散策をしよう
ガタゴトと揺れる電車の車窓から町の風景が見えていた。今日10月9日は俺の1つ年上の先輩で彼女な萌先輩と、友達の藤田のところの後輩・姫川琴音ちゃんの誕生日だ。だから萌先輩と2人、こうやって電車に揺られている。今年もパーッと盛り上がろうかと藤田と電話で話していたんだが、俺のところは、音夢が看護学校の実習で9日はちょっと無理とかで来られなくなり、さくらはさくらで大学の講義が外せないとかで無理、他のやつらも用事が重なったりして無理らしく結局萌先輩と2人きりでの移動と相成ったわけだ。今朝早く迎えに行くといつもながらに眠そうに目を擦りながら、“おはようございますぅ〜。朝倉く〜ん” と萌先輩がいってくる。俺も“おはよう、先輩” と挨拶を交わした。と後ろから“はいはい、ラブコメはよそでやってよね、よそで…” と不機嫌そうな声とともにぬぅっと眞子の顔が出てくる。こいつは今日学内の委員会に出なくてはならず、参加を見送った1人だ。大学と言うところも案外高校と同じなんだな? 大学が出来て3年になるがそう言うことは一切知らない俺がいるわけで…。
「お姉ちゃんのこと、よろしく頼むわよ。もしお姉ちゃんに何かあったら…」
と黄金の右手に炎のオーラを出しながらこんなことを言う眞子。“分かった、分かったからその右手を降ろしてくれ” と俺は言う。まあこいつは何だかんだ言ってお姉ちゃん子だからな? 俺が萌先輩と付き合いだしてからは小姑魂に火がついたのか何かと俺に突っかかってくるようになったわけで。一度、“眞子、お前って実はお姉ちゃん子だろ?” と前に言ったことがあるんだが、その時は島中を追いかけまわされて非常に往生した。まあその時はバカ高いケーキを1ホール買わされて財布の中身がすっからかんになって、何故だか知らんが保護者代わりの隣りのちびっ娘従姉に6時間も正座をさせられて懇々とお説教を聞く羽目になったことは言う間でもない。
全くうちの女連中は…、とか考えてる間に藤田の住む町の駅がアナウンスされる。さて、降りるかと隣りを見るとすやすや〜っと可愛い寝顔があるわけで。どこでも寝られると言うのはある意味特技みたいなものなんじゃ? と思いながら萌先輩を起こす俺がいた。
「まさか琴音ちゃん1人だとは思わんだろうな? あいつも…」
とオレは心の中でそうゴチる。前からいろいろと仲間が忙しそうにしていたことは分かってはいたんだが、まさか彼女の誕生日まで忙しいからパスとは聞いていなかった、と言うか聞かされたのが一昨日のことだったわけだ。こう言うことには一番に乗ってきそうなオレの不倶戴天の敵でありまたムードメーカーでもある志保も“忙しいからパス!” と言う。“てめぇに‘忙しい’って言う言葉があること自体知らんかったぜ。いっつも暇そうにしてるくせによ?” となるべくムカつくように言ってやると、“あのねぇ〜、ヒロと違ってあたしはいろいろと忙しいの。それを何? ‘暇そうにしてるくせによ…’って!” と突っかかってくる。こいつとは年がら年中こんなやり取りが続いているわけで。それがいいのか悪いのか最近は彼女までもがこんな状態になっちまってオレとしては早く目を覚まさせたいと思っているわけだ。
現に今朝も、ベッドの中で何かぷにゅぷにゅ気持ちがいいなぁ〜っと思ってよくよく見てみると彼女がぎゅ〜っとしがみついていたりして、もちろん女の子の柔らかい部分も存分に押し当てられていて思わずオオカミになっちまうところだった。バッと起きるとにこにこ顔で、“おはようございます。浩之さん” と言う彼女。高校時代じゃ考えもつかないくらい性格が変わってしまったわけだが…。言えないチカラのせいで随分と悩んでいた彼女だったからこそ、これが本当の性格なんだろうと思うと嬉しくなるっつうかそんな感じになっちまうわけで…。時計を見ると7時半、ちょうどいい時間だな? と思う。早速パジャマを脱いで普段着に着替えて階下に降りると美味そうな匂いがしてくる。休みの日は泊まりがけで家にくる彼女。当然幼馴染みNo.1たるあかりとも一緒になることも多くあったりするわけだ。この料理のレパートリーはあかりから直々に教えてもらったものらしい。
早速朝食を呼ばれるがいつもながらに美味かった。と言うか彼女のにこにこした笑顔が最高のご馳走だな? と思うわけだが…。そんなこんなで準備をして朝倉との待ち合わせ場所に向かう。彼女は今日は言うつものロングスカートじゃなくて長ズボン、と言うか最近はパンツルックって言うらしいな? オレはあまりファッションとかには興味がないもんでそんなことは全く無知なんだけどよ…。でも普段お嬢様然とした彼女がこう言うカジュアルな格好をするなんて言うことはないもんで少しばかりドギマギしちまう。そんなオレの視線に気がついたのか、“あの、似合いませんか?” とやや上目遣いに尋ねてくる。正直言うとそう言うカジュアルな格好も似合う…と言うかそっちのほうがいいなぁ〜っと思うわけで。そのことを正直に言うと、満面の笑みでオレの肩越しに体を預けてくる彼女がいたわけだ。
駅前の大時計の前に到着する。今日の待ち合わせ場所だ。あいつのところはまた大勢で来るんだろうなぁ〜と言うか今日寝泊りする場所は? なんて考えてると、“お〜い” と言う声が聞こえてくる。その方向を見ると朝倉と萌先輩だけがにこやかに手を振ってこちらに近づいてくるところだった。“いつもの連中はどうした?” と聞くところによると、どうやらオレのところと同じ理由だったらしく今日は2人だけらしい。萌先輩が、“藤田くんのところもですかぁ〜? 残念ですぅ〜” と残念そうに言うので、“しょうがないよ、こればっかりは…。それよか先輩、いつも芹香先輩の家に直行とかであまりこの町の様子とか見てねーだろ? だから今日はオレたちがこの町案内するぜ?” と彼女を抱き寄せて言うオレに、“わぁ〜、楽しみですねぇ〜? 朝倉く〜ん” と朝倉に抱きつく萌先輩。ちょっと恥ずかしそうにしながら、でも満更でもない朝倉の顔に苦笑するオレと彼女がいたわけだ。
「おやっさん、いつものやつ2つと、うどん2つ!」
と藤田の声に呼応するかのように“あいよっ!!” と威勢のいい声が奥から聞こえる。どこでも商店街って言うものは同じものだよなと思う。まあ初音島は本土とは今でこそ橋が開通して来やすくなったわけだが俺が小学生の時は渡し船が唯一の本土との交通手段だったよなと考えると同じって言うことはないのかも…と思った。ゲーセンで1000円くらいかけて獲ったぬいぐるみは萌先輩の腕の中にしっかりと抱かれてるし、これはこれで良かったのかもな? とも思う。もっとも島にゲーセンなんて言うものが出来たのは俺が中学生になって間無しの頃だから約7年ぐらい前になるのか、その前は何をやって余暇を楽しんでいたのか…。まあ一年中桜が咲いている島だったので観光客が来るのはもっともなことだったし、その観光客の中に子供がいると一緒に遊んだりなんかもしたわけで。遊びにはあまり困らなかった気がするのも事実だ。そう考えるとここは便利に見えて実は不便だったりするのかも知れないな。そう思った。まあこれは俺の尺度で考えてこう思うことなので藤田にすればこっちのほうがよっぽど便利なのかも知れないが…。とそんなことを1人のつそつと考えていると、急に肩を揺すられる。揺すられた先を見てみると案の定、藤田がやや心配そうにしながら俺の肩を揺すっていた。
「おい、大丈夫か? こんなところで変になってもらっちゃあ困るぜ」
“いや、変になるとかじゃなくてだな? 小学生時分の事を思い出していただけだよ” と言うと、“ならよかったぜ。オレはてっきりお前が変になっちまったかと思って…” と藤田がほうっと息を吐きながらそう言う。そこまで変だったか? と聞くと、“だって朝倉さん、1人うんうん頷いたかと思ったらふるふる首を横に振ったりなんかして、びっくりしましたよ…” と藤田の彼女の琴音ちゃんが言う。萌先輩は萌先輩で、“大丈夫ですかぁ〜、朝倉く〜ん” と心配げに俺の顔を見ている。“でも、朝倉さんも浩之さんと同じ癖があるんですね?” と少々小悪魔チックに琴音ちゃんはこう言う。“何だよ、そりゃ?” と藤田が言う。まあ藤田も俺と同じように大きな独り言を呟く癖があるそうな…。とそうこうしているうちに昼飯が運ばれてくる。前に言っていたカツ丼がこれか! と言うことで早速箸をつける俺。ちなみに萌先輩と琴音ちゃんのうどんも一緒に運ばれてきている。一口食べて、おおっ! これは! と思う俺。米とカツの割合が絶妙、なおかつタレが美味い。もぐもぐ食べる俺。ふと横の萌先輩たちを見ると美味しそうにうどんを啜っていた。島にも1つこう言う店が欲しいところだな? と思う。学生や研究機関の人が多いのでどうしても洋食系が多くなりがちなわけで、こう言う隠れた名店風な和食系は少ないと言うかないわけだ。この店が島に来たら相当流行るのに…。とは思ったが、人口的に少ない島では儲からないだろうな? とも考える。まあ島からここまで30分もあれば来れる距離だからこれから食べに来てやろう。そう思った。しかし藤田が羨ましい。料理が出来る幼馴染みと彼女がいるんだもんなぁ〜。俺のところは萌先輩と眞子と、あと環ぐらいなものか…。まあもっとも萌先輩たちは鍋専門だから和食系は環だけと言うことになるな。我が義妹は殺人シェフ並みな料理しか作れんし、ちびっ娘従姉も同じようなものだし…と考えながら最後の一粒まできれいに平らげる。
金を支払い(ここはこんな良店を紹介してくれた藤田に感謝して俺が面倒を見た)表へ出る。昼下がりの街は心地のいい風が吹いている。ああ、たまにはこう言うのんびりした休日もあってもいいはずだ。と、そう言えばプレゼントを買うのを忘れていたな、と思って先輩の好きそうなものを探して辺りをきょろきょろ見る。そんな俺に苦笑交じりに藤田が訊いてくる。“おい、今度は何だ?” と…。正直に話すと何て言われるか…とは思ったが、ここで何も言わないで後で眞子から、“お姉ちゃんへのプレゼントがないんだけど…、もしかして忘れてた〜とかじゃあないわよね?” なんて言いながら黄金の右手から炎を出されても困る。なので正直に話す俺。藤田が笑いながら、“ああ、あの綾香と同じようなやつにねぇ〜。お前も苦労してるんだなぁ〜。って言うかオレもまだ決めてないんだけどよ。まあその辺ぶらついてたら目ぼしいものが目に入ってくるんだからそれを買ってやったらどうだ?” と前を行く女の子2人組を見ながらそう言う。まあそれもそうか…、と言うことでしばらくだべりながら前を行く2人にも神経を集中して歩く。と何か見つけたように、足が止まる。俺たちも足を止める。まあ島には一軒もないような女の子専用な感じの洋服店がでん! とある。も、もしかしてだが、ここに入るのか? と思うが早いか躊躇なく入っていく2人。藤田はと言うと戸惑いながらも入って行こうとする。“おい、藤田! お前本当に入るのか? ここは男子が絶対入っちゃならん聖域だぞ?” と俺が言うと、“まあそうだが、カップル連れだったら、ほれ、いっぱいいるだろうがよ…。それに最新の女子の流行とかも知っておかなきゃならんしな…。ほれ、さっさと中入るぞ!!” そう言いながら俺の首根っこを掴みずるずる中へと入っていく藤田。はうあっ! と悲鳴にも似た声が辺りに木霊したに違いない…と思う。
「またいつでも遊びに来てくれ。まあ大したもてなしは出来んがな?」
と別れ際の駅のホームでオレはそう言う。“今度は眞子ちゃんたちも誘ってみんなで来たいですねぇ〜?” と萌先輩がいつもの間延びした声で言う。朝倉はと見ると、未だにぽや〜っとしたような顔で、“ああ、うんうん、そうだな?” と言うような感じだ。こいつ、このままで大丈夫か? と思ったオレはセバスのじじい直伝の喝を入れてやる。と? “えっ? ありゃ? 何だここ。確か店の前で…” とか何とか言いやがる。そりゃとっくの昔に終わったぞ、で、もうお別れだ。と言うことを言うと、“じゃあ俺、あのまま3時間ばかり記憶が飛んでたってことか?” と顔を青くして言ってくる。“まあそうだろうな、でもおめぇにも苦手なもんがあるなんて知らんかったぜ” とオレは言う。“そりゃ誰にだってあるもんだろ? …まああんなところは初めて入ったからなぁ〜” そう言って不機嫌そうな顔をする朝倉。って最後のほうが聞こえなかったがまあいいだろう。“まあ何だ、今日はいろいろ経験できたってことでいいじゃねーか。なっ?” とパンパンと取り繕うように肩を叩いて言うオレに、“まあそれはそうだが…” と歯切れの悪い返事をする朝倉。これが元で離れることになればこの後やってくるオレの不倶戴天の敵である志保の誕生日がどんなふうになるかたまったもんじゃねぇ〜。現に先日も、“あんた、この可愛い志保ちゃんの誕生日のこと、ジュンとしっかり話し合ってよ!” って先手を差して言ってきやがったし。そうこうしているうちに電車が入ってきちまった。“ああ、これでケンカ別れみたいなのは何か嫌だなぁ〜” とか思ってると、“じゃあ次は11月の7日だな? そっちの都合もつけとけよ?” とにこっと笑ってそう言う朝倉。ああこれが友情ってもんだよなぁ〜っと思うと何だか嬉しくなる。電車に乗り込む朝倉たちと、それを見送るオレたち。立場は違えど同じってことか、そう思った。ぷしゅ〜っと扉は締まる。走り出す電車越しに、“またな” と言うあいつの声がはっきりと分かった。そして電車が去った後、オレの彼女が言う。
「若いっていいものですねぇ〜」
としみじみした声でこう言って舌をぺろっと出す。はぁ〜、琴音ちゃんもとうとうあの歩く3面記事の毒牙にやられたか…、と思い心の中で密かに涙した今日10月9日、オレの彼女・姫川琴音ちゃんと親友・朝倉純一の彼女で1つ年上の水越萌先輩の誕生日だ。
END