薫る文化と誕生日と
今日10月9日はオレの彼女・姫川琴音ちゃんの誕生日だ。と同時に、1年前か? その辺はもう忘れちまったが知り合った友達な朝倉の先輩である萌先輩(不肖ながらオレもそう呼ばせてもらっているんだが…)の誕生日なわけで。この間、電話で話しているときに、そう言えば件の先輩の誕生日もオレの彼女と同じ誕生日だっけか…、と言う感じになってせっかくだから一緒に祝おうと言うことになった。まあオレはこの通りのグータラ生活で、幼馴染みのあかりから日頃の生活にくどくど文句を言われて、かつオレが素直に従わないと、彼女まで引き込んでくるわけで…。何でオレが朝飯を一回抜かしたぐらいでこんなに文句をくどくど言われなきゃなんねーんだ? と思うんだが。しかもオレの彼女まで引き込んでくるんだから、その後で彼女にぶつぶつ文句を言われる始末で大変なわけで。と言うか昨日もそんなことを言われたんだけどよ?
まあその話はまた今度と言うことで、今日は大学がちょうどいいことに休講日なので、朝のうちに朝倉に連絡を付けて、朝倉のほうの町に行くっつうことになった。というのもこの間(と言うか1週間くらい前か?)の夜に電話がかかってきて、誰だぁ〜? と思い取ってみるとあいつだった。曰く、“今年も藤田のところに行ってもいいか?” って言う趣旨の電話だったわけだ。まあいつも向こう側から来てもらうか、若しくは出会ったついでの町でブラブラするのがオレと朝倉の付き合いなので、今回は朝倉のほうの町のほうにも行ってみたいんだけどよ? ってなことを言う。“来てもいいが、何にもない至って普通の町だぞ? まあ昔は一年中桜が咲いてるって言う不思議さもあってかそっち方面の人には有名だったけどな? その桜も散って数年経って今じゃ何もなくなってるけどな?” そう言うと意味有りげにふぅ〜っとため息をつく朝倉。枯れない桜か…。そういや志保のヤツが高校時代にそう言う噂を言っていた記憶はあるが、またどうせガセネタだろうと思ってあまり深くは追求しなかったよな? と思った。
しかしこのまま何もしないでプレゼントだけって言うのも味気ないしなぁ〜。としばらくお互い無言のまま黙ってると観念したのか、“じゃあ来いよ。招待してやるよ…” とため息交じりにそう言った。何でため息交じりな声で言ったのかについてはオレが行った後で十分に分かったがこれは後で話そう。その日は具体的な時間はおいおいと言うことで、その日はここで終わり、それから取って返して琴音ちゃんの家に電話して琴音ちゃんのOKももらってほっと一息ついた。
で、当日になる。朝一で起きてクイックで朝食やら身だしなみを整えて家を出た。陽はまだ出ていない。こんな早朝にオレがいるって言うこと自体奇跡なわけだがまあいいだろう。そう思い待ち合わせの駅まで来る。駅前の大時計を見れば時間は集合時刻の20分前だ。ちょっと早すぎたか? と思いちょうど駅の売店でコーヒーと新聞を購入して一服しながら待つことにする。新聞に目を通す。この間の窃盗事件のことが書かれていた。まあ近頃は物騒だからかこう言う事件が日常茶飯事のように起こるよなぁ〜なんて世知辛い世の中に少し憂いながら読んでいるとたったったったとこっちに向かってくる足音が聞こえる。ああ間違いない、十中八九オレの彼女だろう。そう思い読んでいた目をそっちの方向に向けると、嬉しそうな顔をしたオレの彼女が走ってくる。
「ごめんなさ〜い。待ちました〜?」
と言う彼女の鞄はやけに大きい。何だろうと思い聞いてみるところが、“風景を描くって言う課題が出来てしまいまして…” と少々上目遣いにちらちらとオレの顔を見つめてくる彼女が何とも可愛らしい。“そっかー、大学のほうも順調そうだな?” そう言うとオレは重そうにしていた彼女の鞄をひったくって持つ。もう5年の付き合いだからか彼女は何も言わずに、“ありがとうございます。浩之さん” と短くそう言った。まあ出会ったころのいつも悲しい瞳で見ていたころとは全然違う。これもチカラのコントロールが出来たおかげだろう。そう、高校時代の入りたての頃はこんなにこにこした顔はしてなかったよな? そう思うと何だか無性にうれしくなって、まるで子供のように彼女の腕を引っ張って電車に乗り込むオレ。彼女は少々困ったような、それでいてどことなしか嬉しそうに微笑むとオレの後に続いた。始発電車で約3時間半くらい行った場所がお目当ての島の入り口に近い駅なんだそうだ。さて、どんなヤツがいるのやら。まあ少なくとも志保みたいなヤツがいないことを望もう。そう思いながら車窓から見える秋の風景を眺めるオレたちがいるのだった。
「さて、そろそろかな? 萌先輩を迎えに行って、その足で駅まで行くか…」
と玄関前、俺は独り言のように言う。いつもならうるさい従姉のさくらは昨日は夜遅かったみたいで今日はうちには来てないし。義妹・音夢も看護学校のほうでいろいろあるみたいで最近はご無沙汰だ。まあ従姉と義妹と彼女の三段板挟み状態な俺としてはこれほど気が楽なことはない。だからか、思わずスキップしてしまうような嬉しい感じがする。とそんなバカなことをやってる場合じゃなかったんだった。迎えに行かなくちゃな? そう思い家を出る。しかし、こんななにもない島に来るなんてあいつもよっぽどの暇人か変わり者だよな? まあ暇人って言うのは俺も同じなわけだが…。そう思いつつ、もう勝手知ったる水越家の前に着く。呼び鈴を鳴らすと案の定と言うか何と言うか俺の天敵でありかつ遊び仲間である眞子が出てきた。
「なに? 朝倉。今日は早いわね? ってまだ8時じゃない? ああ、これは天変地異の前触れなんじゃ…」
人が少し早起きして来たらこれだ。まあいつも遅刻ギリギリで大学に向かってる俺だからそんなに偉そうには言えない訳なんだが…。取りあえず萌先輩を呼んでくれと頼んでみたんだが、いつものはぁ〜っと言うため息が眞子の口から出てくる。朝が極端に弱い俺の彼女のことだからこうなることは目に見えて分かっていたわけだが。“起こしてきてくれ” と言うところが、“もう散々起こしたわよ! それでも起きないんだから困ってるんじゃない!” とこうだ。いつぞやみたいに薬を飲んでいるみたいではなくて、昨日の夜に、“明日はどの服を着て行きましょうかぁ〜? 悩みますぅ〜…” と言う声が夜の10時くらいまで聞こえてたらしい。だいたい先輩の寝るのが8時か遅くて9時くらいだから、きっと寝坊してるんだろう。そう思い、まあ道に迷う時間も考慮してあと1時間くらいは大丈夫だろうと見込み、眞子に何とか起こしてきてくれと言うと目をらんらんと光らせてぶつくさ何やら文句を言いながらも起こしに行った。そして30分後…、大きなあくびをしながら俺の彼女がまだ眠たそうに目を擦りながら出てくる。さくらがよく買う雑誌のエッセイで読んだどこぞの爆睡眠り姫には遠く及ばないものの眠そうな顔はまさにそんな顔だった。
「おはようございますぅ〜。朝倉く〜ん」
と間延びした声もいつもの俺の彼女そのままだ。“で、朝倉? 何でこんな時間にお姉ちゃんを起こしに来たわけ?” と、眞子がすかさず突っ込んでくる。そりゃそうだ。大学も休講日な今日は絶好の睡眠日なのと普段グータラな自堕落な生活に慣れきっている俺が起こしに来たんだから変に疑われても仕方ない。そう思ってると萌先輩が、“眞子ちゃんも一緒にどうですかぁ〜?” と言ってくる。まあ別にやましいことをしてるわけでもないし、友達は多いほうがいいしな? そう思って俺も萌先輩の意見に賛成した。初めこそ、“何であたしが朝倉の友達に会わないといけないわけ?” と文句を言っていたが眞子本人も俺だけの友達と言うのに興味を持っていたらしくあっさり陥落。こうして駅には3人で向かうことになるわけなのだが…。
駅に着く。ここで待ち合わせのはずなんだがなぁ〜っと隣りを見ると、スケッチブックを持った画伯のような琴音ちゃんが嬉しそうに辺りの風景を見ている。電車の中で描いていた何枚かの絵もあるが、写実的な中にもどことなしか幻想的な雰囲気がある、そんな絵だった。さすが美大生だなぁ〜っと素直な感想を言うと、“わたしなんかまだまだですよ…” とちょっと頬を赤らめるオレの彼女。そんな少しの幸せを積み重ねていきたいと思った。と、遠くのほうでオレを呼ぶ声が聞こえる。声のした方に振り返るちと案の定朝倉と、女の子2名が手を振っていた。彼女の手を取り歩き出す。“よっ、久しぶり”、“アホ、昨日電話で話したばっかじゃねーか” とまあこんなやり取りを見るにオレ達って案外同類項なのかもしれん。朝倉がオレの彼女のほうに向いて、“キミが藤田の彼女の姫川さんかい? 俺は朝倉純一。こっちは俺の彼女の水越萌先輩。で隣りが先輩の妹で俺の女友達の眞子だ” と紹介する。隣りの朝倉の彼女の萌先輩はと言うと優しそうな瞳でオレと琴音ちゃんを見てるし、眞子って言う女の子も萌先輩と同じような瞳をしていた。オレ達の知ってる範囲でこんな雰囲気を持っているのは芹香先輩と綾香だな? まあ見た目からしてそっくりなのかね? と思ってると、不思議そうにオレの顔を見つめてくる2人。“なに? あたしたちの顔に何かついてる?” と眞子って言う女の子が言う。オレはいやいやと手を振ってこう言う。
「いやな? オレの知り合いにもあんたたちみたいな知り合いがいてちょっと驚いてただけだぜ?」
こう言うと、眞子って言う女の子はオレの話に興味が沸いたのか根掘り葉掘りその話題に喰いついてきた。まあ同じ姉妹でもこっちはまあ至って普通な感じだが、オレの知ってる姉妹は黒魔術に精通してる姉と格闘技有段者の妹だからなぁ〜。ついでに妹のほうには彼女の友達の葵ちゃんの練習相手に付き合っているとちょくちょくやって来ては、暇つぶしにオレとスパーをやってたりしてるが。ちなみに相手は元チャンプだから一方的にオレがやられているわけで…。そんな暴力的なオレの知り合いとは違ったイメージがあるからか、ちょっと驚いたようになった。と横から朝倉がこう言ってくる。
「萌先輩はお前の知り合いの人に似てるかも知れないけどな。眞子は多分藤田の考えてるイメージとは違うぞ?」
と…。言われて後ろに視線をやるオレ。確かに朝倉の言った通り1分少々前の彼女とは違う感覚だ。と言うか右手から炎が噴き出してるように見えるんだけどよ? やっぱり妹のほうも綾香系か? などと考えてる間もなく、唸る右腕に追い掛け回されるオレ達がいたわけで…。って言うかオレ全然関係ねーじゃん!!
「はぁ〜、はひぃ〜、ひ、酷い目に遭った…。綾香2号か。お前は!」
「う、うるさいうるさ〜い!! あんたも朝倉の友達なんだから同じようなもんでしょ? って言うか綾香って誰よ?」
なんて藤田と眞子が言い合うのを横目に俺は先輩と一緒に藤田の彼女・琴音ちゃんの描いた絵を見ていた。“は、恥ずかしいです…” と耳まで真っ赤にして俯く琴音ちゃんは俺の友達では環かアリスか、まあそんな感じだろう。そう思う。でも、絵心なんててんで分からない俺でもこの絵はすごくいいな…と感じた。このスケッチブックには主に風景画が多かったが、人物画も描くんだそうだ。いっちょ俺も描いてみてくれないか? と頼んでみる。“に、似ないかもしれないですけど、それでもよろしければ…” なんて言いながらスケッチブックを持った。手つきも鮮やかに俺の顔とスケッチブックとを交互に見ながら描いていく。いつの間にか藤田と眞子も一緒になって琴音ちゃんのスケッチブックを見ている。萌先輩なんかは、“すごいですぅ〜” と感嘆の声を上げている。やがて30分ぐらいして、“で、出来ました” と言って彼女がスケッチブックを見せてくれる。自分の顔にしては男前すぎる絵があった。もっともこんなに凛々しくなりたいとは思っているが、それにしたってちょっと格好良すぎるんじゃないか? と思ってると眞子が、“ちょっと、これが朝倉? どう見ても格好良すぎるんじゃない?” と俺の考えてることを言う。まあ自分で言うのはいいんだが、人に言われると腹が立つ…のではあるが、実際この絵を見れば10人に聞いても10人ともが同じ答えを出すだろうと思うので、敢えてそのことは言わず、琴音ちゃんに何でこんな格好良く描いたのか聞いてみることにした。
「えっ? 実際こんな感じの人だから、わたし、描いただけですよ?」
とちょっと驚いた声で言われる。まあ外面も内面も悪いと思っている自分にとっては意外な答えだったんで驚いたことは言うまでもない。藤田がにこっと微笑んで“それがお前ってことだぜ…” と意味深なことを言った。一体それはどういう意味だと聞いてもはぐらかされる。でも不思議と嫌な感じはしない、というか、心からそう思って描いた絵だからか、と思った。と萌先輩が、“何かお返ししないといけませんねぇ〜? あっ、そうだ。眞子ちゃ〜ん” と眞子のほうを見てこう言う。気づいた眞子も分かったとばかりに頭を縦に振りいつものケースに手を伸ばしている。もちろんケースの中身は木琴とフルートなんだが…。俺には分からんが非常に大切にしている物なので肌身離さず持ち歩いているわけで…。今日も例外ではなく持ってきている。まあ大事にすると言って仕舞いっ放しでいざ使おうと思って開けると使い物にならなかったと言うことは俺自身が経験済みなのでこれはこれで何も言うまい。でも…。と言うことは、はは〜ん、今度はお返しに萌先輩たちが演奏する気だな? そう思って、今まで絵を見せていた琴音ちゃんとその横で嬉しそうにその様子を見ていた藤田は終始はてな顔になっていた。そんな2人に俺はうんと頷く。もちろん見ていれば分かると言う意味だ。いつもの木琴とフルートが木霊する桜並木の広い庭。澄んだ音色が辺りに響いた。
「きれいな音色でしたね? 浩之さん…」
夕暮れの電車の中、彼女は幻想的なその音色に心を動かされたのか、未だに嬉しそうに体を揺らしていた。かく言うオレもあの音色はすごく耳に心地よかった。と同時にあの音色を毎日のように聴いている朝倉がちょっとばかり羨ましく思えてくる。かと言ってオレの仲間で音楽が出来るヤツは…、いないわな。しいて言うなら志保くらいなものか…、しかしあいつは歌がうまいだけであって楽譜が読めるわけじゃないしな? まあセリオって言う選択肢も残されてはいるんだが何でも完璧にこなしてしまうのもどうかな? と思う。とにかく眞子と志保をいっぺん会わせてみたいもんだ。と思いながら隣りを見るといつの間にやら彼女はゆっくり舟を漕いでいた。そっとオレの肩を貸してやると気持ち良さそうにもにょもにょと何事かを呟いている。まあ夢の中で楽しい演奏会や展覧会なんかを見てるんだろうな?
列車は車列を連ねて線路を行く。陽も落ちかけな時間。山間の集落ではぽつりぽつりと電気の灯った家も見える。そんな中今日の日帰りの小旅行を思い出して微笑むオレ。ひょんなとこから知り合った朝倉と今日知り合った萌先輩と眞子か…。世の中は不思議な縁で結ばれているもんだぜ? 今こうしてオレの横で静かな寝息を立てている彼女とも思えば不思議な出会いだったよな…。などと考えながら走る列車の窓の外を眺めている今日10月9日はオレの彼女・姫川琴音ちゃんの、そして友達の朝倉純一の彼女・水越萌先輩の誕生日だ。
END