オレは、悲しかった。
 なぜ彼女が、こんな悲しい目にあわなければいけないのだろう…。
 オレはある病院にいた…。そこには一人の少女が眠っていた……。


永遠の彼女

改訂版


 学校の先生にも、仲の良かった友達にも、果ては親にまで見放されてしまった琴音ちゃん…。
 ひとりぼっちで泣いていた。オレは、そんな彼女が可哀想でならなかった。放っておけなかった。オレは、何とかそばにいてやりたいと思った。
 それなのに…。


 半年前、オレは琴音ちゃんと別れてしまった。原因はオレにある。
 オレの優しさが逆に彼女を傷つけてしまった。彼女が今まで練習してきた超能力が暴発してしまったとき、オレは、何も出来なかった。
「嫌になってしまいました…」
 彼女は、そう言うと悲しそうにオレの方を見ていた。瞼を閉じてこう言う…。
「わたしのチカラは止められないんです…」
「なに言ってるんだ! 琴音ちゃん! 練習の成果は確実に上がってきてるだろ…。たまたま悪い事が重なっただけじゃねーか! だから…、だから!!」
 オレはそう言う。練習の成果も上がってきていた。ただ…、あの時。あの時、オレが早く気付いていれば…。
「わたしのことはもう放っておいて下さい!! わたしはこうしてチカラでみんなを傷つけて、結局ひとりぼっちになってしまうんです! どうしてなんですか? わたしだけがこんなチカラを持って…。わたしが何かいけないことしたんですか…」
 彼女は悲しそうに目を伏せる…。オレは、
「……琴音ちゃん」
 そう一言言った。いや、その一言だけしか出なかった。琴音ちゃんは目を伏せたまま言う…。
「もう…、手遅れなんですね…」
「琴音ちゃん…。そうじゃない、琴音ちゃん。琴音ちゃんにはオレがいるじゃねーか。もう少し頑張ってみようぜ。練習の成果だって…、たまたま悪いことが重なっちまったけど…、それでも成果は上がって来てるだろ…。だから、だから……」
 まだやり直せる…。ワン公だって2週間も経てば退院できるんだ。オレはそう思って琴音ちゃんに言った。だが彼女は…、目を伏せたまま……、
「もう一生懸命頑張りました。わたし、もう頑張れません…。それに…、見つけたんです」
「何を…、何を見つけたんだ! 琴音ちゃん!」
「どうして今まで気が付かなかったのかなって思いました。本当はもう藤田さんと会うこともないだろうって、そう思ったんです…。でも、こうなってしまったのは何かの縁ですね…」
 ま、まさか…。死ぬ気じゃ…。オレは琴音ちゃんの肩に手を掛けて俯いた彼女の顔を覗き込みながら…。
「嘘だろ。なっ、琴音ちゃん」
 そう聞いた。だが彼女はふるふると首を横に振ると…、
「本気…、です。今までわたしを鬱陶しく思ってきた人は、清清すると思いますよ? わたしさえいなくなれば、皆さん安心できますから…」
 そう言って立ち去ろうとする…。嘘だろ…。今まで頑張ってきたじゃねーか。
 オレと、頑張ってきたじゃねーか…。
「待って! 待ってくれ! 琴音ちゃん!!」
 オレは琴音ちゃんを呼び止める。琴音ちゃんは、くるっとオレの方に向き直り、そしてこう言った…。
「どうして止めるんですか? わたし…、爆弾と同じなんですよ? いなくなった方がいいじゃないですか…」
「こっ、琴音ちゃん! 待ってくれ! たまたま、そう…、たまたま悪い事が重なっただけじゃねーか! だから、これからの練習方法について二人でじっくり考えようぜ…。もう一度頑張ってみようぜ…。なっ?」
 俺は何とか彼女を引きとめようとする。そうでもしないと琴音ちゃんが…、オレの彼女が……、どこか遠くに行ってしまうような気がした……。
「だから、頑張ったって言ったじゃないですか…。わたしのことは放っておいてください…」
 引き止めようとしたオレは、その場に立ちすくんでしまった。顔を上げた琴音ちゃんの目を見る。琴音ちゃんの目には、涙がいっぱい浮かんでいて、とても悲しい目だった…。
「さよなら……」
 そう言うと彼女は、くるりと首をかえし歩いていく。目にいっぱい涙を浮かべながら…。
「ま、待ってくれ、琴音ちゃん!!!」
 オレは、説得を続けることにした。説得で、何とか死ぬことまでは押さえることは出来たが…。
 しかし、愛している娘を叱る事なんて、オレには出来なかった…。今思えば、それがすべての始まりだったんだろう…。
「もう少し、頑張ってみようぜ、なっ、琴音ちゃん」
「もう、聞きたくない!! 聞きたくありませんっ!! そんなことっ!!」
 そう言うと彼女は、駆け出していった。目にいっぱい涙をためて…。オレは後を追おうとした。
 …だが、追えなかった。オレはその場に立ち尽くしていた…。自分自身なぜ立ち尽くしていたか分からない。だが、オレは……。


 わたしは、走った。藤田さんに追いつかれないように一生懸命走った…。彼は追いかけてこようとはしなかった…。それでいい。わたしはそう思った。
 でも、なぜあんな優しい言葉しかかけてくれないの?…。なぜ叱ってはくれないの?…。なぜいつも、あんな優しい目でわたしを見つめているの?…。
 ……わたしはその時悟った。彼もまたわたしのことを、興味本位で近づいてきた人なんだって…。
 優しい言葉も、チカラの練習も、すべてあの人の興味で…。そう思うと今まで自分が信じてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていくような気がした…。
 家に着いた…。パパ達は、わたしのことを厄介者にしている。このチカラがわたしを襲うまでは、パパ達はわたしのことを可愛がってくれた…。
 でも…。今はただわたしのことを、ただの厄介者として見ている。もう、わたしは一人ぼっち……。誰もわたしのことなんか…。
 トントントントン…。きぃ〜。バタン…。
 自分の部屋に入ると途端に、今まで我慢していた涙が流れた…。悔しかった。誰に対してじゃない。自分のこの忌まわしいチカラに…。わたしは、泣いた……。
 ひとしきり泣いて、あることに気付いた。キーンと耳鳴りがする。一週間チカラを使ってこなかったから、エネルギーは凄いものがあるだろう…。
 だけど…。何も起こらなかった。わたしは一瞬目を疑った。普通なら物が壊れたり本棚の本が落ちたりするのに…。
 と、即座にわたしは理解する。これは、そう…。チカラのコントロールが出来たんだと…。悲しみがわたしのチカラと融合して、このチカラのコントロールが出来たんだと…。
 でも、それは虚しいだけだった…。こんな…、こんな風にコントロール出来るようになるより、藤田さんと頑張って二人で喜びたかった……。また、わたしの頬を涙が伝っていった…。


 オレはそれから、何度となく琴音ちゃんと接触を試みた。だが、彼女はオレが声をかけるたびに心を閉ざしていくようだった。それがオレには耐えられなかった…。
 オレは今、格闘技同好会に入部している。サンドバックを一心不乱に叩けば、オレ自身の気持ちの整理がつくと思ったからだ…。
「相変わらず、疫病神扱いされて、ひとりぼっちでいることが多いようです…。私も何度となく話しかけてみたんですが…。駄目でした」
 葵ちゃんが言った。彼女は格闘技同好会の主将であり、落ち込んでいるオレを、励ましてくれた娘である。
「そうか…」
 オレは、そう呟いた。彼女への罪悪感で押しつぶされそうになる。
「私、頑張って話しかけてみます。だから先輩、諦めないで下さい。先輩に諦められたら、琴音ちゃんは、彼女は、どこにも行くところがないんです!!」
 オレは、葵ちゃんにすべてをうち明けた。
 琴音ちゃんのこと、チカラのこと、彼女がオレの大事な娘だってこと、すべてを…。葵ちゃんは、チカラにはちょっと驚いていた。
 でも、オレの彼女だということはすでに分かっているようだった。
「分かったよ、葵ちゃん。オレ、頑張るよ」
「はいっ」
 オレは、これからも彼女と接触を続けたい……。そう思った。琴音ちゃんの閉じてしまった心の扉を、もう一度開かせてやりたい…。
 それがオレに課された宿命であるように……。そう思った……。


 オレはそれから毎日、琴音ちゃんの姿を探した。だが、彼女の姿はどこにもなかった。
 先生達にも彼女のことを聞いた。
 だけど、先生達も彼女とは一線を隠すようにオレの質問をかわしていく…。なぜ、彼女がこんな悲しい目にあわなければいけないんだろう…。そう思った…。
 そんな、ある日…。オレはいつも通り新聞受けに手紙が来ていないか見に行った…。
「なんだろう?……」
 宛先の書かれていない手紙が郵便受けに入ってあった…。
「いったい誰がこんなことを?…」
 最初はそう思った。だがオレは、薄々気付いていた。誰の手紙かということが…。とりあえずオレは、郵便受けから封筒を取り手紙を広げる…。
 手紙には、こう書かれてあった。
「藤田さん。わたしは悲しいです。わたし、チカラのコントロールが出来ました。でもそれは、藤田さん…。あなたと別れた後…。悲しかった。悲しくて、つらくて…。本当は、あなたと一緒に二人で頑張りたかった…。あなたと二人で喜びたかった。でも、もうそれも出来ません…。あなたのところに行きたい…。あなたにもう一度会いたい……。会ってもう一度お話したい。でも、わたしはあなたを恨んでいます。もし会ってしまったら、わたしはあなたを傷つけてしまうかもしれない。そんな気持ちが錯綜しているのです…。ですから、藤田さん…。もう…、わたしのことは忘れてください。お願いします…。                       −姫川琴音−」
 オレは、愕然とした……。


 わたしは今、一人大学病院の待合室にいる。パパ達はわたしには関わりたくないらしく、お金を振り込むとさっさと自分たちの職場に戻っていった。
 病院の待合室…。知っている顔なんて誰一人いない…。
 悲しかった…。看護婦さんに呼ばれてお医者さんのところへ行く。わたし一人だということにお医者さんは驚いて…、
「キミ…、ご両親は?」
 そう聞いた。わたしはふるふると首を横に振る…。看護婦さんがお医者さんに状況を説明してくれた。
「そうか……、昔の俺の彼女と同じだな…」
 そう言うとお医者さんは、寂しそうに微笑んだ。お医者さんの横のテーブルにはセピア色に変化した古めかしい女の子の写真が飾ってあった。
 わたしがその写真を見ていると…、
「何を見てるんだい? ……ああ。その子は俺の彼女だった女の子さ……」
「だったって?……」
「ああ、その子は俺がキミと同じくらいのときに病気でね……。俺の手の中で、眠るように天国に行ってしまったんだよ………。俺は彼女のような人を助けたい。そう思って、医者になったんだ…。ま、まあ今は、しがない研修医なんだけどね…」
 お医者さんはそう言うと寂しそうに微笑む。
 どことなく、その微笑んだ表情は藤田さんに似ていた…。秋の夕日に診察室が赤く照らされていた…。その日、わたしは病院に入院した。


 それから幾日か経ったある日…。
 オレは志保から琴音ちゃんのことを聞いた。最近琴音ちゃんの姿をあまり見かけない。葵ちゃんも心配していた。志保は、らしくない真面目な顔で言う…。
「ねえ、ヒロ…。琴音ちゃん、最近見かけないけど、あんた、何があったか知ってる? ……実は彼女、心臓に重い病気があるんだって…。子供の頃からだったらしいわ…。って、あんた、なによ? そのびっくりしたような顔は? まさか…、あんた、彼氏のくせして知らなかったんじゃないでしょうね〜?。…まあ、そのことはおいおい追求するとして…。あんたも、お見舞い行った方がいいんじゃない? あんたの彼女なんだしさ…」
 オレは目の前が真っ暗になった。その日の帰り、葵ちゃんやあかりたちと一緒に大学病院へと向かった。
 だが、面会時間は過ぎていて、仕方なく看護婦さんから琴音ちゃんの様子を聞いた……。
「え、ええ…。ちょっとした検査ですよ…。すぐに良くなると思いますよ…」
 ぎこちない笑みを浮かべて看護婦さんは微笑む。嘘だ…。とオレは直感した…。
 学校の先生にも、仲の良かった友達にも、果ては親にまで見放されてしまった琴音ちゃん…。そんな彼女を救ってやりたいと思った。
 悲しみの淵から彼女を助けてやりたいと思った……。でも、オレは彼女を、可愛い彼女を助けてやれないでいる。
「何か、心配事でもあるの? 浩之ちゃん…」
「い、いや、何でもねえよ…」
 帰り道。志保たちと別れて二人で帰る道すがら、あかりがオレの顔を心配そうにのぞき込んでそんなことを言った。ちなみにあかりたちには琴音ちゃんの心臓病のことは言っていない。あかりたちには……、
“風邪をこじらせた”
 と言った。あまりあかりたちに心配をかけさしたくなかった。志保にも釘を刺しておいた。
 あかりは、オレの嘘を見破る名人だ。幼馴染みは伊達じゃない。
 オレは努めて平静を装い、あかりにオレの心の内を気付かれないようにする。あかりには結局気付かれなかった。
 夜、寝室の天井を見上げる。考えることは琴音ちゃんのことばかり…。
 彼女は今、何を思っているんだろう…。寂しくて泣いているんじゃないだろうか? そう思った。明日、早退してでも会いに行こう…。そう思いオレは瞼を閉じた。
 次の日、オレは大学病院へと向かった。琴音ちゃんの好きそうな花を買って病院へと向かう。受付のお姉さんに、琴音ちゃんの部屋番号を聞いて、病室へと向かう。
 がちゃ、きぃ〜。
 部屋に入ると彼女は瞼を閉じていた…。多分、疲れて寝てるんだろう…。琴音ちゃんの顔を見つめる。
 さっきまで泣いていたんだろうか、琴音ちゃんの頬には涙の筋が跡になって残っていた。オレは何も言わず花瓶に花を活けると、横においてある椅子に腰掛けた。
 琴音ちゃんの顔を見る。すー、すー、と静かな寝息が聞こえていた。…あまり長居するといけない。オレは、後ろ髪を引かれる思いで、病院を後にした…。
 帰り道、考えるのはやっぱり彼女のことだった……。


 わたしは目が覚めた。目覚めて、瞼をごしごしと擦る。
 病室の窓の小さな花瓶に、きれいなお花が飾ってあった…。誰からだろう…。わたしは思った。ちょうど検温にやってきた看護婦さんに聞いた。
「あ、あの……、あのきれいなお花は?………」
「えっ? ああ…。高校生の男の子が来てね…。花瓶に花を活けたいから、水道はどこですかって…」
 まさか…、藤田さんが?…。わたしはそう思った。
 看護婦さんが去った後、わたしは花瓶のところまで歩いていく。伝い歩きでゆっくりと、歩を進めた。やっとの思いで花瓶のところまで来た…。
 小さなかわいいお花にそっと手を翳してゆっくりと触れてみる。
 なんだか懐かしい感じがした。温かい気持ちでいっぱいになる。ふと、頬を触ってみる。濡れて…、いた…。


 わたしの体は、日に日に弱っていく。お医者さんは、もう臓器移植しかないとパパ達に言っていた…。わたしの病室の扉の向こうからそんな話し声が聞こえた。
 パパ達にはそんなお金はない。もしあったとしてもパパ達がわたしのために、そんな大きなお金を使ってくれるとは思わなかった…。
 お医者さんがいなくなるとパパとママがケンカを始めた…。
「いったいあんな子、何で生まれてくるのよ!」
「お前が、俺がいない間にどこかの男を引っ張り込んだんじゃないのか?」
「何ですって!! あなたの遺伝子に異常があるんじゃないの?」
 もう…、もう、止めて!! 聞きたくない…。聞きたくない!! わたしは使ってはいけないチカラを使った。
 そう、人を攻撃するチカラ…。パリーンとガラスが音を立てて割れて、パパ達に襲い掛かる。
“ひいっ”
 という悲鳴にも似た声をあげるとパパ達は逃げていった。その時、わたしは家族を失った……。もうわたしの拠り所はない。
 そう思うと、つらくて、悲しくて…。またわたしは泣いてしまった。こんなときに藤田さんがいてくれたらどんなにいいだろう…。でも、それはもう…、ない…。
 わたしは、日に日に弱っていく……。そんなわたしの唯一の心の救いは葵ちゃんだった。
 彼女とは藤田さんの仲介で知り合った。
 彼女はわたしが悲しみに暮れていたとき…、そう、藤田さんと別れたとき、わたしのことを心配して、一番にわたしの元へ駆け寄ってきてくれた…。
 そして、東京に木枯らしが吹こうかとも思われる、ある晩秋の寒い日……。わたしの容態は急変した。

 俺は、看護婦に呼ばれると、すぐに207号室へと急いだ……。
 そこには俺の彼女と同じ、いやそれ以上に儚く悲しい運命を背負った少女がいたからだ。すぐに看護婦達に指示を与え、俺は彼女をICU(集中治療室)に運ぶ…。
 ICUに運んで、何とか一命は取り留めた。
 だが危機は去ったわけじゃない。今日いっぱいが山だろう…。俺はそう思った。

 オレは目の前が真っ暗になった。琴音ちゃんが危篤状態になっていたからだ…。
 オレは早退届を出し、琴音ちゃんが入院している大学病院へと向かう。あかりや葵ちゃん達も来てくれた。大学病院に着てからはたと気付く。
 琴音ちゃんの両親がいない。いくら見放したとはいえ、愛し合いおなかを痛めて産んだ我が子じゃねーのか? 出てきた医者に聞く。
「ああ、俺も連絡はしてみたんだがね…」
 そう言うと医者は疲れた表情で出ていった。
 何だよ…。これじゃあ、これじゃあ、あまりにも琴音ちゃんが可哀想じゃねーか…。惨めじゃねーか…。そう思い、オレはあかりたちの制止にも耳を貸さず病院を出た。
 オレは琴音ちゃんの両親が働いているという会社へと向かう。場所は前に琴音ちゃんに聞いて知っていた。片道5キロはあるだろう。オレは走った……。
 へとへとになりながら、何とかたどり着いた。
 受付のお姉さんにどうにかこうにか居所を聞きだしてエレベーターに飛び乗る。6階…。着いた、と同時にまた走り出す。しばらく走っていると目的地が見えてきた。
「琴音ちゃんの父さん、母さん。琴音ちゃんがっ、琴音ちゃんが危篤なんだ!!」
 扉を開けると同時に、オレは大声を張り上げて言った…。みんな一応に驚いた表情でこっちを見ている。
 それもそうだ…。年端もいかぬ、知らないガキに大声で名前を呼ばれたんだからな。驚かねー方が可笑しいわな…。
「なんだね? キミは…」
 男の人が警戒して言う。多分、この人が琴音ちゃんの父さんだろう。
「あなたの娘さんがっ、娘さんがっ…。危ないんです。今夜が山だろうって…。お願いしますっ…。彼女は今まで一人ぼっちだったんです。友達もいない。一人ぼっちだったんです!! オレは彼女の恋人です!! どうか、どうかお願いします。彼女と一緒にいてはくれませんか? 彼女は必死に戦っているんです!! 死という病と戦っているんだ!!」
 オレは大声でそう言った。普通の親ならここで行こうとするもんだったが、この親は…、
「俺は知らん。あいつとは親子の縁を切った…」
 そんなことを言った。母さんにも同じようなことを言った。
 だけど答えは非常に冷淡なものだった。それでもオレは下手に出た。最後は土下座まで頼み込んだ……。だが……、
「キミ、そんなところにいては仕事の邪魔になるだけだ。さっさと自分の家に帰りたまえ……」
 悔しかった…。握った拳から、血が出るほど悔しかった。殴りたかった…。
 でも、そんなことをしても、琴音ちゃんを…、彼女を悲しませるだけだ…。そう思い、オレはそのまま立ち上がるととぼとぼと部屋を出て行く…。
 もうこの世から彼女という存在自体を否定した彼女の両親…。
 琴音ちゃんはこんなことを毎日続けてきたのか…。見てきたのか…。そう思うとオレは悔しかった。誰に対してじゃない…。自分に対して…。
 もし、このことを知ったら彼女は、琴音ちゃんはいったいどんなことを思うんだろう。すべてに絶望して自分の命を絶ってしまうんじゃないだろうか?
 そうさせたくない。たとえオレだけでも彼女の傍にいてやりたい。彼女が恨んでいようがいまいが、そんなこと、知ったことか!! そう思い、オレは元、来た道を走った。


 病院に戻ると夜だった…。そこでオレを待っていたものは、変わり果てた彼女の姿だった。ちょうどオレが帰ってきたときに医者が出てきて…、
「残念ですが……」
 そこまでしか聞こえなかった…。
「う、嘘…。嘘だろ…、なあ? 琴音ちゃん…。ど、どうして…。どうしてなんだっ!! 琴音ちゃん…。馬鹿…。馬鹿っ! 馬鹿野郎ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 死んじまったら何もならねーじゃねーかぁぁぁぁぁ!!」
 と絶叫していた。オレは、初めて琴音ちゃんを叱った。
 最初で最後、オレは叱った。ふっ、と琴音ちゃんの顔を見た。琴音ちゃんは、まるで眠っているかのようだった。やさしく微笑んでいるかのようだった…。
 可愛かった……。涙が、出た…。オレは泣いていた。涙が溢れて止まらなかった。
「オレ、まだ琴音ちゃんに、謝ってないんだぜ…。なあ。目を、目を開けてくれよ…。琴音ちゃん…。なあ…」
 目を開けないのは分かっていた。彼女は今、天国へと旅立っていったからだ。
 でもオレにはそう呟くしかなかった……。オレはそう言うと、思いっきり彼女の体を抱きしめた。まだ彼女の体には温もりが残っていたのか、温かかった。
 オレは顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。あかり達も泣いていた。オレは、もう涙で琴音ちゃんの顔がよく見えなかった。
 悔しかった。誰に対してじゃない。言うなれば、そう…。こういう運命に対して…。
 なぜ彼女だけがこんな悲しい運命になってしまったのか…。オレは一生考えることになるだろう…。


 彼女は天国へと旅立っていった。オレは結局彼女を救えなかった。
 オレは今、琴音ちゃんの墓前に来ている。花輪を琴音ちゃんの十字架の前に置いた。
「琴音ちゃん…。最期は、幸せだったのか? ……いや…、幸せなハズなんて、ないよな……」
 オレは、一人そう呟いていた…。
「んっ…。雪、か…」
 空から白い妖精がおりてきた。季節は12月上旬。もう冬だった。その日、東京に初雪が降った…。
「もうそんな季節か…、どおりで寒いわけだぜ。なぁ、琴音ちゃん…」
 オレは、そう呟くと墓地を後にした。彼女が生まれた北海道のことを一人思いながら…。白い妖精達は、ただ静かに舞い踊っていた…。

〜 Fin. 〜