織姫さまはお姉様
突然だが劇をすることになった。俺の大好きな彼女の誕生日である、7月7日、七夕に合わせてのちょっとした劇だ。ちなみに言いだしっぺはやっぱり俺の彼女のタマ姉。タマ姉の近くの保育園の慈善活動らしい。
タマ姉は子供が大好きだ。だから率先して地域の慈善活動なんかをしている。子供たちの目線になって遊んでいるタマ姉を見ていて、“タマ姉ってやっぱりすごいなぁ”と、その横顔を見ながらいつも俺はそう思う。かく言う俺もそんなに子供は嫌いなほうじゃない。なのでタマ姉と一緒に保育園の手伝いなんかをしている。
ついでを言うと、その保育園は俺たちが昔通っていた保育園だ。ついでを言うと、そこの園長先生は昔、俺の組の先生だった人で、いつもにこにこしてよく俺たちと遊んでくれた優しい先生だった。俺はこの先生には頭が上がらない。タマ姉も同じようでこの先生には一目置いている。
“ねえ、タマちゃん…。うちで今度七夕祭りをするんだけど…”
6月初め、先生とたまたま町で出会ったタマ姉は、こう話を持ちかけられる。子供が大好きなタマ姉は、即座に首を縦に振ったんだそうだ。雄二が……。
「なあ…、何でだ……。何で俺たちまで姉貴の頼まれ事に駆り出されなきゃいけねーんだ? ええっ? 教えてくれっ、貴明!!」
とか言いながら、俺の肩をゆさゆさと揺する雄二…。顔を見れば、涙やら鼻水やら何だか訳の分からないものまで出しながら、俺に答えを求めている。“そんなこと俺が知るわけないだろ?” っと俺は心の中でこう言った。半分と言うか99%諦めたような顔で雄二は俺に言う。
「はぁ〜。何で俺たち、姉貴に頭が上がらねえんだろうな?」
「言うなよ……。こっちが悲しくなるだろ?」
かかあ天下とは言ったもの…、彼氏彼女になってもいつもと変わらない。完璧に尻に敷かれっぱなしだ。でも、俺はそれでもいいかな? と思っている。雄二はごめんだって言う顔だったけど……。
で、結局7月7日、ちょうどタマ姉の誕生日に保育園で劇をすることになった訳だ。配役もある程度決まっている。と言うかタマ姉に強引に配役を決められてしまった。配役表を見てみる。雄二やこのみはもちろん、俺の友達である愛佳や俺のことをいつもライバル視している由真、その由真のじいさんまでもが配役表に入っていた。学校の帰り道、愛佳に聞くと?
「う、うん。この前、貴明くんのお姉さんに頼まれたよ? 貴明くんのお姉さんってすごいんだねぇ〜」
と嬉しそうに言われてしまった。正確には雄二のお姉さんなんだけど…、と愛佳にいつも言ってるがなかなか信じてもらえない。そ、そりゃあ、実の弟の雄二より俺と一緒にいる時間のほうが長いわけだし…。まあ、愛佳の言うことも分からなくはない。
でも、愛佳には俺のお姉さんに見えるんだろうか? 愛佳にタマ姉のことを言うといつもこんなことを言われる。
「だって、貴明くん、お姉さんといつも一緒にいるでしょ? 向坂くんのお姉さんって言うことは分かってるんだけど…」
ってね? ……俺とタマ姉は姉弟じゃなく赤の他人、幼馴染みと言うだけのそんな曖昧な関係だったんだ。…ほんの2ヶ月前まで……。2ヶ月前のタマ姉の顔。涙を流しながら言ったあの言葉……。俺は随分酷いことをしたんだなと後悔した…。だから今は…、
「タカ坊!! 練習再開よ? ほら、いつまでも休んでないで…、ちゃんとなさい! っもう…」
ぷぅ〜っと頬を膨らまして、拗ねた表情でそんなことを言うタマ姉。その顔を見て、“随分待たせてごめんね…” と、いつも心の中で小さく謝っているんだ。その後でもう一行付け足す言葉がある…。それはね?…、
“待たせちゃった分、これからはずっと一緒にいてあげるから…。頼りない男だけど…守ってあげるからね?”
って……。
練習が進む。小道具などは手作りで用意した。でも、さすがに大道具や美術などは俺たちだけではだめなので、そこはクラスの委員長である愛佳の力を借りることにした。
「う〜ん、美術部の人にお願いしてみようかなぁ?」
そう言う愛佳。美術部のほうに足を向けて行く。で、案の定と言うか何と言うか、委員長マジックかどうかは分からないが、愛佳が言うとすんなり書いてくれることになった。それはいいんだが…、
「貴明くんのお姉さんをモデルに描いてみたいって、美術部員の人にお願いされちゃった…。いいかなぁ〜? 貴明くん…」
交換条件のように言われたんだろう。愛佳がすまなそうに上目遣いで俺を見ながらそう言ってくる。まああのプロポーションのタマ姉だ。描きたいっていう気持ちも分からなくはない……。って! そこで俺はぎょっ! となる。ま、まさかではないが…、一応聞いてみた。
「ねえ、愛佳? つかぬ事を聞くんだけど…。その…、美術部の人がタマ姉をモデルに描きたいっていうのは…、ひょっとして?……」
俺が言おうとしていることが分かったのか、途端に手足をばたばたさせながら言う愛佳。
「ち、ちちちちちちち違うよ〜っ!! そ、そそそそんなのじゃないってば〜っ!!」
ぽっ、と顔を赤らめながら愛佳はこう言って慌て出す。見てみるとまだ手足をじたばたさせていた。…少し落ち着いた頃、上目遣いになってすまなそうに事情を話してくれる。
「……今度ね、展覧会があって、そこに応募する作品のタイトルが、『姉と弟』ってタイトルなんだって…。でね、部長さんがあたしに“どこかに良いモデルいない?”って言うからぁ〜……」
「で? タマ姉って訳?」
「う、うん……。でも一応貴明くんも入ってるんだけど……」
そう言って、こちらをすまなそうに見る愛佳。俺はびっくりして自分を指差しながら聞き返す。
「えっ? あ? お、俺も入ってるの?」
「うん、そうだよ。だって作品タイトル名が『姉と弟』っていうからぁ〜…。貴明くん、かっこいいからお姉さんともお似合いじゃないかな〜って思ったんだんだけど…。迷惑だったかなぁ?」
そう言うと、上目遣いに心配そうに俺を見つめる愛佳。その表情を見ていると何も言えなくなる俺…。結局、愛佳の言うことを聞くことになってしまった。予断だがこのことをタマ姉に言うと、
“いいじゃない。タカ坊…。でも『姉と弟』って言うのが気に食わないわね…。どうせやるなら『恋人たち』とかそう言う作品の方が良かったんだけどね…。まあ、仕方ないか、禁断の姉弟愛を見せてあげましょう…。ふふふっ…”
かなり怪しいタマ姉の微笑みに思わず背筋が凍る俺。そんな俺を尻目に当のタマ姉はかなり嬉しそうだったけど……。
劇の練習が始まって、一週間が経った。劇をしてみて初めて分かったんだが結構難しい。小学校で一応演劇部に所属していた俺だが、演じるとなるとこれが結構大変だということが分かった。
美術部にお願いしておいた劇の背景が出来上がったと聞かされたのは昨日のことだ。愛佳と一緒に取りに向かう。美術室で劇用の背景を見せてもらったんだが、感嘆して言葉が出ないほどの美しい背景が出来上がっていた。雄二が言う……。
「うひゃあ、たかだか保育所の猿芝居にここまで豪勢にするかね……」
「雄二?……」
ガシッ! ぐぐぐぐぐぐ〜っ!!
「あだだだだだだ…、割れる割れる割れる割れる割れるぅ〜っ!!」
雄二…。お前、余計なこと言い過ぎだ……。俺は心の中で念仏を唱えながらそう思った。ぴくぴく小刻みに痙攣している雄二を尻目にタマ姉は言う。
「さあ、練習開始よ? みんな、準備して?」
「あ、あのぉ〜。向坂くんは?」
「ああ……、これ? ほっときましょ。どうせ私の言うことなんて聞きゃしないんだから…」
倒れている雄二を見ながら、心配そうに愛佳がそう聞く。タマ姉は、“心配ないわよ?”とでも言わんばかりに、倒れている雄二を指差して微笑みながらこう言った。ちなみに全体練習は明日行うことになっているので、由真とじいさんはここにはいない。
まああの由真のことだ。台詞を完璧に覚えてくるつもりなんだろう。多分俺の分まで…。俺がとちってあわあわ言うところを高みの見物で見るつもりなんだろうな…。
あいつが本番に弱いって言うことは前から知っているので(俺の中では結構有名)、そんなに気にすることもない。まあ、あの目で睨まれるのはかなり嫌なんだけどなぁ…。
配役は俺が一応、主役・牽牛役らしい…。何でだろう? とは思ったが、別に異論もないようなので素直に従っておいた。まあ、一人だけ苦虫を噛み潰したようなほっとしたような複雑な表情をしていたが…。与えられた役目はきっちり果たすつもりだ。ということで台本をもらうが、俺は先に感情移入から入るタイプなので、台本はあまり見ない。いわゆる、やっていくうちに覚えると言うタイプだ。と言ってもやっぱり分からないところも多々あるので、一応ざっとではあるが台本に目を通しておく。
台本を見ていてふと気付く。織女は誰なんだろう…、と……。今の今まで気が付かなかったが、ふと疑問に思った。配役表を見てみる。天帝は…、由真のじいさんか…。まあ、あの顔と筋肉ダルマみたいな体じゃ、お似合いだな…。“声も姿もイメージ通りじゃない?” って劇の配役を考えていたタマ姉に、ちょうど居合わせていた由真のじいさんを紹介した後で微笑みながら言ってたっけ? その後でタマ姉と一緒に頼みに行ったんだっけか…。
織女の付き人には〜っと…、このみと愛佳と由真か…。織女の付き人(多分由真だろう…)の牽牛(俺)いびりという史実では考えられないものもあったりとまあ、喜劇風にアレンジを加えてある。で…、肝心の織女は?…。って、まあ言わなくても分かるか…。
ぺらっと配役表の織女のところにページをめくると…、案の定、俺の思っていた名前が書いてあった。
練習をする。あっ、雄二は結局裏方をやらされることになった。ほっとしたような悔しいような何だか複雑な心境で俺を睨んでたけど…。まあそれはいいんだが……。
「ほら、牽牛!! もっとこのあたしにひれ伏しなさい!! おーっほっほっほっほっ…」
普通の劇ではこんなことは絶対やらないはずだ。まるで女王様気分で俺に無理難題をふっかけてくる由真。本番ではもっと過激になるんじゃないだろうか? “一応これは子供用の劇なんだぞ?” 俺がそう言うとはっとなる由真…。途端にぐぐぐっと俺の顔を睨みつけると…。
「は、ははははは謀ったわねぇ〜!! 河野貴明ぃ〜!!」
そう言ってあの目で俺を睨みつける。案の定唇がぷるぷる震えていた。い、いや、これは子供用の劇だって前に話したつもりだったんだけど…。そう言うとギロリと俺の顔を睨みながらこう言う。
「そ、そりゃあ前に聞いたかもしれないけど……。でも、ひ、卑怯よっ! あたしはこの日が来るのを指折り数えて待ってたのにぃ〜!!」
はぁ〜っと深いため息をつく俺。やっぱり由真だな。そう思って由真の顔を見る。いつも以上にぐぐぐぐっと俺の顔を見遣っていた。目的のためなら手段を選ばず、手段のために目的を忘れる…。実に由真らしいな…。そう思うとぷぷぷぷっと思わず吹きだしてしまう。それがよっぽど鶏冠にきたんだろう。怖い目をもっと怖い目にして俺の顔をじ〜っと睨みつける由真…。“じ〜っ!!” って言う擬音までご丁寧につけてこっちを睨みつけてくる由真がはっきり言って怖かった。って言うか子供たちには絶対に見せられない顔だな…。俺はそう思った。
そんなこんなで、7月7日。いよいよ本番になる。ちなみにあの後脚本係の愛佳に大幅な変更を施され、由真はかなりがっくりしてたけど。まあ仕方もないだろう。かくいう俺はほっとしている。あの睨みは女の子がちょっと怒って可愛く睨むと言うよりは鬼が睨んでいるものと同じようなものだからね? 仕方がないのだろう…。そう思う。だってあんな怖い物を見たら子供たちが絶対泣き出すことは分かっってるんだから…。で今現在、保育園は今、し〜んと静まり返っていた。園長先生が子供たちの前で言う。
「今日は、みんなのためにお兄さん・お姉さんたちが劇をしてくれることになりました。先生も見るのは初めてなのでどきどきしてます。どんな劇なんだろうね? 楽しみ…。それじゃ、もうすぐ始まるから、おとなしく待ってようね?」
にこっと微笑む園長先生。開園三分前…。舞台外からみんなの嬉々とした声が聞こえてくる。相手は子供だ。だからといって気を抜くことなんて出来ない。やるからには全力を尽くす。タマ姉に教えてもらった心だ。そう思ってふとみんなの顔を見る。天帝役の由真のじいさんも織姫のおつきの4人も…、そしてヒロイン・織姫も一様にうんと頷いていた。
劇が終わる。愛佳の子供でも分かりやすい演出が功を奏したのか、保育園のみんなから拍手喝采を浴びた。“タマお姉ちゃんよかったよー”とか“貴明お兄ちゃんサイコー!!”とか、そんな声があちこちから聞こえている。園長先生も嬉しそうにこっちを見ている。しばらくして拍手も鳴り終わると、タマ姉がみんなの前に出てこう言った。
「どうだったかな〜? お姉ちゃんたちのお芝居は? 今日のお空の上ではこんなことがあるのかなぁ〜? 今日はちょっと雨が降って残念だけどね…。でも夜、もし雨が上がったらお空を見てみて? きっとお姉ちゃんたちがやったお芝居のように夜空のお星様たちも一年に一度の出会いを待って、そして、会っていると思うから。ねっ?」
にっこり微笑みながらそう言う俺の彼女。子供たちが一様に頷いている姿を見て、俺はつくづくタマ姉の凄さを知ったような気がした。ふと横を見る。愛佳と由真が、感心したようにタマ姉の方を見つめているのが印象的だった。由真の爺さんまでもが、“なんと気立てのよい娘なんじゃ…。うちの孫娘にも爪の垢を飲ませてやりたいわい” と、ぶつぶつと独り言のように呟いていた。最もその後で由真がぎろりっと爺さんの方を睨んでたけどね…。こ、こほんと咳払いをして爺さんは顔を背ける。と、途端に俺の顔をじ〜っと睨む由真…。何かぶつぶつ呟いていたけど、聞くと怖い気がするので聞き流すことにした。
劇も終わり、みんなで願い事を短冊につける。由真は俺の顔を不敵に見つめて短冊を笹に結びつけた。何て書かれてあるんだ? 見てみる。……ああ、やっぱりな? そう思った。“河野貴明をぎゃふんって言わせられますように…” って書かれてある。まあ、俺のことを何かにつけ目の敵のように思っている彼女のことだ。“由真らしいな…。はぁ〜” と小さくため息をついて愛佳の方を見ると…、“クラスのみんながけがなく一年を乗り切れますように…” と書いてあった。これも愛佳らしいよな。微笑みながらこのみの方の短冊を見ると、“タカくんとユウくんとタマお姉ちゃんといつまでも一緒にいられますように…” いかにもこのみらしい願い事だな…。そう思った。雄二は…、まあ、聞かなくても分かるだろう。
タマ姉はどんな願い事なんだろう。そう思ってその考えを打ち消すようにぶるぶると首を振った。多分タマ姉も俺と同じ願い事だろう。書き終えた短冊を手にタマ姉の短冊を見る。途端に後ろ手に短冊を隠すと真っ赤な顔をして上目遣いにこっちを見るタマ姉。
「な、何よ? タカ坊…」
照れているのか、途端にぷぅ〜っと頬を膨らませる。俺は手に持っていた短冊をタマ姉に見せた。途端に恥ずかしそうに俯くと、小さな、俺にしか聞こえないような声で…、“ありがとう。タカ坊” そう言った。二人で短冊を取り付ける。“この願いは聞き入れてほしいな…” 俺は心の中でそう思った。タマ姉もそうだったんだろう。横を見るととても嬉しそうに俺の顔を見つめていた。
「願い事…叶うといいね?」
帰り道、雄二はこのみと愛佳を連れてどこかに行ってしまった。由真は爺さんに(半ば強引に)連れ去られてしまった。“これで勝ったと思うなよ〜っ!!” って言う由真の決まり文句も出ていた。はあ、これはまた唇をぷるぷるかみ締めながら睨んでくるんだろうな。明日は…。そう思うと身震いしそうになった。
そんなこんなで、現在俺は相合傘でタマ姉と帰っている。大き目の傘は二人が入るには十分過ぎるほどの余裕があった。
「ええ、そうね…。でも私一人じゃ出来ないんだから…。タカ坊も協力してよね?」
「わ、分かってるよ…」
そう言い合いながら、腕を組んで帰る道。空を見る。相変わらずの雨空…。でもそれの方がいいのかも…。せっかくの一年に一度の再会を誰にも邪魔されずに出来るのだから…。それは.今の俺たちのようにね? そう思って隣を見るとタマ姉がにっこり微笑んでいた。その笑顔を見て、短冊なんか無くても俺たちはうまくやっていける。もう願い事は叶ってるんだから…。そう思った。ちなみに願い事の短冊にはこう書いてあるんだ…。
“いつまでもタマ姉(タカ坊)といられますように……”
……ってね?
END