめんなさい。貴明さん…」
夢中で話していた彼女はこう言うと項垂れてしまう。俺にはそんなにいっぱい流星群があること自体不思議に思っているわけでそれを知ってる優季は本当に星が大好きなんだなぁ〜っと思うわけで…。だから、“そんなに項垂れなくてもいいよ。優季。俺にとってはそんなことを知ってる優季がすごいなぁ〜って思う訳だからさ…” こう言ってニット帽越しの頭を優しく撫でる。“優しいね? 貴明さん…” そう言って目を細める彼女の顔がすごく可愛かった。
秋の日暮れは早い。6時半ともなると暗くなる。そんな中、ウィンドウショッピングを楽しむ俺たち。実のところ、プレゼントの方はまだ決めてない。と言うか優季が欲しそうなやつを買おうと思ってお金の方はまだ懐に忍ばせてある。とあるアクセサリーショップのショーウィンドウを覗き込んでいた優季が、“あっ” と言う声をあげる。どうやら欲しい物が見つかったみたいだ。“欲しいの?” 尋ねてみた。ううんと首を横に振ると、“ちょっといいなぁ〜って思っただけだから…” と遠慮がちに微笑みながらそう言う彼女。そんな彼女だからこそ買ってあげたいなぁ〜っと思うわけだ。早速手を引いて店の中に入ってさっき見ていたアクセサリーを購入する俺。彼女の誕生日プレゼントだと店員のお姉さんに言うと、“良かったですね? 優しそうな彼氏さんで…” と俺の横で恥ずかしそうに立っている優季に向かってにこっと微笑む。その笑顔に2人して顔が真っ赤になったことは言うまでもなかった。
完全に夜の帳が下りた8時過ぎ。誰もいなくなった公園のベンチで途中の自販機で買った紅茶を飲みながらふぅ〜っと一呼吸つく。…と何気なく夕方のことを思い出してふと疑問に思った。優季の好きな星座っていくつぐらいあるんだろう。去年話してくれたオリオン座は知っているし、今日ペルセウス座? って言う星座も好きだって言っていた。じゃあ他はどうなのかな? そんな疑問が沸き立つ。隣りで優しい声でいつも聞いている曲を口ずさみながら優しく微笑んでいる優季に聞いてみることにした。すると…。
「ええ、星座は好きですよ? 特に秋の星座はね? どうしてかって言うと、秋の星座はロマンがいっぱいあるからなんですよ…」
こう言うと優しい笑顔をもっと優しくして俺の顔を見つめてくる優季。“ロマン?” と俺はちょっとはてな顔になりつつ聞いてみる。彼女はそんな俺の顔をくすくす笑いながら、でも優しい顔でこう言う。
「秋の星座はね? ギリシャ神話の世界なんですよ。ほら、よく私たちの銀河系によく似ている銀河にアンドロメダ銀河っていう銀河があるじゃないですか…。あれはねr? アンドロメダ座のところにある銀河だからそう名付けられたそうですよ。そして、北極星を見つけるのに重要なWの形をした星座がアンドロメダ座のお母さんであるカシオペア座、そして暗いかもしれないけど、その右下にある五角形を縦長にしたような星座がアンドロメダ座のお父さん、ケフェウス座ですね? それから、夕方に話していたペルセウス座とか、あとペガサス座とか…」
それは昔々のお話…。
ギリシャの一地方、アルゴス王アクリシオスには娘ダナエがいました。だけど王位を継ぐべき男の子が出来ず、息子を望んだアクリシオスは使者を使わして神託を求めました。神託は“息子は生まれない。そして彼の孫に自分が殺される” という恐ろしい内容だったために、これを良しとしないアクリシオスはダナエーを青銅の部屋に幽閉してしまうのです。そこへゼウスが黄金の雨に身を変えて忍び込み、ダナエは身ごもり、そして子を産みました。その子こそ、英雄ペルセウスなのでした。これを知ったアクリシオスは、手にかけてしまおうかとも考えましたが愛する娘とその子をどうしても手にかけることができず、二人を箱に閉じこめて川に流してしまいます。ダナエ親子はセリポス島と言う小島の漁師ディクテュスによって救出されました。
ペルセウスはセリポス島で立派な男の人に成長しました、やがて、ディクテュスの兄でセリポス島の領主であるポリュデクテスがペルセウスの母・ダナエのことが好きになります。だけど彼女は息子であるペルセウスのことで精いっぱい。ポリュデクテスはペルセウスがすごく邪魔になってしまいます。そこで領主であるポリュデクテスは一計を案じました。その一計とは怪物ゴルゴン三姉妹の一人メドゥーサの首を取ってくること、と言うある意味死を覚悟しなければならないものでした。
そこでペルセウスは戦いの女神・アテナと神々の使者・ヘルメスの神託を受けます。神託で惜しみない助力を得たペルセウス。アテナには何物も防ぐ鏡のような楯を、ヘルメスには空を自由に飛べるのあるサンダルを、そして驚いたことに冥府の神・ハデスには自身を隠す兜などを貰いそれを身につけました。どうにかこうにかメドゥーサの居場所を掴んだペルセウス。死者の国近くの洞窟の中でメドゥーサを発見します。鏡のような楯を背にして顔を見ないようにしながら剣でメドゥーサの首を取ることに成功しました。このとき、首を切られたメドゥーサの体から血しぶきの中から天馬ペガサスが生まれます。ペルセウスはその天馬ペガサスに乗ってセリポス島に帰りました。
さて、メドゥーサ退治を終えその首を袋に入れてペガサスに乗って飛行中、鎖に繋がれている美しい女性を目にします。近くの村で聞いた話によると彼女はエチオピア王・ケフェウスの愛娘、アンドロメダ姫であることを聞きました。ケフェウスの妻カシオペアは自分の娘アンドロメダの自慢ばかりするために海神ポセイドンの怒りを買ってしまい、海は荒れ狂い、漁が出来なくなってしまったということで、ポセイドンの怒りを鎮めるために、いけにえとされているのだということも…。月のきれいな夜、両手両足を鎖で繋がれ身動きも出来ないアンドロメダ。海の怪獣はどんどんアンドロメダに近づきます。そして今にもアンドロメダに襲いかかろうとした刹那、ペルセウスは颯爽と降り立ったのでした。ペルセウスは怪物にメデューサの首を見せて石にして、アンドロメダを救出します。アンドロメダはペルセウスの妻となり一緒にセリポス島へと帰っていきました。アンドロメダと結婚しセリポス島に戻ったペルセウスは、ポリュデクテスに約束の首をつきつけて石にして、恩義のあったディクテュスを新たな王に就けます。その後、ペルセウスは妻や母と共にアルゴスに帰国しましたが、このことを伝え聞いたアクリシオスはペルセウスを恐れてアルゴスから逃亡し、結局ペルセウスはアルゴスの王となりました。
何十年か後のあるとき、ペルセウスはラーリッサの街で競技会に出場しました。ペルセウスが円盤を投げたところ、円盤が老人に当たってその老人は死んでしまいます。その老人こそが、アルゴス王・アクリシオスでありましたから、彼が最初に受けた神託、“息子は生まれない。そして彼の孫に自分が殺される” と言う神託は実現してしまった。ペルセウスは自分が殺してしまった祖父の国土を継承することを恥じて、ティリュンスの王メガペンテス(プロイトスの子)のところに行って国土の交換を行い、ミデア、ティリンス、ミケーネの王となり善政を敷いたそうです。そしてその死後は、その功績が神々に認められてアテナにより妻とともに天に上げられて、ペルセウス座となったということです。
「そうそう、ペルセウスがアンドロメダを助けた時に退治した怪物も“くじら座” って言う星座として上げられているんですよ? ですから秋の夜空ってまるでギリシャ神話の世界に入ったみたいで私は大好きなんですよ…」
そう言うと優しい笑顔をもっと優しくして俺の彼女はこう言う。“でも、昔から変わらずに残っているものって何だか素敵ですよね? ピラミッドなどの遺跡にしたってこの大空の星々にしたって…。昔の人々は私たちよりも遥かに創造力が豊かだったのかもね?” 俺は“うん、そうだね?” とだけ付け加えると空を見上げる。星は瞬く。その一瞬の煌めきは俺たちを空から応援してくれているようにも思えた。…と、くしゅんと可愛いくしゃみが聞こえてくる。ふと横を見ると優季が寒そうに腕を抱えていた。“風邪引いちゃうといけないからさ…” 俺はそう言うと自分のコートの中に彼女を入れる。自分の肩越しにぽっと顔が赤くなる彼女の顔を見て、自分も同じかな? とそんなことを思った。恥ずかしさを抑えて彼女に尋ねてみる。“どう? 温かい?” って…。優季は顔を真っ赤にして、でもしっかりした口調でこう言ってくるんだ。
「うん、とっても…。出来ればもう少しこのままでいて欲しいな?」
ってね? そう言った後、赤い顔をもっと赤くして俯く彼女がすごく可愛くて、心臓の鼓動が聞こえそうなくらいになるまで抱き寄せる俺。秋の夜空がまるで宝石箱のようにキラキラ輝いて見える今日11月3日は、俺の隣りで可愛く微笑む彼女・草壁優季の18歳の誕生日だ。
END