ジャムとイチゴの狂想曲
第2話 祐一の裁判…
俺の弁護人には、アンテナ人間こと北川がなってくれた。北川はいかにもキザっぽく被告人である俺に言った。
「いいか、相沢…。俺はお前のことは信用していない。だがな、これは水瀬のお母さんに頼まれた仕事だ…。お前の弁護をしてやる。ありがたく思えよ? しかし、俺自身の観点から見れば、相沢…、お前はクロだ…」
くぬぬぬぬ…。アンテナ人間にここまで言われるとはな…。俺に対する日ごろの鬱憤か、それとも俺への羨望か…。勝ち誇ったように北川はそんなことを言う…。
くっ、何でこんなやつにここまで言われなきゃならん!! そう思った俺は、このアンテナに言ってやった。
「くっ、何でお前にここまで言われなきゃならん!! もう、お前になんか頼まん!! 俺は無実だっ! 潔白だっ! それを信じないやつなんかに弁護なんか頼めるかっ!! 頼りないがあゆに頼むことにしたぞっ! 俺はっ!!」
「くっ……。まあいい…。ふっふっふっ、相沢…。どうやらお前も年貢の納め時のようだな…。この俺、北川様を敵に廻した事、後悔するがいい…。ふっふっふっ…」
北川は、そう言うといかにも「してやったり」という表情で、不敵な笑みを浮べながら部屋を出て行った。あいつは最初から俺を弁護しようという気はこれっぽっちもなかったんだ。くそうっ!
多分今ごろ、秋子さんに俺との交渉に失敗したことを告げに行ったんだろうな…。
ふんっ! あんなアンテナ毒電波人間に頼むより、あゆに頼んだ方がよっぽどマシだ。
あんなやつ、こっちからごめんだっ!! だいたい、俺は無実なんだ! シロなんだ! それをつらまえて“俺自身の観点から見れば、相沢…、お前はクロだ”とは、どういう了見だ!
あいつは俺を犯人に仕立てて、無理矢理に自白させて、香里に対する高感度をアップさせる気なんだ…。くっ、なんて卑怯なヤツなんだ…。俺はそう思った。
10分後…、俺が部屋で一人ぽつねんとしてると、あゆが荷物を持ったまま俺の部屋に入ってきた。多分、検査入院から帰ってきたんだろう。俺が今まであったことを話すと…、
「うぐぅ、ボクがいない一週間の間にいろんなことがあったんだね…。祐一君、花穂ちゃんとも会ってたんだ…。はぁ〜、ボクも会いたかったよ…。みんな元気かなぁ〜。うぐぅ…」
そう、寂しそうに言った…。でも、普段の元気なあゆに戻って……、
「祐一君!! 祐一君はイジワルだけど、嘘つきじゃないもん。ボクは祐一君のために、ううん、祐一君の無実を晴らすために手伝ってあげるよっ!! 頑張ろうよ。ねえ、祐一君!!」
握りこぶしを作って、あゆはそう言ってくれた。それから30分くらいして、秋子さんが俺の部屋に訪れた。秋子さんにあゆが俺の弁護をしてくれると言うと、ほっとしたように…、
「よかったですね。祐一さん…。あゆちゃんもよろしく頼みますね?」
「うんっ! まかせてよ。秋子さんっ!!」
「でも、困った事になったわね。北川さんから聞きましたよ? 祐一さん…、どうするおつもりですか? あゆちゃんが弁護してくれると言ったって、裁判というのはそう甘くはないものなんですよ?…。無実を証明してくれる証人という者がいなければ勝ち目はありませんよ。名雪たちは、祐一さんを有罪へもっていこうと躍起ですし…。二人だけでは、絶対に勝ち目はありませんよ? ……わたしが証人になってあげたいのは山々なんですけどね…、一応、裁判長ですし……」
「秋子さん……。ありがとうございます、秋子さん。でも、俺…、あゆと二人でやります。二人でやれるところまでやってみます。だいたい俺は無実なんですから…」
「そうだよ…。秋子さん。祐一君は無実だよ…。祐一君、イジワルだけど嘘つきじゃないもん…。名雪さんたちの方がおかしいよ……。絶対……」
「……そうですか……」
秋子さんは、何か思案深げに俺の部屋を出て行った…。俺は思った。俺は必ず、自分の無実を証明してみせる。じっちゃんの名にかけてっ!! と…………。あゆの顔を見た。あゆも何だか気合いの入った顔だった…。
そうして、今に至っていた。
水瀬家リビングは裁判所に変わった。傍観者は、ピロとけろぴーの二名だけ…。検察側証人には7名の戦乙女達。そして小憎たらしい笑みを浮かべている検察官、北川…。
弁護側には…、きょろきょろとあたりを見渡す頼りない弁護人が一人いるだけだった…。裁判長、水瀬秋子さんが入ってくる。
そして、リビング(法廷)を見回して秋子さんは一言こう言った。
「弁護側には弁護人一人だけのようですね…。弁護側証人数名を集めるまではこの裁判を延期します…。被告人には一週間の外室許可を与えます。それで、証人を集めていらっしゃい。では…、閉廷」
「え〜っ?!」×8
8人が一度にそんな声を出す。無理もないだろう。審議を始める瞬間のこの処置…。
だが、正直俺は助かったと思った。あゆも、ほっとした表情をしている。秋子さんが昨日、思案深げに俺の部屋を出ていったのはこのことだったんだと思った。
「おっ、お母さんっ!! ちょっと祐一に甘すぎるんだお〜っ!! 酷いんだお〜っ。お母さんも紅生姜なんだお〜」
名雪が秋子さんに食ってかかった。他の6人は俺の顔を恨めしそうに見ている。北川は、憎々しそうに俺を睨んでいた。秋子さんは動じずいつものように微笑みながら…、
「でも、検察側証人だけ立てて、弁護側証人は立てない。そういう裁判がどこにありますか?」
すました顔でそう言う。と、そこにアンテナが(よせばいいのに…)口を挟んできた。
「でもですねぇ…。こいつが言ったんですよ? 弁護はいらないって。自分一人でも戦うって。で、ちゃっかり月宮さんを弁護人にしてるし……」
「あら? 北川さん…。北川さんが、“相沢…、お前はクロだ”って言って、祐一さんのことを全然信じてあげなかったからではないですか? わたしが選んだ弁護人でありながら…。あゆちゃんがいなかったら祐一さんは一人で戦う事になっていたんですよ? ……とにかく裁判は延期です。一週間の間、被告人、祐一さんは自由の身です。何者も尾行等、被告人、並びに被告弁護人に関する一切の邪魔は許しません。もし、この規定に違反した者は……」
そう言ったかと思うと秋子さんはそばにいた北川を一本背負い……。そう、高校時代・柔道でオリンピック金メダルを取った秋子さん。
猪熊柔(今やプロ野球・エラッケスの山谷選手の奥さん)と本阿弥さやか(現在・財閥本阿弥グループの会長)と相川秋子(秋子さんの旧姓)という三人で世界の表彰台を独占したんだっけ。俺はまだ生まれてなかったが……。
「今の北川さんのようになりますが……。いいですか?……」
「だお〜!!」
「えぅ〜!!」
「あぅ〜…」
「えぐえぐ……」
「うっ!!」
「あは、あは、あはははー」
「こっ、酷なことです…」
のびている北川を見て、誰一人反論しなかった。いや、出来なかったんだろう…。ただ一人を除いては……。
「痛てて…。な、何するんですかぁ〜。いきなり投げ飛ばすなんて〜。酷いじゃないですかぁ〜。お、お、俺はこここ、こんな脅しには屈しないぞ〜。そもそも裁判長が被告人の味方をしてどうするんですかぁ?」
起き上がってそんなことを言う北川……。ああ、言わない方がいいのに…、と俺は思った。
「あらっ? ふふふっ、わたしは公平な裁判をしたいだけですよ…」
そう言って北川の所へ行く秋子さん…。その顔は笑っていた。後ろに闘気を張り巡らしながら…。それを見た北川は一瞬にして気絶した。後に北川は語る…。
「あの時ほど、死を意識したことはなかったぜ」
と……。
俺たちは、走っていた。俺の無実を唯一証明してくれる女の子、花穂ちゃんを探した。一週間という短い期間だ。必死になって探した。自由の身でいられる一週間…。その最初の日の夕方…。
「あっ、祐一お兄ちゃまだ〜っ。それに、あゆお姉ちゃまもっ!!」
遠くで聞こえる天使の声…。ああ、神は我を見捨ててはいなかったのだ…。天にまします我らが父よ…。俺は思わず十字を切ってしまった。べつに信仰してもいないのに……。
でもその時だけは、そう思わざるをえなかった…。花穂ちゃんはお兄さんらしい人と一緒にこちらへ歩いてくる。
「あっ? 花穂ちゃん! うぐぅ〜、花穂ちゃ〜ん」
あゆは、花穂ちゃんの姿を見つけると走っていく。俺もその後に続いた。花穂ちゃんたちの前まで行ってあゆは嬉しそうにこう言った。
「航お兄ちゃん…。花穂ちゃん…。ボク…、元気になったよ」
「うん。よかったね…。あゆ……。それに……」
航さんと呼ばれた人(多分この人が花穂ちゃんやあゆのお兄さんだろう…)は、俺の顔を嬉しそうに見つめていた。
「あっ? お兄ちゃま。この人だよ? この間、花穂のこと助けてくれた人は…」
お兄さんにそう言うと、花穂ちゃんはにっこりと微笑んだ。
「あっ。そっ、そうだったね? 花穂。…あの、僕からもお礼を言わせてください。この節はありがとうございました」
花穂ちゃんのお兄さんはそう言ってお辞儀をする。優しそうな感じの人だった。
「えっ? まっ、まあ当然のことをしたまでですよ…。あは、あは、あはははは」
「祐一お兄ちゃま…。ちょっとお顔の色が変だよ? なにかあったの?」
花穂ちゃんはまじまじと俺の顔を覗き込んで、そんな事を言う。俺は言えなかった。…よくよく考えてみる。
この人たちを巻き込んで何の得になるんだろう。何の得にもなりゃしない。だいたいこの人たちにはまったく関係がないじゃないか…。そう考えていた俺に…。
「何か、悩み事があるんじゃない? 僕でよければ相談にのるよ?…。花穂の大恩人だし。それに、あゆの恋人だしね……。あははっ」
「うっ? うぐぅ? ち、ち、違うよ…。航お兄ちゃん…。もう! 昔とちっとも変わらないんだね…」
あゆはそう言ってぷぅ〜っと頬を膨らますと顔を横に向ける。俺は正直悩んだ…。この人たちにはまったく関係のない事なのに…。
それなのに相談にのってくれると言う。これもキリスト教の博愛精神の現われなんだろうか? そう思った俺は…、
「えっと、あの……、その……。実は……」
今までの事件のことを洗いざらいすべて話した。花穂ちゃんのお兄さんは…、
「それは困ったね…。う〜ん……。あっ、そうだ。鞠絵に頼めば…。うん、そうしよう。あっ、ちょっといいかな? 僕や花穂だけじゃ役に立たないと思うけど、僕の妹に法学に詳しい子がいるんだ。明日は土曜日だろ? だからこれから帰ろうと思ってね…。うん!! ちょうどいいや…。君たちも僕たちの家においでよ…。あっ、でもあゆは実家に帰るようなものかな? あはは…。まっ、まあ、いろいろとお礼もしたいし…、それに話したい事もあるしね…」
何事か考え込んでいた花穂ちゃんのお兄さんは、思い立ったように俺にそんなことを言ってきた。
「へっ? 俺ですか? いいんですか? 本当に?……」
「うん、いいよ……。あゆがいろいろお世話になってるしね…。それに花穂もお世話になったことだし…。……あっ、自己紹介がまだだったよね…。僕は海神航。よろしく…」
花穂ちゃんのお兄さん…、航さんは、微笑みながら俺を見ていた。その神にも似た微笑みに、俺はついて行くしかないと思った。これは俺に与えてくれた神からの最後のチャンスなんだと…。
第3話へ続く