鮟鱇鍋は如何?
今日10月9日はあたしのお姉ちゃんのお誕生日だ。でもお姉ちゃんはいつも通りな感じでお昼用の鍋の準備をしている。まあ鍋と言ったらお姉ちゃん、お姉ちゃんと言ったら鍋…と言うくらい鍋には相当のものがあるわけで…。夏の炎天下でのキムチ鍋にはお姉ちゃんの彼氏であたしの男友達の朝倉も呼んでやったんだけど…。3人で汗をかきつつ食べているのをどこでどう聞いてきたのか杉並にバレちゃって大変だったんだから…。もう鍋禁止! と言えればいいんだけど…。やっぱり嬉しそうに準備をしているお姉ちゃんの顔を見るとどうしても言えないわけで…。まあ妹のつらいところかな? とも思うわけで…。
「鍋の準備、終わりました〜。ふう〜。これを後は学校に持っていくだけですねぇ〜。うふふっ」
といつもの笑顔で言うお姉ちゃん。昔のことを引きずって生きてきたお姉ちゃんではあったんだけど、それもようやく過去のものになりつつある。と言うのもお姉ちゃんにも彼氏と言うものが出来たわけで…。そう、それはあの“かったるい”が口癖のあたしのクラスメート、朝倉なわけだ。付き合いだして約半年が経つわけだけど、うまくいってるみたい。強いて苦言を言わせてもらうとするなら、あたしがちょっとばかり太り気味なくらい。これには自分の食生活もいろいろ作用してくるんだけど、何と言ってもお姉ちゃんの鍋の味見につき合わされるところが大きいのかも知れない。と、そういうお姉ちゃんはと言うとあまり太った形跡もなく…。と言うか栄養が胸やお尻のほうに行っちゃうのか知らないけど、よりグラマーな体形になっちゃったわけで…。思わず、どこぞのゲームキャラのような口癖のように“くっ!” と言わざるを得ないわけで。
10月ともなると吹く風も爽やかになる。まさに秋本番と言った感じ。うちの学校は春に体育祭、秋に文化祭と別れているためそれほど忙しくはないんだけど、美春とかはあっちをバタバタ、こっちをバタバタと走り回っている。まあ風紀委員も大変なんだろうな? うちにはバカ2人がいるから…。そう思いながら歩いていてふっとお姉ちゃんは今年はどうするんだろう…と気になって聞いてみるところが、“まだ何も決まってないんですぅ〜。眞子ちゃんも何かいい案があったら教えて下さいねぇ〜?” とふぅ〜っと小さくため息を吐いている。まあどこのクラスも同じかな? そう思いながら歩いていると前方に見知った人影を発見。お姉ちゃんの肩をぽんぽんと叩いてウインクを1つするとたったったったと走り出す。あいつの横を通過するときにこう言ってやった。“あっ、朝倉〜。お姉ちゃんのことお願い〜” ってさ…。
眞子ちゃんが行ってしまいました〜。急に行ってしまうものだから何でかなぁ〜って思います。でも、それはわたしの目の前でにっこり笑顔で待ってくれている人の顔を見てようやく理解できました。“おはよう、先輩”、とにこっと笑顔で言う彼、朝倉くん。わたしの大好きな人で命の恩人さんです。“おはようございます、朝倉くん” とわたしもそう挨拶をします。それから、2人で登校…。途中で杉並くんとかが、“今月号の非公式新聞部の見出しにはお前と先輩のことを書かせてもらおう。期待しててくれたまえ…” ってはやし立てるようなことを言いながら校舎のほうに向かっていきましたけど、どうしてですかねぇ〜。そう考えながらあっと気がつきます。そうそう、大切なことを言いそびれてしまうところでした。そう思って、横を歩く彼の顔を見ながら言うわたしだったのですが…。
昼になる。いつもなら杉並や工藤と一緒に購買部にダッシュするところなのだが、今日は俺の彼女で女友達のお姉さんでもある萌先輩が鍋をご馳走してくれるらしい。まあ萌先輩と言ったら鍋、鍋と言ったら萌先輩と言う風な図式が俺の頭に出来上がっているのか、先輩が鍋以外に物を食べているところは見たことがないわけで…。眞子と一緒に昨日、先輩の誕生日プレゼントを買いに行ったついでに羊羹なんぞを買ったわけだが。まあプレゼントのほうは帰りしなでも渡すとして、まずはこっちだな? そう思って鞄に入れておいた包みを持って屋上への階段を上がる。さくらんぼは今日はお昼に臨時の職員会議があって来れないそうだし、美春も何だが杉並のことをくんくん嗅ぎまわっているらしい。肝心な俺の義妹・音夢に至っては、今年の4月から島の外の看護学校に行っているから今現在俺1人だけでこの階段を上がっている。上りきってふぅ〜っと一呼吸つくと屋上の扉を静かに開けた。そこにはいつもの水越姉妹が…って? 妹のほうがいない。
「萌先輩1人? 眞子は?」
と何だか寂しそうに鍋の具材を入れている萌先輩に聞いてみるところが、“はい〜。何でも急な用事が出来たとかで走って行っちゃたんですぅ” と言ってはまだ具材を入れている。そういえば何やら用事があるとか言ってたな? 何の用事か知らんが考えるほうがかったるいので敢えて考えないことにする。しかし今日は豪華だな? このゼラチン質の身って何なの? と聞いてみるところが、鮟鱇なんだそうだ。鮟鱇は高級食材って言うことは聞いているが実物は初めて見るわけで…。あの図書室の本でしか見たことのないグロテスクな顔とは似ても似つかないようなぷるぷるの身に思わず唾を飲む俺。ああ、そうだった。と思って、どうせ2人だけならプレゼントも持ってくるんだったな? と羊羹の包みを取り出す。“鍋を食ったらデザート代わりに食べよう?” と言うとにっこり笑顔で、“はいっ” と頷く先輩。ぐつぐつぐつといい匂いが鼻をくすぐる。もう煮えているんだろう先輩がふたを開けると美味そうな鍋がそこにあった。
と、向こうのほうで何やらがさごそ動く音がする。何だろうと思って先輩に“待って” と手で合図を送りそ〜っと音のした方向に近づいてみると、“う〜っ、お腹すいたよ〜。お兄ちゃんも萌ちゃんもいいなぁ〜…。ウソなんてつくんじゃなかったよ…。はぁ〜” といつもよく聞いている声が聞こえてくるわけで…。どうも職員会議だと言った時の目が泳ぎ気味だったのが気になったのだが案の定ウソだったわけだ。はぁ〜、しょうがないヤツめ。と思っていいことを閃く。こんな文言を言ってやった。
「はぁ〜あ、せっかくさくらの好きそうな羊羹を買ってきたのに、これじゃあ俺と先輩と2人で食べることになるなぁ〜」
そう言って向こうのほうを後ろ目に見つつ行こうとするとさくらんぼに引き摺られるように俺の知ってる面々がわらわら出てくる。アリスやななこや学園のアイドル・ことりまで出てきたことにはびっくりした。まあ陽動作戦成功と言った感じか。で今回の覗き見の張本人さんと言うと…、
「あんたがお姉ちゃんと仲良くしてるところを見てみたかったの!!」
と言うことらしい。“仲良くしてるじゃねーかよ” と言うところが、“それはあたしを介してでしょ?! 2人だけの場合はどうかなぁ〜って思ったの!! だから隠れて…、その…、ご、ごにょごにょ…” と上目遣いに俺のほうを見つめるとぶつぶつ何がしら呟く。まあ、何かにしてちょっと天然な先輩のことだから眞子も心配になったんだろうが…、その野次馬は何なんだ? と思うわけで…。でもそんな俺たちの問答も彼女にしてみれば、“あらあら、鮟鱇が足りるかしら…。もっといっぱい買ってくればよかったですねぇ〜” とマイペースと言うか何と言うか。はぁ〜っと眞子と2人大きなため息をついた。でもそれが何とも普段の俺の彼女であり先輩であり…。みんなで顔を見合わせてぷっと吹き出してしまう今日10月9日は1つ年上の俺の可愛い彼女・水越萌先輩の誕生日だ。
END
おまけ
ちなみにプレゼント本体のほうは帰りしなに眞子の立会いの下で渡した。結構喜んでくれていたみたいなのでよかったなぁ〜などと思っていたのだが、問題は翌日に起こった。いつものように眠い目を擦りながら学校へ向かうと否応なく男子連中の目が怖いことに気付く。何だぁ〜? と思いちょうどそこにいた杉並を呼びとめて聞いてみるのだが…。
「俺はお前の味方だから何も言わんが…、婚約指輪はどうかと思うぞ?」
そう言ってそそくさと去っていく。婚約指輪? と一瞬ぼ〜っと考えてあっ! となる。天然な先輩のことだからきっと俺の贈ったプレゼント(指輪)を婚約指輪と勘違いしたんじゃないのかと…。でも眞子も一緒なわけだったし…と思って眞子のほうを見てみるとしっかり手から炎を出していらっしゃった。“お前も一緒に見てたじゃないかよ〜” とは言うものの、“うっ、うるさいうるさ〜い!! あたしはそんなこと全然まったくこれっぽっちも聞いてな〜い!!” と言いつつ逃げ出す俺の後を追いかけてくる。それから眞子の唸る右手から校内を逃げに逃げ回ったことは言うまでもない。で、どうのこうのやっているうちに結局捕まってしまい学年中、いや、学校中のみんなから冷たい視線を浴びせられたことは言うまでもなかった。ただ唯一の救いがあるとするなら音夢に見られていないことだが、これもいつかはバレることだろう。と言うかもうバレているのかも知れん。“わんこ”が逐一報告しているらしいからな? 最早安住の地は俺にはないということなのかと思う今日だ。とほほ〜…。
TRUE END?