朝倉家の大晦日


「兄さ〜ん…。これはどういうことですか?!」
「ま、待て音夢!! お、俺も知らん!」
 それは大晦日の朝のことだった。ぷぅ〜と頬を膨らました音夢が俺の目の前に立っている。ちなみに看護学校も冬休みに入り音夢が島に帰ってきた。4月に行ってからもちょくちょくは帰って来ていたのだが、まとまった休みが取れるのは夏休みと冬休みだけなので本人にとっては嬉しいようだ。で、今どうして音夢が怒っているのかというと?……。
「兄さん…。そんな格好ではイマイチ説得力に欠けるんですけど?…。だ、だいたい何でさくらがここに、しかも兄さんの布団で寝ているんですかっ!! しかも気持ちよさそうに…」
「だから俺は知らないんだってば…。お、おい。さくら。起きろ、起きろ!」
「むにゅにゅ、すぅ〜、すぅ〜……」
 揺すっても揺すっても全く起きやしねぇ〜.。って言うか俺に抱きついてるんだから揺すると俺の体も揺すられる訳で…。昨日の夜は一昨日の夜に見た深夜番組の影響もあってか早めに寝たのでいまいち記憶にないんだが…。って! ね、音夢さん? にっこり微笑んで辞書を片手に持つのは止めて頂けませんか? 何か怖いんですけど……。
「い・や・で・す……」
 にこりともせずそう言う我が義妹。恐る恐る顔を覗き見れば…、“超ご機嫌斜めですっ!!”ってな、顔をしてるし…。ぼ、暴力反対! 音夢から顔を背けて今朝の元凶のほうに目をやる。こっちはこっちで……。
「お兄ちゃ〜ん……。むにゅむにゅ……」
 俺の腕に体を摺り寄せながら幸せそうな顔して寝てるし…。あ〜あ、かったるい…。と、とりあえず、危険なほうから何とかするか…。そう思い俺は未だに俺の顔をうぅ〜っと睨みつけている我が義妹に向かいこう言う。
「なあ音夢。朝飯食ったらどっか行くか? ほら、大晦日だし……」
「えっ?」
 俺の言葉に一瞬あっけに取られる義妹。途端に顔が完熟トマトのように赤くなる。ぷぅ〜っと膨れた顔はどこへやら…、気がつくと恥ずかしそうに俺の顔を見ていた。
「でもいいの? 兄さん…。さくら、寝かしたままで……」
「ああ、どうせ深夜の年末時代劇スペシャルでも見てきたんだろう…。起こしたって起きやしないよ…。起きてくるまで寝かしといてやろう。それより、朝飯だ、朝飯」
「う、うん!」
 音夢を見る。鼻歌でも出るくらいにこにこ顔だ。そんな音夢の顔を見て俺もにっこり微笑んでしまう。さくらの心地いい寝息とともに、俺たちは階下へと降りた。


 簡単に朝飯を食う。音夢は、“私が作るのに…”と言って残念がるが、こいつの料理が殺人級なことを身を持って体験している俺なので、昨日適当に買ってきたパンで朝食を済ませた。で、肝心の義妹は…、
「に、兄さん! 私だって向こうでは料理とか自分でやってるんですからねっ!」
 と言ってぷぅ〜っと頬を膨らませる。“裏音夢発動かっ?”と思ってそろりと我が義妹の顔を見る。にっこりと微笑んでいた。額に怒スジを浮かべながら……。やっぱり裏音夢発動なのね?……。とほほ……。
「痛てて…。何もおたまで叩くことはないだろ?…。はぁ〜…」
 部屋に戻って出る支度をする。さくらは相変わらず幸せそうに眠ってるし…。見た目がお子ちゃまなさくらだが、何だかんだ言って俺の従姉なんだよな? そう思って簡単に用意を済ませて部屋を出る。一応枕元には書き置きを残しておいた。まあ、さくらのことだ。後で起きて俺を探しに来ることは分かっている。うたまるをいつものように頭の上に乗せて、きょろきょろ見回しているさくらの姿を思い浮かべて一人微笑むと、そっと部屋の戸を閉めた。


「歳末って感じだよね?…。兄さん」
「ああ、そうだな。あそこの家なんて門松置いてるし…」
 どこの家も年末って言う感じだな? そう思いながら音夢といっしょに散歩をする。と、向こうのほうから俺たちを呼ぶ声が聞こえてくる。目を平たくしてみる。って、ことりと…、暦先生じゃないか?
「ちわっす。朝倉君。音夢ちゃん」
「なんだ…。朝倉たちじゃないか…。お前たちもどこか行くのか?」
「い、いえ、俺たちはちょっとした散歩でして…」
 しばらくことりたちと話をする。ちなみに音夢は家に帰ってからいろいろ友達のところに行っているみたいだ。ことりの家も行ったんだろう。そう思った。ふと、暦先生の指を見る。プラチナのリングが光っていた。暦先生って4月ぐらいに結婚したんだっけ…。はっきりとは思い出せんけど…。そう思っていると?
「どうした? 朝倉。あたしのことじっと見て…。なんかおかしなとこでもあるのか?」
「あっ、い、いや…。せ、先生も、もう人妻なんだなぁ〜って思って……」
「朝倉…。なんだかその言葉、卑猥だぞ? もっとこう、普通には言えんのか? …で、時に朝倉、お前…、勉強のほうはどうなんだい? んん〜っ?」
 ぎくぅっ! 暦先生は実に疑わしい目で俺の顔を見遣る。横ではことりが頬をぽりぽり掻いていた。つかさず我が義妹が…。
「聞いてください。先生! 兄さんったら全然宿題やろうとしないんですよ? 私が“宿題やったら?”とか何とか言っても、“かったるい”の一言で…。たまの休みに家に帰ってきてまで、こんなぐうたらな兄の面倒を見る妹の身にもなってもらいたいものですよ…。全く……」
 はぁ〜っと盛大なため息を履きつつそう言う音夢。いかにもぐうたらな兄を持つ健気な妹のように…。ほんとは裏音夢って言う別の顔があるのに…。とは思ったが本当のことを言えば、おまんまの食い上げだ。と言うか俺の命の保障はない。そう思って黙っていた。……で、案の定暦先生にこってり絞られた…。とほほ…。


 またしばらく歩く。音夢は機嫌よくニコニコしている。俺がこってり油を絞られたって言うのに…。ちくしょう! 納得がいかん! とは思うものの…。ニコニコと微笑む音夢の顔を見ると思わず俺も微笑んでしまう。
「変わってないね? …やっぱり」
 歳末の慌しい町並みを見て、ふと、そんなことを言うと寂しそうに微笑む義妹。そんな義妹の横顔を見つめて…、
“そうか……。こいつは4月に島の外に行ってしまったんだよな?…。もう8ヶ月か……。早いもんだ…”
 そう感慨深げに思うと、なぜか妙に寂しく感じられた。俺はそっと音夢の肩に手を置くとこう言う。
「何も変わってないさ…。俺たちも、お前も、この島も…。何も変わってない…。それに、これからも変わらないさ……」
「うん、そうだね……。兄さん」
 俺の肩に頭を置くと音夢はこう言った。と、向こうのほうから…、
「お兄ちゃ〜ん、音夢ちゃ〜ん」
 と、さくらんぼの声が聞こえる。ふっと後ろを振り返ると、従姉のちっこい体がこっちにピョンピョン飛び跳ねながら走ってくるのが見える。やっと起きたな? そう思い立ち止まる。ぷぅ〜っとと少し頬を膨らませてやってくるさくら。
「酷いよ。お兄ちゃんも音夢ちゃんも…。ボクだけ仲間はずれにして〜…。ぶぅ〜っ。…でもいいんだ〜。お兄ちゃんにおんぶされちゃうんだよ〜。ボク。えへへへ…」
「あまりに気持ちよさそうに眠ってたもんだから起こすに忍びないと思ってだな……、って! 何度言ったら分かるんだ? お前は〜! あれほど窓から入るなと言っておいたのに〜!! あっ、こ、こら!,」
 近づいて、俺の背中に飛び乗ろうとするさくら。さっと身を引いて避けると、ちっこい体を捕まえてその頭を拳骨でぐりぐりしてやった。途端に涙目になるさくらんぼ。
「うわ〜ん。痛いよ痛いよ、お兄ちゃ〜ん!」
「もう、兄さん! そのくらいにしてあげたらどうです?」
 と呆れ顔の音夢。いつもと違う光景。でもちょっと昔の…、いつもの光景。そんな光景を大切にしたいと俺は改めて思った。
「さあ、腹も減ったし帰るとするかな。なあ、音夢…。さくらんぼも寄ってくか?」
 海の見える公園の枯れた桜を見ながら、俺はこう言う。少々遠慮がちにさくらは…、
「うん、ボクはいいけど…。音夢ちゃんはいいの?」
 と言って我が義妹のほうを見た。音夢はため息を吐きつつ…。
「何を今さら…、お隣同士なんだし…。それに、さくらはどうせ私が“ダメ!”って言っても入ってくるんでしょ? 兄さんの部屋の窓から……。不法侵入されるよりよっぽどましです!! ぷっ、ぷぷぷっ…」
「…バレてたか……。にゃははははは……」
 むすっとしてたかと思うと急に微笑む音夢。頭をぽりぽり掻きながら可愛い笑みを見せるさくら。そんな二人を両手に繋いで我が家への帰路に着く。空は快晴。にこっと微笑み合う二人を両手に、俺は思う。来年もまたいい年であるようにと……。

END