「…はぁ。どうしてこうなるんだ?…」
俺は一言呟いた。ここは水瀬家リビング。そこには被告人である俺と、俺の弁護人(頼りないが…)であるあゆ、そして俺を恨めしそうに睨んで座っている7人の検察側証人、裁判長である秋子さん、検察官である北川という面々がいた…。
しかしなぜ俺が、このような不当極まりない裁判を受けることになったのかというと…。
ジャムとイチゴの狂想曲
第1話 祐一君、訴えられる
それは一週間前のこと…。
雪がちらほらと舞う、ある冬の寒い日…。俺が所々雪の積もった商店街を歩いていると、道に迷っている女の子に声をかけられた。
「あの〜、すみません…。ちょっといいですか?…」
「えっ? ああ。いいけど…」
事情を聞くとその女の子は、お兄さんに会いに行くらしい。元気で可愛らしい、ちょっとあゆに雰囲気が似ている感じの子だった…。
「花穂ね、お兄ちゃまに会いに行くんだ〜。えへへっ。花穂のお兄ちゃまは今年の四月からこの町の教会で働いてるの。久しぶりに花穂の学校がお休みになったから、花穂、これからお兄ちゃまに会いに行くところなんだ〜。でも、でもね。花穂、ここがどこなのか分からないの〜!! ふぇ〜ん。それでね、それで…」
その子はいかにもすまなそうに、こっちを上目遣いで覗き込んでいた。
「ああ、いいよ。一緒に探してあげるよ…。お兄ちゃんも待っているんだろ?」
「うん…、ありがとう。お兄ちゃま。でも、花穂がドジだから…、ごめんなさい…」
ぺこり、と頭を下げるその仕草がなんとも愛らしい…。
「あっ、いいよ。いいよ。どうせ、俺も暇だったし」
その子のお兄さんは今年の4月からこの町のキリスト教の教会で牧師の仕事を始めたらしく、その子は今日久しぶりに会いに行くんだそうだ…。
この町に来るのは久しぶりらしかった。といっても、彼女は方向音痴らしい。待ち合わせの場所から随分と遠い所だぞ? ここ(笑)。彼女の持っている地図を見ながら、今いる地点を確認して俺はそう言う。
俺がそう言うと彼女は「てへへっ」と照れ笑いを浮かべた。
「そうか…、お兄ちゃんもうれしいだろうね…。こんな可愛い妹がいてさ…」
「えっ?……」
そう言うと女の子は恥ずかしそうに頬を赤らめる。俺は一人っ子だ。だから常々弟か妹がほしいと思っていた。だからではないが、こういう子を見ているとほのぼのとした優しい気持ちになってくる。
「あっ? 自己紹介がまだだったよね?…。花穂は、海神花穂っていいます…。よろしくねっ!」
「そうだったね。俺は、相沢祐一。よろしく」
そう自己紹介して、俺は花穂ちゃんと一緒に花穂ちゃんのお兄さんが待っているというデパートへと向かった。向かう途中、お互いにいろいろなことを話した。
名雪が「だお〜」だったり、栞が「えぅ〜」だったり、真琴が「あぅ〜」だったり、舞が「…嫌いじゃない」だったり、香里が「最強」だったり、佐祐理さんが「あははー」だったり、天野が「おばさんくさい」だったり……。
花穂ちゃんも自分のこと、お兄さんの事などを話してくれた。俺の話を聞いてくすくすと笑いながら、花穂ちゃんは…、
「いいなぁ。祐一お兄ちゃまは…。花穂もそう言うお友達、もっとい〜っぱい作りたいよぉ〜」
…と、はじける笑顔でそう言った。俺は素直にその笑顔が可愛いと思った。ひょっとして俺は妹属性なんだろうか?…。そう思った。
「祐一お兄ちゃま、楽しそう。……花穂はパパやママのお顔知らないけど、お兄ちゃまや衛ちゃんたちがいてくれるから寂しくないんだ〜…。えへへっ」
話をしていると花穂ちゃんの家庭環境なんかがよく分かる。花穂ちゃんの身内の人たちは、誰ももうこの世にはいないらしい。花穂ちゃんは隣町にあるキリスト教関係の孤児院で暮らしているらしかった。
そこの牧師の息子さんが“お兄ちゃま”ということなんだそうだ…。この子もあゆと同じだな…。俺はそう思った……。
「俺の知ってる女の子と同じなんだね。ははは、びっくりだよ…」
「ええっ? そうなんですか? 花穂たちの家にも、もう一人お姉ちゃまがいたんだけど……。8年前に事故にあって、ずっと入院してたんだぁ。でもねでもね。奇跡的に意識が戻ってね!! 嬉しかったんだぁ〜。花穂の大好きなお姉ちゃまだったから…。でも、もう花穂たちのお家にはいないの…。今は水瀬って言う人の家に居候してるんだって……」
えっ? 水瀬? そう聞いて俺は、ギョッとなる。もしかして、花穂ちゃんの言ってるお姉ちゃまと言うのはあゆのことなんじゃないか? そう考えた俺は、花穂ちゃんに聞いてみることにした。
「ねえ、花穂ちゃん…。もしかして、そのお姉ちゃまって、たい焼きが大好きで、口癖が「うぐぅ〜」で、自分のことをボクって言うちょっと男の子っぽい女の子かい?」
「えっ? え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?! 何で分かっちゃうの? 花穂びっくりだよ〜〜〜っ!!」
やっぱりそうだったんだな……。俺は思った。
「でも以外だよね…。あゆお姉ちゃまの初恋の人と、こうやって花穂、お話してるんだもん。もうびっくりだよ〜」
えへへと、照れ笑いを浮かべる花穂ちゃん。俺はあゆのことが好きだ。しかし面と向かって言われると、やっぱり恥ずかしい気がする。俺は努めて平静を装いつつ言った。
「…あっ? ……ああ。俺も、あゆの知り合いがこんな身近にいたなんて知らなかったよ…。どう? 花穂ちゃん。久しぶりにあゆに会ってくかい? あっ、でもあいつ、検査入院で今日から病院に行っているんだった…。ごめんね、花穂ちゃん。せっかく大好きなお姉ちゃんに会えると思ってたのに…」
「ううん…。祐一お兄ちゃま、そんな謝らないで…。それに花穂、お兄ちゃま探さないとだめだから…。ごめんね…。祐一お兄ちゃま…。せっかく花穂のために気を使ってくれたのに…」
そうだった…。この子はお兄さんに会いに来てたんだった。いけないな、俺は…。そう考える。花穂ちゃんと話をしながら、お兄さんとの待ち合わせ場所まで行く…。
あゆに会えないということもあり、残念そうな顔をしていた花穂ちゃんの心を和ませようと、俺は花穂ちゃんに名雪たちの面白い話をいっぱいしてやった…。
「うふふっ。でも祐一お兄ちゃま、なんだかとっても楽しそうだよ?…」
花穂ちゃんは嬉しそうに、にこっと微笑む。俺もそんな笑顔を見ているとなんだか嬉しくなって…、
「ははははは…。でも結構大変なんだよ? 居候は……」
「ふぅーん。祐一お兄ちゃまも大変なんだね…。じゃあ、花穂、今度フレーフレーってチアで応援するね」
いや、応援されても困るんだが(苦笑)…。………と、そうこうしているうちに俺たちは花穂ちゃんと花穂ちゃんのお兄さんが待ち合わせをしているというデパートの前まで来た。
「あっ、ここまでくれば分かるよっ。ありがとう、祐一お兄ちゃま!」
花穂ちゃんはそう言って、ぺこりとおじぎをする。俺は当たり前のことをしたまでだ…。あゆもそうなんだが、最近の子では珍しいよな…。やっぱり、キリスト教の博愛精神の賜物なんだろうか? 考えもまとまらず俺は言った…。
「あ? ああ。なあに、困ったときはお互い様ってね。それよりいいの? お兄ちゃん、待ってるんじゃない?……」
「あ、そうだったよね。それじゃ、どうもありがとう。祐一お兄ちゃま!!!」
丁寧におじぎを何度も何度もして、途中で躓きそうになりながらも、花穂ちゃんはデパートの中へと消えていった。祐一お兄ちゃまか…。何だか胸の中がほんわかと温かい気持ちになってくる…。
あの子と、もう少し話していたかったな…。そう思い、俺は家路に着こうと振り返る。と…、
「祐一〜! ひどいんだお〜! 帰ったら一ヶ月紅生姜なんだお〜!!(怒)」
「祐一さん!! 私はアイスが主食じゃありません!! そんなこと言う人嫌いですっ! えぅ〜!!(怒)」
「祐一! 誰が「肉まんあぅ〜」なのよぅ〜!(怒)」
「祐一…。ひどい…。えぐえぐ……。えぐっ、ひっく…(泣)」
「相沢君!! 誰がシスコンですって!! 誰がっ!!(怒)」
「祐一さん。佐祐理は…、佐祐理はとても悲しいです…。ううう…(泣)」
「相沢さん。そんな…、そんな酷な事はないでしょう…(泣)」
そう言ったのは武装して、ある者は泣き、ある者は怒り、ある者は俺を睨み付けていた。そう言った少女が7人…。あの〜。ひょっとして、今の話…、聞かれてましたか?
「うん」×7(怒)。
一瞬、フリーズ…。背中には冷や汗がたらり…。顔には某ちび○こちゃんみたく縦線が何本も…。この場に集う女の子を代表して名雪が俺の顔にびしっ! と指を差してこんなことをのたまった。
「祐一……。何をでれでれしているんだおっ! 酷いんだお〜っ! 極悪人なんだお〜っ!! 祐一〜っ!! う〜〜〜〜〜〜っ!! もう、訴えてやるんだおっ!!」
訴える? どこへ? ちょちょ、ちょっと待ってくれ。訳が分からないまま、俺は戦乙女たちにしょっ引いて行かれた…。気分はドナドナだ…。
♪ ドナドナドーナドーナ。子牛を乗せてぇ〜〜〜〜。
ドナドナドーナドーナ。荷馬車が揺れるぅ〜〜〜〜〜〜〜。(泣)♪
そして現在……。俺は自宅軟禁状態となっていた。
一応、飯は食える。家の中なら移動は可能だ。だけど、外の空気を吸うことが出来ない。
季節は冬だ…。でも今年は暖冬だそうだ。比較的暖かい日が多いので出歩きたいのだが、常に名雪・真琴の水瀬家の娘(居候1名含む。「水瀬家シスターズ」と命名)たちに監視されているため、表に出ることが出来ない。
風呂に入るとき、トイレに行くときでさえ、水瀬家シスターズの誰かが監視に来るという具合だ。ついでを言うと、一日に一回、俺の監視ということで香里たちがやってくる。
これじゃあ、まるで重禁固だ…。思わず涙がちょちょ切れてしまった。ちなみに、あゆはというと検査入院と言うことで、この一週間水瀬家にはいなかった…。
俺は高校3年生になった。だから学校の方は1月からもう休みに入っている。まあ、大学入試やら就職の面接とかで、この時期になるといつも大変だ…。例に及ばず俺も…。ということで、受験勉強の方は何とかやってこれたつもりだ。
受ける大学も決まり一昨日入試を終えたところだった。名雪と香里の監視付きで…(泣)。まあ、それもこれも香里先生のありがた〜い講義のおかげだろう…(汗)。…普通、講義にメリケンサックは持たないよなぁ…(泣)。
今、俺が一番望むことは、翼が欲しい……、だ(泣)。
「秋子さ〜ん。助けてくださいよ〜。俺、何もやましいことなんてしてないんですから〜(泣)」
「祐一さん…。わたしは信じますよ。祐一さんのこと…。でも、わたしだけが信じたところであの娘達は信じてくれるかしら? あの娘達は祐一さん、あなたのことを疑っている。わたしの強権(元オリンピック・柔道金メダリスト)で、この場を静めさせることは出来るかもしれません。でも、そうなった場合、後々で怨恨は深くなる一方ですよ?…」
自室まで夕食を持ってきてくれた秋子さんに、俺は一分の希望を込めて嘆願したのだが…。結果は以上のとおりだった…。まあ、確かに後々の恨みつらみのことを考えると、空恐ろしい気がする。
「それにね…」
しばらく黙っていた秋子さんが、一枚の紙を出して俺に言った。
「告訴状です。一応、裁判長はわたしになっているみたいですね…。祐一さん……、祐一さんがあの娘達に身の潔白を証明したいのでしたら、ここは裁判をやって、身の潔白を証明してみたらどうですか?」
いつものポーズで秋子さんは言う。俺は潔白だ。と俺自身は言い切れる。だが他のヤツはどうだろう?
舞と佐祐理さんは根が素直だから、比較的話せば分かってくれると思う。真琴は、天野次第…。天野と香里は理論派だから、昏々と言って聞かせてやれば分かってくれるだろう…。
問題なのは名雪と栞か…。俺は考える。考える…。脳みそがウニになるほど考える…。十二分に考えた結果、俺の出した結論は…、
「裁判、お受け致します……」
だった……。
第2話へ続く