雪山での一夜にて


 びゅおおおお〜、と言う風の音がここかしこから聞こえてくる今日1月24日。先日誕生日を迎えたオレの後輩・松原葵ちゃんと不肖オレの彼女である来栖川グループのお嬢様である来栖川綾香と、もう友人以上の付き合いが続いている朝倉の彼女の胡ノ宮環の誕生日も兼ねて2泊3日の予定で温泉旅行へとやって来たわけだが…。1泊目はまあ何ともなく普通に温泉に入り〜の、豪華な山の幸に舌鼓を打ち〜のして楽しい時間を過ごしていた。綾香がどこぞの客から秘湯中の秘湯があると言う情報をオレたちに言う間では…、
「ねえねえ、浩之。私、行ってみたい!」
 と目をレミィの日本文化を知ったときのようなキラキラ輝くような目をしながらそんなことを言う綾香。オレは当然のことながらノーを突きつけてやる。何年か前こいつと葵ちゃんと3人で山籠もりみたくなことをさせられたわけなのだが、3日3晩寒さで感覚が麻痺してしまい、葵ちゃんがいるにもかかわらず綾香とキスしようとしてしまい葵ちゃんから、“藤田先輩、不潔ですっ!!” と白い目で見られたことは言うまでもなく。さらに帰ってからこの出来事によっぽど腹が立ったんだろうか葵ちゃんがまるでオレの不倶戴天の敵である長岡志保のように言いまくってしまい、オレは1ヶ月間学内で孤立を余儀なくされてしまったわけだ。まさかあの葵ちゃんが?! とも思うんだが北海道の友人である相沢の居候仲間にどことなしか似ている気もする。もっとも向こうのほうが葵ちゃんよりイタズラっ娘っぽいのではあるんだけどよ。とにかく俺は行きたくねーっとばかりに首をぶんぶん横に振る。
「何でよっ?! 彼女からのせっかくのお願いでしょ? 聞いてくれるのが彼氏って言うものでしょうに!!」
 と言うとぷく〜っと頬を膨らませながらこう言う綾香。いつもならここで格闘バトルに発展するんだが、今日は朝倉もいるんだしな? さすがにバトルはないだろうとタカをくくっていたのがそもそもの間違いだった。と言うかこいつが先輩の妹だと言うこともすっかり忘れてしまっていたわけだが…。オレがそうすると途端にしおらしくなって上目遣いにオレの顔を見てくる綾香の顔は先輩と瓜二つなわけで、まるで先輩にあーだこーだ言って訳もなく悩ませている自分がいるような気がする。“あ、あのな? オレは…その…。って言うかそんな先輩みたいな顔をするなんざ、卑怯すぎるじゃねーかよ?!” と言うとぽろぽろ涙を落としながらもなおオレの顔を上目遣いに見つめながらふるふるふると首を横に振る綾香。こうなるとさすがのオレも頭を縦に振らなければならなくなってくる。どこぞの国か地域か分からんが無理難題を言ってきてこっちが言うことを聞かないと訳の分からんことを言ったりまた前にあった出来事を未だに言ったりしてくるお子ちゃまそのものの言動が目立つんだが…。今回はもっと卑怯な手で来やがったなぁ〜っと心の中で滂沱の涙を流しながらえへんとでも言わんばかりな勝ち誇った顔の綾香を見つめるオレがいた。


 で、現在…。未だかつてないほどの危険な状態に置かれているオレたちがいるわけで…。一応秘湯中の秘湯と言う場所は見つかったのだが…。何しろ雪の中にぽっかり出来た穴のような感覚で脱衣所もなければ何もねえ。こんな場所に入るやつなんて本当にいるのかと思ってたら…。いたよ。オレの彼女と後輩。何か木の影でもぞもぞしてるなぁ〜なんて思ってたら、タオルを巻いて出てきやがるし。“やっぱり大自然に囲まれての温泉は最高よねぇ〜? 葵” とグラマラスなボディーをさらけ出してそんなことを言う綾香に、“やっぱり恥ずかしいですよ〜。綾香さん” と言いながらもまんざらでもない表情の葵ちゃん。そんな2人に感化されたのか環までタオルを巻いて出てきやがる。俺と朝倉と2人、顔を見合わせて秘湯に入る女性陣の肢体を見つつ、“わぁ〜っ!!” とその場から逃げる。…のだが、もともと雪深いせいもあってか足を取られて身動きが難しい。そこへくると百戦錬磨のオレの彼女と後輩と、巫女さん(と言うか武将のような気もしないでもない)だ。すぐさま追いついてきて、やれ、熊が出て来そうで怖い、だの、男の人が一緒にいてくれると安心する、だのと言いながらぐいぐい温泉のほうに引っ張っていく。ええい、実際出てきたら絶対熊のほうが怖がるだろうに! それに綾香と葵ちゃん相手に戦って勝てたやつなんていやしねぇじゃねーかよ(環の実力はまだ分からんがオレの中では三国志の関羽に匹敵するくらいの強さではないかと勝手ながら思っている)。そんな連中が何が、熊が怖〜いだ! とか思ってじたばた暴れてはみたものの、相手が相手だけに簡単にひっぺ返されてしまいあまりの寒さに湯の中にいの一番に飛び込む始末となってしまった。
 また雪が降ってきやがった。この分だとこのままここで野宿か、若しくは救助が来るまで待つか、最悪凍死と言う一番悲惨で嫌な結末を迎えなきゃならんわけでこれをどうしても避けたいオレたち男2人は早々に切り上げて岩陰に移って元来ていた服を着る。風が寒い。一刻も早くここから退散したいわけだが、当の女性陣3人はまだ温泉気分か浸かったままだ。早く上がってくれ〜っとばかりに、いつぞやかのお化け屋敷の一件を思い出して、“ひゅ〜、ドロドロドロ〜” なんてこの科学万能の今の世の中に通じるはずもないだろうなぁ〜っと思いつつ口ずさんでいたオレ。途端にざばっと言う音とともにバスタオルもそこそこにオレの胸に飛び込んでくる綾香と葵ちゃん。環はいつの間に持っていたのかお祓いの棒を持って辺りを窺っている。まあここで実はオレでした〜なんて言おうものなら明日辺りオレの名前が立派になってるのでそのことは言わずに、“だから言ったじゃねーか。ほれ、早く帰るぞ!” と促すオレ。当然女の着替えは長い。10分は待った。それ以前に雪のほうが強くなってきやがる。帰れるのかこれ?! と思いつつ、ここは抜群の戦闘センスを持つ彼女と後輩に任せるしかないと思ったオレがバカだったわけで…。


「結局野宿かよ…。ったくしょーがねぇなぁ〜」
 と言いながら火の番をする藤田。そんな藤田に“そうだな…” としか返せない俺。あれから雪を凌げる場所を探して回り、道なき道を歩くこと6時間は立っただろうか、やっとあばら家らしい1軒の家を見つけて今日はそこで野宿と相成った。まあ今まで野宿なんていう経験は皆無(とは言え音夢に家を閉め出されて野宿まがいなことをしたことはあるのだが…)な俺たちだからか妙なドキドキ感がするのも事実なわけだ。囲炉裏に火をくべると赤々とした炎が立つ。今まで寒さで感覚が麻痺していたのか今更ながら腹の虫がぐぅ〜っと鳴った。とは言え、食事は出来ないだろうしなぁ〜…、なんて思っていた俺がバカだった。多分こうなることを予想でもしていたかのように鍋やら具材やらをリュックから取り出す藤田の面々。俺と環は正直ぽかーんとしながら見ている。
 と、藤田が、“おい、朝倉。どうした? 気でも触れたか?” と心配そうに覗きこんでいる。“い、いや、そんなことはないんだが…。って! 用意周到だな? おい” と言うと、“まあな? こいつに馴らされちまった” と彼女のほうに目を遣りながら半ば諦め顔になる藤田。そんな彼女はと言うとぐつぐつ煮込まれてる鍋のほうを見遣りながら、“うふ、うふ、うふふふふふふぅ〜…” と狂気の扉でも開いたかのように怪しく笑っている。相変わらずご〜っと言う音と時折入ってくる雪に恐怖を感じながら出来上がった鍋を食う。肉やら魚やら野菜やらの出汁に味噌の風味が効いていて美味い。隣りの環も、“美味しいですこれ! 後でレシピを聞いておこう…” なんて言っている。そうやっているうちにだんだん眠くなってくる。囲炉裏の前でうつらうつらしていると肩をゆさゆさ揺すられて起こされる。“寝たら死んでしまいます!! 朝倉様!” と普段見せたこともない鬼気迫る表情で言う環にハッとなる俺。藤田は相変わらず火の番をしながら俺たちのほうを何だか微笑ましそうに見つめてるし、彼女と後輩に至っても藤田同様に微笑ましそうに見つめていた。結局俺の1人負けのような感じがして何だか悔しかったが、ここはじっと耐えることにした。
 翌日も猛吹雪の様相を呈している。食料はまだありそうだがいつまで持つか…。と見ると昨日と同様にうふうふ怪しく笑いながら鍋の具材を投入している藤田の彼女がいた。魔界の瘴気にでもやられたかと思うくらい怪しい微笑みにぞ〜っとしてくる。大体今は何時なんだ? と思って携帯電話を見てみると午前8時半をさしていた。そんな時間か…、全くの猛吹雪で視界が分からないんだけどな? と、右上のほうを見てみると?…。


「最初っから携帯見ておけばこうはならんかったのになぁ〜…。はぁ〜。今回もまた疲れたぜ…」
 と帰ってからの藤田の一言に俺はこくりと頷いた。そう、今まで電波が入ってないと思われていたあの温泉の場所だが、しっかり電波はカバーしていたわけで…。温泉地と言うことであの場所を利用する客も多分に多くいて、それでホテルのほうでも6、7年前に中継基地をつけたんだとか。捜索隊も編成されていてなかなかに物々しい雰囲気だったことは言う間でもない事実だった。俺はあんな山深いところに中継基地やらがなんてあるわけがないと思っていたのではあるが、雪深いせいで分からなかっただけで、ちゃんと脱衣所もあるらしく、さらには自販機で酒やらジュースやらも買えたらしい。
 とんだサバイバル経験だったなぁ〜と思って環のほうを見ると、“今度は夏に来たいですね? 朝倉様” ともうここに来る気満々な感じでそんなことを言う。藤田を見ると、アメリカ人がよくやるやれやれしようがないな? と言うポーズをしながら苦笑いを浮かべていた。藤田の彼女と後輩は、綿密な計画をもう立てているのかきゃっきゃうふふと笑い合っている。その話に俺の彼女まで加わって3人で話に花を咲かせているわけで…。人は少なからず他人の影響には感化されるものだと俺は思う。それが多いか少ないかだけで。俺の彼女は半端なく前者のほうだな? と改めて気づかされた今日である。って言うか8月の10日から12日の間とか具体的な日にちまで決めないでくれっ! うちには凶悪的な義妹と従姉もいるんだぞ〜っ!!

END