由真、お化け屋敷に泣く


バカバカバカ〜、貴明の大バカぁ〜!! あたしがお化けとか嫌いなのをいいことにこんなところにわざわざ連れ出すなんて〜っ!! う、う、うわぁぁぁぁぁ〜ん」
 今、俺はある女の子を負ぶって夕暮れの中を歩いていた。彼女は不機嫌そうにそんなことを言うと背中をぽかぽか叩いてくる。負ぶっているから顔は見えないが多分ギロリと睨まれているんだろうなぁ〜…。って今、小牧さんみたいな声で泣いてなかった? そう思って後ろを振り返ってみると目をうるうるさせながらもこっちを上目遣いで見つめてくる彼女。俺に何かと挑戦して何かと自爆してはこちらを恐ろしい目で睨んでくる彼女は長瀬由真。今俺が負ぶっている彼女の名前だ。彼女と付き合いだして約一年。今年は大学受験も控えているのでそんなには余裕もなくて…。って言うか、夏休み中はタマ姉からみっちりしごかれてる毎日。帰ってくるともうへとへとだ。だからじゃないけど、由真の言葉も半分は分からない訳で…。って言うかそもそもその文句の内容がえらく脱線して支離滅裂な感じだったんだけどさ…。
「そんなこと言っても、“暑いの嫌だから涼しくなれる場所に連れてけ〜”って言ったの由真だろ?」
「うっ…。で、でも何もあたしの嫌いなお化け屋敷に連れてくることないじゃないのよ!! ええっ? 貴明! もう…。嫌い嫌い! 大っ嫌いっ!」
 こう言う由真。と、背後からものすごい視線を感じる。多分あの目で睨んでいるんだろう。唇もぷるぷる震わせて……。後ろを振り返ることが出来ないながらもそう思った。はぁ〜っとため息を一つ。でもどうしてこう言うことになったのか…。それを話さないといけないだろう…。2週間くらい前だったかな…。ちょうどお盆を過ぎた頃だったように思う。その日は息抜きにタマ姉たちと遊園地に遊びに行ったんだったっけ? 夜、家に帰ってきてみると留守電にメッセージが入ってたんだよなぁ〜。
“河野貴明〜!! 一体どこいったのよ〜! こうやってあんたの家に電話をかけてやったのに〜!! せっかくあたしが暇してたからあんたを誘って…って! か、勘違いしないでよね? あんたのことが気になるとかそう言う風なことじゃないんだからね?”
 今更だなぁ〜っと思いつつ、留守電の内容を聞きながらあれやこれや家の用事をしている俺。と…。突然、
“とっ、とにかく! もうすぐあたしの誕生日だから、どこか連れて行きなさいよね? 出来れば暑さを和らげられて、かつ面白いところ! じゃあ頼んだわよ? あっ、それと…。忘れたりなんかしたらただじゃおかないんだから……”
 ぴっ、と留守電が切れる。最後のほうはいつものように唇をぷるぷる言わせながら受話器に向かって話してたんだろうなぁ〜。由真のあの恐ろしい顔を思い出しつつ、背筋がぞ〜っとなる俺。でも困った。由真の好きそうな場所なんてゲームセンターくらいしか知らないぞ? はてさてどうしたものか…。まあ明日タマ姉にでも聞いてみるか…。そう思い留守電の削除ボタンを押した。
 あくる日、いつものようにタマ姉の家に勉強をしに行く俺。無論このみや雄二も一緒だ。課題をやりつつ昨日の事を聞いてみると……。
“自分で考えなさい”
 とある意味予想していた通りの答えが出てきた。このみにも聞いてはみるもののタマ姉と同じような感じの答えだ。なぜかぶす〜っとしたような顔のタマ姉とこのみ。何か悪いことでも言ったのかな? 恐る恐る隣にいた雄二に聞くと、
「そりゃお前、彼氏彼女のいないヤツの前でそんなノロケ話されたらむかつくってもんだぜ…。ったく、何でお前ばかりモテるんだ? この恋愛ブルジョアジーめっ!!
 雄二もそんなことを言うとこっちを般若のような顔で恨みがましく睨んでいた。俺の顔から血の気が一気に引いたことは言うまでもない。ちなみにその後、ととみ屋のカステラを3つも買わされたことは周知の事実。さらにそれを鬼のように食べまくっていたタマ姉たちももちろん周知の事実だ。ははははは…、はぁ〜……。


 で、2週間考えた挙句に思いついたのが遊園地だった。何の捻りもないなぁとは思ったんだけど、如何せん夏休み最終日(実際は9月2日までお休みなんだけどさ…。今年はね?…)ってこともあってかどこもいっぱいな訳であり、且つ近場ではここが一番のデートスポットであり…。まあ、由真は俺の見ている前ではぶつぶつ文句を言ってるけど目を見ると嬉しそうなので、これはこれでよかったと思った。
 いろいろとアトラクションを回った。由真は結構早い乗り物や絶叫マシーンとかは大丈夫なほうらしい。タマ姉なんかは乗る前から俺にしがみついてるんだけどさ…、って言うか、イヌのほかに怖いものがあったなんて…って言ったら、急に不機嫌になって、ぷぅ〜っと頬を膨らませながら俺の顔を上目遣いに睨んでたんだっけ…。そんなことを考えながら由真と他愛ない話をしていると、ふとお化け屋敷の前で足が止まる。お化け屋敷か…。そういやこのみはお化けは怖くなくなったんだよね…。タマ姉は相変わらずだけど…。と一人合点したように頷いていると、
「貴明? 何で立ち止まるの? って、ま、ま、まままままままさか! お化け屋敷に入ろうとか言うんじゃないでしょうねぇ〜っ!!」
「いや、そんなことはないけどさ…。由真はお化けとか嫌い?」
「な、な何言ってるのよ、あ、あた、あたしに怖いものなんてないわっ!!」
 顔を怖ばらせて少々どもりながら、強がりを言う由真。言った割にはぶるぶる体が震えてるんだけど…と思って気づく。ああ、そうか。由真もお化け嫌いなのか…と。“あ、あんなのは作り物よ。作り物” そう言うと足早に去ろうとする由真。そういう由真の行動を見て俺の中にちょっとだけイタズラ心が沸き起こる。今にして思えば何であの時そんなことを言ってしまったのかと後悔してならないんだけどさ…。“じゃあちょっと入ってみようか?” と、そう言って手を引くと…、
「ちょっと! “入ってみようか?” ってどういうことなのよ?」
「だって由真は怖くないんだろ? “お化け”」
「……うっ……、わ、分かったわよ! は、入ればいいんでしょっ?! 入ればっ!!」
 そう言って俺の手をむんずと掴むとお化け屋敷の前まで来る由真。でも…、その足は自然と止まってしまった。“素直じゃないなぁ〜、怖いなら怖いって言えばいいのに…” とは思ったけど、生憎と由真にこんなことを言うと、返って逆効果だ。ぶるぶる震えながらももう由真は入る気満々だし…。はは、ははははは。ちょっとしたイタズラ心がとんでもない事態になってしまったよ……。で、結局……。


「う〜っ! 貴明なんて嫌いよ〜…。うわああ〜ん」
「だからごめんってさっきから謝ってるだろ? ごめんって…。って、い、痛い痛い! 背中をぽかぽか叩かないでくれ〜っ!」
 お化け屋敷から出てきた後、由真は腰砕け状態になって立てなかった。でも由真がそんなに怖がりだったなんて気がつかなかったんだけど? 涙をぽろぽろ流しながら泣きべそをかいている由真を見ていると普段のあの強気の由真とは正反対のような…。かく言う俺のほうはまあそんなには怖くはなかったんだけどさ…。そう思いそっと顔を由真のほうに向けると、ぷぅ〜っと頬を膨らませて上目遣いの涙目で見つめている顔があった。普段怖い顔ばかり見ているので何かこう新鮮だなぁと思う。最も本人にそんなことを言うともう口も聞いてくれなさそうなので、それは俺の心の奥に封じ込めた。それからずっとご機嫌斜めで、結局閉園時間の3時間前に遊園地から出ることになってしまった。当然腰砕け状態になってる由真は歩くこともままならない状態で俺が負ぶって帰るわけになったんだけどさ…。遊園地からの帰り道、夏の終わりを告げるかのようにツクツクボウシが鳴いている。
「う〜っ!! だったらこうしてやるぅ〜!!」
 突然、俺の背中にむにゅっとした柔らかい感触が…。途端に顔から火が出そうになる俺。実際傍目から見れば真っ赤になってるんだろうなぁ。そう思う。って言うか何で由真が俺の弱点知ってるの? そう聞くと、
「向坂さんたちから聞いたのよ。貴明は抱きつかれると弱いって…。ぐすっ。……えへへっ」
 た、タマ姉…。余計なことを言わないで…。イタズラっぽく微笑むタマ姉の顔を思い出して俺は心の中でそう呟いた。はぁ〜っとため息を吐くとまた歩き出す。しばらく無言のまま歩く。相変わらず由真はぴったりと俺の背中に体を押し付けてくる。あまりに恥ずかしいので、“もうちょっと離れてくれないかな?…” 立ち止まりそう言おうと思って背中の由真に目線を向けると…。
「くぅ〜、すぅ〜。むにゃむにゃ……」
 気持ちよさそうに眠っていた。全く…。人の気も知らないで…。とは思うものの、これが俺の彼女なんだよね…。と一人合点するようにそう思いまた歩き出す。空を見ると夏のもくもくとした入道雲に混じって秋の雲の出始めている。夕焼け空に赤とんぼがすいすい飛んでいた。土手の道の樹にはツクツクボウシは忙しなく鳴いている。そんな夏の終わりの今日8月31日、俺の彼女・長瀬由真の誕生日だ…。

END