ジャムとイチゴの狂想曲
第9話 驚愕の真実!!
「なんだって? 真琴がいない?」
天野からの報告を聞いて俺は驚いた。天野は悲しそうに言う…。
「はい。昨日保育園に行ったんですけど、真琴はいなくて…。園長先生に聞いてみたところ…、“秋子さんとどこかに行かれましたよ。どこに行くって言う事は聞いてはいませんが…”だそうです…。相沢さん。真琴と秋子さんはどちらに行かれたんでしょうか? もしかして、家出なのでは? 私…、私…、心配で……」
「大丈夫だ! 天野…。真琴と秋子さんが、家出なんてするはずがない! 第一家出をする理由がないじゃないか? 何か事情があったんだと思うぞ。俺は…」
「相沢君…。ちょっと気になる事があるんだけど…。いいかしら? 前にチラッと見たんだけど、謎ジャムのことで秋子さん、ため息をついて何か考え込んでたわ…。そうとう悩んでいるように見えたわよ、あれは…。独り言も呟いてたみたいだったし…。暗黒面がどうとかって…」
香里はそう俺に言った。俺は、航さんや藤田たちの顔を見る。ちなみに今俺たちがいるのは、隣町の教会の孤児院、すなわち航さんや花穂ちゃんの家だ。
あの後、俺は今お世話になっている航さんたちに、佐祐理さんたちや藤田たちを紹介したいため、無理を言ってついて来てもらっていた。
「どう思う? 先輩…」
藤田が芹香さんに尋ねる。航さんも…、
「千影…、何か分からないか?」
そう千影さんに聞いていた。この二人は同じような魔力がある。さながら、魔導師が二人いるといった感じだ…。
体系的に、芹香さんが白魔法、使えると思う魔法はホーリー…、そして、千影さんが黒魔法、使えると思う魔法はフレア…、という具合(笑)。
ということで出会ってから一分も経たないうちに、この二人はお互いを理解してしまった…。何も言わず目を閉じて瞑想に入る二人……。
部屋の真ん中においてあった、おしゃれなランプの炎が風もないのにゆらゆらと揺らめいていた……。
マルチとあゆと雛子ちゃんと亞里亞ちゃんは、身を寄せ合ってぶるぶると震えている。特にあゆは、ダッフルコートを頭からかぶって雛子ちゃんとか亞里亞ちゃんとかマルチに抱き着いている始末…。
はあ、これで俺と同い年なんだからな…。全く…。もうちょっとしっかりしてくれ…。
「うぐぅ〜。だって怖いんだもん…」
また…俺、口に出してたのか?……。
「……」
「えっ? 電車に乗る秋子さんの姿が見えたって? …って、どこの? えっ? 関西?」
藤田は驚いたようにそう言った。芹香さんはこくりと頷く。千影さんが補足とばかりに言った。
「ああ…。そうだよ…。浩之くん。ちょうどこちらの方に帰ってきているようだ…。それと傍らにいる可愛らしい女の子が見えるよ……。あれが美汐くんが探している真琴くんじゃないのかな?…」
「本当ですか?!! ああ、よかったです…」
心底ほっとしたように天野は言った。昔、俺と同じような境遇にあっていた天野…。閉じてしまった彼女の心…。そんな彼女の心を再び開かせたのは言うまでもない、真琴だった。
いつしか真琴は彼女の一番の友達となっていた。でもなんで、秋子さんたちは関西の方まで、行ったのだろう…。俺があれこれ考え込んでいると…、
「相沢先輩…。あの、私、保科先輩からこんなお話を聞いたことがあります……」
「あっ、あのお話ですね? 葵ちゃん」
そう言って俺を見たのは葵だった。琴音も同調したようにそう言う。
東京の高校にいたときに学年首位だった保科。確か関西出身だったよな。あいつって…。
俺はそう藤田に尋ねる。藤田は、「ああ」と単簡に答えた。
「あの、野苺伝説ってご存知ですか? 私も保科先輩の又聞きなのであまり詳しくは知らないんですけど…。何でも昔、関西地方で天使の羽根を持った人がいたらしいんです。その人は何かの理由で小さい時にお母さんと離れ離れになって一人ぼっちで、知らない神社に住んでいたんだそうです。今でいう囚われの身ですね。その人にはその人に使える女の人とお侍さんがいたんだそうです。でもその人のお母さんを思う気持ちは募っていき、それを見かねた女の人とお侍さんはその人を連れて神社を出たんだそうです。でも、時の天皇はそれを朝廷に対する反逆だって、その神社もろとも焼いてしまったんだそうです。中には幼い子供や女の人もいたのに…。そのことを知ったその女の人は涙を流し、その涙が野苺に変わっていたと…。何でも、その野苺はあらゆる病気を治すといわれているんだそうです。秋子さんは多分その情報を聞いて……」
葵は涙ぐんでそんな話をした。神岸は葵の頭を撫でつつ…、
「じゃあ、秋子さんはその野苺を? でもいったい何のために?…」
「そうだよな…。その理由っつうもんが気になるぜ」
藤田がそう言って、神岸の反対から葵の頭を撫でる。
「多分、名雪と栞のためよ……。最近あの子たち、おかしいのよ…。どことなく雰囲気が以前とは違うわ…。だって栞があたしにあそこまで頑固になるはずないもの…」
香里がそんなことを言った。横でじっと聞いていた千影さんが口を開く…。
「さっき…少し……、芹香くんと…、琴音くんと…私とで…、名雪くんの家を…、調べさせてもらったんだが……。邪悪なものが溢れているような感じがしたよ…。何か……、オレンジ色の…物体から…感じるんだが…。ねえ…、芹香くん…。琴音くん…」
「……」
私も感じました、と芹香さんは言った。琴音も……。
「はい…。あの…、何か瓶に入ったジャムのようでしたよ? 相沢さん…」
と、そう言う…。俺は、いや…、俺たち(奴のことを知ってる人間)は気付いた。いや、気付いてしまったといった方が正解だろう……。すべての現況が何であることに…。
そしてそれは同時に俺たちの間を敗北感が駆け抜けていく感じがした…。ヤツだ…。オレンジ色の最終兵器……。通称“謎ジャム”。名雪と栞はあのジャムの暗黒面に取り付かれたんだ…。
しかし俺たちにはどうすることも出来ない。多分千影さんや芹香さんの魔力をもってしてもあの暗黒面を破ることはできないだろう。
あれに対抗できるのは、アークデーモンと化した秋子さんか、伝説の野苺くらいだろうか…。秋子さんを待つしかないのか……。俺はそう思うのだった…。
その頃…、ここ、水瀬家では…。
「ふふふっ、さあ、志保ちゃんに矢島くん、わたしたちの手足となって働いてもらうんだお〜」
「「はい……、分かりました。名雪様」」
あれから名雪と栞にジャム付けにされた志保と矢島は、この二人の僕(しもべ)となっていた。
「手始めに、ごみを分別せずに出すのはどうでしょうか? 名雪さん」
「それはいい考えだねぇ〜。栞ちゃん。お母さんを困らせることが出来るお〜。ふふふ。お母さんも慌てるに違いないお〜。…わたしたちのこと裏切ったお母さんには、これくらいの事をしても罰は当たらないお…。じゃあ早速ごみ出してきてね…。あっ、そうだ…。袋に水瀬って大きく書いておいてね…」
どこをどう勘違いしたのか、名雪たちの攻撃対象は祐一から、名雪の母、秋子へとその矛先が変わっていた。祐一の初公判のときの、あの処置がどうしても名雪には許せなかったみたいである。
また栞は姉・香里に対する恨みがあった。香里が祐一に穏健なことを言い、それが元で香里と姉妹喧嘩をして家出をしたのは前述にも述べたが、彼女はその裏に、名雪の母・秋子の影があるのではないかと思うようになったのである…。
「「じゃあ、袋に水瀬と大きく書いて出しておきます」」
心が名雪(謎ジャム)に支配された志保と矢島は、そういうとごみを分別せずに袋に詰めるとごみ置き場に向かって行った。後述ではあるが地域の人は、それを誰も秋子のものとは信じようとはしなかった。
逆に「あの仲のいい親子を妬んで誰かがいたずらしてるんだろう…」という具合にしか見られなかったようである…。
一方、その頃。この男は…、
「はーはっはっはっはっはっは。どうだ、相沢。俺の強さは。見ていてくれたかい? 美坂」
格闘ゲーム(しかも最弱)に興じる北川潤。最弱でしか勝てない彼がなんとも悲しい。と思うのは誰の目にも明らかであろう…。ちなみに、相手キャラには祐一の名前をつける。彼にとってそれは至極当然のことなのだ。
彼の横には可愛らしいぬいぐるみが一つ。少し香里に似ていた。実際の香里がいればこの男は一秒で即死…、ということになっていただろうが、相手はぬいぐるみである。
「美坂…、愛してるよ」
チュッ、とぬいぐるみに接吻する北川…。それを扉の向こう側で聞く少女が一人…。
「兄貴ってば、最っっっっ低!!」
そんなことを言ったのは彼の妹、北川涼香14歳であった…。
秋子が自分たちの町の駅に着いたのはその日の夜遅くだった。真琴は眠そうに瞼を擦っている。
「帰ってきたのはいいですけど、どこに行きましょうか…。家はたぶんだめでしょうし…。困ったわねぇ…」
いつものポーズで言う秋子。それはそうだろう。謎ジャムに対抗しうる兵器を持って帰ってきたのである。家に帰れば名雪たちが邪魔してくるに違いない。もしかすると、この伝説の野苺を捨てられる危険性もある。
そうなれば今までの苦労、そして往人たちの思いも水泡に帰してしまう。それが秋子には怖かった。
「ねえ、秋子さん。祐一のところは? 祐一のところは安全じゃないのかなぁ。ふ、ふあぁぁ〜」
真琴は、そういうと欠伸をする。秋子はすまなそうに言った…。
「それがね、真琴。祐一さんが今どこにいるのか分からないのよ…。航さんたちの家にいることは確かなんでしょうけどね……。航さんの家には昔、一回お伺いしただけで忘れてしまったんです…。ごめんなさいね。真琴……」
「そうなんだ……」
真琴は残念そうにそう言った。雪が降ってきたようだ…。二人は駅の待合室で身を寄せ合った。夜も深夜になろうかという頃…。身を寄せ合って眠っている二人に天使のような優しい声が聞こえてきた。
「秋子さん、秋子さん…。起きて下さい……」
んんっと、秋子が目を開けると、そこには三人の男が立っていた。
すなわち、藤田浩之、相沢祐一、海神航の三人である。秋子は驚いた表情で…、
「祐一さんに航さん…。それに、浩之さんじゃありませんか…。どうしてここに?」
「秋子さん。お久しぶりです。オレ、高校の交換学生で…。って、こんなこと言ってる場合じゃねぇんだった…」
「秋子さん…。真琴は俺が負ぶっていきます。さあ、早く…」
「こっちです。秋子さん。他のみんなには、僕の家で待機してもらっています。いつでも秋子さんのお手伝いが出来るように……。それに天野さんは真琴ちゃんのことを心配しているんですよ?」
何も分からないのか、秋子は言われるまま航の車に乗り込むと、教会の孤児院(航たちの家)に向かった。向かう途中祐一は今までの経過を秋子に話した。
秋子も、黙って家を出たことを祐一たちに詫び、関西の地であったことなどを話した。祐一と秋子の話を聞いていた浩之が言う。
「ふぅ〜ん。関西ねぇ。委員長の里ってわけか…。あっ、いえね。オレの東京の高校の友達に関西出身のやつがいるんすよ。秋子さん…。それで…、ねっ。って、あっ。な、なんだよ? 相沢…。そ、そのあかりに言うぞ〜って言う目は…。あ、相沢〜。勘弁してくれよ〜」
「ぷぷぷっ。藤田…。お前、そんなに神岸のことが怖いのか?」
「考えてみてくれよ…。相沢…。あの香里ちゃんの従姉妹だぜ?…。あいつ…。…この前だって…」
「まっ、まあ……、そうだな……」
そう言って、顔を見合わせる祐一と浩之。そんな二人の会話を聞いていた航は言う。
「ふふふ…。君たちはまだいい方だよ…。僕なんか、妹たちを怒らせると大変なんだから…。まず、雛子と亞里亞と花穂と鞠絵には泣かれる。これが精神攻撃だ…。四葉は僕の部屋に忍び込んで、ガサ入れをしようとするし…。衛にはフルマラソンのコースを走らされる。しかも1時間50分前後でゴールしなくちゃいけない。ゴールできなきゃもう一回だ。で、へとへとになって帰ってきたら、白雪の地獄のフルコースが待ってる。何とか食べきってほっとしたのもつかの間、鈴凛の実験材料…。身も心もぼろぼろになったところへ、可憐がピアノを弾いてくる。題名はショパンの葬送行進曲…。そして最後はあの三人組だ…。今までよく無事で生きてこれたと思うよ…。僕は……」
「「ま、まあ、そうですね…」」
そう言うと、祐一たちは、あははと笑った。聞いていた秋子も、うふふと笑う。
「それにしても、よくわたしたちが駅にいることが分かりましたね?」
「ええ…、それは芹香さんと千影さんのおかげですよ…」
「……そうだったわね…」
祐一はそう言った。秋子はそう言うと納得したように頷く。千影はあゆと航との関係上知っていたし、芹香は浩之と祐一の関係上、これまた知っていた。であるから、秋子は別段驚きもしなかった。こうして車はゆっくりと航の家へと向かっていった…。
第10話へ続く