バイクとリボン


 ブロロロロロロ……。海岸線を走るバイク2台。俺と美空のバイクだ。親父からもらったおんぼろバイクは今もこうして現役なわけで、今快調に海の見える海岸線の一本道を走っていた。今は10月23日、午後5時半、ふとしたことから2人で小旅行に出かけることになった。秋も深まりを見せつつある。まあ天気も安定しているわけで俺としては絶好のツーリング&小旅行日和だよな? と思う。でもなぜツーリングに出かけることになったのか。それを話さなければいけないだろう。それは一本の電話から始まる。


「あっ、もしもし。私だけど…」
「おう、美空か。今日はえらくご機嫌そうだな? ダイエットにでも成功したのか?」
 18日、夜7時半。しばらくぶりの美空からの電話だった。といってもほぼ一週間ごとに掛かってくるのでしばらくって言うほどのことでもないのかもしれないが…。“相変わらず失礼だねーっ! キミは…” と電話口からそう言ってくる美空。きっと電話口の向こうでぷぅ〜っと頬を膨らませているんだろうな? そう思った。“で? 何か用事か?” といつもの展開にならないように話を変えてやることにした。後ろで妖しい影が見えたのでそ〜っと振り向くと鈴夏が怖い目つきでこっちを見てたんでな? 我が妹ながらあの巴投げは非常に恐ろしい。この間なんか5メートルも飛ばされて、背中を壁に思いっきり強打してしばらく動けんかったぐらいだ。
「あのさあ、今週末ど〜せ暇でしょ? ツーリングにでも出かけない? ちょうど私の従兄弟の彼女の誕生日が23日だからさ〜。キミも家で食っちゃ寝するより楽しいでしょ?」
「食っちゃ寝とは心外だけどな…。まあ、ど〜せ何もすることはないし、それにお前の従兄弟とやらの顔を拝みたい気もするしな?」
 こいつの従兄弟ってどんなヤツなんだろう…。と一瞬考えたがまあこいつの従兄弟だから、ろくなヤツじゃないだろう…。とは想ったが何故かそのときは見てみたい気がした。そう言うわけですぐにOKの返事をする俺。“じゃあ金曜日の3時半くらいにそっちに行くから…。待っててよね?” そう言うと勝手にガシャンと電話は切れる。どうしようもねえヤツだよな? 俺の彼女って…。そう思うとこっちも受話器を置いた。そういえばあいつの誕生日って26日なんじゃねーのか? と深く思い出してみるが思い出せん…。しょうがねぇ〜、七海にでも聞いてみるか…。そう思っていつの間にかテレビの詰まらんドラマに夢中になってる鈴夏を後に自分の部屋に上がる。ベランダに出るとちょうどいいところに七海先生。“おーい、七海〜” と呼ぶと、“な〜に〜? 健ちゃん” がらがらっと戸を開けてぽんこつな幼馴染みの顔が出てくる。いつも思うんだが、ぽんこつだよなぁ〜っと思ってしまう。がそれを口に出してしまうと後で俺の体が大変だから絶対言えない。と、そんなことを考えてるんじゃなかった。と思い例のことを聞いてみると…。
「うん、そうだよ? あっ、もしかしてプレゼントとか考えてるの? 健ちゃん」
「ああ、まあな? なんかねーもんかな?」
「そうだねぇ〜。ここ田舎町だしねぇ〜? プレゼントって言えるものって言うと…。うーん……」
 そう言うと考え込んでしまう七海。こいつが一旦考え込むと半日から一日は考え込んでしまうので厄介なことこの上ない。この間なんかは新しく出来たケーキ屋でどのケーキを食べるか小1時間考えてたらしい。鈴夏もえらい迷惑なもんだ…。と同情したもんだ。と、とにかくぱっぱと決めないといけないので七海の部屋のほうを見てみる。すると…。
「おっ? あれって何だ?」
 そう言って俺が指差した方向にそれはあった。バカにでかいヤドカリのぬいぐるみだ。昔(って今もか?…)俺が捕まえた事のあるマーキュリーよりでかいやつが小憎たらしい目でこっちを見てやがった。って! そうだ、いつぞやに俺がプレゼントしたんだっけか…。でもどこだったっけ? 忘却の彼方に忘れてしまった俺の顔と俺の見つめる目線の先を見て納得したかのようににっこり微笑むと七海先生はこう言う。
「あれって駅前に新しく出来たファンシーショップで売ってたんだよ〜? 健ちゃんへの貸しが100になったからね? うふふ〜」
 と微笑む七海先生。ちょっと自分のほうが貸しが少なかったからって偉そうに…とは思ったが、現に負けているので何も言うことは出来ず…。七海先生の笑顔を悔しそうに見つめる俺がいるのだった。


 で今。泊まりの荷物とともに一緒に前を走る女の誕生日プレゼントを詰めて海沿いの汐風の匂いのする道をひた走る俺。大分弄くったおかげでそこそこは走れるようになった俺のバイク。バイクを知ってるものにすると年代物かオンボロかと言われそうだが、親父から譲り受けて修理をしてきたので俺としては非常に愛着がある。そんじょそこらのバイク乗りとは一味も二味も違うぜ! 快調なエキゾーストとともに、目的地が見えてきたようだ。
 ウインカーを出すと美空のバイクは左手に曲がる。俺もその方向に折れる。今まで隣町の佐倉の家には行ったことはあったがこんな遠いところまできたのは初めてだ。バイクのほうは大丈夫だろうか…、何せ親父の頃の年代物だからな? と走りながらあちこちと見渡してみるが異常個所は見受けられない。まああんなにチューニングアップを程したんだから当然と言えば当然か…。と美空のバイクが右折する。俺もその方向に続く。何ヶ所かくねくねと曲がる。いい加減飽きてきたぞ? と前の美空に言うと、“もうちょっとだから我慢しなさいよ! 全くキミは…” と文句をぶつぶつ言われた。なおもくねくねと街中を曲がる2台のバイク。と、閑静な住宅街に入った。この辺かと思ってあちこちと見る。10月下旬の夕方ともなると人気が少ないよなぁ〜。そう思った。まあ俺の町でも同じようなもんだが、知らない町に来るとそれがやけに新鮮に思えた。と美空のバイクがキキキッと止まる。俺も止めた。
「ここよ?」
 そう言うとバイクを降りようとする美空。その前方に表札が掲げてある。明朝体のしっかりした字体で“片瀬” と書かれてあった。


「お兄ちゃん、美空お姉ちゃんがこっちに遊びに来るって…」
「な、なに? あのちびっこ姉がか?  今からでも遅くねえ、お断りの電話を入れろ! 雪希」
 17日、夜9時…。いつものようにマイシスターの美味い料理を食って一息ついている頃に電話があった。雪希が誰かな? ってな顔をして電話に出る。まあどうせこんな時間にかけてくるヤツなんざ、俺の知ってるヤツではあいつくらいしかいないわな? そう、進藤…。用もないのに家にやってきてはやかましいくらいに喋りまくり、また何事もなかったかのように帰っていく。まるで超大型台風か爆弾低気圧みたいなやつだ。ちなみに本人にそんなことを言うと“心外ですっ!!”  とか何とか言って頬をぷぅ〜っと膨らませてきやがる。この間もひょんなことから口を滑らせてついそのことを言っちまって小一時間くどくど文句を言われちまった。あの時ほど耳が本当に変になるんじゃないのか? と思っちまったぜ…。雪希も大変だな? そう思いながらつまらんテレビなんぞを見ている俺。雪希がやけに嬉しそうな顔で戻ってくる。はは〜ん、進藤と出掛ける約束でもしたんだな? と思っていたのだが、結果は考えていた方より、より悪いほうへと傾いていた。鮎川美空。親父の姉の娘で、俺より一つ上の19歳。ってことは麻美先輩と同い年か? 体型的には一応俺の彼女のちびっ子清香と変わらんのになぁ〜。ははは…。でも何で急にこっちに来るんだ? 訳が分からん。雪希に言うところが、“む、無理だよ〜。お姉ちゃん強引なところがあるし…。そ、それに何でも見せたいものがあるって言うから〜…” 押しが弱いなマイシスターよ…。俺だったら一つ二つ譲歩を引き出して結局来させん話術くらいは身につけているというのに…。でも何で今頃なんだ? 夏休みは来なかったのによ…。って電話しねぇと…。と思って電話口の前、受話器を取ってかけてみる。が……。
“ツー、ツー、ツー…”
 電話線抜きやがったのか?…。ってことは来ること決定? や、止めてくれ〜。俺の平穏な生活がぶち壊される〜っ!! ただでさえ清香や進藤にごちゃごちゃ言われてるんだ。この上美空姉まで来るとなると…、だ、だめだ。考えただけで恐ろしくなる。結局その日は繋がらない電話の前で必死でプッシュボタンを押す俺がいるのだった。で、あくる日は悪夢で一日中うなされることになったことは言うまでもない。
 そんなこんなで、月曜日。げんなりしているところへ雪希と清香に起こしにくる。で、行きたくもない学校に無理矢理連行される。雪希は分かるがなぜに清香に起こされるのかと言うと、それは俺たちがそう言う間柄になったわけで…。いわゆる恋人同士というやつなんだが、こんなチビッ子暴力女のことを好きになるなんて今更ながら不思議でたまらん訳だ。だけど、好きになっちまったものは好きになっちまったんだと自分の心に言い聞かせる。これも磁石のS極とN極のような関係じゃないか? と思うわけだ。と清香が…、
「あんたに従姉がいたなんて初耳ね〜?」
 と、妙にニコニコしながら聞いてきた。そりゃそうだ。誰にも言ってないんだからな? と思い皮肉を込めてこう言ってやった。“ああ、いたぜ? でもどこかの誰かさんとはえらい違いだけどな?” 少々誇大広告気味に言ってやる。“ぐぬぬぬぬぬ…” と言う清香の顔が印象的だったわけだが、よくよく考えてみるとこいつと美空姉はそっくりなんじゃねーのか? と思った。にしても、あの美空姉に彼氏が出来たなんてな? 俄かには信じられんが雪希が真顔で言うんだからおそらくは本当だろう…。そう考えるとやけにその彼氏が可哀想に思えてくる。あの美空姉のことだ。わがまま言いたい放題言って困らせてるんじゃないのか? そう思うと目の前にいるチビッ子と同じような気がした。
「で? あんたの従姉はいつ来るの?」
「あっ? ああ…。今週末だが…、って! もしかして見たいとか言うんじゃないだろうな?」
 そう言うと、“まあね…” と言わんばかりにこくんと頷く清香。やっぱりそうなのか? 同類項とは言ったものだ…、って! 火と火か…、いや違う火と油だ。どう見たって…。と考えて丁重にお断り願おうと思って“済まんが…” と言いながら清香のほうを見てみると雪希がにっこり微笑みながら、“美空お姉ちゃんも喜ぶと思うよ〜?” と俺の考えてるのをいいことに勝手に決められてしまっていた。で、このことは当然ぽんこつ日和やかましさ天下一に轟く最恐のスピーカー女こと、進藤にも伝わってしまう訳で…。あ、あ、悪夢だ……。と、その場に失意前屈型のように倒れこむ俺がいるのだった。
「先輩の従姉さんってどんな人でしょうね?」
 と、秋真っ只中の帰り道、嬉々とした表情で尋ねてくるのは、俺の知ってる中で一番厄介な女・進藤。見てると口にガムテープを張ってやりたくなるくらい次から次へと喋りまくる。ここは延髄チョップでもとは思うが、生憎とそれは出来ないような感じなわけで…。清香と日和はうふふふふ〜っとでも笑いたげにこっちを見てやがる。なぜに出来ないのか…。と言うと、
「私も興味あります…」
 と俺の横で、微笑んでいる雪希に匹敵するくらいな俺の弱点の麻美先輩がいるわけだ。って! 誰だ? 麻美先輩に言ったやつは…。と見てみるとピースサインを出しながらあかんベーをしているデカリボン…じゃなかった俺の彼女がいるわけで…。ちくしょう!! 何で俺の周りはこうも敵だらけなんだ? み、み、味方はいないのか〜っ!! と心の中で絶叫する俺がいたのだった。


 で、何のかんのと言ってる間に約束の週末がやって来てしまう。と今日はあいつの誕生日だったよな? と、先週末に買っておいたプレゼントを用意しておく。まあ渡すのは家に帰ってからでもいいだろう…。どうせ今日はうちに来るんだし……。でも美空姉の彼氏ってどんなやつだろうと考えて、前に考えていたことを思い出す俺。本当に彼氏になるやつは可哀想だ、と思う。うん。昔、雪希と一緒におじさんの家に行った時の恐怖は今でも覚えている。唯我独尊な美空姉は俺に無茶な要件ばかり言いつけてきたっけ。あの蜂退治にはまいったもんだ。追いかけられた挙句に顔中刺されて腫れあがって大変だったことを覚えている。ミツバチだったからまだ良かったものの、スズメバチだったらと思うと今更ながらぞ〜っとする。まあその後で犯人が美空姉だっていうことがバレて、おばさんから尻をバシバシ叩かれて、“い、痛い! 痛いよ〜っ!! う、う、うわぁぁぁぁ〜ん” って泣いてる姿を見て心がす〜っとしたもんだ。
「今日の夕方だったよね? お兄ちゃん」
 確認するように聞くマイシスター。“ああ” と俺は単簡に答える。時計を見ると4時を少し過ぎていた。まあ軽く掃除でもするか、と雪希に言うと“うん!” と言う返事が返ってくる。最近はいろいろとあったから久方ぶりに会う。背のほうは伸びたのかどうか…、美空姉が聞いたら一瞬にして怒り出すようなろくでもないことを考えながら掃除をする俺たち。途中何かバイクの止まった音がしたような気がしたんだが、まあ気のせいだろう。そう思いながら掃除をしていく。約1時間ばかり掛かってしまったことは言うまでもない。こう見えて意外ときれい好きな美空姉のことだ。さぼってると何を言われるか分かったもんじゃないからな? そう思って今まで異常に根を詰め丁寧に掃除をしていく。ふぅ〜っとソファーにもたれて少しだけ休んでいると、ピンポーンと呼び鈴が鳴る。ああ、早速来やがったか…。と表へ向かう俺。案の定、俺の見知ったやつが集合していた。って! 何で南山の野郎までいるんだ? と思いぽんこつの顔を見る。はわわってな顔をしてぽんこつは清香の後ろに隠れた。まあだいたいは分かってたことなんだが、こうも悪い方向ばかりに行ってしまうとなぁ〜。はぁ〜っ、やっぱり南山に言ったのはこいつか……。頭を押さえつつとりあえず家の中に招き入れる。と日和だけは罰だな? と思って行こうとする日和の首根っこを引っ掴んで、掃除の手伝いをさせる俺。ぷぅ〜っと頬を膨らましながらも手伝う日和が日和らしくて心の中でぷぷっと噴いてしまった。


「で、何度も聞くようだけどあんたの従姉ってどういう人なのよ?」
「んんっ? ああ…、俺の前に座っている凶暴そうなデカリボン女に酷似した性格の女だ…」
 ボカチンッ!! 雪希が持ってきた盆で頭を叩かれる。“い、いきなり何しやがる!!”と俺。“あんたがいらないことを言うからでしょ?!  それと、デカリボンって言うなぁ〜っ!!”とは清香。いつもの言い合い。ふと美空姉とその彼氏のことを思う。美空姉も清香と同じような性格だから付き合ってる彼氏も俺みたく苦労してるんだろうなぁ〜っ。と表でバイクの止まる音が聞こえた。ようやくお出ましか…。午後6時、えらく時間が掛かったもんだ。そう思っていると、表からごちゃごちゃ文句を言い合う声が聞こえてくる。
「もう少し早くしなさいよ!! 家の前まで来ときながらバイクの止め金が外れちゃってまた町をぐるぐる回っちゃったじゃない!! 全くこれだからキミは…」
「バイクに言え! バイクに! まさか止め金が外れるなんて知らなかったんだ!!」
 大声で怒鳴りあってるし…。って! やっぱりうちに来てたのか…。どおりで2時間前くらいか…。バイクの音がするなぁ〜っとは思ってたんだが…。と、みんなして窓の外を覗き込む。ちびっこい体のライダー服の女が昔風のヘルメットにゴーグルを掛けた男に向かって喚き散らしている。ああ、あのちびっこいのは間違いなくうちの従姉だ…。と思い、ふとこんなところで騒いでたら近所の笑いものになっちまう!! と、表へ出る。が時すでに遅し…。近所の奥様連中が出てきて俺の家を遠めにひそひそと話し込んでいた。そんな光景に愛想笑いを一つすると、“はぁ〜っ” と今日何度目になるか分からないため息を吐く俺。そんな今日10月23日は俺の彼女・小野崎清香の、そして3日後の26日は俺の従姉の鮎川美空の誕生日だ。

END