ロスキルラベンダーの丘へ
暖かな春の日差しが眩しく道端のたんぽぽが映える今日3月27日は私のお誕生日。今年、本校の2年生になる私は大好きな彼との待ち合わせで島のメインストリートの大時計の前、待っていた。私の両親は私が幼ないころに事故で…。パパやママの声、もう朧気にしか覚えていないけど、温もりだけは私の心の中に今でもしっかり残っている。そんな私の世話をしてくれる存在が瀬場さん。なんでもパパの親友だとか…。瀬場さん本人があまり自分のことの話はしないのでそれ以上のことは分からない。でも私がこうして生活できているのも瀬場さん始め多くの人たちの支えがあってのことで、私はとても感謝している。それは彼も同じなのかもしれないですね? と思ってちょっと顔を赤くした。
パパやママが生前唯一残してくれた最初のお友達は今はもうお部屋の片隅、大切に飾られてあるお人形のピロスだ。そのお友達と一緒に両親との思い出のお花を体育館の裏で偶然見つけて育てていた。そう、それはロスキルラベンダー…。昔、北欧の草原に咲いていたロスキルラベンダー。パパやママと一緒に見た小さく可憐に咲くお花。そして一度は守りきれなかったお花。でも彼の従姉さんで学園の先生でもあるさくらさんが一株残しておいてくれていて…。あの無くしたショックから4年経った今、挿し木や種植えなどを行なってようやく増えてきた。それが今の私にとって一番嬉しい。彼と出会ったころはもっともこんな笑顔なんて出来なかったけど…。そう、それはとある日に私がいつものようにお花の面倒を見に行こうとすると後ろから声を掛けられる。ふっと振り向くといつも可愛い妹さんと一緒に遅刻気味に登校してくる先輩がいた。その先輩こそが今私の大好きな彼・朝倉先輩なわけだ。あの思い出の花・ロスキルラベンダー…。全部枯れてしまって、お友達のピロスも壊れてしまって…。とても悲しい思いもした。でも、それでもロスキルラベンダーは今、元気に育っている。この分だと5月くらいにまたその可愛らしい花弁を見せてくれることだろう。それが私にはとても嬉しい。本当に朝倉先輩たちには感謝している。で今日は私のお誕生日。さっきから髪の毛をいじったり、服装を向かいのコーヒーショップの前でチェックしたりしながら待っている。コーヒーショップの店員さんが私のほうを見てにっこり微笑む。多分私の今の行動を見ていたんだろう。そう思うとちょっとだけ恥ずかしくなって下を向いた。
今日は彼がとあるところに連れて行ってやるって言うことなのでどんなところか内心ドキドキしながら待っている。と、向こうのほうから、“おーい、ちょっと遅れた〜。ごめ〜ん” と言う声とたったったったっとこちらに向かって走ってくる足音が聞こえてきた。ふっと顔を上げると彼がにっこりした笑顔で走ってくる。“そんなに走らなくても大丈夫ですよ〜?” と言う私。実際私のほうが早く来すぎていたくらいで、約束の時間も5分少々オーバーと言った具合だった。それでも彼は走ってくる。ふぅ〜っと一息大きなため息が聞こえてふっと見上げる私の前には笑顔の彼。その笑顔に癒されて私もにっこり微笑んでいた。
バスに乗る。いつも島の中で生活している私にとってはある意味特別だ。大きな橋も渡る。渡ってしばらく道なりに進むと今度は駅が見えてくる。今回行くところはその駅から電車で4駅くらい離れた場所にあるところらしい。バスは最終の停留所に止まる。みんな思い思いに降りていく。その中の2人が私と彼だ。ふぅ〜っと息を継ぐ間もなく、電車へ飛び乗る。出発の笛が鳴り電車は動き出した。
「ふぅ〜っ、さすがにちょっと疲れたな? でもきっと気に入ると思うんだ…」
と微笑みながらそう言う彼。その額にはうっすら汗が滲んでいた。カバンの中からハンカチを取ると少しばかり恥ずかしいけど、前屈みになりつつ彼の額にハンカチを持っていき丁寧に拭う。私の突然の行動に何も言えない彼ではあったけど、しばらくして、“自分で拭けるから…” と私からハンカチを取って拭き始める。その顔はトマトのように真っ赤だ。これを言うと私も同じようなものだろう。だって顔が熱く火照っているのだから…。何気なく話をする。昨日のテレビのこととか、そんなことを。彼はお笑い好きなのかお笑い番組の話をしてくる。私も少しくらいは知っているので話にはついていけた。伊達に美春ちゃんのツッコミ役ではないと自分でも思った。時々景色を見ながら、他愛ないおしゃべりをする。つい4、5年くらいまでは出来なかったこと。それが今は出来る。こんなに新鮮で嬉しいことはない。そう思って自分でも何でそんなにおしゃべりするんだろうと思うくらいにおしゃべりをする。と彼が私の口元に人差し指を持って来る。と車内アナウンスが流れてそこで降りる駅だと言うことが分かった。途端にぼっと顔が火照る。彼がにこっと微笑んだ。
駅を降りてしばらく歩くと目的地らしい建物が見えてきた。植物園? と思って上目遣いに彼の顔を見遣ると私の言うことが分かったのか、彼がうんと首を縦に振る。私の手を掴みその方向へ歩き出す。つられるように私も歩く。入場券を買い早速中へと進んだ。と目に飛び込んでくる光景。それは…。それはいつか幼ないころに見たあのロスキルラベンダーの丘のようだった。
「先輩、今日はありがとうございました。昔の、北欧で見たあのロスキルラベンダーの丘にいるような感じがして、ちょっと泣いちゃいましたけど、それでも嬉しかったです。今日は温室だけでしたけど、5月ぐらいには露地物のロスキルラベンダーも見られるようなのでまた一緒に行きましょう? あっ、今度は美春ちゃんたちも連れて行きたいですね? それから、それから…」
ガタゴトと揺れる帰りの電車の喧噪の中、普段口下手な彼女が一生懸命に話している。よほど嬉しかったんだろうな? 俺はそう思った。瀬場さんから密かに情報を得て、今日俺も初めて来たわけだが、思っていた以上に美しい光景が広がっていた。こんなところで幼少時代を過ごしていた彼女なんだから、それは口下手にもなるだろう。圧倒的な美しさの前では声も何もでなくなると言うことをどこかの切り抜きで見たんだが、今日の俺が全くそれだった。目の前の深い紫の花を見る。1本だけならまだ声も出ていたことだろう。しかし数千本もの深い紫の花を見るとただただ息を呑むことくらいしか出来なかった。これが自然と言うものなのか? いや、まあそこは自然などではなく人工的に造られた場所であることには変わりないのだが…。じゃあ本当に手つかずのまま原生している場所に行ったら? こんな数千本のロスキルラベンダーよりもっと多くの、数万、数十万ものロスキルラベンダーの花を見たとしたら…、と考えると、今まで考えもつかなかった自然に対してへの畏敬の念を抱いてしまった。今までそんなことを思ったこともないのにあの温室に群生しているロスキルラベンダーを思い出すとついついそう考えてしまう。と彼女が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。“ああ、大丈夫、大丈夫…。ちょっと考え事をしてただけだから…” と取り繕うように言うと、心配そうに見遣っていた顔が一気に華やいだ顔になる。“うん、うん…” と話を聞く俺の目の前、楽しそうに早くもゴールデンウィークの話をしている彼女を見て、あの植物園に行って本当に良かったな? と思った今日3月27日は俺の後輩にして彼女な月城アリスの誕生日だ。
END