年長さんの歯医者さん騒動記


「うわぁぁぁぁ〜ん。どうしていっつもこの時期になると歯が痛くなるのよ〜っ。うわぁぁぁぁぁぁ〜ん」
「そりゃお前が、“虫歯なんて怖くないんだよ〜。るんらら〜” って言って毎日甘いもんばっかり食って、歯磨きを怠るからだろ? 全く…。付き合わされるこっちの身にもなってくれって言うんだ…。はぁ〜」
 今日4月23日は、俺の可愛い幼馴染みで彼女な早坂日和の誕生日だ。まあ誕生日と言うからには嬉しくてにこにこ顔になるっていうのが本筋なんだろうがどう言う訳かこいつの誕生日にはいっつも泣いている気がするんだが…。例のごとくと言うか何と言うかだが、今年も日和は虫歯になった。まあ普段からあれだけ甘いものを食べても歯磨きを怠っていると虫歯になって当然なのかも知れないが。と言うかならん方がおかしいわけだが…。で、今だ。嫌がる日和を無理矢理引っ張っていつもの歯医者のほうに向かっている俺がいるのだ。俺と日和、歳は同じなわけだが生まれは日和の方が1ヶ月早いわけだからほんのちょっぴりだけど年上って言うことになるのか? まあ年上にしたってこのぽんこつさんじゃあお姉さんって言うほうが無理なんじゃねーのかな? 何せ今でも怖い夢を見たらマイシスターや俺のところへ潜り込んでくるくらいだからな…。
「そ、そんなに早足で歩かないでよ〜。こ、ここ、心の準備がぁ〜」
「早足で歩かないとお前ののろのろ足じゃ日が暮れちまうじゃねーかよ。そうやってわざと遅らせて、“歯医者が仕舞いになったらいいや♪” とか考えてるのがお前のへっぽこ顔を見てたらありありと分かるぞ? ほれ、きりきり歩け!! きりきり!」
 怖いのはしようがないにしても、歩くスピードまで遅くなるのはどうかと思うぞ? うん。普段なら10分少々で目的地に着くところが現在家を出てから30分は悠に超えているわけで。全く。去年何がしらの進歩でもあったのか? と一瞬でも心に思ってしまった自分を大いに恥じる。とにかく早足で歩けと言わんばかりに歩こうとする俺と、それを制止させようとしているかのようにテコでも動かない日和とまあこんな感じで往来の激しい幹線道路の端の歩道でこのぽんこつへっぽこ幼馴染みとの戦いの真っ最中なわけだ。
 去年は確か1人で行かしたのだが、そのあと1週間ほど俺の弁当が昔ながらの日の丸弁当に代わっていたのはご愛嬌と言った感じか…。とにかくもう20歳にもなったんだからそんな駄々っ子みたいな真似は止めにしようやと言いたいわけだが、このぽんこつさんには何を言っても聞かないだろうな? ぷく〜っと頬をフグのように膨らませて上目遣いに睨んでる顔はとても20歳には思えん。そこへ来るとマイシスターはすごく分かってると言うか落ち着いてると言うか…。とてもこのぽんこつさんと1つ年下だとは思えんわけだ…。この間も何がしらの用事で義妹と2人、出かけたのだが伺った先で、“ぜひうちの嫁に…” と言われてしまった。まあそのことはおいおい話すこととして、今はこのへっぽこ同居人をどうにかしないといけない。と思いつつ頭を捻っているとふといいアイデアが浮かぶ。金は相当飛ぶが背に腹は換えられんわけだし、それに何と言ってもこいつの誕生日だからな? 今日は…。そう思い条件を出すと、何でか知らないが今までテコでも動かなかったのにすっすすっすと足は動く。全く、現金なやつめ…。と思いつつもにっこり笑ってしまう俺がいた。


 いつもの歯医者に着く。ここまで要した時間、約35分。30分はまあ前述の通り俺の隣りで借りてきた猫のように大人しくなっている幼馴染みの同居人のせいなんだが…。後の5分は早かったよなぁ〜っと我ながら思うわけで。と言うかへっぽこ幼馴染みの驚異的なスピードに正直驚かされたのも事実なわけだ。でその幼馴染みはと言うと…。
「お兄ちゃん。絶対絶対横についててね? 手も離さないでね?」
 とこうだ。どこの家庭に21歳にもなってそんな子供のようにおびえるやつがいるのか? と言いたいわけなんだが、そう言ってしまうと俺の今後の食卓が非常に味気ないものになってしまうのは必至なのでそれは敢えて言わないことにする。と表通りを豪快な爆音を轟かせながらバイクか何かが走って来たかと思えばちょうど俺たちの歯医者の横の駐車場に止まったようだ。降りてくる人影を見るとどこかで会ったような? って! ありゃ健次さんじゃねーか。ありゃ。隣りのやけにちびっこいのは確か健次さんの従姉のひかりさんだったか? 同名の彼は俺より3つ年上の24歳。従姉のひかりさんは彼より1つ年上だと聞いている。入ってくる2人。何だかあっちも険悪な雰囲気が漂ってるなぁ〜と思いつつも声を掛ける。
「おっ? 片瀬に日和じゃねーか。約半年振りだな、元気にしてたか?」
「お久しぶりっす。健次さん。あ〜、いや俺はこの通り元気なんスけどね?…」
 そう言って隣のへっぽこ幼馴染みのほうを見てはぁ〜っとため息をつく俺。日和はと言うと何かしらぶつぶつ文句を言っているようだがここは敢えて無視して健次さんとひかりさんが来た理由を聞いてみた。“虫歯だよ虫歯…” ちょんちょんと自分の頬に指を当てて、つかさずひかりさんのほうに指を差す健次さん。なるほど…、と妙に納得する俺。と言うのもひかりさんの右の方の頬が漫画かアニメの虫歯の形容とそっくりなようにぷく〜っと腫れ上っていたからだ。
「こいつ、痛いくせに全然行きやがろうとしないもんだから、余計に悪化してきてな? たまたま親父の用事で着た俺に伯母さんが、“連れてってあげて欲しいの〜” 何てせがまれてだな? って! いってぇ〜。何しやがる!!」
 弁慶の泣き所を蹴り上げるとふんっ! と涙目になりながらそっぽを向くひかりさん。その表情はどことなしか俺の天敵であり悪友であり、ちょうど同じ背格好な健康優良児のことを思い出させる。まああいつは歯は丈夫な方だからこんなところへは一生かかっても来ないだろうけどよ…。っていけね〜、診察券出すの忘れてた。そう思い、“一緒に出しときましょうか” と言うと、“ああ、頼むわ” と言って診察券を俺に手渡す健次さん。受け付けに行き2人の診察券をお姉さんに見せる。今日は2人の医者が診ているんだそうで同時に呼んでくれるらしい。ぽんこつさんは? と今日の診察券を貰いながら後ろを振り返ると健次さんに手を掴まれてるせいで身動きが出来ず、俺の顔と健次さんの顔を交互にむ〜っとした顔で睨んでいる。相変わらずのへっぽこ顔なのはご愛嬌って言うところか…。しかし健次さん。よく俺の彼女の特性を見抜きましたね? 椅子に腰掛けてそう聞くと、
「七海もそう言うところがあるから…、だからだろうな?」
 そう言って、ぎこちなく微笑む。顔には嫌〜な汗がたらたら流れているのが分かった。多分ひかりさんに聞かれていることが原因なんじゃないかな? と俺はそう思った。それが間違いであると気づくのはもう少し後になってからだ。とそうこうしているうちに順番は次らしい。マイシスター雪希は歯科衛生士の勉強に行っていて家を留守にすることが多くなった。今は教育実習で歯医者のほうに行ってるんだとか…。どこに配属されているかは聞かなかったがまああのしっかり者のマイシスターのことだからどこへ行っても大丈夫だろう。そう思いつつへっぽこ居候の手をしっかり掴む。いつかは目を放した隙に逃げられたこともあったからな? とにかくお前もいい大人なんだからもうちょっとしっかりしてくれ! と思うのは俺の間違いだろうか? そんなことを考えてると、“日和お姉ちゃ〜ん…。じゃなかった早坂日和さ〜ん。仲里ひかりさ〜ん、どうぞ〜” 日和とひかりさんに死刑宣告のような声が聞こえてくる。ってちょっと待て? この聞き慣れた声はひょっとして…。と思い声のほうを見るとマイシスター雪希がちょっと怒ったような顔をしながら立っていた。もちろん俺にではなく、俺の隣り、うわぁぁ〜んと泣いている幼馴染みの同居人に対してなんだがな?


「ゆひはんはおほっへはほ〜っ!!(雪希ちゃんが怒ってたよ〜っ!!) うわぁぁぁ〜ん」
「そりゃ当たり前だろうぜ…。歯磨き怠ってたって言うことがバレりゃ〜なぁ〜…」
 そう言い合いながら前方を見るとぶつぶつん文句を言うひかりさんとそれに対しまるで時代劇の悪徳商人が代官にご機嫌を取るかのように手をすり合わせている健次さんが見える。何だ〜っと思い様子を伺ってみる。
「べ、別に忘れてたわけじゃねーって…。たまたまその日は七海と鈴夏と一緒に美空ん家に遊びに行くことになって…って、痛って〜っ!!」
「削られた歯がまだ痛いっていうのに…。ううう〜。それなのにこのあたしの誕生日も忘れるなんてますます悪いわ!! バカ健次が〜っ!! 従姉妹のお姉ちゃんのこのあたしの誕生日だからドキドキしながら待ってたって言うのに連絡も何も寄越さないで〜! 毎年呼ばれなくても来るくせに七海とちょ〜っといい関係になった途端にあたしのことは放ったらかしか〜っ!! しかも美空の家ってうちの隣り町じゃないのよ!!」
 健次さんがひかりさんに頭をぽかぽか叩かれていた。そうだ…。この人たちっててうちのあの唯我独尊の従姉、美空姉と知り合いだったんだと今更ながら気づく。っていうか同じ名前だからか叩かれているのを見ていると俺まで痛いような感覚になってきちまう。ここへくると日和はまだましかな? と思う。ちなみにひかりさんの誕生日は3月21日、1ヶ月以上前って言うことになるらしい。まあ俺も美空姉の誕生日は未だに覚えてねーしな? その辺は仕方ないのかもしれないが…。でもなぁ〜。誕生日って言う柄でもないだろうに…。と思ってると、日和がちょんちょんっと指で合図する。な、何だ? と日和のほうを見るとぶるぶる震えていた。何か怖いものでも見たのか? と思って、前を見ると。…ひかりさんにこっぴどく怒られた。まるでいるはずもない美空姉がそこにいるかのようだったと今日の日記(書いてないけどな?)に記しておこう。
「もう! あんたたちって名前だけじゃなくって性格も同じねっ!! 全く…。ぶつぶつぶつ」
「まあまあひかりさん。お兄ちゃ…、コ、コホン、けんちゃんも健次さんも反省しているようですから…」
 ナイスフォローだ。日和。今までぽんこつだのへっぽこだの言ってきたが今日のこの言葉ですべて洗い流してやる。と言うかこっちが謝りたいくらいだ。そう思って日和の顔をまじまじと見つめる。とどう言うわけか、“あっ、でもでもけんちゃんったら酷いんですよ〜。いっつもわたしのことを、‘ぽんこつ’だの‘へっぽこ’だのって言ってくるし、この間だってわたしが残しておいたおやつを一人で食べちゃうし…。ぐっすん。しくしくしく…” とこの際とばかりに俺の悪口? を言いふらす。前言撤回!! やっぱりお前はぽんこつのへっぽこだ〜っと日和のほうを睨むと横で聞いてたひかりさんに思いっきり怖い目で睨み返された。とほほ…。
「とにかく! 今夜は罰としてあたしたちの誕生日会を盛大に開くこと! 友坂健次!! あんたは七海や鈴夏や多恵や佐倉さんを迎えに行くこと! それから片瀬健二!! あんたもお友達を呼ぶこと、それから美空にも連絡つけとくこと! 分かった?!」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ! バイクは3人も4人も乗せられねーぞ? それにもう夕方だし…」
 いつの間にかひかりさんに仕切られていた。まあ元々は日頃から日和のことをぽんこつだのへっぽこだの言っていた俺に対する罰なのかも知れん。が、もうちょっと神様もイタズラしないでほしいところだ。向こうの方ではまだ言い合いが続いている。だけどもう決まってしまった感があるから、これ以上言い合っていても埒が明かないと俺は思い直して、隣りにいる日和に先に帰ってお客様用の布団を出しておくのと、買い物とを頼んだ。あ、あと清香たちや美空姉の連絡もな? これは後で知ったことだが、もうひかりさんは予め七海さんたちに連絡していたらしく、健次さんは駅に迎えに行かされた。で俺に家に着くなり妹の鈴夏ちゃんに巴投げを食らわされ奥の座敷まで飛ばされていた。かと言う俺も例外ではなくて、腕ひじき十字固めなんぞを極められてしまった訳だが…。もう一つ俺には怖いものがある。それは…。


「お友達のお誕生日も忘れる健二さんは、めっ! ですからね?」
 ぷぅ〜っと頬を膨らませた麻美先輩からのこの一言が何より堪えたわけで…。今回は俺の味方であろう雪希も、日和のことで俺に言いたいことがあるのか(多分俺に日和のことをもう少し見てやってと言うことなんだと思うが)、ちょっと怒ったような目で上目遣いにじろりと睨んでいる。清香と進藤はと言うと俺のあることないことをもっとも凶悪な美空姉に喋っているわけで…。向こうは向こうで妹の鈴夏ちゃんに羽交い絞めにされた挙句、多恵先輩って言う麻美先輩と同い年くらいの人に懇々とお説教を受けていた。と健次さんと目が合う。
“お互い大変ですね?‘だな?’”
 と言うような目ではぁ〜っとため息をついてしまい、それが元でまたお説教を喰らってしまう今日4月23日、俺のぽんこつへっぽこだけど可愛い彼女、早坂日和の誕生日だ。ちなみに、誕生日会のほうは大いに盛り上がり明け方近くまで盛り上がったことを付け足しておこう。結構どんちゃかやっていたものだから、それが元で翌日の朝からしばらくご近所さんからは生温かい目で見られたことも付け足しておく。とほほ…。

END