ジャムとイチゴの狂想曲

第5話 祐一のお友達


 次の日、俺とあゆは昨日鞠絵ちゃんの言った通り、早速行動に出た。
 昨日、四葉ちゃんが話していた、俺に対して比較的穏健なことを言っていた佐祐理さんや舞たちに会うことにする。俺たちはまず、佐祐理さんと舞に会うことにした。雪の積もった道路を歩く。
 サクッ、サクッと新雪が俺たちの歩く歩調に合わせて鳴っていた。言い忘れていたが、舞は佐祐理さんの家に居候している。舞の母親は元々体が弱いらしく、遠くの療養所にいるんだそうだ。
「うぐぅ…。大丈夫かな…。鞠絵ちゃんはああ言ってたけど…。ボク、なんだか心配だよ〜」
「大丈夫だっ。佐祐理さんも舞も俺が無実だって言うこと、きっと分かってくれるって…。だから心配するな…」
 そう言って、あゆの頭をぽんぽんとしてやる。まだ不安なのか、あゆはうぐうぐ言いながら、心配そうに俺の顔を見上げていた。実を言うと、俺も内心は不安で仕方なかった。
 女の子の中では一番優しい、佐祐理さんと舞…。その二人を敵に回してしまったんだ。穏健派であるとは言っても、俺の顔を見ると豹変するかもしれない。不安だった…。
 赤銅色の所々掛け落ちたブロック塀がどこまでも続く。塀の向こうを見れば古めかしい日本家屋が見える。あたりはしんと静まり返って、ただ俺たちの踏む新雪の音だけがサクッ、サクッと鳴っていた。
 そうして…、「倉田」と書いた表札の前、俺たちは来た。ごくっと息を呑む。あゆを見た。あゆも同じように息を呑んでいた。震える手で、インターホンを押す。
「はいぃぃ。どちら様ですかぁぁ?」
「あ、あの、相沢と申しますが…。倉田さん。あっ、倉田佐祐理さんはご在宅でしょうか?」
 俺は緊張しながらそう言った。あゆは? と見れば、俺が緊張している様子を見てくすくすと笑っている。くそぅ! 後でいぢめてやる(笑)。
 んっ? でも、この腑抜けた声…。どこかで聞いた覚えが…。と、後ろで、つんつんと俺の背中を突付く者が……。 誰だっ? 俺は振り返る。と…、
「あっ…。芹香さん……。って、何でっ!! 何で芹香さんがここに?!」
 そこにいたのは、俺が東京の高校にいたときの先輩…、来栖川芹香さんだった。
「うぐぅ? 祐一君。その人、誰?」
 あゆはそう言うと俺と芹香さんとを交互に見て、再び俺に目をやった。説明して! とでも言わんばかりに…、
「この人は、来栖川芹香さん。俺が東京にいたときに高校で一緒だった先輩だよ……。で、こっちが月宮あゆ、俺の彼女さ…」
 俺はそう言って紹介してやった。あゆは突然顔を真っ赤にして「うぐぅ〜」と言った。なにも照れなくてもいいのにさ……。芹香さんは目を細めながらそんな俺たちを見つめていた。
「で、なんで芹香さんがこんなところにいるんですか?」
……
「えっ? 学校の交換学生? …って、ここは日本のはずですよ? …あっ。そういえば、この前うちの校長が全校集会で、東京の高校と生徒を交換するって言ってたような…。それが芹香さんってこと? でも芹香さんって、高校卒業したんじゃないんですか? えっ? それは藤田たちのことですって? で、芹香さんは? えっ? こちらの大学に通うことになった?」
コク……。頷く。
……
「えっ? 私だけではありません? あと7人いるって? へぇ〜。そうなのか〜。ということは、藤田や神岸も一緒ってことですか?」
はい……
 東京の高校で一緒の学校だった芹香さん。久しぶりに会ったが芹香さんはますます美しくなっていた。まあ、あの大財閥のお嬢様なんだから当然といえば当然のことなのだろうが……。
 藤田や神岸もこっちに来ているらしい。ということは、あの小うるさい長岡も一緒ってことか? ああ、俺の静かな学校生活がぁ〜。
「で…、何で芹香さんが佐祐理さんの家にいるんです? えっ? 居候? 藤田や神岸も一緒ってことですか? はぁ? 長岡と矢島以外ここで厄介になってる? 何でですか? はぁ? 藤田と喧嘩した? …まあ、あいつらはそれで仲良くやってきたものだからなぁ〜。はぁ…、どこに行くって言うことは聞いてないって? ま、まあ、あいつらのことだからね。そんなに心配することはないよ…。で、芹香さんたちは佐祐理さんのところに居候するってことですか? ま、まあ佐祐理さんの家は広いからね。泊まれないわけでもないけど…。えっ? 何で俺がここにいるのかって?」
 コク…。また頷く。
「そっ、それはですねぇ…」
 俺は考えた。また部外者を巻き込んでしまう。そう思った。でも、魔法に精通している芹香さんのことだ。
 きっとここで俺が考えていることも読まれているかもしれない。そう思った俺は今までのことを洗いざらい話すことにした。
……
「えっ? 芹香さんも俺に協力してくれるって? で、でも、佐祐理さんたちがなんて言うか。えっ? 大丈夫です? はぁ…、いったいどこからそんなことが言えるのやら…。俺は不安で仕方ないよ…」
大丈夫です……
 そう言うと芹香さんは、にこっと微笑んだ。国会議員を務める佐祐理さんの父さんと、日本有数の財閥・芹香さんの父さんは小さい時からの親友だったらしく今でも親交は厚いらしい。
 昨今の政治腐敗とは全く関係なく、幼馴染みという間柄だった。と、芹香さんはそう話してくれた。もちろんそのことは、俺は初耳だったのだが…。
「はぅぅぅ〜。誰もお返事してくれないですぅ〜」
 インターホンの向こう側からそんな情けない声が聞こえてくる。この声は、ひょっとしてあゆか? とも思ったんだが、あゆはここにいるから……。って、思い出した。マルチだ…。この娘もあゆに声が似てるよなぁ…。
 俺はそう思う。来栖川エレクトロニクスの最高傑作、人間以上に人間らしいメイドロボ…。
 ああ、懐かしいなぁ。目を閉じればあのドジっぷりが浮かんでくる。
「マルチか? 俺だ。あゆの病院でお前と一緒にあゆのリハビリを手伝った相沢祐一だ」
 俺はそう言う。マルチは驚いたようにこう言った。
「あっ? ゆ、ゆ、祐一さんですか〜? お、お、お、お久しぶりですぅ〜〜〜!!」


 玄関の戸を開けて俺の顔を見た瞬間、感激したのかマルチのブレーカーは案の定落ちてしまった。
 ああ、あの頃のままだな。俺はそう思った。マルチの体は、低スペックで高性能が売りだったため、ずいぶん華奢に作られている。そのため、筐体とCPUの差が激しく、びっくりするとすぐにブレーカーが落ちてしまうんだそうだ。
 長岡が東京の高校にいるときに、新しいメイドロボがどうとかって偉そうにウンチク言ってたよなぁ…。それから暫くしてぶぅ〜んと音がしてマルチは目覚めた。
「はぅぅぅ〜。ずびばぜ〜ん」
 チーンと鼻水をかみかみ、マルチは何度も何度もお辞儀をしていた。あゆも芹香さんも微笑ましそうに見ている。特にあゆは妹でも見るように懐かしげに鼻をかむマルチを見つめていた。それは当たり前だろう。しかしなぜ俺がマルチのことを知っているのか…。
 前に聞いていたんだが、マルチは病院のテストに来る前、藤田の高校に一週間ばかりテストに行ってたんだとさ…。俺が親の転勤で福島の方に行く日、マルチがテストで入って来たんだそうだ。
 電話で藤田が言ってたしな…。俺はその日の昼頃、東京を離れたからな。直接マルチのことを知るのは、もっと後になってからだ…。
 マルチは学校でのテストの後、すぐに看護士見習いという形であゆが入院している病院へとやってきた。そうしてどういう因果かあゆの担当がマルチになったんだっけ…。
 そうして、あゆが退院した日、マルチは藤田たちのいる高校に長期利用テストということで帰ったんだっけか…。
「やっぱり、お前はドジだよな? マルチ」
 俺がそう言うと「はぅぅぅ〜」と言ってマルチはまた涙目になる。あゆが…、
「祐一君!! イジワルだよ〜。うぐぅ〜!!」
 といって俺の顔を睨みつつ、マルチの頭をなでてやっていた。芹香さんも怪訝そうに俺の顔を窺っていた。俺は素直に謝ることにした。
 えっ? なぜって? あゆはたいしたことはないが、例のおぜう様が…(怖)。デ○ルマンレディーの変身シーンのように目を光らせながら俺の顔を見ていたからな……(恐)。
「実は佐祐理さんから祐一さんが来たら、戸を開けてお連れしてくださいって言われてたんですよ〜」
 マルチの機嫌も直り、そう言うとにっこりと微笑んだ。一応ではあるが、マルチにも今までの状況を話しておいた。
「でも、びっくりだよね。まさかマルチちゃんにまた会えるなんて…。ボク、驚いちゃったよ〜」
 あゆが嬉しそうにそう言った。あゆは病院に入院しているときマルチと会っていたことは前にも言った通りだ。もともと介護ロボットとして作られた彼女だ。病院でテストを受けるのは当然だろう。
 しかし、マルチの介護する患者さん(あゆも含めて)は凄く心もとなかっただろうなぁ〜。何せドジだし…(笑)。そうは思ったが口には出さないでおこう…。
……
「えっ? また思いましたかって? ううん。思ってない、思ってないよ〜〜〜」
 あゆとマルチの後ろに俺と芹香さんが続く。芹香さんは、神通力か魔法の力か、人の考えていることが分かってしまうらしい。もし敵に廻してしまえばこれ以上恐ろしいことは言うまでもない。
 そう言って俺は恐恐としながらも芹香さんの顔を覗き込んだ…。
 芹香さんはなにも言わずくすっと微笑むと歩き出す。からかわれただけか?…。そう思った。でも怖かった。男の癖にと思われるかもしれない…。だけど俺も命は惜しいからな…(笑)。
 プライドなんて、ドブに捨てたようなもんさ…。ふふふっ…(泣)。
 そうこうしているうちに奥の部屋が見えてくる。マルチの足が止まった。俺たちの足も自然に止まる。
「佐祐理さーん。祐一さんをお連れしましたー」
「あははー。マルチさん、ご苦労様ですー。さあ、祐一さん。どうぞ…」
 そう言うと、すっと襖が開いた。俺は中に入る。
 と……、佐祐理さんを含めた戦乙女が4人、そして芹香さんを初めとする東京からの交換学生が(芹香さん、マルチも含めて)6人いた。よく見てみると懐かしい顔もいるし初顔もいる。
「相沢!!!! 元気してたか? どうだ? こっちの生活は。電話とかではよく聞かされていたんだけどなぁ…、やっぱり寒いところだよな。ここ…。オレ、最初は行きたくなかったんだけど、地名を聞いて「あっ」って思って…。いやぁ、来てよかったぜ…。うまいもんもいっぱいだし…。…それで、その後ろの娘は相沢の彼女か? 可愛い娘だねぇ〜。って痛てて、あ、あかり、耳を、耳を引っ張るんじゃねぇ!!」
「浩之ちゃん! っもう!! ……あっ? あ、相沢君。お久しぶり…」
 そう言っていちゃついているのは、俺の東京の高校時代の同級生である、藤田浩之と神岸あかりだ。おしどり夫婦と東京の高校で有名だったが、全くその通りだった。
 もう一人、佐藤も一緒だと思ったんだが、佐藤はワールドカップの代表に選ばれているらしかった。今は予選を控えているとかで、このメンバーには入っていないらしい。懐かしい面々に会えると思っていたんだが…。少し残念だ…。
「君たちは?……」
 俺はそう聞いた。藤田たちの隣に座っている女の子二人。一人は背が小さく小柄で活発そうなボーイッシュな感じの子だった。もう一人は、可愛らしくも悲しい過去を背負っているような憂いを帯びた目をした女の子だった。
 ボーイッシュな子が俺に向かってピンと胸をはって、
「はい。相沢先輩。初めてお目にかかります。私は松原葵と申します。よろしくお願い致します」
 ペコッとお辞儀をする。礼儀正しい感じの子だった。真琴とは大違いだな。俺はそう思った。
 でも、心なしか真琴に声が似ているような…(笑)。藤田たちから後で聞かされたんだが、彼女はエクストリームという総合格闘技のチャンプらしい。
 こんな小柄で可愛い子が? と思った。信用できない俺に藤田が格闘技の雑誌を渡してくれた。ページをめくってみる。派手に相手を蹴り飛ばしている彼女の写真があった。どうやら紛れもない事実らしい…。あまり怒らせないようにしよう…(笑)。
「あの…、わたし、姫川琴音って言います。よろしくお願いします…。相沢さん……」
 そう言ってこれまたペコッとお辞儀をする。緊張しているのか顔が赤い。この子は照れ屋さんだな…。俺が知っている子では初めてのタイプじゃないか? しかも可愛いし…。って、あゆがこっちを睨んでる…。香里たちは殺気を漲らせてるし…(怖)。
 で、これまた藤田たちから後で聞かされたんだが、彼女はエスパー(超能力者)らしい。こんな可愛い子が? と思った…。だけど、その憂いを帯びた目を見ていると、そう思わざるを得なかった。ふと思う。
 この子も舞と同じなんじゃないか? と…。彼女はどんなつらい過去を背負っているのだろうか?
 舞と同じくらいか…。いや、それ以上か…、彼女の目を見て俺は思った。ふと、舞を見た。舞は琴音と自分とを重ね合わせているんだろう…。そんな感じだった…。ついでを言うと彼女の出身地はここ、北海道なんだそうだ。
「すごいねぇ。葵ちゃん。うわぁ…」
 あゆが感心しながら藤田が渡した格闘技の雑誌のページを開いていく。葵は「そんなことないですよ」と言って謙遜していた。琴音は「そんなことないよ、葵ちゃん。これは葵ちゃんが頑張った証拠だよ」と言って微笑んでいる。
 彼女たちを見ていると、昔からの幼馴染みのような感じがする。少なくとも俺はそう感じた。
 あゆがページを開いていく。葵は恥ずかしそうにあゆの開いたページを見ている。俺は正直凄いと思った。決して恵まれていない体格。なのに彼女は高校生チャンプとなった。
 きっとものすごい努力をしたんだろうな…。そう、それこそ血の滲むような努力を…。
真琴にも葵の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ…。全く……。と、神岸が…、
「あの〜、相沢君…。みんな、待ってるんだけど……」
 申し訳なさそうにそんなことを言う。ふと佐祐理さんたちの方を見る。佐祐理さんはちらちらと俺の顔を見ている。舞と天野と香里が俺の顔を睨んでいた。
 特に香里なんぞは…、
“早く座りなさい! 座らないと殺るわよ!!”
 という目で睨んでいる。しかし、神岸の声は誰かに似てるんだよなぁ〜。などと考え込んでいると、
「ほら、相沢君! こっちに来なさいよ…」
 そういう声がした。これだ…。戦乙女筆頭・美坂香里お嬢様の声とそっくりだったんだ(怖)。
「香里ちゃん。そんな偉そうに言わないの…。もう…、栞ちゃんにいつもそう言われてるでしょ?」
「うっ! ……………分かったわ、相沢君。ごめんなさい……」
 いっ? あ、あ、あの人間兵器が俺に謝った? ど、ど、どどどどういうことだ? これは明日世界が滅亡するんじゃないのか? それとも、天変地異の前触れか? 俺はそう思った。
 と、香里の顔を見る。笑っていた。これ以上ないという恐ろしい微笑み……。また俺、口に出してましたか?
「ええ、出してたわよ…。はっきりとね……」
 ああ……、母さん…。どうやら俺の命は後僅かのようです…(泣)。

第6話へ続く