名雪の家を追い出された俺こと、相沢祐一。これからどうしようかと悩んでいるところで、ひとつ年上の先輩? 川澄舞と出会う。で、今…。俺は舞に連れられて、舞と佐祐理さんの住んでるアパートへと向かっている最中だった。喧嘩をしている相手の家に連れられて行く俺…。ああ、これからいったいどうなるんだ?


優勝の虎

続・トラ、トラ、トラ(我、巨人に先攻せり)

後編


 こんな下らないことを考えてる間にも舞はずんずん手を引いていく。野宿しようと思っていた公園から歩くこと5分、舞と佐祐理さんが住んでるアパートにやってくる。水瀬家から徒歩で20分ぐらいにあるアパート。俺も引越しのときに手伝いに来たが、それ以来来てはいない。
「ここで待ってて……」
 舞と佐祐理さんの部屋の玄関前、舞が一言そういった。まあ、今までのことを思えば仕方ないか…。舞もさることながら佐祐理さんも俺のことを恨んでいるのかも知れないしな…。あの半年前の、うううっと俺を涙目で睨む顔は脳裏に焼きついて離れない。荷物を持って待つ。中では俺の処遇をどうするのか、佐祐理さんと舞が話し合っているんだろう。しばらくして舞がひょこっと顔を出す。俺は何も言わない。俺の目をじ〜っと見つめる舞。俺も舞の目を見つめる。見つめること数十秒…。
「入って……」
 舞はそういうと扉を開ける。きぃ〜っと言う音とともに扉が開いた。奥の部屋には佐祐理さんが正座して座っている後姿が見える。怒られるのを覚悟に俺は奥の部屋へと歩を進めた。佐祐理さんの横を通るときに顔をチラッと見たが、いつものにこにこした笑顔じゃない、真剣そうな佐祐理さんの顔があった。舞も俺の顔を真剣な眼差しで見つめていた。黙って舞と佐祐理さんの前に座らされる俺。
「祐一さん…、家を追い出されたって舞から聞いたんですけど? なぜです? 祐一さんはもう“巨人ファン”なはずでしょう? 水瀬さんたちが嬉しそうに話してましたよ? それなのに…。なぜ追い出されたんですか?」
 そう言う佐祐理さんに俺は事の顛末、そして今も俺が阪神ファンであることを佐祐理さんたちに話す。
「…と言うわけで、俺は見事に追い出されたと、こういうわけです……。例のお子ちゃま4人組にね…。我ながら情けないんだけどね? 最終兵器(謎ジャム)と涙の4段攻撃を持ってる名雪たちには逆らえなかったんだ。それに今まであいつらの行為ときたら…。卑怯極まりない手で俺を……。思い出すと今にも…、涙が…、涙がっ…。ううっ、うううっ……」
 ああっ…、思い出しただけでも悔し涙がちょちょ切れる…。と同時に、俺の中のアンチ巨人の血が煮えくりかえった。名雪たちお子ちゃま4人組に“半珍”などとバカにされ、応援すら出来ずに延々巨人の選手の応援歌などを聞かされていた。巨人が試合に負けた後なんかは地獄だった。具体例を言うと前に言った通りだが、あれを地獄の苦しみとして何を地獄の苦しみと言うんだろうか…。
 ……もう、思い出したくもない。謎ジャムを片手に、虚ろな笑みを浮かべて立っている名雪たちお子ちゃま4人組の顔なんぞ…。そう思った。ふと佐祐理さんたちの方を見ると?
「祐一さん、そんなことだったら早く佐祐理たちに言ってくだされば…。実を言うと佐祐理たちもおかしいと思っていたんです。あれだけ阪神ファンだって言っておいて一晩寝たら急に巨人ファンになった……なんて…。信じられなかったんです。でもあの名雪さんや栞さんの話しぶりなんかで祐一さんは本当に巨人ファンになってしまったって…、そう思ったんですよ?…。祐一さん、謝るのは佐祐理の方です。今まで冷たく当たってしまって…、ごめんなさい……」
「祐一……、ごめん…。祐一があれだけ巨人ファンは嫌いって言っておいて、一晩寝たら急に巨人に鞍替え…。許せなかった…。でも今の祐一の説明で分かった…。ぐしゅ…、祐一、ごめんなさい…」
 頭をぺこりと下げる佐祐理さん。舞も頭を下げていた。つられて俺も頭を下げる。何回かぺこぺこと下げ合ううちに俺たちは、ぷっ! と吹き出してしまった。佐祐理さんは微笑みながらこう言う。
「うふふっ。何か、おかしいですね? こういうのって…。ねっ、舞。舞もそう思うよね?」
「うん……。そう思う……」
「ああ…、そうだね……。……でも俺」
 ひとしきり笑った後、俺は思い出す。今の俺は“家なき子”状態であることに……。本来なら北川の家に居候させてもらうはずだったんだが、それもあのお子ちゃま2人組のせいで出来なくなってしまった。いっそのことここ(佐祐理さんと舞のアパート)に厄介になろうかとも考えたがさすがにそれだと俺の人格が問われかねない。佐祐理さんに紹介でもしてもらおうかな? そう考えてそのことを話すと?…。
「祐一さん、佐祐理は別にいいんですよ? 世間は世間です。それに舞だって祐一さんと一緒にいたいはずですし…。佐祐理だって一緒にいたいです…。ってこんなこと言うと舞がジェラシー感じちゃうかも…。あははー…」
「……」
 ぽっ、と頬を赤らめる舞。俺も頬を赤らめる。佐祐理さんはいつものようににこにこ顔で俺たちを見ていた。うぅ〜。何か佐祐理さんに遊ばれているような気がするのではあるが、他に行くところのない俺は否応なく佐祐理さんたちの家で居候することになった。秋子さんが帰ってきてくれれば問題は即解決するんだろうけどな…。はぁ〜。心の中で深いため息をつく俺であった。


 次の日…。佐祐理さんに優しく起こされる。名雪たちとは大違いだな。俺は思った。爆睡眠り姫という異名を持つあの名雪のことだ。今ごろ気持ちよさそうにまどろんでいるんだろうな。栞たちが起こしているんだろうけど果たしてうまくいくことやら…。まあ、起こすのも一苦労だったし、俺としてはこれほど嬉しいことはないって言う感じだ。で、いつものおいしい料理を食べる。言わずもがな佐祐理さんの料理はどれもこれも美味しかった。
「祐一さん、祐一さん。これ、お昼になったら食べてくださいねー。あははー」
 そう言って佐祐理さんお手製のお弁当を渡される。お昼が楽しみだな。こりゃ…。はははっ。と一人心の中で思っていると、びしっ! とチョップされた。横を見ると舞が恨めしそうな目で俺の顔を見つめていた。ちなみに舞たちは、大学のほうが休講日なんだそうだ。
「ずるい…、祐一だけ……」
「し、仕方ないだろ?」
 羨ましそうに俺の顔をじ〜っと見つめる舞。そんな舞が子供のようで俺は、ぷっ! と吹き出してしまった。佐祐理さんはくすくす笑ってる。舞は不機嫌そうに俺たちを見遣ると…。ぽかっ! と、また俺と佐祐理さんの頭を交互に叩く。舞を見るとぷぅ〜っと子供のように頬を膨らましていた。
「何回も言うようだけど…、私のほうがお姉さん……」
“そう言うんだったら、子供のように頬を膨らませんでも…” と言いたい。だがこんなことを舞に言うとぐしゅぐしゅと泣き出してしまうから、それは言わないでおくことにした。
「じゃあ、行ってきます」
「あっ! はいー。行ってらっしゃーい」
 いつものにこにこ顔で佐祐理さんは見送ってくれる。舞も、拗ねた表情だが見送ってくれた。まあ、舞のことだ。学校の帰りに牛丼でも買って帰れば機嫌も直るだろう…。そう思い学校への道を急ぐ。と…。
「あれ? 相沢君? どうしたの? こんなところで…」
「えっ? 相沢?」
 香里と北川に出会う。俺は端的に昨日の一件について話した。
「ごめんねぇ。相沢君…。栞のせいで……。それにしても名雪も名雪よ! スポーツなんだから負けたからって追い出すことはないでしょうに……。ぶつぶつ…。あたしががつんと言ってやろうかしら?」
「止めておけ、美坂。水瀬には最終兵器があるんだぜ? 恐怖の大王。アンゴルモアのあの最終兵器がな? 栞ちゃんには申し訳ないが、あの兵器がある以上は何をやっても無理だと俺は思うぞ?」
「そうよねぇ〜っ…、はぁ〜〜〜っ……」
 北川はそう言うと香里の肩をぽんぽんと叩く。残念そうな、申し訳なさそうな顔で香里はこっちを見る。
「まあ、これも優勝が決まってペナントレースが終わればみんな終わりさ…。日本シリーズでは栞たちもセリーグを応援してくれると思うよ…。パリーグはプレーオフがあるからどこが優勝するのか分からないけどな?」
 そう俺は言う。こうなってほしいと思う希望的観測で…。しかし現実はそう甘くはないことと思い知らされることになる。が…、これは後日の話だ。
 学校に着くと教室へと向かう。香里と北川には、佐祐理さんたちのことは内緒にしておいてくれと頼んでおいた。了解とでも言わんばかりに敬礼する二人に、ぷっ! と俺は吹き出してしまった。
 ガラガラッと扉を開ける。案の定、教室の中には、恨めしそうに俺の顔を見遣る爆睡眠り姫が…。
「祐一…。わたしたちに謝る気になったかお? …んっ? でも服装がよれよれじゃないお? それに顔も汚れてないし……。も、もしかして香里たちが? か〜お〜り〜!! 素直に言うんだお〜!!」
 そう言うと名雪は香里たちのほうを睨む。たぶん俺をかくまっていると思ったんだろうな…。ギロリと香里たちのほうを睨む名雪。睨む名雪を尻目に、香里はしっしとあしらうような仕草をして…。
「ちょっと、名雪!! あたしが相沢君をかくまっているって言う証拠がどこにあるって言うの?! ロッテファンのあたしがあんな“半珍”のファンの相沢君をかくまうとでも思ってるわけ? バカも休み休み言いなさいよね! 全く〜…」
 そんなことを言うと俺にだけ分かるように手を顔のところに持ってきて口パクで“ごめん”と謝った。名雪に気付かれないための処置なんだろうが、いくらなんでも“半珍”はないだろう?  “半珍”は…。
「じゃあ、北川くんが?」
「おいおい。何で俺がこんなどうでもいい奴をかくまわにゃならんのだ? バカをいうのも大概にしてくれ…」
 北川はそういうと名雪を適当にあしらう。って、北川! どうでもいい奴ってどういうことなんだ? 北川を見ると香里と同じように謝っていた。ありがたいとは思うもののどこか腑に落ちない。まあ、名雪には気付かれなかったけど…。名雪を見ると、一人ぶつぶつ何事か呟いている。が、聞いてはいけないような気がしたので俺は自分の机に腰を下ろした。


 授業中……、名雪はぷぅ〜っと膨れていた。まあ、もともと名雪はお子ちゃまのような童顔なので、そんな顔をしてもそんなには迫力はない。だけどな…、授業も聞かずず〜っと半眼で俺を睨むのは止めてくれないか? 先生たちも俺たちのそばを通る時、悪寒を感じたのかぶるぶる震えてたぞ? そんなこんなで昼休み…。
「相沢君、お昼休みだよ♪」
 香里が名雪のまねをしてこう言う。まあ、香里が言ってもそんなに可愛くはないんだけどな…。って言うかあれは名雪の専売特許のような気がする……。
「なんですって!!」
 またも俺は大きな独り言を言っていたようだ…。香里は目くじらを立てて、俺を睨む。睨まれること数分……。香里はふぅ…、とため息をつくと、
「……で? 相沢君…。お昼ご飯はどうするの? って、ああっ、そっか。相沢君、倉田先輩に……」
「ああ、俺にはこれがあるんでな…」
 どん! と佐祐理さんの手作りお弁当を机の上に広げる。ちなみに名雪はいない。多分栞のところにでも行ったんだろうな。教室を出て行く際に、“祐一、覚悟しておくんだお? ふふふっ…”って怪しく笑いながら出て行ったし…。今ごろは俺への対応策を話し合ってるんだろう。お弁当を広げる。あっという間にお弁当を平らげる。言わずもがな、佐祐理さんのお弁当は相変わらずうまかった。というかあれはもう秋子さんの域に達してるよな…。と、今回食べたお弁当でつくづくそう思った。
 ふぅ〜っと、お弁当を平らげて人心地つく……。と、ここで重要なことを思い出す。天野だ…。天野とはあの一件以来話をしていない。と言うか、話をしようとしても、上目遣いに寂しそうに見つめてくるだけで、全く話にならないのだ。その顔は某最終兵器彼女のヒロインのようで、思わず“うっ!!”となってしまう。まずは誤解を解かなければ…。そう思った。
 香里たちに天野のところへ言ってくる旨を伝え、俺は教室を出る。確か天野の教室は……と、うろ覚えにある教室までやって来る。教室の中を覗くと…、いた! アンニュイな表情で頬杖をしながら座っている。なかなか絵になるよな。天野のそういう表情って…。そう思ったが、ぶるぶると頭を振りそこら辺にいる女子生徒を呼ぶと、
「ちょっと君? 天野さんを呼んできてくれないかな? 俺、彼女の知り合いで3年の相沢って言うんだけど」
 と、お願いした。彼女は何を勘違いしたのか…、にっこり微笑むと、
「分かりました…。お承り致します。……でも、あまり女の子を泣かしちゃダメですよ? 先輩♪」
 そう言うと天野のほうに向かっていく。はぁ? ぽかんと口を開けたままの俺。な、何を言ってる? あの子。まるで俺が天野の彼氏みたいな発言だったぞ? ま、まあ、深くは考えないようにしよう。空恐ろしい気がする。それに俺にはやらないといけないことがあるんだ。誤解を解くことが……。
 と、そう考えているうちに天野が出てくる。上目遣いで、ぷぅ〜っと頬を膨らませながら、
「何かご用ですか? 相沢さん…」
 むすっとした表情でこう言う。興奮したりすると地の言葉が出てしまう天野だが、いつもはこんな感じだ。というか地の言葉を使う天野を知っているのは、俺たちと天野の親御さんくらいだろうな…。まあ、今はこんなところで油を売ってる場合じゃない。そう思った俺は、
「なあ、ちょっと話があるんだが、いいか?」
 そう言う。何も言わずこくんと頷く天野。天野の手を引き、屋上へと向かう。ぎぎぎと重い扉を開けると秋の日差しが柔らかな光とともに屋上に差し込んだ。名雪たちが潜んでいないかを確認すると、俺は事の顛末、そして今も俺が阪神ファン(アンチ巨人)であることを佐祐理さんたちの時と同じように言って聞かせた。
「…と言う訳だ。天野。信じてくれるか?」
「うん…。うん…。信じるべ…。祐ちゃん…。なあ、祐ちゃん、今までイジワルして悪かったべさ…。ごめんね?」
 天野はそう言うと、頭を下げる。が、なかなか頭を上げてくれない。よく見ると肩がぷるぷる震えていた。泣いているんだろうな。天野の頭を優しく撫でながら俺はそう思った。
 まあ、これで誤解も全部解けた。後は応援するだけだ。名雪たちお子ちゃま4人組に目に物言わせてやる!! あんな理不尽な理由で俺を家から追い出したお子ちゃまたちに復讐だ!! 待ってろよ〜っ!! まだ見えない一番星に向かって俺はそう復讐を誓った。


 あれやこれやと、名雪たちお子ちゃま4人組への復讐計画を練っているうちに、とうとうタイガースもマジック1になる。今日試合に勝てば優勝だ。しかも、相手はにっくき巨人…。あいつらは今、必死で応援してるんだろうなと、佐祐理さんたちと衛星放送の阪神巨人戦のテレビ中継を見ながら思った。
 そして…、9回2アウト、あと一人…。“あと一人コール”が流れる中、最後のバッターの打球を金本が掴んだ瞬間、俺の復讐計画は一気にどこかへ吹っ飛んで行った。
「やった…。ついに、ついに…、ううっ、うううっ……」
 嬉し涙とともに、今までの苦労が…。あの分からず屋のお子ちゃまたちに散々文句を言われ、涙で脅迫され、挙句の果てに奢らされ続けてきたときの苦労が胸の奥底から湧き出して、俺は感極まって男泣きに泣いてしまった。
 佐祐理さんたちは、そんな俺を優しく介抱してくれる。ああ…、阪神ファンの少ない北海道での暮らしの中で、こんなに嬉しいことは滅多にない。いつもはあのお子ちゃま4人組に睨まれて、怯えて暮らす毎日…。だがそれも今日で終わりだ。と、俺はその時はそう思っていた。それが間違いであると気付くのは、学校へ行き教室へ入ったときだ。
 深夜は深夜で優勝のビールかけなんかや、阪神優勝記念特番などもリアルタイムで見た。今年の戦い方を見ていると、なんていうか、王者の風格があるよな。優勝特番を見ながらそう感じた。で、ふと気がつくと…。朝日がカーテン越しに輝いてるような、そんな時間だった。
「…ごめんなさい。祐一さん…。佐祐理、昨日ははしゃぎすぎちゃってて、お寝坊をしてしまって祐一さんのお弁当を作れなかったんです〜……。ふ、ふぁあああああ〜」
 ぺこぺこと頭を下げる佐祐理さん。その顔はとても眠たそうだった。現に欠伸をしているし…。…それもそうだろうな…。俺は思った。夕べは優勝記念番組を午前1時ごろまで俺と見てたんだから……。ちなみに天野は9時半くらいににこにこしながら帰っていった。舞は午前12時ぐらいに“祐一…眠い……。寝る…”とか言って寝ちゃったし…。佐祐理さんも午前1時までは頑張ってくれてたんだけど、もう限界ですぅという表情で…。
「ふぁぁぁ…。祐一さん。ごめんなふぁ〜い。佐祐理も限界みたいですぅ…。むにゅ…。先にお休みさせてもらえまふか?」
「あっ? ああ…、ごめんごめん。佐祐理さん。俺に気を使ってくれたんだね? そんなに気を使わなくてもよかったのに…。舞みたいにさ、先に寝てくれてもよかったんだよ?」
「でも祐一さん、一人じゃ寂しいんじゃないかって…。ふ、ふぁぁぁ…。ごめんなふぁい…。お先に失礼しますねぇ〜。ふぁぁぁぁぁ…、むにゅ…」
 そう言うと俺は佐祐理さんの顔を見る。眠たそうに目を擦り微笑みながらこう言ってくれる佐祐理さん。そんな佐祐理さんが健気でとても可愛いと思った。いつも俺や舞や他の人のことを最優先で考えてくれる佐祐理さん。ちょっとは自分のことも考えてほしいと思う。だけどそれが佐祐理さんなんだろうな……。寝室へと消える佐祐理さんを見ながら“ありがとう、佐祐理さん…”心の中でそう一言言った。
 特番も終わりうとうとと1時間ばかり横になる。今日からは水瀬家で…、俺の部屋で眠れるんだな…。そう腕枕をしながら目を閉じる。タイマーはセットしたし…。まあ大丈夫だろう。そう思い少しの間眠った。
“ピピピピ…、ピピピピ…、ピピピピ…、ピピピピ…”
 ピッ…。タイマーを止める。うーんと背伸びをする。清清しい朝だ。優勝の余韻に浸りながら荷物をまとめた。ちなみに荷物は学校の帰りにここに寄って、今までお世話になった佐祐理さんたちにプレゼントの一つでも買って、お礼の言葉と一緒に持って帰る予定だ。と、そうこうしているうちに、佐祐理さんが起きてきた。
「おはようございますぅ〜。祐一さん…。ふ、ふぁぁぁぁぁ〜、って……、ああっ!!」
 以下は前述の通りだ。って! 佐祐理さん、正味6時間くらいしか寝てないじゃないか?! こりゃいかん。俺はともかく命の恩人にこんな無礼なことをすれば人間失格だ! そう思い、微笑みながら佐祐理さんの肩を押し、寝室へ向かう。寝室の扉の前、眠そうな佐祐理さんに向かい、優しく言った。
「佐祐理さん、今日までありがとうございました。荷物のほうは今日の帰りにでも持って帰ろうと思ってます。じゃあ、もうそろそろ時間なんで…」
「ふぁい、行ってらふぁ〜い…」
 簡単にお礼を言うと、学校へと向かう。眠そうに瞼を擦りながら手を振ってくれる佐祐理さん。アパート最後の日? …佐祐理さんには迷惑かけっぱなしだったなぁ。まあ、舞にも…。そのお礼といってはなんだが、帰りにでも佐祐理さんの好きそうなケーキと…、牛丼(特盛)でも買って帰ろうっと……。そう思いながら学校へと歩いていると…、
「相沢君、優勝おめでとう! 良かったわねっ!!」
「よっ! 相沢。昨日の試合ニュースで見させてもらったけど…、良かったな!」
 いつもの面々と会う。そういやこの二人にもいろいろ助けてもらったよなぁ〜。何ていうかアンチ巨人同盟と言ったところか……。そう思った俺は、
「ああ、ありがとう。おかげさまで巨人を倒して優勝することが出来たよ…。これも名雪に黙ってておいてくれた香里たちのおかげだ……。ありがとう……。で優勝記念というのはあれなんだがな……、何かお礼させてくれないか?」
 そう言う。香里と北川は顔を見合わせると……、ぷっと吹き出す。俺には訳が分からない。しばらくくすくすお互いの顔を見合って笑う。ようやく笑うのを止めると香里が向こうのほうを見てこう言う。
「相沢君らしいわね……。まあ、行為だけはありがたく受けとっとくわ…。で、一応聞いとくけど〜…、栞たちが後ろにいること…、気付いてる?」
「はぁ? ど、どこ…」
「……見ないほうがいいと思うぞ?……。俺はな?……」
 北川はそうぼそっと言うと深いため息を“はぁ〜っ”とついた。き、急に悪寒がしてきたぞ? 栞たちってことは…、たちってことは?……、も…、もしかして??…。俺は青ざめた顔でこう聞いた。
「ひょ、ひょっとして爆睡眠り姫と、その一味か?」
 小声で言うと小さくうんと頷く香里と北川…。一気に青ざめる俺。じょ、じょじょじょ冗談じゃない!! 優勝気分も一気にどこかへ吹っ飛んだ! がくがくぶるぶるとその方向を見ると……。案の定、3人のお子ちゃまが俺をう〜っと睨みつけていた。ただ一人、お子ちゃま4人組のリーダー、名雪だけは優しそうな笑みを浮かべてたけどな…。


「祐一さんのせいですっ!! 清原も元木も辞めちゃって…。どうしてくれるんですかっ?! 私の好きな選手が全部いなくなっちゃったじゃないですかっ?! ……そ…、それもこれも…、全部全部ぜ〜んぶ祐一さんのせいなんですからねっ?! 祐一さん、大嫌いですっ!! えぅ〜っ!!……」
 セリーグの試合がすべて終わり、巨人は5位と落ち着いた。パリーグはロッテが優勝した。香里はもう狂喜乱舞していた。よほど嬉しかったんだろうな。学校に来てまで誰かれ構わず呼び止めて“ロッテ優勝!!”とか言ってたし.…。まあ、何せ31年ぶりの優勝だからな…、感慨も一入ってとこなんだろう。
 北川は悔しそうな表情で香里のほうを見てたけどな…。まあ、それがプレーオフ制度なんだから仕方ないんじゃないのか? と、悔しそうな北川の顔を見ながら俺はそう思った。まっ、パリーグファンを自称する北川だ。すぐにロッテの応援に回るんだろうけどさ……。
 で、俺はまだ舞と佐祐理さんのアパートに居候している。なぜって? それは……。あまり大きな声では言えないが、我がタイガースが優勝を決めた日の翌日のことだ。その日の名雪は妙に機嫌がよかった。まあ、名雪も何だかんだ言ってセリーグが好きなんだな…。そう思っていた。その日の帰りも機嫌よく部活へと向かっていった。ところが……。
 佐祐理さんから荷物を受け取って、久しぶりに水瀬家に帰る。半月か……。長いようで短いようでと下らないことを考えながらようやく元の居候先、水瀬家へと着く。と、んんっ? 玄関先にはリヤカーがあり、その上には俺の部屋の荷物らしい物が、でんっ! と置いてあった。な、何でだぁ〜? 訳も分からずリヤカーのほうに行ってみる。やっぱり俺の部屋の荷物一式だった。何か嫌〜な予感が…。んっ? 荷物の上、何か手紙が置いてあるぞ? 手紙を開けて読んでみた。そこには…、

“祐一へ……。巨人に対する悪逆非道な言動、巨人への不忠誠、本当はものすご〜く弱い“半珍”ファン、罪状はまだまだい〜っぱいあるけど、便箋にいっぱいになっちゃうから書かないでおくお? で、わたしたち水瀬家最高会議の下した判決は…、祐一は水瀬家永久追放ってことになったお…。祐一が改心して“絶対巨人主義者”になるまでおうちには入れてあげないお?…。ふふふっ。まあせいぜい、弱っちい“半珍”の応援でもすることだね…。ふふふのふっ…。                                                                            −水瀬家最高会議議長・名雪−”

 な、ななな、なんじゃこりゃぁぁぁ〜〜〜〜っ!! ご近所に響くような大きな声が響く。じょ、じょじょじょ冗談じゃないやい! 扉のところに手を持って行こうとして…、ぎょっと目を剥いた。玄関の向こう側にあゆと真琴が睨んでる姿がすりガラス移ってるじゃないかぁ!! しし、しかもオレンジ色の物体も見えてるし!! 多分最終兵器なんだろうなぁ〜…。あああああ……、入れない…。入ったら確実に死が待ってる。ううううううっ…。とぼとぼと歩きながら滂沱の涙を流しつつリヤカーを押す俺であった……。で、行くあてのない俺は、仕方なくまた舞と佐祐理さんのアパートへと向かう。ピンポーンとチャイムを押す。
「あっ、祐一さん。どうぞ…」
「…祐一。名雪のとこからまた追い出された…。これからは私たちと一緒…」
 佐祐理さんと舞はそう言うと俺を温かく中へ入れてくれる。思わず涙がこみ上げて俺は男泣きに泣いてしまった。名雪の理不尽な謀略と、ここにいる優しいお姉さん2人の温かい愛情で胸が張り裂けそうだったことを今日の日記に記しておこう…。そう思う、日本シリーズ前のある気持ちのいい秋の日だった。

おわり

おまけ

 ロッテ優勝の翌日、突然栞が香里に謝りに来る。何でだ? あれだけ巨人主義だったのに…。ロッテなんか社会人野球? としか思ってなかったくせに…。何か裏があるのか? そう思い栞の言葉を待った。香里に向かってしおらしく栞はこう言う……。
「お姉ちゃん。ごめんなさい。私、どうかしてました…。野球は巨人ばかりじゃないんですよね? 私…愚かでした…。これからはロッテも応援します。パリーグも応援します…。だから、だからごめんなさいですっ!!」
 そう言って、香里に抱きつくと俺にだけ見えるようにあかんベーっと舌を出す。さ、策略か? 名雪の? と、名雪のほうを見てみると香里たちを見つめてうるうると目を滲ませていた。…が、香里たちの見えないところでベーっと舌を出す。出している対象は俺だ…。香里は突然のことに驚くも、ひしっと栞を抱きしめて…。
「うん。うん。栞。あなたなら分かってくれるって思ってたわ…。お家に帰って一緒にロッテを応援しましょう?」
「はい!! お姉ちゃん! あのにっくき阪神を倒すために!!」
 香里…、栞の本心はそこにあるんだぞ〜? 気付いてくれ〜とは思ったが、シスコンの香里には俺の心の叫びは聞こえるはずもなく…。
「早速栞用のはっぴとか応援グッズを揃えなくっちゃ…。うふ、うふ、うふふふふ……」
 と、まるで魔界にでも入ったかのように狂気の扉を開いていた。名雪は香里の前でちょっと涙目になりつつこう言う…。
「わたしもごめんだよ。香里。あゆちゃんや真琴も香里や北川くんに謝っておいてって…。野球はやっぱり巨人だけじゃないんだよね? 他の球団だって頑張ってるんだよね? ごめんだよ…」
「やっと水瀬も分かってくれたか!! 俺は嬉しいぞ〜っ!! うううっ……」
 いや、だからこれは名雪と栞の策略なんだって…。香里先生ともあろう者がそんなお子ちゃまの策略に引っかかるなんて…。あろうはずがないっ!! 北川も北川だっ! そんな子供だましのウソ泣きに引っかかるなぁ〜!!
「うるさいぞ、相沢ぁ〜!! 俺たちがせっかく意気投合してるってときに水を指しやがって…」
「そうよそうよ、相沢君。あたしたちがよりを戻したら何か悪いことでもあるの?」
「いや、よく見てくれ!! 名雪たちがほんとに改心してるように見えるのかっ?」
 北川と香里がぐぐぐっと睨む中、後ろでは、いーっ! と口の両端を指で広げる栞とか、べーっ! と舌をべろんべろん横にふっている名雪とか、まるで子供の喧嘩のような態度のお子ちゃま2人。香里たちが振り返ると急に…、
「うううっ……」
 としおらしくなる。ひ、卑怯だ! いくらなんでも卑怯すぎるっ!! とは思ったが名雪たちにそんなことを言うと、あの戦乙女とその眷属がなんて言ってくるか…。空恐ろしい…。これにまだ、輪を掛けてお子ちゃまなあゆと真琴がいるんだった……。恐怖で顔が引きつった……。
 ♪ 何かぁ〜らぁ〜、何まぁ〜でぇ〜、真ぁ〜っくぅ〜らぁ〜闇よぉ〜…。 ♪
 と、そんな時代錯誤の音楽が俺の脳裏に響いてくる。香里たちの嬉しそうな顔を見ながら、俺はこれから起こる不幸を呪った。そんなプロ野球改革元年の、日本シリーズも始まろうかという前のある気持ちのいい秋の日だった……。

ほんとにおわり