潮干狩りに行こう


「朝倉先輩。どこか連れて行ってくださいよ〜。美春のお誕生日に連れて行ってくれるって約束したじゃないですかぁ〜」
 春休みに入る直前のある日の昼下がり、俺の家に遊びに来ていた美春はそう言って駄々をこねていた。今年晴れて大学の門を叩くことになった俺はあれやこれやと準備に追われているわけなのだが、その俺の行動を間近で見ているのにも関わらず、こうやって手足をバタバタさせて駄々をこねる美春に正直はぁ〜っと深いため息をつくしかない俺がいるわけで…。“もう少し静かにしてくれって言うか、もういい歳なんだから子供みたいに駄々こねるなよ…” と言ってやりたいのだが、そう言うと必ずと言っていいほど、義妹に報告が行ってあとで俺がぶすっとした義妹から難癖をつけられてあわあわしないといけなくなるような感じがする。と言うかこの前ちょ〜っと美春の言うことを聞かないことがあって、美春に告げ口されたのか実際にそんなことがあったばかりなもんで、この前の轍は踏むまいと思って、“じゃあこれを片付けたらどこかに連れてってやるからそれまで我慢しろ” と言ってそそくさと部屋を出て納屋の片付けに没頭する俺。で没頭するあまり美春が来ていることも忘れてだ〜っと片付けをやっていたわけで…。日が暮れてきたころには美春が来ていたことさえも忘れて、自分の部屋に戻るとノートに大きくぷんすか怒っている顔と、“音夢先輩に言つけますからね!” と言う字がでかでかと書かれていて、そこで初めて昼の一件を思い出す俺がいたわけなのだが、時すでに遅し…。もうこのことは音夢の耳に届いていることだろうな? と思ってがくりと首を前に垂らす俺がいたのだった。とここでいい案が頭に浮かんでくる。そうだ、藤田の野郎のところのマルチちゃんの誕生日が美春の誕生日と近かったよなぁ〜と思い、今年もなんだが一緒にしてくれないかなぁ〜なんて言う考えが頭を過ぎりおもむろに携帯を取る俺がいたのだが…。


「浩之ちゃん、今年もまた朝倉くんたちと一緒にマルチちゃんと美春ちゃんのお誕生日会するんだよね?」
 と彼女兼家政婦(あたりが妥当なんじゃねーのかと思うわけだが)のあかりが晩飯の後片付けの途中で思い出したかのようにオレに言ってくる。この間無事に高校を卒業し4月から大学生活に入るオレ。もちろん今晩飯の後片付けに鼻歌なんぞを歌っている幼馴染みNo.1兼彼女のあかりも同じ大学なわけだ。まあ往々にして皆同じ大学なわけだったんであまり大学に入ったと言う感覚はない。と言うか高校の延長か? とも思えるものだった。ただ一つ違う点があるとするならば、寺女の綾香が入ってくるくらいか…と思う。これからは難敵が1人増えるんだから葵ちゃんのスパーも真剣にやらないとなぁ〜などと考えてうんうん頷いてると、“じゃあ早く連絡しないと…” と何を勘違いしたのか後片付けも終わってみかんの入った籠を持ってあかりが部屋に入ってくる。って言うか何の話だ? と言うところが、はぁ〜っと深いため息をついて、“私の話聞いてなかったの〜?” とぷく〜っと頬を膨らませるあかり。“すまん、聞いてなかった” と正直に言うと前述のような話をしてくる。まあ今ここにはいないがもう1人同居している子がいる。独り身のオレにはもったいないくらいの可愛らしい子なんだがその子は人間ではなくメイドロボと言う一種のアンドロイドなわけだ。じゃあ何でオレの家? と言うことだが、開発元の長瀬のおっさんが言うには、“長期滞在のデータが欲しい” と言うことで高校時代から何かと世話を焼いてきたオレにお鉢が回ってきたと言うことらしかった。それももう1年も前の話なんだが…。
 と、今はそう言う話はどうでもいいんだった。朝倉と一緒にマルチと美春ちゃんの誕生日の話だったな。まあオレとしては反対意見はない。と言うかみんなでワイワイ楽しむのもたまにはいいんじゃねーかと思う。かと言って志保の野郎みたくおっさんたちに乗せられて歌うは踊るはするのは勘弁願いたいわけだが…。それでなくてもこっちにゃ志保に感化されちまってるレミィやそれに輪をかけて厄介な綾香なんて言う存在がいたりなんかするわけだからな…。レミィは親父さんがアメリカに帰ってからも日本で勉強していて、今は志保の家でホームステイしている。まあ郷に入っては郷に従えじゃないんだが、最近は志保に考え方とかが似て来て、オレはまるで志保を2人も相手しているようで家に帰ると飯を食う気力さえなくなる日もあったりなかったりするんだが…。それに輪をかけるように綾香なんぞが絡んできた日にゃ2、3日動けんようになるわけで…。全くもって厄介なことこの上ない。
 それでもまあ気持ちが落ち込んだ日なんかは3人のちょっとうるさいトークにも励まされてるような感覚があって、役に立つ場合もあったりするわけだ。と、のつそつとそんなことを考えているとちゃちゃらららら〜っと携帯の音が鳴る。誰だぁ〜っと思って画面を見てみるとちょうど連絡を入れようと思っていたやつからだった。“もしもし”、とオレ。お互いの近況報告から本題へと入る。“なあ今年はどこか違うところで誕生日会しないか?” と朝倉が言う。まあいつもどちらかの町かその近郊の原っぱなんぞに行っての誕生日会なんでこっちもそろそろ飽きてきたところだ。と言うか完全に飽きたわけなのでその意見に即座に賛成するオレ。しかし行先をどこにするかが問題だな? そう思ってそのことを言うと向こうもずっとそのことで考えてると言うことで2人してうーんうーんと頭を捻ってると、“じゃあ潮干狩りなんかは?” と横で聞いてたんだろうあかりが提案してくる。“それだ!” と朝倉。オレも異論はない、と言うか潮干狩りなんか小学校の課外授業以来行ってないのが事実なわけで。“いやぁ〜、さすがはあかりさんだ…” と電話越し少し羨ましそうな声で朝倉が言う。まあ今回は素直に誉めてやろう。そう思いつつその話を煮詰めていく。“確か美咲の別荘がその辺にあるから当たってみるわ” と言うので了解して、オレも鷺澤のところがダメだった場合の手を打っておくことを考え、折り返し電話をかけると言うことで切った。それからオレの仲間に電話をかけていく。みんなも潮干狩りは小学校以来(と言うか初めて? な人もいたわけだが…)だったらしく素直に喜んでいた。ただ1人、“お肌が荒れちゃうって言うのに〜” などと文句をつけてくるやつもいたが当然無視して話を進めた。先輩にも朝倉のところがダメだった場合の替えの場所を頼んでおいた。“はい、ではそのようにお話しておきますね?” と言う先輩の声はどことなしか嬉しそうであり、それでいてどことなしか寂しそうな声だったことはオレだけの秘密だ。
 で30分後、今度はオレから電話をかける。あいつもOKだったらしく、“美春も美咲も嬉しそうだったし、眞子なんかは、‘あたしの邪魔だけはしないでよ?!’ なんて獲る気満々なんだ。困ったもんだよな?” なんて苦笑していた。まあオレのところにも2、3人同じタイプの人間がいるからか苦笑以外出ないわけだが…。“じゃあ現地でな” と言うことで携帯を切った。あかりは早速、潮干狩りの準備にとオレの海パンなんぞを用意しだしている。行くのはもう少し先だって言うのになぁ〜っとは思ったが今日はあかりの機転で助けられたことは事実なのでそのまま好きにさせておいた。


 さてさて、潮干狩り当日になる。朝早く目を覚ました俺はベッドの上でう〜んと背伸びをして階下に降りた。昨日のうちに義妹と従姉が用意した着替えやらスコップやらその他潮干狩り一式がでん! と机の上に乗っかっているのだが、問題なのはその量。着替えは2つも要らんだろとは思うのだが、変に逆らうと後が怖いのでここはぐっと我慢することにする。しかし、どうみても潮干狩りに全く関係のない簡易用テント一式のようなものまで用意されてるなぁ〜などと考えてるうちに義妹が眠そうな目を擦り擦り下りてくる。春休みと言うことで俺の卒業式の一日前に帰ってきて、“お父さんから頼まれましたので明日の卒業式は私が保護者代表として出席させて頂きます” と言ったときの目はグリグリした目だった。“あの〜、音夢さん? さくらさんには言っているのでございませうか?” とグリグリした目に少々怯えつつそう尋ねてみるところが、“いえいえ、全然そんなことは言っていませんよ? と言うかこちらに帰ってくるのさえ言ってないですよ〜♪” とややも平然と言ってのける。なぬ〜っ! となっているところへ、“お兄ちゃ〜ん、今日はボクが保護者変わりだよ〜” と従姉が俺の部屋から入って来たんだろうぼふっと俺の背中に飛びついてくると言う最悪のパターンが形成される。しかもさくらは音夢が帰ってきてたことは分かってたみたいで、“あっ、音夢ちゃんお帰り〜。昨日の夜こそこそ帰ってきてたけど何かあったの?” と不思議そうな目をして音夢の顔を見遣っている。見る見るうちに裏音夢状態になる義妹。何のかんの言って何とか止めさせるのに1時間は悠に越えてせっかくの朝の気分も台無しになってしまったのがついこの間。それから何のかんの難癖をつけてくる音夢に、正直早く春休みが終わればいいのに…と思っていたところに今回の潮干狩りの件が舞い込んできて正直万歳三唱でも、“い〜やっほぅ!! 朝倉最高!!” と4、5年前に見たアニメの主人公の台詞でも出てくるような気分だったわけだ。
 で、今日その日を迎えたわけなのだが、荷物が重い。あれこれ省いてもまだ重い。俺がこんなに苦労してるのに、重い荷物の張本人たちは手ぶらで談笑しながら時折俺のほうを向いてふんっとそっぽを向いたりべ〜っと舌を出したりしているわけで…。多分俺が省いた荷物の中に持って行きたかったものでもあるんだろうなぁ〜っと思いつつ、待ち合わせ場所の駅前に到着。ふぃ〜、ちかれたび〜っとベンチに腰かけて待つこと5分、今日の主役がぶんぶん手を振って真っ直ぐ俺の元へ…ではなく、音夢の元へ飛び込んできて、“音夢先輩、お久しぶりですぅ〜” と言ってふにふにしていた。おいおい、誘ったのは俺だぞ? と言うところが、“朝倉先輩はこれからもちょくちょく顔を合わせるのでいいんです。音夢先輩はお休みのときにしか顔を合わせられないので…” と言って更にふにふに。ひっでぇ〜っ! とは思ったが美春は何のかんの言っても音夢にべったりだったからな? しようがないと言えばしようがないか…。そう思って音夢と美春のふにふにを見遣ってると、コツンと軽い衝撃が頭を駆け回る。ふとその方向を見ると俺の知ってるメンバーがそろっていた。“あんたねぇ〜。音夢たちのほうをそんないやらしい目つきで見てたら警察に職務質問されるわよ?” と言ってアメリカ人がよくやりそうなポーズを取って首を横に振りつつはぁ〜っと盛大にため息をつく眞子。何を〜っ!! とは思ったがここでケンカをしても後が怖いだけでいいことは1つもないと判断した俺であったのだが…。
 全員で電車に乗る。まあわいわいがやがやとテンションMAX状態の子供のようにはしゃぎまくっている女性陣を尻目に俺と杉並はぼ〜っと景色を眺めているのだが…。と言うか昨日からろくに寝ていないので眠いったらありゃしない。だんだん瞼が降りてくる。気がつくと夢の中だった。1時間ばかり寝ていたんだろうかゆさゆさ揺り動かす手に“ううん?” と瞼が開く。“着きましたよ〜、朝倉く〜ん” と萌先輩の声。“やっと着いたか〜。ありがとう先輩” と俺がそう言うとうふふと微笑む萌先輩。一応直通電車で最終駅が降りる駅なもんで着いたか〜とばかりに背伸びを1回してうんしょと荷物をまた持って電車を降りれば前は海。夏に着たら絶対海水浴客でごった返すんじゃないのかと思えるほどの遠浅の海岸線が広がっている。美咲を先頭に改札を出て、駅の外へ出ると、“おっそ〜い! この志保ちゃんを待たせるなんて、あんた、ヒロにそっくりだわ!!” と眞子とここにはいないが明日美ちゃんについてきてるだろう香澄とを足して2で割ったような女・長岡が不機嫌そうに立っている。“何でオレにそっくりなんだ?” と隣りの藤田がツッコんでいた。“何時に来た?” と聞くところが、10分ぐらい前らしく、“10分前じゃないかよ?” と長岡にツッコむ俺がいたわけで…。そんな俺たちのツッコみ具合を見た他の面々たちはにっこり微笑んでいた。遠浅の海岸線は波も穏やかで潮風も心地いい。そういやマルチちゃんはこんな海水にまみれるところに来るなんて大丈夫なの? と聞いてみると、“はい〜、わたしは人間の皆さんと同じようにできていますので大丈夫ですぅ〜” とにこっと可愛く微笑む。何故かその声がことりと同じような声なのは俺の気のせいかな? と思った。熊手よし! 籠よし! 貝を入れるネットよし! と言うことで、かかれ〜っとばかりに一斉に潮干狩りが始まる。とは言え貝の種類はアサリくらいしか分からん俺なので鍋に詳しい萌先輩に聞いたりしていた。藤田も来栖川先輩や神岸に聞いたりなんかしていたな?


 夕暮れ近く、帰りの電車はすぅすぅと寝息しか聞こえない。朝はあんなにうるさかった志保でさえ、すかぴゅ〜っと寝息を立てていやがる中、オレは1人外の風景を眺めていた。まああかりがシオマネキの子供に足を挟まれて泣きべそをかいていたり、マルチがぷしゅ〜っと汐を噴くマテガイに驚いてフリーズしたりなんかして慌てたりしたのだが終わってみればそれもいい思い出だな? と思う。と右隣りのマルチが、口をもごもごさせている。左隣りのあかりは寝言なんだろうか、“浩之ちゃん、そんな大きなカニはお口に入らないよ〜?” と言いながらこれまた気持ち良さそうに寝入っていた。って言うかあかり? おめぇは一体どんな夢見てるんだ? と思わずツッコミそうになるんだが、まあたまにはこう言う風景もいいのかも…。今回潮干狩りの場を提供してくれた朝倉たちには感謝だな? と思いつつふあぁ〜あとでかい欠伸を一発かます今日3月18日は知り合いであり友達でもある朝倉の後輩・天枷美春ちゃんの誕生日の2日後でオレの家の居候兼オレとあかりの可愛い妹のような存在であるマルチの1日早い誕生日だ。さて、帰ったらあかりとマルチにこの新鮮な貝で何か美味いもんでも作ってもらうかな?

END