誕生日には花束を…

後編


 次の日…、いつものように学校に行く。名雪には昨日の話の進行状況を話しておいた。半分以上眠っていた名雪は、やっぱり覚えていなかった。が…、
「うん、わたしも賛成だよ〜」
 とにこにこと笑って、賛成してくれた。ふぅ…、これでみんなの賛成を得ることが出来たな…。あとは秋に咲く花を調べるだけだが…。一応名雪にも花のことを聞いてみたんだが、俺と同じでコスモスと菊しか浮かんでこなかったみたいだ。やっぱり博学の香里先生に聞くしかないんだな…。ところが…。
「ごめんなさいね。相沢君。あたし、花の事はちょっと…」
 そう言って、片手を顔の前に持っていって、“ごめん”と一言謝ると次の授業の教室移動のため教室を出て行った。“博学者香里。ここに敗れる!” 俺の頭の中にはそんな言葉がよぎった。
 姉が分からないものを妹が分かるはずもない。そう思った俺は栞には聞かないことにした。栞は…、
「う〜っ。祐一さん、嫌いです」
 って、いつものように可愛く頬を膨らませながら言うに決まってるけどな。ハハハ…。


 まだあてはある。佐祐理さんだ。俺が知ってるメンバーの中で一番女性らしい佐祐理さんのことだ。多分花のことにも詳しいはず。そう思った俺は高校の近くにある女子大の前で彼女を待つことにした。
 ちなみに名雪は部活、真琴は保育園の手伝い、あゆは職業訓練校の方に行っているので必然的に俺一人ということになった。
「祐一さん、今日はどうしちゃったんですか?」
「祐一…、何か用?…」
 大学生になりシックな服に身を包んだ佐祐理さんと舞。こうしてみると可愛らしさの中に大人の魅力を感じてしまう。しばらく二人を見ていると…、
「祐一…、何かあったの?…」
「佐祐理たちで何かお手伝いが出来ることがあったら、何でも言ってくださいね?」
 そう言ってにっこり微笑む二人。佐祐理さんはいつもどおりだが、舞も自然に微笑んでいる。これもあの“まい”を受け入れた証なのだろう。俺はそう思った。
「ああ、ごめん。お姉さんな二人に見とれちゃったよ…。ところで、ちょっと尋ねたいことがあるんだけど…」
 そう言う。佐祐理さんは照れ隠しに笑っているし、舞は照れて俯いていた。例の秋に咲く花のことを聞いてみることにする。が、しかし…。
「ごめんなさい。祐一さん…。佐祐理、ちょっと分からないです…」
「祐一、ごめん…。私も分からない…」
 そう言って謝る二人…。すまなそうに上目遣いで見つめてくる二人に、俺は…。
「いや、分からないことがあって当然なんだ…。そんなに気を落とさないでくれ…。分からないことだってあるんだから…。なっ? 舞。佐祐理さん…。まあ、このことに関しては他をあたってみるよ…。ありがとう」
 そう言うと、落ち込んでがっくりと肩を落としている二人に言う。二人は…。
「本当にすみませんでした。祐一さん。佐祐理、もっと勉強して今度はお教えできるように頑張りますねー」
「私も…、頑張る…」
 そう言ってにっこりと微笑んでくれた。佐祐理さんと舞とを見送る。佐祐理さんはすまなそうにう頭をぺこぺこと下げていた。舞はじ〜っと俺のほうを見ている。よそ見してると電柱にぶつかるぞ。と、言おうとした矢先、
“がんっ!”
 舞が電柱にぶつかっていた…。


 う〜ん、困った。博識の佐祐理さんに聞いても無理だったか(まあ、舞にはそれほど期待してはいなかったけど)…。うーんうーんと頭を捻りながら歩く。と、もう一人の博識者を思い出した。もう夕方なので家にいるだろう。そう思った俺は彼女の家へと向かう。
 古い日本家屋が続く。前に真琴に連れてきてもらったことはあるのだが、どこがどこだかさっぱり分からない。記憶の意図を辿って歩く。入り組んだ細い路地を歩くとそれらしい一軒の古めかしい(明治時代に建てられたんだろうか?)日本家屋が見えてくる。
 表札を見てみる。“天野”と白い大理石に黒の字でしっかりと刻まれていた。インターホンがないので敷居を跨ぎ中へと歩く。家の前、足が止まる。ガラス戸を開けてこう言った。
「ごめんください。相沢と申しますが…」
 と言うと奥の方から女の子が出てくる。天野だ…。天野はびっくりしたように言う。
「あ、相沢さん。どうされたのですか? こんな時間に…。……はっ? ま、まさか?」
「いや、お前の考えてることとは多分違うぞ。って言うか絶対違う…」
 残念そうな顔の天野。何が残念なんだかよくは分からないが聞かないことにしておこう。聞くと怖い気がするので…。とりあえず居間に通される。年代物の、それこそ骨董品張りの物がゴロゴロある。一種のタイムトラベルだ。
 と、天野が襖を開けて入ってくる。入ってくる仕草がなんとも昔のよき日本の母の風景という具合だった。
「粗茶ですけど…」
「ああ。いただきます…」
 天野が熱めのお茶を急須に注ぐと俺の手元に差し出す。一口飲んだ…。しばらく茶を啜っていると、
「で、相沢さん。なにか私にご相談があって来たのでしょう?」
 察しのいい天野。そこで俺は天野に今までのことを話す。しばらく俺の話を聞いていた天野は、
「相沢さん…。ものみの丘の自生種の野花なんてありませんよ? あるとするならセイタカアワダチソウ、これは別名キリンソウってい名前なんですけどね…、それかススキくらいなもので……」
 すまなそうにそう言った…。
「そうなんだなぁ…。俺はもっといっぱいあると思っていたんだけどなぁ〜」
「ええ…。高い山に行けば、珍しい野花があると思うのですけど…、絶滅危惧種なんかもあって採ってはいけないことになっているんです。ですから…。現状では野山に入るのは無理ですね。買われた方が安いですよ? 蘭などは品種改良も進んでこの時期に咲くのもありますし…」
 天野はそう言うと「ふぅ」と溜め息をつく。一応、誕生花のことも聞いてみたんだが、秋子さんの誕生花はあまり知らないものだった。且つ花言葉が悪すぎる。
「“悲しみ”なんてなぁ…」
 そう呟く……。教えてくれた天野も申し訳なさそうにしていた。


 天野の家を出ると俺は考える。いい意見は聞けなかったなぁ。どうしようか? などと考えながら水瀬家へと帰った。帰り道、道すがら花屋を見てみる。明日は、ちょうど彼岸の中日“秋分の日”だ。と言うこともあり御供え用の花や菊があった。
 御供え用の花はともかく、菊はプレゼントにはどうかなぁ。と考える。値段のところを見ると1本50円と言う値札があった…。う〜んと頭を捻りながら帰った。家に帰って、秋子さんにただいまと言う。いつものように笑顔が返ってきた。
 食事中…、入浴中と考える。食事中に聞いたんだが、秋子さんは明日も仕事だそうだ。う〜んと考える。考える…。でも、いい案は何一つ浮かんではこない。困った。
 その日の夜…。俺はみんなに今までのことを話した。みんな残念そうだ。名雪が言う。
「どうしよう、祐一…」
 ぽりぽりと頭を掻く。しかたない。さっき(と言うかものの五分前に)閃いた案だが金欠な三人を助ける案だ。って、これはあゆと真琴の案をくっつけただけなんだが…。困って、う〜んと考え込んでいる三人に言った。
「もうこうなったら、仕方ない。俺と名雪で料理の買い出しと調理をするから、真琴は家のお手伝い。あゆは花屋に行って花を買ってくる。金の方は仕方ない。俺が面倒見よう! 財政逼迫の折、平平凡凡かも知れないがそれしか方法がない。どうだ?」
 う〜んと考える3人だったが…、
「ありがとう、祐一…。それしか方法がないよね? だったらわたしは賛成だよ〜」
「ボクもそれしかないから賛成するよっ! ねっ、真琴ちゃん?」
「…あぅ〜。真琴もそうする…」
 約一名不満そうだったが一応全会一致でこの案は了承と言うことになった。
「じゃあ、明日はみんな頑張ろうぜ!!」
「「「うん!!」」」


 次の日、いつものように秋子さんが出かける。
「急に仕事が入ってしまって…、ごめんなさいね…」
「いえ、いいんですよ。留守番は俺たちでしっかりやっておきます」
「「秋子さん。気を付けてね」」
 あゆと真琴がそう言う。名雪はまだ起きてこなかった。まあ、昨日も部活とかいろいろ頑張ってたみたいだったしな…。秋子さんも分かっているんだろう。何も言わなかった。
「それじゃあ…」
 秋子さんが出て行こうとする。真琴が聞いた。
「あ、秋子さん。今日は何時ごろ帰ってくる?」
「え〜っと、いつもどおりじゃないかしら…。でもどうしてそんなことを?」
 真琴は慌てて、あうあうっと言う声を上げてる。俺たちは…、
「い、いえ、何でもないんです。何でも…。あは、あは、あはははは…」
「そ、それよりも秋子さん…。じ、時間は?」
 あゆがそう言うと、秋子さんは、ちょっと慌てたような声を出した。
「あら、もうこんな時間? じゃあ行ってきますね…。ああ、お昼は冷蔵庫の中に入っていますから…。行ってきます」
「「「行ってらっしゃい!!」」」
 秋子さんは、にこっと微笑んで出て行った。


 名雪をいつものように起こして計画を実行に移す。名雪はむくれて…。
「祐一、嫌い…。う〜っ」
 と言ったりしてたがそんなことは気に止めない。まずは真琴に掃除をやらせる。普段から家の手伝いなんかをやらされている真琴。小一時間もあれば綺麗になるだろう。あゆと俺たちはその間に、出かけることにした。
 喋りながらしばらく歩くと商店街のアーケードが見えてくる。あゆとはここでしばらく別行動だ…。
「ちゃんと行けるか?」
「祐一君! ボクは子供じゃないんだよ? ちゃんと行けるし、ちゃんと買えるもん!!」
「間違っても、たいやきなんか買うんじゃないぞ? 今日は…」
「買わないよっ!! もう子供じゃないんだよ? ボクは…。真琴ちゃんのお姉さんなんだからねっ!」
 あゆはそう言うと俺の顔を睨んだ。まあ、大丈夫か…。1000円札を渡すとにこやかに行ってしまった。大丈夫かと思ったがあいつもあれで結構、真琴の姉としてやっていってると思う。名雪が…、
「大丈夫だよ…」
 そう言うとにっこり微笑んでいた…。
 俺たちは食材を買いにスーパーへと向かう。名雪はこう見えて料理は結構うまい。従姉妹だからって贔屓するわけでもないが…。まあ、母親があの秋子さんなんだから当然と言えば当然なのかもしれない。食材を選んでいく。ちゃんと鮮度と値段を見ていくところがやはり秋子さんの娘だと思った。
 食材を買ってレジに着く。レジの人が食材の値段を読み上げる。全部で3000円ちょっと…。秋子さん。あなたの娘は着実にあなたに近づいていますよ…。遠い目をして思った。
 両手に、買い物袋を持って名雪とともに商店街へと向かう。向かう途中、香里と栞、それに北川に出会った。
「おっ! 相沢じゃないか? どうした? なんかの罰ゲームか?」
「違う!」
 ニヤニヤ笑いながら北川は俺のほうを見ていた。香里と栞はあっと言う顔になって、
「そう言えば今日、秋子さんの誕生日じゃなかった? 相沢君」
 しまった! すっかり忘れていた…。栞は俺に顔をじ〜っと睨んで…。
「酷いですよ〜。祐一さん。黙ってるなんて…。私たちだって秋子さんにはお世話になってるのに…。なぜ何も言ってくれなかったんですか?」
 …こうなったらごまかすしかない。そう思った俺は…、
「いや、今日は秋子さんだけじゃなくてだな。栞や香里たちにも、日頃の感謝を込めてだな。こう、盛大なパーティーを挙行しようと思ってだな……。ハハ、ハハ、ハハハハハ…」
「つまり、忘れていたってことね…。おかしいとは思ったのよね〜。相沢君が花の話を持ち出してくるところから…」
 香里が半分呆れ顔でそう言う。そう思ったんなら言ってくれとは思ったが、ここは素直に謝ることにした。
「すまん……」
「まあいいわ。相沢君がそう言う人だって言うことは前から分かっていたことだしね…。…でも名雪には謝っておいた方がいいんじゃない? ほら、向こうで暗い空気を出して座り込んでいるから…」
 香里に言われるがまま指差した方向を見ると、名雪が暗い顔をして座り込んでいた。何か独り言をぶつぶつと言っている。耳を済まして聞いてみる。
「祐一は、オレンジ色のジャムだよ。ふふふふふっ……」
 背筋が凍りついた……。


 あゆとの待ち合わせ場所に向かい、舞と佐祐理さんに出会う。そこでも俺のど忘れが発覚。舞と佐祐理さんも薄々は気付いていたんだろう。二人は笑って許してくれた。しかし…。
「うぐぅ〜……」
 今度はあゆに睨まれた。まあ、あゆに睨まれてもさほど怖くはない。やっぱり怖いのは…。ああっ! やっぱり…。
「「ぐしゅぐしゅ…」」
 案の定、公衆の面前で舞と佐祐理さんが泣いていた。何とかなだめて泣くのを止めさせる。佐祐理さんたちが泣き止む頃には、日は西に傾きつつあった。
 あゆの手元には大きな花束がある。舞と佐祐理さんに選んでもらったものらしい。佐祐理さんたちのお金も入っているかもしれない。そう思えるほど大きな花束だった。
 両手に荷物をからわされ、息も絶え絶えに水瀬家に帰ってくる。名雪たちはもちろん手ぶらだ。今日はとことんついてない。そう思って気が付いた。気がついた瞬間、血の気が引いていく。俺の心は今、死刑宣告を受けた囚人のようだった。なぜって?…。まあ、帰ったら分かるよ…。


「ふぅ…、疲れたぁ〜」
 水瀬家に帰ると、グロッキーとでも言わんばかりに床に突っ伏した。もう動けません。そう思っていると…。
「祐一〜っ!! 覚悟〜っ!!」
 たったったったっ…。と近づいてくる足音。そして…、
 びゅん…。ドガッ!
「うぷっ!!」
 避ける間もなく真琴がパンチを繰り出してくる。今…、モ、モロに、真琴のパンチが鳩尾に入った…。ふがいなく倒れる。俺の意識はそこで飛んでしまった…。


 目が覚める。どうやら居間に寝かされているみたいだった。薄目を開ける。と…。
「美汐ちゃ〜ん。祐一さん、気がついたよ〜」
 栞が、天野を呼んでいる。栞の声に一瞬にして目が覚めた。俺の…、俺の天敵が来る!!
 だだだだっ!!
 通常のザクの3倍のスピードよろしく、脱兎の如く逃げ出そうとする…。
 が、敵は俺の思った以上に強力だった。しかも仲間を増やしている。一瞬にして退路を絶たれてしまった。逃げ道がない。早くしないと天野が来てしまう。天野にあの物まねをされたら、俺はっ! 舞と香里に両腕を羽交い絞めにされて身動きが出来ない。
 必死で助けを請うた。が、願い虚しく天野は来てしまう…。涙目になって天野は言った。
「祐ちゃん! なして…、なして今まで黙ってんだべさ? あたしも秋子さんにはお世話になってんだべさ? それなのに…。酷いべさ…。そったら…、そったら酷なこたぁねえっしょや…。…罰だべ。これから一週間、あたしんことは美汐って呼ぶこと。いいべか? それが出来んかったらこれからここにおるみんなで、祐ちゃんに話すときは、地の言葉で話すべ…。いいべな?」
「…はい、分かりました。美汐様…。うううっ…」
 死刑宣告よりつらかった。ほとんど生き地獄に近い。俺は天野を美汐を呼ぶこととに抵抗を感じている。なんでかは分からない。佐祐理さんとか舞、栞や香里とかは、名前で呼んでいるが、天野だけはどうしても名前で呼ぶことが出来ない。答えは分かっている。
 つまり…。その…、あれだ…。おばさんくさ…い…から? そう思っていると後ろから冷たい視線がぐっとこちらを睨んでいた。
「また、あたしんこと、おばさんくさいって思ってるべな? うううっ…」
 天野が頭を下げる。あれが来る。俺を恐怖に陥れるあれが…。まるで死刑執行台の13階段を上るような気持ちで俺は天野を見ていた。やがて…、天野。いや、“ちせ”がゆらりと頭をもたげる。顔を見た瞬間、俺は一瞬にして気絶した。俺の命運は尽きた。


 数十分後、無造作にソファーに寝かされていた俺は目が覚める。と…、
「ここでいいべか? 美坂?」
「うん…。ありがとう、北川君。…って、名雪! あんた、また寝てるっしょや? さあ、もう起きるべさ」
「う、う〜ん。イチゴサンデーいっぱいだべさ〜。うふふっ…」
 香里が、北川が、名雪まで天野と同じ言葉を…。一種のパラレルワールドか? ここは…。体を起こすとみんなが料理やラ部屋の飾り付けやら、てんてこまいといった様子だった。
「あっ、相沢君…」
 いち早く俺に気付いた香里がやってくる。
「相沢君。起きたんならさっさと手伝ってよ! 秋子さん、もうすぐ帰ってくるんでしょ?」
「あっ? ああ…。もうすぐだな…。って、お前今、俺の苦手な方言使ってなかったか?」
「何馬鹿なことを言ってるのよ? そ、そんなこと…、あるわけないでしょ…」
 恥ずかしいのか、怒ってるのか分からないが香里はそう言うと俺に荷物を預けてくる。モールやらへんてこな星の飾り物やらがいっぱい詰まった箱を…。モールは分かるがこのへんてこな星はなんだろう? まあ、いいや。そう思い飾り付けをする。
 ふと、栞を見ると膨れっ面でこっちを睨んでいた。たぶんこのへんてこな星のデザインがあいつなんだろう。
「へんてこな星って…。これをどう見たら星に見えるんですかっ? 紅葉に決まってるじゃないですかっ? う〜っ! そんな失礼なこと考える祐一さん、嫌いですっ!!」
 ぷぅ〜っと頬を膨らまして栞は俺を睨んだ…。


「ふぅ〜っ。やっと終わりましたね。さあ、帰りましょうか…」
 わたしはそういうといつものように席を立ちます。隣の神尾さんが、
「どうや? 秋子はん…。一杯付き合わへん?」
 そう言ってお猪口を飲むような格好をして誘っています。神尾さんは母子家庭、うちと同じです。以前関西に住んでいた彼女は関西弁で話します。わたしは…、
「今日はちょっと…、ダメですね…。ごめんなさいね? 神尾さん…」
「あっ、ええよ。ええよ。…って、今日は秋子はんの誕生日やったっけ? ああ、娘さんも待ってるのに…。すまんなぁ。ウチのことは気にせんでええから、はよう帰ったり?」
「ええ、それじゃあ。また明日…」
「ほなな〜」
 そう言って神尾さんと別れます。ちょうど来た電車に乗りました。電車に揺られながらビルの方を見ます。ビルの谷間から夕日が遠い山に沈むのが見えました。もう秋なんですね。って、そんなことを考えてしまうなんて…。わたしも年なのかしら? うふふっ…。
 休日出勤ということもあり、電車の中は子供連れの親子や若者たちでごった返しています。わたしも19の頃はあの人と楽しんだものです…。懐かしいですね…。あの頃が…。
 駅に着きました。切符を自動改札に入れ、改札口を出ます。家では、あの子たちがわたしの帰りを待っていることでしょう。そう思い、微笑むとケーキ屋に寄ってイチゴショートを10個ほど買いました。
 秋の日は短くて、5時半を越すと薄暗くなってきます。それに風も冷たく感じられるようになりました。街灯が寂しそうにぽつぽつと点いていました。そんな中、わたしは家路を急ぎます。
 家では、名雪やあゆちゃんや真琴、祐一さんが待っていることでしょう…。それに美坂さんたちも…。うふふっ。今日はどんなご馳走なんでしょうか…。楽しみですね…。
 …ねえ、あなた。あなたが天国に逝って18年目のわたしの誕生日ですね…。寂しいときもありました。悲しいときもありました。でもね…、わたしはあなたの妻で本当によかったって、そう思いますよ…。名雪が産まれて…、祐一さんが来て…、悲しいことはあったけれど…、こうしてまたみんなで楽しく暮らせることが…。
 あなた、これからも見守っていてくださいね…。わたしたちを…。
 立ち止まり、星を見つめながら、わたしはそう心の中で言いました。星はわたしを優しく見つめているようで。まるであの人が見つめているようで…。わたしはしばらく星空を、澄んだ秋の星空を見上げているのでした。


 家に着きます。ただいまと言って玄関を空けると……。
 パーン、パパパーン。
 クラッカーが鳴りました。そして…、
「秋子さん(お母さん)。お誕生日おめでとう!!」
 名雪や祐一さん、あゆちゃんに真琴に栞ちゃん、美坂さんに北川さん、川澄さんに倉田さんに天野さん。みんなが笑顔で、わたしを待ってくれていました。祐一さんを見ると大きな花束を持っています。名雪に手渡しました。名雪が代表してこう言います。
「お母さん。お誕生日おめでとうだよー。これ、わたしたちからの気持ちだよー」
「秋子さん、これまでありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします!」
 祐一さんも言います。皆さんはわたしに一礼していました。わたしは…。
「ありがとう…、ありがとう名雪。ありがとう祐一さん。ありがとう皆さん…」
 そう言います。顔が見えないくらいの大きな花束。その影で…。みんなに見えないように涙を拭きました。皆さん、今日は本当にありがとう。わたしは今、幸せです。そう、天国のあの人に心の中で言いました。秋の夜、星たちの瞬きが聞こえてきそうな、今日9月23日でした……。

END