魅惑? のチョコレート


 今日2月14日は女の子が好きな男子に愛を告白する日、いわゆるバレンタインデーでもあり、俺の彼女である水越眞子の誕生日でもある。一応ではあるがプレゼントの方は昨日渡しておいた。この間のデートのときに欲しそうにしていたブティックの小物なんだけどな? でもそれを渡したときの眞子の笑顔と来たら…。破顔一笑とはあの笑顔のことを言うんだな? そう思った。今日は土曜日。普通校なら休みなんだろうが私学であるうちは土曜日でも授業があるわけで…。かったるいことこの上ないんだけどな? はぁ〜っ…。男勝りな性格で同性からも人気の高い眞子。この時期になると何かうかない顔になる。今日も昨日とは打って変わってのうかない顔だ。何でかと言われると、まあ容易く想像も出来るわけだが…。昨日は昨日で、“明日休んじゃおっかな〜” なんてことを言ってくる。萌先輩はというといつもののんびりした声で、“眞子ちゃ〜ん、学校お休みしてはダメですよ〜” と言いながら半分瞼を閉じていた。
「そんなに同性からもらうのが嫌だったら、断ればいいじゃないか?」
「それが出来たら苦労はしないわよっ!! 朝倉と付き合い始めてからだんだん後輩の女の子からのアプローチが過激になってるんだからねっ!! 全く…」
 “この朴念仁がっ!!” とでも言いそうな顔で俺の顔を睨む眞子。眞子がこうなんだから、当然俺のほうにも被害は来るわけで…。ある時はノートに落書きされていたり、またある時は上履きの画鋲がてんこ盛りに入っていたりと、まあある意味嫌がらせの王道をやられてるわけだが…。音夢に言ったところでぷんすか怒ってくるだけだしな〜。にしても眞子も眞子だと俺は思う。そんなに嫌だったら断ればいいのに…、とは思うもののそこが眞子のいいところなんだよなぁ〜っとも思うわけで…。
「この前なんか体にリボンをぐるぐる巻きにして、“ちょっと早いですけどバレンタインです。私、不器用で何も出来ませんから私自身をプレゼントしますっ!!” って言いながら家に入ってこようとした女の子だっていたんだからねっ?!」
 そう言いながら余程その光景が怖かったのか体をぶるぶる震わせる眞子。前に一回、映画館で怖い映画を見たときの同じ表情だったので思わずぷっと噴き出してしまう。と、隣を見れば眞子がいつもの如く目を光らせていた。手から炎が噴き出ているように見えたことは言うまでもない事実だ。
 校門をくぐり学校の下駄箱に着く。音夢は去年から島の外の看護学校に通っていて本校には上がっていない。だけど週末になると帰ってきては俺の安眠を妨害してくるわけで…。かったりぃ〜。でもまあ、あいつも寂しいんだろうな…。とも思う。そう思いながら下駄箱を覗くと案の定…ってありゃ? いつもの画鋲ではなくいかにも可愛らしい箱が1個置いてあった。眞子がやってくる。俺の下駄箱を覗くと、
「あっ、チョコレート! …や、やるじゃん、朝倉」
 そう言いながらもこめかみをぴくぴく……。ふぅ〜。素直じゃなんだからなぁ〜。そう思いながらそのチョコレートはありがたくもらっておく。まあ昼飯時にでも食べるか…。杉並辺りから、冷やかしの言葉が出てきそうな感じだけどな? 眞子といつものように口喧嘩をしつつ教室へ到着する。まあ見知った相手は本校入学時にばらばらになってしまったためこの教室で見知った相手と言うと俺の場合眞子だけになってしまうわけで…。しっかし誰だろうな? これは…。さっきのチョコレートを鞄から覗き見る。可愛い箱が何も入ってない鞄にぽつんとあるだけだった。


 で、昼休み。屋上でいつもの萌先輩の鍋料理をご馳走になって、途中で購買部に寄って飲み物を買い教室へ戻ってきた。萌先輩の鍋が相変わらず美味かったことを今日の日記に記しておこう。で、教室の自分の席に座る。午後の授業開始にはまだ時間もある。昼寝でもするか…、と思い腕を枕代わりに一眠りしようと思ったが、そこで今朝の可愛い箱を思い出す。眞子のほうから何やら黒いオーラを周囲に放っているように見えるんだが、この際無視だ。箱を開けて中を見るといたって普通の女の子が作りましたって言うような可愛らしいチョコが入っていた。
「ふっ、朝倉…。お前もなかなか隅には置けんな?」
 どこから降って湧いたのか知れんがそんなことを言って俺の後ろに立つ杉並。出て来た途端、眞子に鉄拳制裁を喰らって強制退場させられたことは言うまでもない事実だ。“哀れなヤツだな、杉並…” そう思いながら一口代のハートのチョコレートの包装を剥いて口の中へ放り込む俺…。とそこまではごく一般のバレンタインデーによくある風景だったんだが、口の中へ放り込んだ瞬間、これは普通じゃないと俺は確信した。底知れぬ味が口いっぱいに広がる。な、何だ? 一瞬訳が分からなくなる。と同時に顔から火の出るような辛さが俺の舌に広がる。“か、か、か、からひ〜っ!!” 思わず叫んでしまいそうになるがすんでのところで我慢する。はぁ〜っ、はぁ〜っ、はぁ〜っ、と嫌な汗を拭う俺。そんな俺に気付いたのか眞子がやってくる。
「どうしたの? 朝倉」
「どうしたもこうしたもねえ…。お前のファンからの強烈な嫌がらせだ…」
 顔が真っ赤になってるんだろう…。そう言うと机に突っ伏す俺。もうダメだ。一瞬ばあちゃんが見えたぞ…。とさっき買ってきた飲み物を一口…。ふぅ〜、まだ舌がひりひりする。舌を乾かすように口をあけて手で仰ぐ。こんなチョコレートを殺人の道具に出来るのは音夢くらいだと思っていたがまだ他にもいたのか…。そう思いチョコレートをよくよく見てみる。チョコレートに何やら赤いものが混じっているのが見えた。多分唐辛子か何かだろう…。ふと眞子にも食べさせようと思った。こいつにも俺の苦しみを味あわせてやらねば気が済まん。
「一つ食べてみろよ…。案外美味いかも知れんぞ?」
「あんたのその状態で、どこをどう見たら美味しいのか良く分かんないんだけどねぇ〜?」
 そう言いながらキュピーンと目を光らせて、手をぐぐぐっと握り締める眞子。当然その手から炎が見えたことは言うまでもない事実だった…。


「全く…。あんたって人は…」
 放課後、あたしは朝倉と一緒に帰ってる。お姉ちゃんは最近、“眞子ちゃんと朝倉君とのお邪魔みたいだから私一人で帰りますね〜” と言って全然一緒に帰ろうとはしなくなった。とはいえあのお姉ちゃんが一人で帰られるわけもなく、いったん家に帰ってからまたあたしが探しに行くんだけど…。今日も探しに行くんだろうなぁ〜。はぁ〜……。そ、それにしたって朝倉よ!! いくらあたしが辛党だからってあんな赤いつぶつぶが見えたチョコレートなんて食べられるわけがないじゃない!! もう…。そう思いつつ鞄の中をガサゴソ探す。確かここに…。あっ、あった!
「ほ、ほら、口直しにでもこれでも食べて落ち着きなさいよ…」
 そう言って、可愛く包装された小さな箱を一つ取り出し朝倉の手の上に置く。そう、紛れもなくチョコレート…。一応あたしの手作りだ。“な、なんだ? こりゃ?” そう言うとはてな顔になる朝倉…。まあこういうやつだとは思ってたけどここまで酷いとは思わなかった。はぁ〜っと前にも増して大きなため息を一つ。でも…、今日は許してあげるかな? あたしのせいって言うとちょっと違うと思うんだけど、一応酷い目にあった訳だし、それにあたしの誕生日だし…、それにそれに、今日は女の子にとっては特別な日だしね? そう思って…、
「チ、チョコレートよ! チョコレート…。見れば分かるでしょ? 全く…。口の中がひりひりしてる可哀想なあんたにあげようかなぁ〜って思ったんだけど……。い、いらないんだったら返してよね?!」
「べ、別にいらないとは言ってないだろ?!」
 そう言って朝倉はあたしのチョコを自分の鞄の中に入れる。“よく味わって食べてよね?” そう言うとあたしは朝倉の顔を睨む。案の定と言うか何と言うか、困った顔の朝倉…。その顔を見てると、音夢の気持ちが少し分かったような気がした。朝倉からもらった小物はあたしの机の上、大切に置いてある。それを指で押して遊んでると決まって、“よかったですねぇ〜。眞子ちゃ〜ん” って言いながお姉ちゃんはニコニコ顔だ。あたしはと言うと、顔を真っ赤にして俯ちゃうんだけどさ…。って言うか今日も言われるんだろうなぁ〜。はぁ〜っとまた深いため息を一つ。そう思いながら横を見ると朝倉がもう箱を開けておいしそうにあたしの作ったチョコを食べていた。“結構うまいぜ。眞子” そう言うとにっこり微笑む朝倉。その微笑みに一瞬ドキッとなっちゃう今日2月14日は、あたしの誕生日なのよ…。うふふっ……。

END