ジャムとイチゴの狂想曲

第8話 伝説の野苺 後編


 次の日の朝…、観鈴はいつものように朝食を作ろうと思い、階下まで降りてくる。と、味噌汁のいい匂いがしてくる。観鈴は不審に思った。晴子は料理という料理は全くだめだ。これに関しては往人も同じだろう。
 とりあえず、観鈴は台所へと向かう。台所の入口で観鈴は中を伺う。と、二階の方からけたたましく階段を下りてくる足音があった。
「おはよー。って、あれ? 観鈴ちん、なに見てるの? 秋子さんが料理してるのがそんなに珍しいの?」
 至極当然のように言う真琴。しかし、観鈴には珍しい光景に見えた。何だか心の中が温かくなるような、そんな感じがした。いつもは自分が作る食事。晴子は少しは改善したとはいえ、ああいう自堕落さ…。往人は論外。作ってもらうことを知らない彼女である。
 でも彼女はそれでもいいと思った。それが彼女の母親なのだから…。観鈴は涙を浮かべて、でも微笑みながら言う…。
「真琴ちゃんのお母さんって凄いんだね。わたしのお母さんもね…。わたしのお母さんも…。がっ、がお……」
 ぽかっ。
後ろで観鈴の頭を小突く男……。往人である。
「お前。まだがおって言ってるのか? 先が思いやられるぜ…。全く……。なあ、真琴ちゃん…。秋子さんって、もしかして料理うまいのか? 何か手馴れたようにやってるぞ?」
「失礼ね〜。言われなくても秋子さんは家事の天才よっ!!」
 往人はそう真琴に聞いた。真琴は…、
“失礼なっ!!”
 とでも言わんばかりに胸を張った。
「やっぱり凄いんだね〜。あっ、観鈴ちんもお手伝いしなくちゃ…。にはは…」
 そう言って観鈴は、健気に微笑むと台所の中へと入っていく。真琴も、その後へ続いて入っていった…。往人は一人微笑むと、玄関の方へ新聞を取りに向かった…。
 朝食は大変な量だった。とても、5人では食えない量だ。それ以前になぜこんなに作ってしまったのだろう。観鈴は秋子に料理を教えてもらった。秋子も観鈴がいろいろ聞いてくるので、いろいろな料理の作り方を教えた…。
 結果、このような膨大な量になってしまったのだ。晴子はげんなりした表情で…、
「どないすんねん。この量……。ほとんどマッキンレーかアルプスかエベレストやで……」
 そう言う。秋子はすまなそうに、涙目になりながら晴子の方を見ていた。晴子はそんな秋子を不憫に思った。自分の娘に一生懸命料理を教えてくれた秋子。一方、自堕落さを決め込んで何もしようとしなかった自分…。
 自分がいかに頑張ろうと、この水瀬秋子という女性にはかなわない。晴子はそう思うのだった。
「お母さん。佳乃ちゃんや美凪ちゃんたちを呼ぼうか?……」
「ああ…。そうしたほうがええやろな。ま、まあ、食事の始末もできることやし…。秋子はん。すんまへん。ほんで…、ありがとう。ウチはこの通り、何も出来へん。自分の自堕落さにかまけて、あの子になんも教えることが出来んかった。ウチな、あの子になんも教えることが出来へんかったんや……。秋子はん。すんまへん…。ほんで、ありがとう」
 そう言うと晴子は手をついて、秋子に土下座した。秋子は驚いた。だが電話をかけている観鈴を見ながら、いつもの優しい表情になって、
「晴子さん。頭を上げてください…。わたしは悪いことをしてしまったのに…。そんな、感謝されるなんて…。それにこんなところを観鈴ちゃんに見られたら、晴子さん、笑われちゃいますよ?……」
「……それもそうやな……。ぷっ、ぷぷっ、ぶわっはっはっはっはっはっはっは……」
「そうですよ…。うふふ。うふふふふふ……」
 二人の笑い声が重なった……。往人たちはそんな二人を優しく見つめていた……。


「うわぁ。食べ物がいっぱいだぁ〜。ねぇ、お姉ちゃん? ポテト?」
「ああ…。そうだな…(しかしこれだけの量を一度に作るとは…。侮れん…、水瀬さん……)」
「ぴっこぴっこ、ぴこぴこ、ぴっこり」
 そう言ってきたのは、自称魔法少女、飼育部長・霧島佳乃と彼女の姉である、ヒマヒマドクター・霧島聖である。彼女たちは仲のいい姉妹だった。それと地球外生命体毛玉犬・ポテトである。佳乃はびっくりしたように往人に言う。
「うわぁ〜。凄い量だねぇ〜。往人くんがこれを一人で食べるのぉ〜?」
「食わん……。というかこれだけの量、一人で食えるわけないだろ?…」
「大丈夫だよぉ〜。往人くん、食欲魔人一号さんだもん。ねぇ〜、ポテト?」
「ぴこぴこ、ぴっこり」
 勝手なことを言う一人と一匹。往人は腹が立った。なぜこんな毛玉犬にまで馬鹿にされなきゃならん。そう思った。往人はそばにいた毛玉犬を…、
「うるさい! この毛玉犬!! 星になれぇ〜!!」
 そう言うが早いか、日頃の鬱憤すべてをこの毛玉犬に込めて蹴り飛ばす。大空翼も真っ青になるくらいのキック力。ポテトは一瞬のうちに空の彼方へと消えていった。
「ぴこぴこぴこぉぉぉ〜〜〜〜〜!!」
「おお!! 俺様、ナイスキック!!」
 ポテトが消えていった方向に手を翳しながら往人はそう言った。佳乃は涙ぐんで往人に言い寄る。
「ひどいよぉ〜。往人くん…。冗談で言ったのにぃ〜。ポテトが可愛そうだよぉ〜。ぐすっ」
「国崎君……。佳乃を泣かせたね?」
 ピキッと固まる往人…。佳乃を泣かせば、この超シスコン・ヒマヒマドクターに殺される。なぜ早く気が付かなかったんだろう。往人は自分を呪った。
 現に今、目の前に阿修羅のごとく仁王立ちをして、手術用のメスを指の間に挟んで鬼神のようなオーラを巻き、往人を睨んで立っている聖の姿がある。
 秋子のアークデーモンと同じくらい怖かった、と真琴は後に述てべいる。自分のことは分からないものの、確かに恐ろしい。と秋子は思った…。
「まっ、待てっ! 聖!! 話せば…、話せば分かる!!」
「問答無用!! 佳乃を泣かせたこと、あの世で後悔するがいい!!」
 ぴゅん、っとメスを振る聖。往人はほうほうの体でそれをかわす。やがて…、
「はぁ、はぁ、はぁ…。ちょろまかと逃げおって…」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ…」
 二人は疲れたのか、膝をついて息をつき合っていた…。それとは逆の方向から……、
「ほぉ〜。すごい量だねぇ〜。お姉ちゃん」
「まあ…、国崎さんが一人でこれを? すごいです…。ぱちぱちぱち…」
 子供らしいことを言ってきた少女の名はみちる。そうして天然ボケなことを言ってきた少女の名は遠野美凪。彼女たちもまた仲のいい姉妹である。美凪はそう言うと往人の方をぼ〜っと見ていた。
 遠野、お前もか…、お前もなのか? 往人はそう思った。往人はボケボケなことを言う美凪に…。
「食わん……。というか、お前らボケボケコンビには付き合ってられん…」
「……残念……」
「残念がるなよ……」
 頬を膨らまし、ちょっと涙目になりながら美凪は言った。すかさずみちるがしゃしゃり出る…。
「こらぁ、国崎往人〜。お姉ちゃんを泣かすなぁ〜!!」
 そう言うが早いかみちるは往人のわき腹にいつものキックをお見舞いした。
 どがっ!!
「うぷっ!!……」
 往人は…、案の定沈黙した……。そうして、しばらく経って……、
「痛てて…、このクソガキ…。許せん!!」
「ふんっ、国崎往人がお姉ちゃんをいじめるからだぁ〜。んにゅ〜!!」
「何を〜?! こいつ! 正義の鉄拳を食らわしてやる!」
「ふーんだっ。みちるは国崎往人になんか負けないもん!! べぇ〜っだ!!」
 往人は目を覚ますとみちるとこんなやりとりをする。それにしてもなにか頭の後ろが気持ちいいと、往人は思った。ちょうど美凪が膝枕をしてくれていたからである。
「すまない…」
 と一言美凪に謝ると、往人は今だみちるから受けたキックの後遺症を引きずりながら頭をもたげた。
 美凪は何か残念そうな顔をしていた。起きた往人はみちるに向かって言い放つ。みちるも負けじと言い返す。いつもの光景である。
「この、凶暴娘が!! 食らえぇ!! 正義の鉄拳!!」
 ボカチンッ!!
「にょめれっちょ……」
 どうやらこの二人…、同じようなものなのかもしれない。秋子と真琴はそう思った。


「じゃあ、伝説の野苺捜索隊。しゅっぱ〜つっ!! あっ、でも隊長さんはあたしだよぉ〜」
 食事も終わり、佳乃が一言そう言った。秋子と真琴は今もって唖然としている。なぜか…。それはさすがにあれだけの量は食べられないと、真琴も、そして秋子さえも思っていたのだが…。
 例の地球外生命体・毛玉犬が残らず食べてしまったからである。
 これには、秋子も真琴も目を丸くして驚いた。だが、ここに集う人達は何食わぬ顔で見ている。いったいこの人達は何者なんだと思う秋子と真琴であった。
 昨日の老父の言っていた神社へと向かう。一応、秋子は往人や聖たちにもここへ来た理由を伝えた…。医学が発達したとはいえ、治せない病気もある。…話を聞いて聖は痛切にそう感じた。
 秋子は心配でならなかった…。出て来たのが急であったため、謎ジャムの大瓶をそのまま家に置いてきてしまったのである…(小瓶は常時護身用として持ってはいるのだが)。
 犠牲者が増えるかもしれないと秋子は思った。それが秋子の唯一の心残りであった。晴子はそんな秋子を見て…、
「秋子はん…。大丈夫やて……」
 そう励ます。秋子は何も言わずこくりと頷いた。緩やかな勾配の坂道を上っていくと大きな鳥居が見えてきた。どうらやここが1000年前、翼人がいた、そして伝説の野苺があるという神社らしい。
 果たしてこんなところにあるのだろうか? 秋子は不安にかられた。と真琴が、
「秋子さん。絶対見つけて帰ろうね。名雪お姉ちゃんもしおりんも元に戻してあげなくっちゃ…」
 そう秋子の目を見つめてそう言う。はたと秋子は思った。“名雪や栞ちゃんを守ってやれるのは自分しかいないんだ…。それに、真琴までが名雪や栞ちゃんのことをこんなにも心配してくれているのに。わたしが頑張らないと…”と…。
 だが今は冬だ…。常識で考えても野苺なんてあるはずがない…。一心不乱に探したがどこにも野苺はなかった。日も西に傾き始める。“やっぱり伝説は伝説でしかなかったの?” 秋子と真琴は瞼を閉じる。
 悔し涙が流れ落ちようとしたそのとき!! 遠くの方で往人の声がした。
「秋子さぁぁぁぁん、真琴ぉぉぉぉ。あったぞ〜〜〜!!」
「「「「「「「「「ええっ?!」」」」」」」」
 大急ぎで往人の声のした方へと向かう秋子たち…。
「これじゃないのか?……。秋子さん……」
 そう言うと往人は指を差す。往人が指差した方向には、西日の輝く小さな広場があった…。ほとんど手が加えられていない広場。そこに小さな、ほんとに小さな赤い果実がたわわに成っていた…。
 秋子は知らず知らずのうちに泣いていた。その肩にそっと手をかけて晴子は言う…。
「よかったな…。秋子はん。ほんま…、よかった…」
 晴子はみんなの顔を見る。聖も佳乃も、美凪もみちるも往人も、そして観鈴も…。みんな嬉しそうに微笑んでいた。人のために何かができるという喜びに……。


 そうして翌日秋子と真琴は関西の地を離れた。帰り際、晴子は言った。
「またな。秋子はん。その野苺で娘さんたち、絶対治すんやで……」
「はい、絶対…。晴子さん……。皆さん、どうもありがとうございました…」
 ぺこりと頭を下げた。聖と往人が言う。
「水瀬さん……。きっとあなたの娘さんは助かる。私はそう信じているよ……」
「秋子さん…、あんたの娘だ…。必ずその暗黒面というものも克服できる…。俺はそう信じるぜ……」
「ありがとうございます。聖さん。往人さん。皆さん……」
 ぴ〜っという汽笛とともに汽車の戸が閉まり車両は駅を離れていく。佳乃が美凪がみちるが、そして観鈴が…。いつまでも、いつまでも手を振っていた。秋子は思った。必ず、かの自分が作った呪われし謎ジャムの暗黒面に引き込まれた娘と娘の親友の妹を元に戻すと…。
 いや、元に戻さなくてはならないと…。それが自分が犯した過ちの償いであると…。秋子はそう思うのだった…。

第9話へ続く