美術館に行こう


「この辺でよかったんだっけ? …しかし、こんな美術に縁も何もない俺たちを呼び出すなんて、あいつは相当の変わり者だな?」
 ととろ〜んんとした目をしながら少々手持無沙汰なように髪の毛をいじっている先輩兼俺の彼女を尻目にそう言う。今日10月9日は隣に座っている俺の先輩兼彼女・水越萌先輩と、数年前に奇妙な出会いから知り合った藤田の彼女である姫川琴音ちゃんの誕生日だ。まあ誕生日は別々にするより一緒にやるほうが経済的にも優しいし、何より仲間同士でわいわい出来るのでいい。…のだが、なぜに美術館? と思うわけだ。まあ昔の美術品なんかを見るのは嫌いではないので、それほど苦痛ではないんだが現代美術は一向に分からん。オブジェとかその辺の表現になると頭にはてなマークがいっぱいついてしまう。それは萌先輩も同じようで…。
 前に1回デートらしいデートをしようと思って定番の美術館巡りをしたわけだが、前衛アートだったかそこら辺だったかもう忘れたが、丸に棒が描かれたものだとかただ点がいっぱいあるだけのものとかがあって、何じゃこりゃ? と思って2人してほぼ固まっていたわけで…。とにかく美術的才能はゼロに等しい俺たち(特に俺)なので勘弁願いたかったわけだが、“そんなんじゃねーって! ちゃんとした絵画の展覧会だ。と言うか琴音ちゃんが大賞をもらったから見に行こうって言ってるんだけどよ?” とやけに誘ってくるので行くことにしたわけだ。と言うか最後のほうが聞き取りにくかったというか聞こえなかったんだがまあこの際いいだろう。誕生日にどこにも連れて行ってやらないとなると眞子から鉄拳制裁を受けてことりと叶からくどくどお小言を聞くはめになることは間違いない。と言うか何で俺だけなんだ? と理不尽に思うわけだが、それだけ俺たちのことが心配なんだろうな? とも思うわけで。ともかくも先輩に話しておこう。と思って屋上へ行くと、思った通り眞子と鍋をしていた。
「あっ、朝倉く〜ん、一緒に食べませんか〜?」
 と俺が来るのが分かっていたかのように椀を取り出して具を乗せて箸を渡してくる。まあここまで来てデートの約束だけして帰るというのはあまりにもったいないし好意を無にすると思い、お相伴にあずからせていただくことにした。眞子は食うだけ食って、“あと、お姉ちゃん頼むわね〜?” と言って屋上の開いた扉を閉めて教室まで戻っていく。途中俺にだけ分かるようにウインクしながら去っていくところを見るとこっちの考えは筒抜けみたいだった。で、美味い鍋をごちそうになりながら藤田の話に移行するわけだが、ああもううもなく即OKをもらった。と言うか先輩、話分かってる? と思ってルンルン気分な先輩の鍋をまだごちそうになる俺がいたわけだが…。


 まるで100点を取ってきた子供のような顔でオレの顔を嬉しそうに見つめてくる彼女がいる。と言うのもこの間美術展に載せた作品がなんと大賞を取ったらしく、真っ先にオレのところへ連絡を入れてきて、“浩之さん! 大賞取ったべ!!” と普段なら頼み込んでようやく一言言ってくれるかどうかな北海道弁も丸出しにして言ってくるわけで…。興奮しながらオーバーアクションも交えながら話してくる、と言うか訛りが相当にきついもんで何を話しているやら分からんかったわけだが、どうやら大賞を取ったということだけは分かった。今度の展覧会で展示されるらしいのでオレにも見てほしいということだそうで…。美術なんかは高校の時にやってから全然取っついていない、言わば未知の領域だ。そんなオレに絵を見てくれなんて言うほうがおかしな話なんだが、彼女の描く絵は現代的な訳の分からんものじゃなくごくごく古典的な画風と聞いているのでその辺はほっとしている。現代アートと言うと、どこかの国の男子用小便器に“泉” と言う名前のオブジェが有名だが、オレからしてみると“ただの男子用小便器” じゃねーかよ?! と思える。こんなものが芸術品だなんて到底考えられんわけだが、彼女曰く、
「古典的な絵画とか芸術品とかはすべて写真と言うもので置き換えられてますからね? ですから現代はもっと象徴的にしたり簡素化したりして表現しようと言うことでしょう。わたしはあくまで19世紀の後期印象派みたいな感じの美術で行こうと思ってますけど…」
 と言うことらしい。まあ何がなんだかさっぱり分からんが、写真の偉大さだけは分かった感じだ。と言うかどんな絵を描いたのか、非常に気になるので、“一回見に行きてーなぁ〜” と言うところが、ポッと顔を赤らめて、“は、恥ずかしいです…” と言いながら首をふるふると横に振る。“いいじゃねーか。琴音ちゃんの描いた絵、オレも見てみたいし…” と言うと、さらにぶんぶん首を横に振って、“だからそれが恥ずかしいんですっ!” とちょっとぷく〜っと頬を膨らませて言う彼女。そこまで隠しているとこっちはどうしても見たいと言う衝動に駆られてしまう。いわゆる“見るなの  ” と言う感じだ。とにかく説得あるのみ! と言うことで説得工作に乗り出すオレ。北海道弁で言われようが見たいものは見たいので2、3時間ほど説得してようやくOKを得た。この時点でやった〜っと言う気になって彼女を家まで送っていきルンルン気分で家まで帰って来るわけだが、そこであいつのことを思い出す。そうだ、朝倉の彼女の萌先輩も琴音ちゃんの誕生日と同じ日だったっけか? まああいつのことだからどうせ何も考えてねーんだろうなぁ〜っとか考えて、誘ってやるかと思い至り、電話を掛けるオレがいたわけだが、これが後々ひどい目に遭うことは予想だにしていなかったことは事実だった。


「もう! もうもうもう!! お友達呼ぶんだったらわたしに一言言ってくれてもいいんでねえべか? まったく、わやな人だべさ。ヒロくんはぁ〜!!」
 と顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにぷく〜っと頬を膨らませてオレの顔を上目遣いに見遣る琴音ちゃん。まあ朝倉たちと合流した時から何やらもにょもにょした感はあったのだが、いざ美術館へ行こうとすると、“あっ、ちょっとあそこの小物店見ていきません?” だの、“甘味処に行きませんか?” だのと、オレたちの足を止めさせようとする彼女。どうやら朝倉たちには見せたくないものを展示してるんだな? 例えば…、自画像とか…と考えて、朝倉にそれとなく言ってはみたんだが、“いいじゃないか。別に…。それに美術館なんて行くのは初めてだからどんなところかわくわくしてるんだ” とオレの思ってることは無視するようにこう言って萌先輩の手を引いてどんどん行ってしまう。琴音ちゃんは? と横を見ると、半ば諦めの顔に近いような顔をして前を見ていたかと思えば、オレの顔を少々怖い顔…と言うか小さい女の子が拗ねたような顔でオレのほうを上目遣いに見遣ってくるわけで…。ある意味非常に恐怖を感じる顔だったことは言う間でもない。
 で…、あれよあれよと言う間に目的の美術館に到着する。この時はもう覚悟を決めたのか彼女が先頭に立って案内役をするようだった。入って気づくオレ。裸婦展? と…。琴音ちゃんのあの嫌がりようは自分の裸を描いたものをオレ以外の第3者に見られるのが嫌だったんだな? と…。だからあんなに嫌がっていたんだと。そうは言ってももう遅い。いろいろと見て回っている朝倉たちを尻目に内心ドギマギしながら彼女を見るとオレの顔を一瞥して、ふんっ!! とそっぽを向いてしまう。いかん、いかんですよ…。相当に怒っておじゃりましゅでしゅよ…。と、ふっと立てかけられてあった絵を見る。何とも前衛的な感じの絵だなぁ〜っとか思ってよくよく作者の名前を見れば、北海道の友達・相沢の後輩の栞の絵じゃねーか? と思った。前々から相沢からは聞かされてはいたんだが、これほどまでとは思わんかった。評欄には、“とても前衛的な感じのする絵です。色彩の豊かさは計り知れません…云々” と書いてあるが、これは姉の香里が後で前衛的絵画とでも付け足したんだろうな? そう思ってしばらくその絵の前でうんうん頷いていると、今まで以上に不機嫌そうな顔の彼女がつかつかやって来たかと思うとオレの腕を自分の体に密着させるかのように組まされて引っ張られる。“おっ? おあぁぁぁぁぁぁ〜!!” と言う悲鳴よろしく彼女の描いた絵の前に到着する。そこには微妙な空気が漂っていた。とはいえそれを放っているのは男2人だけなわけだが…。肝心の萌先輩は、“琴音さん1人でこれをお描きになったのですかぁ〜? すごいですぅ〜。今度はわたしも描いてほしいですねぇ〜” と感心しきったような感じでこう言う。まあそこまで言われて嫌な顔も出来ず、絵のことなどを話してはいるんだがちらっちらっとこっちの男2人を窺う目は、“このこと他の人に言ったら許さねーべ!!” と言う目だったことは言う間でもない。
 で、肝心の絵のほうなんだが…。セルフヌードと言うか全裸の琴音ちゃんが澄ました顔で座っている絵だったわけだ。まあこんな絵は彼氏の男友達には見せたくはねーわな? とむむむむむむむぅ〜っと言う擬音も発せられそうな感じの膨れっ面で泣きべそまでかきながらどこぞの乳神様のようにこっちを見つめてくる彼女に少々怖さも感じつつ拝見させてもらうんだが…。ちょっと胸が大きすぎと言うか盛りすぎなんじゃねーのか? とオレは思う。彼女の水着姿を思い出してもそこまででかくなかったぞ? とか考えてるとついついっと突っついてくる手が1つ。何だぁ〜? と思ってその方向を見ると朝倉が、少々引きつった顔であごを動かす。多分そっちを見ろって言うことと思って指し示された方向を見たオレは一瞬で後悔した。だってそこに立っていたのは…。


「今日は楽しい1日でした〜。朝倉くんには感謝ですねぇ〜? …でも、藤田くんと姫川さん、どうしちゃったんでしょうねぇ〜。ちょっと心配ですぅ〜…」
 と萌先輩が思い出しながらそんなことを言う。いや、俺は一部始終を見ていたので知ってはいるんだが、姫川の名誉のためそれは言えない、と言うかあえて言わないであげようと思った。にしても俺の彼女はすごくボリュームがあるな? ととある一点を見ながら思う。これは俺の予想だが、姫川は多分ああなりたくてその願望をあの絵に込めたんじゃないのかな? とも思うわけだ。まあ正直言うと俺もあの絵はちょっとばかり盛りすぎじゃないかとは思ったが…。北海道弁で怒ってそして泣く彼女と言うものを見たのは初めて? なわけで…。止めようとしたらこっちを涙目の上目遣いに見遣ってくる顔が、某・漫画のヒロインのような感じがして止めるに止められなかったことは言うまでもない。藤田の、“もう北海道弁はこりごりでございます…” と美術館の中で土下座して許しを請う姿とそれをややサディスティックに見つめる姫川の顔との普段の2人とは全く違う姿にどっちが本当なんだ? と言う疑問に押しのめされる今日10月9日、俺の彼女で先輩な水越萌先輩と、親友と言っても過言ではない存在となった藤田の彼女・姫川琴音の誕生日だ。

END