ジャムとイチゴの狂想曲

第6話 ジャムの恐怖


「痛てて…、香里、もう少し手加減してくれ。…はぁ〜。でも何で俺はいつも考えてることが口に出てしまうんだ?」
「……祐一の癖……」
「あははー、それは祐一さんの癖ですねー」
「…私もそう思います……。私のことをいつも、おばさんくさいって言うからです。罰があたったんですよ…」
「そうね…。あたしもそう思うわ……」
 そう言ったのは、上から順に舞・佐祐理さん・天野・香里の四人。ここで、説明しておかなければならないが、香里と神岸とは親戚同士らしかった。俺は全く知らなかったんだが、母親同士が姉妹らしい……。
 ねほりはほり聞くのはどうかとも思い、それほど深くは香里には聞かなかったが…。
 どおりで声が似ていると思ったわけだ…。芹香さんたちは何も言わずクスクスと笑っている。あゆまでもがくすくすと笑っていた。
 くそう! こんな屈辱は初めてだ。とは思ったが、ここは口に出しても心に思ってもダメだ。心を読む最終兵器たちがたくさんいるからな…。ここには…(泣)。
「さて、相沢君。本題に入るわ…。相沢君と一緒にいたあの娘は誰? 妹って、相沢君は一人っ子で妹はいないって言ってたし…。やっぱり彼女なの? で、相沢君…。相沢君はあたしたちのこと、そんな風に思ってるわけ?」
 香里が俺にそう尋ねた。舞・佐祐理さん・天野の三人は真剣な目で俺の方をじっと見つめている…。俺は言った。
「何度言ったら分かるんだ! あの娘はただ俺に道を聞いてきただけだっ! それに、冗談も言わずに黙々と歩くなんて出来ると思うか? 何か面白いことを言って場を和ませる。それが、コミニュケーションって言うやつじゃないのか? ええっ? …そこのところをよく考えてくれ…。それにな…。あの娘はあゆと同じなんだよ…。俺は、そういう娘を放っておけないんだ…。何だか昔のあゆを見ているみたいでさ……」
「祐一君……」
 あゆは、涙目になりながら、俺の顔を見つめていた。佐祐理さんたちの方を見る。佐祐理さんたちは…、
「あゆさん、それ、本当ですか?」
 とあゆに尋ねる。あゆは何も言わずこくんと頷いていた。佐祐理さんたちは、申し訳なさそうにあゆの方を見て…、
「そうだったんですか……。ごめんなさい…。あゆさん」
 口々にそう謝っていた。
「ううん。ボクは別にいいよ…。それより、祐一君に謝ってよ…」
 あゆはそう言うと、視線を俺の方に向ける。佐祐理さんたちは、俺の顔を見ると途端に、目の奥の涙が目頭に溢れてきて……、
「「「「う、う、ううう、うえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」」」」
 堰を切ったように佐祐理さんたちは泣き出してしまった。佐祐理さんと舞の目には、いっぱい涙が浮かんで…、頬には涙の筋が何本も出来ていた。呂律のまわらない口…。それでも、必死になって俺に謝っていた…。
「う、う、うええ…。ごべんなざーい…。祐一ひゃん。さゆり、さゆり…。なんてお詫びをひたらいいか…。うううう…」
「ぐしゅぐしゅ…。祐一……。ごべんなざい…。ぐしゅぐしゅ…」
「ううう…。相沢しゃん…。本当にすみませんでした。私は、もう相沢しゃんに会わす顔がありません…。ううう…。かくなる上は、死んでお詫びを…。相沢しゃん…、さようならー…」
 そう言って、天井に(どこから用意してきたのか)紐を通し輪を結ぼうとする天野…。って、わあっ! まだ死ぬのは早いっ!! 天野を藤田たちと何とかひっぺ返し、俺はふう〜っとため息をつく。
 香里はといえば、一人部屋の隅っこの方で体育座りをして何事か呟いていた…。そーっと聞いてみる。
「くすんくすん…。あたしね…、あたし…。わるいこなの…。あいざわくんのこと、えっちなひととか、ろりこんだとかおもっちゃったの……。あいざわくん、あたしのこときらいになっちゃうのかな? …くすんくすん」
 香里…、まさかお前が幼児退行なんてな…。でも初めてだよ…。こんな可愛い香里を見たのは…(笑)。


 香里たちの誤解も解け、俺は早速鞠絵ちゃんに言われた通り、弁護側証人になってくれるよう交渉に入った。
「ええ。いいわよ。あたしたちも名雪にはジャムで脅迫されつづけてきたし…。栞は多分名雪の毒牙にかかって…。第一、栞があたしに文句なんて言うはずないわ…。言ったとしても、そんなに頑固じゃないはずよ、あの子は…。多分謎ぢゃむの影響でこうなってしまったのよ…。相沢君! 協力するわ。…いいえ、協力させてちょうだい!! この手に愛する妹を取り戻すためにっ!!」
「あははー。佐祐理たちも、頑張りますね。ねっ、舞」
「うん……。頑張る……」
「相沢さん…。私も頑張ります。真琴も本当は相沢さんに謝りたいはずです…。だから私、明日、真琴の保育所へ行ってみようと思います。行って真琴を説得してみようと思います…」
「ああ。そうしてくれ……」
 俺はそう言った。香里たちは口々に俺の弁護をしてくれると言った。芹香さんも俺の心を読んでいたのだろうか? 無言で頷いていた。
 藤田たちは俺の顔を見て、「うん」と頷いてくれた。多分賛同してくれたんだと思う…。待ってろよ〜!! 名雪〜!!! 必ず俺は無実を証明して見せるからな〜!!!!


 一方、その頃……。
「う〜ん。確かこのあたりだと思うんだけど…」
「なあ、長岡さん。何でオレが長岡さんに付き合わなくっちゃいけねぇんだ?」
「矢島ぁ。あんた、こんなか弱い女の子を知らない場所で一人にさせる気なの? それにねぇ…。あの厚顔無恥なヒロと一緒だなんて、こっちからごめんだわっ!!」
 どこがか弱い女の子なんだと矢島は思った。口には出さなかったが…。志保は浩之に腹が立っていた。親友であるあかりは浩之のことが好きだった。何度か志保はあかりの悩みを聞いていた。
“浩之ちゃんはどうしたら私の思いに気付いてくれるのかな…”
 とか…。
“どうしたら私に振り向いてくれるのかな…”
 とか…。
 十代の多感な年頃である。志保は何度となく浩之にあかりの気持ちに気付かせようとした。必死だった…。
 だが浩之はというと、単なる幼馴染としか見ていなかったのである。それが今の志保を不愉快にさせる要因だった。
「まあ、そうかもしんねぇけどな……」
 ムスッとした表情で矢島は言った。矢島もまた、少なからず浩之に腹が立っていた。矢島はあかりに告白したことがあった。しかし見事にフラれたのである。
“好きな人がいますから…”
 それがあかりの言葉だった。矢島も薄々は気付いていたのだ。あかりが浩之のことを好きだということに…。しかし、浩之はあかりの気持ちに気がつかない。最もそういうことには鈍感な浩之である。
 気づけというほうが無理な話ではあるのだが…。そんなこんなで、矢島も浩之に対して怒っていた…。
 新雪の積もった雪道を滑りそうになりながらも慎重に歩く。と、目的地が見えてきたようだ…。
「ここよ。矢島」
「ここって……、確か水瀬さんの家じゃないのか? ええっ? 長岡さん!!」
「そうよ。志保ちゃん情報によると、今、祐ちゃんはなゆちゃんたちと喧嘩してどこかへ行っちゃったんだって。なゆちゃんがそう言ってたわ。あたしが電話したらなゆちゃんが、“いいお〜。泊めてあげるお〜”だって。さあ、インターホンを押すわよ!」
 そう言ってインターホンを押す志保。しばらくして、名雪が虚ろな表情で出てきた。
「ハロー。なゆちゃん。久しぶり〜。お元気ぃ〜?」
「ちわっす。矢島っす。お世話になるっす」
 社交事例のようにそう言う二人…。名雪は薄笑いを浮かべると……、
「志保ちゃんに矢島くん。お久しぶりだお〜。寒かったでしょ? さあ、早く入って…。ふふふ……」
 そう言った。ああ、何と哀れであろうか…。このとき二人はまだ知らなかったのだ。名雪の悪魔のような企みを…。


「こっちは、わたしの友達の妹で栞ちゃん。で、こっちが、祐一の東京にいたときの高校の同級生で、わたしの友達の志保ちゃんと、矢島くん」
 栞に二人を紹介する名雪。しかしなぜ名雪とこの二人が友達なんだと思われる諸君も多いだろう。実は、同じ運動系の部に所属しているということもあり、名雪と矢島はよく知っていた。
 それと、前に祐一が通っていた高校の同級生というパイプもあったのだ。これは志保にも言えることである。志保は新聞部のコラムを担当することになり、バスケ部の期待の星と言われる矢島を取材していた。
 そこに名雪が現れて……、と言う経緯だった。
「何で祐ちゃんは出ていったの? ……あっ、わかったぁ。また祐ちゃんに奢ってってせがんだんでしょ〜?」
 志保は、そう聞いた。ジャーナリストの血が疼くと言った具合なんだろう。自己紹介も終わり雑談に入って約30分…。志保は浩之から、祐一と名雪のことを聞かされていた。
 また、祐一からも、浩之のところへ電話をかけることがあったのだ。そのときに志保も同席していたと言うわけである。であるからここ水瀬家(事に祐一と名雪のこと)の内情には詳しかった。
 さすがは志保ちゃんレーダーと言ったところであろう…。
「祐一が悪いんだお…。この前までわたしたちに奢ってくれてたのに…。最近ちっとも奢ってくれなくなったんだお〜。それにわたしの知らない娘と仲良く歩いていたし……。ううっ……。浮気者なんだお〜!! それで、お母さんに裁判長になってもらって、裁判して祐一を有罪にしようと思ってたのに……」
「そうです!! 秋子さんは、祐一さんに“証人がいない”って言って、外室許可を与えたんです。一週間もですよ? 一週間!! それにお姉ちゃんたちまで“あたしたちが悪かったんじゃないかしら…”なんて穏健なことを言うし…。そんなこと言うお姉ちゃん、嫌いですっ!!」
 そう言って怒りを顕わにする二人。祐一の弁明はこの二人には皆無だった……。
「でもいつも、奢ってもらうのはどうかと思うけど〜?」
「それに、知らない娘って言っても、迷子になって道が分からないからって、その娘に教えていたのかもしれないぜ? あいつって妙に藤田と似てるところがあるからなぁ〜?」
 もっともな意見である。そのことを聞いた名雪と栞は、にへらっと薄ら笑いを浮かべると……、
「「問答無用!! ジャムの刑!!」」
 そう言うと、問答無用に志保と矢島の口の中へ、その暗黒物質(最終最強兵器)を携帯していた注射器で流し込む。この世のものとは思えない味が二人の口いっぱいに広がっていった。
 そして…、悶絶を打つと志保と矢島の二人はそのままぴくりとも動かなくなってしまった…。精神が謎ジャムの暗黒面に支配された二人は、またしてもにへらっと薄笑いを浮かべて…、
「ふふふっ。祐一、覚悟しておくんだお〜。わたしを怒らせるとどういうことになるのか…」
「祐一さん…。後悔させてあげます。私にアイスクリームを買ってくれなかったこと…。いつもいつもいつも私を子供っぽいとか言ってたこと。私は怒ってるんですからね……」
 そう改めて言うと、薄笑いを浮かべて、その二つの生ける屍を見つめていた……。

第7話へ続く