う、うぉぉぉぉ〜!! つ、ついに、ついに優勝したんだな? 自分の頬を抓ってみる……。
「夢じゃ…ないんだ……。ううっ、うううっ……」
痛さとともに嬉しさがこみ上げてくる。舞と佐祐理さんと、日ハムファンの天野と、肩をひしと抱き合いながら……。
優勝の虎
続・トラ、トラ、トラ(我、巨人に先攻せり)
前編
ここ、北海道のとあるアパートの一室は今、歓喜の渦に満ち溢れていた。ご近所迷惑も甚だしいが少しは我慢してほしいと思う。衛星中継で繰り広げられた阪神巨人戦。タイガースがマジック1として迎えた大事な試合だ。巨人の最後のバッターを守護神・久保田が討ち取った瞬間、ボルテージは最高潮に上がっていた。
「やった…、ついにやったんですね? 祐一さん!!」
「優勝…、したんだべな? 祐ちゃん…。よかった。本当に…。うるうる……」
「ああ、そうだよ…。佐祐理さん…。天野も……。優勝したんだよ!」
「ぐしゅぐしゅぐしゅ……」
佐祐理さんは涙を流しながら、感慨一入と言う表情で、俺の顔とテレビの画面とを交互に見つめてこう言った。天野も微笑みを浮かべて俺の顔を見つめて涙声でこう言う。舞に至っては……、もう何も言うまい。涙を流しながらテレビ画面を食い入るように見ているのだから…。
ああ…。半年前のあの騒動以来、散々阪神ファンと言うだけでコケにされ続けてきたが…。念願叶って今、優勝と言う美酒を味わっているところだ。水瀬家では名雪たちお子ちゃま4人組が、何やらかやらとうるさい。俺が巨人のことを少しでも悪く言うと?
“う、ううううううううう〜〜〜っ!!”
って目を爛々と光らせて睨んで来るんだ。睨んでくる名雪たちに文句の一つもいってやりたいが、また俺の苦手な北海道弁で話されると非常に厄介だ。前なんか涙目になりながら、“…祐ちゃん…”って、天野がいつも言うような某最終兵器彼女のものまねをされてしまった。後は例の如く…。この前なんか止めさせるのに諭吉さんが俺の財布から飛んで行ってしまった。
相変わらずの理不尽さにうんざりする俺ではあるが、一応表面上は巨人ファンとなっている。というか無理矢理ならされてしまった訳だが…。だって謎ジャムを持ちながら虚ろな笑みやら涙やらを浮かべているお子ちゃま4人組を前に、“やっぱり阪神が大好きだーっ!!”なんてとても言えないじゃないか…。
でも、やっぱりあの球団だけは好きにはなれない。と言うかあの“星野SD騒動”でますます嫌いになってしまった。なりふりかまわぬ横暴さが俺の中のアンチ巨人の血を一層熱くさせた。やっぱり俺は巨人と言う球団が大嫌いだ。そう思った……。
まあ、巨人にも巨人の理由があるんだろうが……。しかし、一昨年まで敵、しかも宿敵チーム監督のはずだった男(ひと)をなりふり構わぬ金の力で引き抜こうとしていたと言うのはどうにも解せない。まあ、普通の巨人ファンは8割がたは反対らしかった。それはそうだろう。あそこは純血主義が謙虚に見られるところなんだからな……。しかし、どこにでも例外はいるのだが……。
例外…、それは例のお子ちゃま4人組だ。俺に恨みのある4人組。少しでも嫌がらせをしたいと思っていたんだろう。星野監督の誕生を待っているお子ちゃま4人組…、名雪、栞、あゆ、真琴は……。
「星野さんに監督になってもらって阪神を叩きのめしてほしい(お〜っ!!・ですっ!!・んだよっ!・のよぅ〜っ!)」
と、そんなことを言いながらこっちをギロリと睨みつけてくる。で、あの嬉しかった会見の後の4人の顔ときたら……。うぷぷっ。今でも笑いをこらえるのに必死だ…。だが、その後でまた諭吉さんが羽を生やして飛んでいったことは言うまでもない。うううっ……。
まあ、それもこれも今となっては懐かしい思い出だ。岡田監督の胴上げを見ながらそう感慨深げに思った。しかし、なぜ今俺が佐祐理さんの家に来ているのか?……。それを話さなくてはなるまい。今の俺は本当は家なき子状態だった。それについては後述で話そうと思う。で、どういう因果か俺は佐祐理さんのアパートで厄介になっているというわけだ。佐祐理さんと舞、そして天野に、事の顛末(一応天野は被害者だったのだが…)、そして俺が阪神ファンであることを告げる。すると?…。
「やっぱりそうじゃないかなと思ってました。祐一さんが巨人ファンだなんて信じられませんもの…。祐一さん、あの時は酷いことしてしまって…、ごめんなさい」
「祐一……。私も酷いことした。謝っても許してもらえないかもしれないけど……。ごめん…」
「あたしも祐ちゃん独り占めにしようとして…。ごめんなさい。倉田さん。川澄さん。一番痛い目さしちまった祐ちゃんも…、ごめんね?」
そう言って頭を下げる三人。その三人に微笑みながら、俺は決意を込めてこう言った。
「ああ、もう済んだことさ?…。俺はちっとも気にしてないよ? それに、どうしてもあのチームは許せないんだ! 星野SDを金の力で取ろうとしたあのチームがっ!! ますますあのチーム、巨人が嫌いになったよ……。俺はね? だからほら、天野も舞も…、佐祐理さんも…。頭を上げてよ…。ねっ?」
…と。そう言って、三人の顔を見る。佐祐理さんは太陽のような笑顔、天野と舞は優しい笑顔で俺を見つめていた。ここ北海道はまだまだ阪神ファンは少ないと思う。まあ、土地が土地だけに昔から巨人ファンが多いんだろうが……。中継はほとんどと言うほど巨人戦ばかりだったからなぁ。
そのせいだろうな…。名雪・あゆ・栞が巨人ファンになったのは…。甲子園球場なんて高校野球をするところ? としか見ていないようだったしな…。今では真琴も入って何やらかやらと阪神の選手に文句ばかり言っている。まあ、真琴の場合半分は俺への恨みによるものだがな…。はははっ……。はぁ〜っ。
この前のゲームでも…。そう! それが今、俺が佐祐理さんのところにいる原因となったのだが…。ちょうど巨人が大敗を喫した長崎の巨人阪神戦だった。名雪たちと家の衛星放送(巨人戦専用チャンネル)を見ながら俺は思った。
“大砲ばかり揃えすぎるからああやって大振りになるんだ!”
と……。昔、西宮にいるときに神尾のお姉さんに言われたことがある。
「ウチがまだ赤ちゃんやった頃な、あの頃の巨人は生え抜きの選手を育てて使うてたんや。そらもう強かったらしいで…。巨人は…。日本一に9回もなったんやで? 9回やで? 9回…。今じゃ信じられへんわな…。って、阪神また負けてもた…。な、何でや?…。何でいっつもウチが見とる試合は勝てんのやーっ!! アホーっ!!」
お姉さんはそう言うと、いつものようにちゃぶ台をひっくり返していた。俺は幼心に、こういうファンにだけは絶対にならないでおこう…、と思ったもんだ。しかし…、
“生え抜きの選手をどんどん使わなくっちゃダメだろう…”
と言った俺の理論は正しかったんだよなぁ〜っ。やっぱり…。投げる投手陣もガタガタだよ…。星野SDを取って強くさせたいと思う巨人の首脳の考え方も分からんでもないが…。まあ、宣伝広告にもなって、巨人球団の人気回復にもつながることを期待してたんだろうけどさ…。
あの会見は本当に嬉しかったもんだ。水瀬家でその会見を見ていたから笑顔でにこにことは出来なかったけどな…。名雪たちお子ちゃま4人組は、非常に残念そうな顔をしてたよな…。だって「星野巨人」誕生派だったし…。
でも、今年の阪神は最高にいいオーダーだよな。打線の組み合わせが非常にいいよ…。ピッチャーも“JFK”だの“SHE”だの抑えがしっかりしてるからな。そこへくると…。
「祐一? 何を笑ってるんだお? 巨人が負けたっていうのに…」
巨人は阪神に大差で負けた。ざまぁみやがれとばかりに、ぷぷぷっ! と思わず笑ってしまう。そんなところを名雪は実に疑わしい目でじろ〜っと見ていた。し、しまった! 見られてたのか?!
「いっ? い、い、いやぁ〜。今日の料理があまりにもおいしかったもんで……」
咄嗟にそう言ってその場をごまかそうとする俺。ちなみに今日の料理当番はあゆだ。お世辞にもうまいとは言えないあゆの料理(これについては真琴も同じだが…)、その料理を美味しいだなんて言えるはずがない。名雪と栞は実に疑わしい目で俺を見ていた。多分俺の心を見透かしていたんだろう。
「ほ、ほんと? 祐一君? えへへっ。何だかボク、嬉しくなっちゃうよ…。って、その割には祐一君、いっぱい残してたような気がするんだけど〜? …やっぱりウソだね? うぐぅ〜!」
あゆは一人浮かれ気分でそう言って顔を真っ赤に染めていたが、はっ! と気付いてぎろりと俺の方を睨む。真琴は巨人戦終了後のバラエティー番組に必死だ。名雪と栞はさっきから俺の顔をじ〜っと睨みつけている。
しかし、かの栄光の巨人軍も地に堕ちたもんだよな……。あの負けっぷりを見ていれば誰だってそう思うだろう。
「負け、負けって…。小声で何度も言われなくったって分かりますっ!! そんなことを小声で言う祐一さんなんて、大嫌いですぅ!! だいたい祐一さんは巨人ファンになったんじゃないんですか?! 実は隠れ阪神ファンだったって言うんじゃないでしょうね? 今さら往生際が悪いです!! 祐一さん!! そんな往生際の悪い人、嫌いですっ!!」
「何を言う!! 俺は物心ついた頃からずっと阪神ファンだったんだぞ? それなのに、お前たちが涙と俺の苦手な北海道弁で脅して無理やり巨人ファンにされてしまったんだ!! おかげで舞や佐祐理さんにさんざん北海道弁で文句を言われて…。挙句の果てに天野にまで白い目で見られて…。どうしてくれるんだ!! 俺の、このやり場のない気持ちはっ?!」
俺はそう言うと、ぷぅ〜っと頬を膨らましている栞の顔をぎろりっと睨みつけた。途端に涙目になって俺の顔を睨む栞はこう言う。目がうるうるになっていた。
「そ、そそそんなに怒らなくてもいいじゃないですかーっ! 私たちはただ祐一さんと同じチームを応援したかっただけなんですからーっ!! そんなこと言う祐一さん、嫌いですーっ!!」
「じゃあ、お前たちの阪神ファンになれ!!」
「いやよっ!!」
俺と栞の言い争いに割って入ってきたのは真琴だ。あぅ〜っと俺の顔を睨みつけながら言う。その目はもう涙目になっていた。俺に食ってかかるように真琴は言う。
「祐一と同じチームなんか誰が応援するもんですかっ!! 阪神なんか…、阪神なんか大っ嫌いだ〜っ!! あぅ〜っ!!」
「そうですそうです!! セリーグの盟主は我がジャイアンツなんですよ? それなのに! それなのに〜っ!! …テレビやマスコミはぜ〜んぶ阪神のことばっかり…。うう〜っ、阪神、嫌いです! 阪神ファンも嫌いです! でも一番嫌いなのはそんなチームのファンの祐一さんですっ!!」
栞もそんなことを言うと冷たい目を俺に浴びせる。その目にはもう涙が溢れてきそうな感じだ。あゆは俺の手に縋って…、
「ずっと、ずっと応援しようって言ったじゃない。祐一君。ボクたちより阪神のほうがいいの? 阪神のほうが大事なの? こ〜んな可愛い女の子が4人もいるんだよ? ねぇ? 考え直したほうがいいよ? 祐一君…」
そんなことを言う。今までのことを考えてみる。…が、これと言って得した気分になったことはない。と言うか損した気分になったことのほうが多いんじゃないのか? 俺は今までのことを思い出しながらこう言った。
「ああ…、お前たちお子ちゃま4人組より阪神のほうが何百倍もいいわっ!! 考えても見てくれ! 巨人が負けたからって、負けた原因は全部俺のせいじゃないか!? 試合後はいっつも睨まれて、苦手な北海道弁で文句を言われて…、挙句の果てには、たい焼きだの肉まんだのアイスクリームだのイチゴサンデーだのと奢らされるんだ! どうしてくれる!! 俺の財政はっ!! お前達のせいで火の車なんだぞ?!」
そう言うと名雪がギロリと俺の顔を睨んで…、
「ふ、ふんっ! それは祐一が悪いんだおーっ!! 祐一が真剣に巨人を応援しないからいけないんだおっ? 隠れて阪神なんか応援したりするからいけないんだお? だいたい阪神なんかのどこがいいんだお? あんなお笑い軍団の…」
むすっとした顔。名雪は三白眼の眼をして俺を睨んでこう言った。ちょっとビビッたがここは負けてられん…。男が廃るって言うもんだ。そう考えて名雪に負けないくらいの怖い顔をすると俺はこう言った。
「お笑い軍団だぁ〜っ? そっちのほうがお笑い軍団やないのんか? よう考えてみい? 清原…。あいつ金だけ取って半分は休みや…。おまけに試合に出せーっ言うて駄々こねて…。まるで子供やないか…。そこへくると金本は違うで! ケガしとっても胃腸炎で苦しんどってもフルイニング出場や。あれこそ野球人の見本やっ!!」
「わわっ、祐一さん。大阪弁になってます…。やくざさんみたいで怖いですぅ〜っ!!」
栞は名雪の背中でこわごわと俺の顔を見ながらそう言う。名雪は無言で俺の顔を睨んだままだ。あゆはと見ると俺の手に縋ったまま目をうるうるさせていた。真琴も泣きそうな顔でこっちをじっと見つめていた。思わずうっとなるが、続けて俺は言う。
「誰がやくざやねん。ったく…。まああんな野郎と、金本とを比較に出すんも間違ってるわ…。出してもらえへん言うて駄々こねてむくれるわ、出たら出たで空振りしよるわ…。ファンもファンやで、なぁ〜? いーっつも清原ーっ、清原ーって打てもせんのに応援して…。挙句の果てがファンを裏切るんやからなぁ〜。ほんまお間抜けやわ…。ぷぷぷっ…」
「「くっ!」」
名雪と栞は俺の顔をぐぐぐっと睨みつける。清原を神格化している名雪・栞の2人にとってはむかつき度200%くらいはあったろう。睨みつける目は今までで一番怖かった。あゆと真琴もギロリと俺の顔を睨む、4対1…。俺は劣勢だ。だが、男である俺がこんな睨みに屈しては廃ると言うもんだ。ましてや相手は分からず屋のお子ちゃま。ここは強気で行くしかない。そう思った。怖い顔をして睨むこと数刻…。名雪が一言言った……。
「出て行って……」
「へっ? あっ? な、名雪?……。い、今なんて言ったんだ?」
「出て行ってって…、言ったんだおーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
名雪の背後から炎がめらめら上がったような感じがした。今までで一番大きな声に俺や栞やあゆ、そして真琴でさえも唖然としている。ちなみに秋子さんは今日、関西方面へ出張に出掛けていてここにはいない。…後で考えると秋子さんがいてくれたらこんなことにはならなかったんだろうな……。そう思った。
「なっ? 何で俺が出て行かなくっちゃいけないんだ? 俺は巨人の現状を言ったまでだぞ?」
「それがむかつくんだお!! 清原はわたしの心の支えなんだお? それをけちょんけちょんに言われて、悔しくないとでも思っているのかお? 祐一は水瀬家追放だおーっ!!」
うんうんと頷く4人。ギロリと俺を睨む顔、4つ…。その顔に思わずギョッ! となる。俺はまるで蛇に睨まれた蛙か? いや、ここで脅されて、はいはいと言うことを聞くようではいつものパターンだ。それこそ男が廃る! そう思った俺は、
「こ、こ、こここの権力者はいつからお前になったんだ? あああ秋子さんの意見も聞かないで、そそそそう簡単に決められると思ってるのか?」
少々ビビリが入りながら声を上擦らせてそう言う俺。聞き訳がないお子ちゃま4人組はギロリと睨んだままだ。少しの沈黙……。それを破ったのは我が従姉妹の一声だった。
「お母さんがいない間はわたしがお母さんの代わりなんだお〜っ!!」
こめかみをぴくぴくいわせながらそう言うと、ギロリとこっちを睨みつける名雪。栞も同じようにこっちを“うーっ!!”と今にも襲いかかりそうな目で睨んでいる。あゆと真琴もジロリッ! と怪訝そうな目で俺を見つめていた。
「巨人が嫌いなら結構だお…。でも祐一、ここから出て行ったらどこに行くのかなぁ〜? 野宿くらいしかないよねぇ〜。ふふふっ。祐一が心を入れ替えて“絶対巨人主義者になりますっ!!”って言うんなら今の言葉は撤回するけど〜。うふふっ。まあ、じっくり考えることだね…。祐一…」
不敵な笑みを零す名雪。あ、あんまりだ…。理不尽にもほどがある!! そう思った。俺の選択肢は2つだけ…。名雪が言う“絶対巨人主義者”になって、俺の嫌いな巨人を応援し、名雪の顔を伺いながら生活するのか…。それとも子供の頃から好きだった阪神タイガースを擁護して家を追い出されるのかの2つ……。
「さあ! どっちなんですっ? 祐一さん!! 早く言ってくださいっ!!」
栞はそう言うと、以前にも増してぐぐぐっと俺の顔を睨みつける。返答に困る俺。そんな俺を尻目にお子ちゃま4人組はさらに目を光らせながら、こっちを睨む。しばらく膠着状態が続いた。俺は考える。どうしたらこのお子ちゃまに分かってもらえるんだろうかと…。時間は刻一刻と流れる。がなかなかいいアイデアは浮かんでこない。痺れを切らしたのかあゆが、うぐぅ! と俺を睨んでこう言った。
「やっぱり祐一君は、巨人ファンにはならないんだね? ボクたちの気持ちも踏みにじるんだね? もういいよいいよ。祐一君……。うぐぅ!!」
俺の顔を睨むあゆの目は相当怒っているようだった。いつも顔をつき合わせてきた俺が言うんだから間違いはないだろう。その後を名雪が高らかにこう宣言する。
「水瀬家追放だお〜っ!!」
「えっ? ええーっ? ちょちょ、ちょっと待ってくれ!! まだ何も言ってないぞっ?! 俺は! そ、それに俺が何をした? ちょっと巨人の批判をしただけじゃないかぁ? 民主主義に反する行為だぞっ!! これはっ!!」
焦る俺。そんな俺を尻目に栞は冷ややかな目を俺に向けてこう言う。
「う、うるさいです!! 祐一さん!! 我が巨人軍に対する数々の悪逆非道の行為…、これは万死に値します!! なおかつ、私たちの一番嫌いな“半珍”のファンだなんて…。許しがたい行為ですよ! これはっ!! 民主主義には反しますが、祐一さんは特別です! 私たち4人が今、そう決めました! 出て行ってもらいます!! 祐一さんが反省して絶対巨人主義の思想を培うまではお家に入れてあげません!!」
「いつからここがお前の家になったんだ? な、なあ栞? もう香里のところに帰ってやったらどうだ? 香里のやつ、毎日謝ってるじゃないか? “あたしが悪かったから! 謝るから! だから帰ってきてぇ〜っ!!” って…」
「……お姉ちゃん? 誰ですか? 私にはお姉ちゃんなんていませんよ? それに私の名前は相沢栞ですよ? ねぇ〜、お兄ちゃん(はぁと)」
ぽっと頬を赤らめながらそんなことをのたまう栞。あゆや真琴や名雪の栞を見る目が強烈に痛そうだ。栞は言わなければ良かったと言う風な表情で、他の3人を見つめながらぶるぶる震えている。
「と、とにかく!! 出て行ってもらうんだお〜っ!! それからだお? 今の発言について栞ちゃんに聞くのはね?…。ふふっ、ふふふふふっ……」
今、一瞬何か恐ろしい光景が脳裏に浮かんだような…。名雪は不気味に栞を見つめて微笑む。あゆと真琴は? と見るともうリビングからいなくなっていた。上でごそごそ音がしてるから、多分俺の部屋で荷造りをやっているんだろう…。って! そう簡単に勝手に決められてなるもんかと2階へ行こうとは思ったが…、
「うっ、ううう〜〜〜〜っ!!」
俺をぐぐぐっと睨む名雪と栞の目には逆らえなかった……。とほほ……。
虚しく水瀬家を追い出された俺。これからどこへ行こう…。香里のところは香里が何やらかやらとうるさいので俺的にだめ。天野のところは何か勘違いされるだろうから、これまただめだ。ましてや舞や佐祐理さんのところなんかは…。ふぅ…。残った候補は北川か…。借りを作るのは少し(と言うかかなり)嫌だが止むを得ん。北川の家に向かおう。ショルダーバックと旅行鞄を手に歩き出した。
はぁ〜…。と小さいため息。秋子さんがいてくれたら今頃は美味しい料理が食べられていたはずなのに…。まあ、向こう(関西のほう)で新しい事業を展開しているので、1ヵ月ばかり家を空けるって今日の朝、そう言ってたよなぁ〜。“秋子さ〜ん、カムバァ〜ック!!”と心の底から叫びたいよ…。ぐっすん。
そうしているうちに北川の家が見えてくる。まあ、何やらかやらで俺に挑戦しては自爆するやつだが根はいいやつなので、その辺は安心だろう。そう思い北川の家の近くまで来る…。が……、わわわっ!! あゆと真琴の凸凹コンビがうろうろしてるじゃないか!
「うぐぅ〜…。名雪さんにここで祐一君を見張れって言ってたけど…。感づいちゃったのかなぁ〜。全然現れないや……」
「あたしたちに恐れをなして逃げたのかもしれないわねっ!! ぷぷぷっ。情けない祐一…」
こんなことを言いながら、あたりをきょろきょろするお子ちゃま2人組。くそぅ。これじゃあ家の前までもいけないじゃないかぁ〜。仕方がないが…、戦略的撤退だっ!! その場を逃げる。
いや、本当なら強行突入がベストなんだろうが、そうなると多大な犠牲を払わなくてはならない。考えてもみてくれ。俺があゆと真琴の手を逃れて北川の家に行こうとする。すると“うわーん”と泣くお子ちゃま2人組。近所の人が出てきて俺は路上で女の子を泣かせた極悪犯ってことで警察屋さんやご近所の皆さんからお説教…。っていうことになるじゃないかぁ!!
北川の家からしぶしぶ撤退して、近所の公園のベンチに座る。しかし名雪のやつめ…。俺が阪神ファンなのがそんなに嫌なのか? あんな罠を仕掛けているとは思ってもみなかった。なんだか無性に腹が立つ。座ったベンチをガツン! と叩くが……、
「い、痛つつっ……」
我ながら情けない。従姉妹と喧嘩して家を追い出され、こんなところで野宿をしようことになるとは。しかも俺のほうが遥かに正しいことを言っているにも関わらず…。うううっ…。昔見たテレビの台詞が蘇ってくる。
“おめえのバカさ加減に父ちゃん情けなくって涙出てくらぁ〜っ!!”
ってな…。その台詞が果たして今の俺に言う言葉なのか、名雪たちお子ちゃま4人組に言う言葉なのか分からないが、今はそう言う心境だよ……。全く……。でも、これからどうするんだ? いつまでもこんなところでいられないぞ? いっそのこと秋子さんの出張先へでも行こうかとも考えたが…。ちゃりーん……。手のひらには全財産である500円玉が、寂しく乗っかっているだけだった。
「のたれ死んだら化けて出てやるからなぁ〜!!」
と、一人公園で吼えてみたところで誰も聞いてはくれず……。再びはぁ〜っとため息を吐いてベンチに座り込んだ。し〜んと静まり返った公園の街路灯下のベンチ…。空を見れば星が瞬いている。眺めていると自然とあの悔しい光景が浮かんでくる…。涙がちょちょ切れそうだった。その時…。
「祐一?……。こんなところで何してる?……」
ふと声がして振り返ると舞が一人で立っていた。コンビにでも寄ってたんだろう。袋をぶら下げている。多分袋の中には美味しそうな牛丼があるんだろうなぁ。ぐるるるる…。そういや、晩飯まだだった…。腹の辺りを摩りながら……。
「ちょっと家を追い出されてな…。いや、何でもないよ……」
俺はそう言う。ちなみにまだ舞と仲直りはしていない。現に今も怪訝そうな目を俺に向けている。名雪たちに無理やり巨人ファンにされてしまった俺は、舞と佐祐理さん、それに天野には“裏切り者”のレッテルを貼られたままだった。
「涙で脅されたんだ!!」
といえば済むことだろう。しかし今まで居候の身だった俺はそうはっきりと舞たちには言えず…。壁に耳あり障子に目ありでどこで聞かれているか分からなかったしな。今もどこかで? あ、あかん。そう思ったら怖くて体が震えてきた…。
「何か訳でもあるの? 祐一……」
舞はそう言って俺の顔を覗き込んだ。何も言わず首だけを縦に振る俺。顔を上げて舞の顔を見る。俺を見てちょっと優しい顔になる舞。舞のこんな顔は半年振りに見る顔だった。
「うちに来る? 祐一…。ここ、寒い…。祐一、お腹空いてる。さっきお腹鳴ってた…。それにこんなところで寝てたら風邪引く……」
「へっ? で、でも…。俺は……」
「つべこべ言わずについて来る……。祐一……」
俺の手を引く舞。俺の知ってる女の子の中で一番力の強い舞は俺の手を掴むと歩き出す。舞は名雪や栞なんかとは違うが、まあ泣かれると非常に厄介なことには変わりはない。あの寂しそうな瞳で見つめられるとどうしたらいいのか分からなくなるんだよな。さしづめ女の子の最大の武器と言ったところか…。
そんなこんなで、舞と佐祐理さんのアパートへ連れて行かれる俺であった……。
後編へ続く